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10話 専属インキュバスに任命されるなんてありえない
目を覚ましたとき、最初に感じたのは身体の軽さだった。
嘘みたいだった。
この一ヶ月、鉛を詰めたように重かった四肢が、すっきりと動く。指先に力が通っている。視界が鮮明だ。二重にも見えないし、端がちらつきもしない。
身体を起こすと、目に入ったのは見知らぬ天井——ではなく、昨夜見た天井だった。広い部屋。豪奢な寝台。灯火の列。魔王の居室。
記憶が一気に蘇った。
回廊で倒れたこと。ヴェルディオスに助けられたこと。精気を与えられたこと。キスされたこと。服を脱がされたこと。触られたこと。入れられたこと。二回。声を上げたこと。泣きそうになったこと。最後に「満腹」を知ったこと。
顔が燃えた。
——いやいやいやいや。
頭を抱えた。シーツが滑って、自分が裸であることに気づいてさらに赤くなった。急いでシーツを身体に巻きつける。
部屋の中を見回す。ヴェルディオスの姿はない。寝台のそばに畳まれた新しい衣服が置いてある。自分の制服ではなく、もっと上等な生地の室内着。
着替えるべきだろう。着替えてここを出て——
「お目覚めですか」
声がして振り向くと、扉の傍に側近らしき男が立っていた。見覚えがない顔だが、身なりから近侍部門の者だとわかる。
「魔王様は執務に出ておられます。お目覚めの際にお伝えするよう仰せつかっております」
「あ——はい。お伝えいただくことというのは」
側近は一拍置いて、淡々と告げた。
「魔王様より、貴殿を魔王専属の夢魔に任命するとの勅命です」
沈黙が落ちた。
「……すみません、もう一度」
「魔王専属の夢魔に任命するとの勅命です。本日付で諜報部門からの異動となります。今後は近侍部門に所属し、魔王様の精気の調整を専任でお務めいただきます」
トーヤは頭の中で叫んだ。
——専属の夢魔!?
「あの——辞退は」
「勅命です」
その顔には「できるわけないだろう」とありありと書いてあった。
トーヤはシーツを握りしめたまま、しばらく動けなかった。
全身は嘘のように元気だった。精気で満たされた器が全身に活力を送り込んでいる。肌の色も戻っている。鏡がなくても分かる。一ヶ月ぶりに、本来のインキュバスとしての調子を取り戻している。
これほど活力が漲っているのは、昨夜魔王にあんなことをされたからで——
「それと」
側近がもう一言付け加えた。
「魔王様からの伝言です。『次の食事は三日後だ。それまでに体力を戻しておけ』とのことです」
——三日後。
つまりまたやるということだ。
トーヤは天井を仰いだ。
前世の真壁透夜は過労で死んだ。次の人生では、まさか魔王の専属の食事係として過労——いや、過飽食で死ぬのだろうか。
笑えない。
笑えないが、この身は一ヶ月ぶりに、どうしようもなく元気だった。
嘘みたいだった。
この一ヶ月、鉛を詰めたように重かった四肢が、すっきりと動く。指先に力が通っている。視界が鮮明だ。二重にも見えないし、端がちらつきもしない。
身体を起こすと、目に入ったのは見知らぬ天井——ではなく、昨夜見た天井だった。広い部屋。豪奢な寝台。灯火の列。魔王の居室。
記憶が一気に蘇った。
回廊で倒れたこと。ヴェルディオスに助けられたこと。精気を与えられたこと。キスされたこと。服を脱がされたこと。触られたこと。入れられたこと。二回。声を上げたこと。泣きそうになったこと。最後に「満腹」を知ったこと。
顔が燃えた。
——いやいやいやいや。
頭を抱えた。シーツが滑って、自分が裸であることに気づいてさらに赤くなった。急いでシーツを身体に巻きつける。
部屋の中を見回す。ヴェルディオスの姿はない。寝台のそばに畳まれた新しい衣服が置いてある。自分の制服ではなく、もっと上等な生地の室内着。
着替えるべきだろう。着替えてここを出て——
「お目覚めですか」
声がして振り向くと、扉の傍に側近らしき男が立っていた。見覚えがない顔だが、身なりから近侍部門の者だとわかる。
「魔王様は執務に出ておられます。お目覚めの際にお伝えするよう仰せつかっております」
「あ——はい。お伝えいただくことというのは」
側近は一拍置いて、淡々と告げた。
「魔王様より、貴殿を魔王専属の夢魔に任命するとの勅命です」
沈黙が落ちた。
「……すみません、もう一度」
「魔王専属の夢魔に任命するとの勅命です。本日付で諜報部門からの異動となります。今後は近侍部門に所属し、魔王様の精気の調整を専任でお務めいただきます」
トーヤは頭の中で叫んだ。
——専属の夢魔!?
「あの——辞退は」
「勅命です」
その顔には「できるわけないだろう」とありありと書いてあった。
トーヤはシーツを握りしめたまま、しばらく動けなかった。
全身は嘘のように元気だった。精気で満たされた器が全身に活力を送り込んでいる。肌の色も戻っている。鏡がなくても分かる。一ヶ月ぶりに、本来のインキュバスとしての調子を取り戻している。
これほど活力が漲っているのは、昨夜魔王にあんなことをされたからで——
「それと」
側近がもう一言付け加えた。
「魔王様からの伝言です。『次の食事は三日後だ。それまでに体力を戻しておけ』とのことです」
——三日後。
つまりまたやるということだ。
トーヤは天井を仰いだ。
前世の真壁透夜は過労で死んだ。次の人生では、まさか魔王の専属の食事係として過労——いや、過飽食で死ぬのだろうか。
笑えない。
笑えないが、この身は一ヶ月ぶりに、どうしようもなく元気だった。
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