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第二章 遺恨編

遺恨ⅩⅠ 『クラウディ』

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 エリフィーズ商業区。エリフィーズのほぼ全人口が集まっている屋台の前でラルカンバラとルーグは談笑していた。

「そういえば、ミューラーさんには会えたんですか?」
「うぐっ」

 ミューラーという名にダメージを受けるラルカンバラ。

「いや……会えたには会えたんだがな……」

 ラルカンバラは別れた後の回想を語り始めた。
 三日前のエリフィーズ。ラルカンバラは手当たり次第のエルフ達にロケットを見せながらミューラーというエルフの情報を聞き、なんとかミューラーの家に辿り着いた。

「ここが……ミューラーさんが生まれ育った家!うむ!やはり他の家とは風格が違うな!ドアの角度とか外見の意匠とかがなんかちょっとセンスいい気がする!!」

 意気揚々とドアをノックしたラルカンバラ。まもなく中から一人のエルフの少年が出てくる。

「はーい」
「すみません!ミューラーさんはいらっしゃいますか!!」
「分かりました。上がってください。」

 少年に促され、家に入ったラルカンバラ。

「この先の部屋です。」

 意を決して、少年に通された部屋に入ったラルカンバラ。数秒後、ラルカンバラの悲鳴が轟く。

「貴方が、ロケットを届けてくださった方ですか。本当にありがとうございました。」

 部屋の中央の椅子に一人のエルフの女性が座っていた。確かに、投影魔法の女性に似てはいた。しかし、明らかに年齢が違っており、少し面影が残っている程度でしかなかった。

「ババアじゃねえか!!!!」

 現代に戻り、屋台の前で思わず叫んだラルカンバラ。

「ま、まあまあ、あまり大きな声を出すと目立ちますよ。」

 しかし、列に並んだエルフ達は誰もこちらを見ることはなかった。

(あれ……?結構大きな声だった気がするけど、おかしいな……)

 アルエットは不審がり周りのエルフ達を見る。よく見るとどのエルフも立ち姿にまるで覇気がなく、焦点の定まってないぼんやりとした目をして突っ立っている。しかし、ルーグはまるで気付いていない様子だった。

「しかもさぁ、聞いてくれよルーグ君。あの投影魔法の子、その人のお孫さんでよ……。それじゃ今から会いに行くから居場所を教えてくれって言ったらさ、25年前に死んだって言われてさぁ……。」
「ええ!?」
「魔族領で修行中に殺されたんだとよ。まあ、お礼ってことで別の投影魔法の写しを貰ったんだがよ。ほら、見てくれよ。なかなか美人だろ?」

 ラルカンバラは懐から投影魔法の写しを取り出し、ルーグに見せる。

「へえ、確かに可愛いですね。」
「だろ?ロマリアさんって言うらしいんだが、ミューラーさんが実は褐色肌でさ、だからこのロマリアさんもそうだと思うんだよ。最高じゃないか?」
「褐色ってことは、ダークエルフなんですか!かなり希少な突然変異だと聞いたんですが、本当にいるんですねぇ。」
「そうそう!だから魔族領で修行してたんじゃないかなぁ。名前も可愛いんだよね。ミューラーさんの孫で家名も同じって考えたら、ロマリア・クラウディって言うらしいんだ。」

 ラルカンバラは少しだけ、様子を探るような顔をした。

「へぇ、確かにいい名前ですね。」

 ルーグの答えを聞いたラルカンバラがちらりとアルエットの方を見る。アルエットは何かを疑ってはいるものの、名前にピンと来てはいないようであった。ラルカンバラはそれを見て、

「ところでさ、うちのスープ食べていかないか?いい時間だし、二人もお腹空いてるだろ。知り合いのよしみでちょっと先に作ってやるよ。」

 スープと聞いてルーグは目を輝かせる。

「本当ですか!ちなみに具は何を?」
「この辺特産のキノコがメインだな。あとは出汁や野菜もこの辺の森の食材を使ってる。」
「いいですね!じゃあ早速、師匠たちの分も合わせて五人分……」
「待って」

 アルエットは屋台に寄っていくルーグの肩を掴んで止める。

「殿下、どうされました?」
「貴方、ここで何を企んでいるの?」
「いえいえ、私は何も……」
「さっきから、並んでいるエルフもスープを買ったエルフも全員様子がおかしいのよね。全員生気がなくて、何かに操られているみたいな感じ。」

 ラルカンバラはやれやれと呆れながら

「おいおい、それが俺のスープのせいだって言うのかよ。言いがかりも甚だしいぜ。」
「ええ、もちろんこれだけじゃないわよ。ガステイルから貴方がこの辺りの毒キノコや毒草についていろいろ質問してきたって聞いていたのよ。」

 ラルカンバラの表情が険しくなる。

「煮汁に意識障害を引き起こす幻覚作用がある花、食べると攻撃性が増すキノコに、夢見心地の多幸感を与える植物……。攻撃性の部分だけは確認できないが、他二つは今のエルフ達と一致するみたいだねぇ。」

 突如、行列に並ぶエルフたちの方角から、何か騒ぐ音が聞こえる。どうやら、後方で待っていたエルフ達が耐えきれずに暴れだしている。

「どうやら、三つ目の偶然も起こったらしい。偶然が三つ重なるなんて、なかなか起こりうる話ではないわよねぇ。」

 ラルカンバラに反応はない。もはや、その沈黙が全てを物語っていた。

「お嬢!あぶねぇ!!」

 その刹那、アルエットの目の前で何かが爆発した。ルーグが間一髪間に合い、事なきを得る。爆発物は、ラルカンバラの後方から……彼の屋台で店番をする娘から発射されていたようだ。先程までは無かった黒い翼を広げ、手のひらをアルエットたちの方へ向けている。

「『烏』……仕損じるなよ。」

 ラルカンバラは、落ち着き払った調子で少女に言い放つ。烏と呼ばれた少女は、相変わらずアルエット達を睨め付ける。

「ん……ごめん、団長。」
「まあ、次頑張りな。あの二人、間違えずに殺しなよ。」

 そう言われ、『烏』は懐からナイフを取り出しアルエットに突撃する。ルーグが迎撃するが、防戦一方であった。

(見た目以上に、攻撃が重い!)
「団長……ラルカンバラ、貴方もしかして!」

 アルエットの告発に、ラルカンバラは不敵に笑う。

「ふふふ……お察しの通りですよ、アルエット殿下。俺たちの屋台の秘密だけでなくここまでお見通しとは、お見事というほかない。ただ、悲しいかな……生存という観点ならば、その選択は賢いとは言えないねぇ。」

 ラルカンバラから迸る威圧感が跳ね上がる。対峙するだけで膝が震えるプレッシャーに、アルエットは息を飲む。

「これは……ルーグ!」

 アルエットに呼ばれ烏を蹴り飛ばし間合いを取るルーグ。アルエットはそのルーグに何か耳打ちをする。烏もラルカンバラに合流し、ラルカンバラは口を開く。

「さて、改めて自己紹介を。俺の名はラルカンバラ・ネオワイズ……ネオワイズ盗賊団団長だ。」
「動くな!!!」

 ラルカンバラの言い終わりと同時にアルエットは大声で叫ぶ。

「む、これは……シャックスは動けるかい?」
「……だめ。」
「ルーグ!逃げるわよ!!」
「はい!」

 予め耳を塞いでいたルーグと共に走り出すアルエット。すぐにその背中は見えなくなった。

「あらら、逃がしちゃった。」

 ラルカンバラは周囲のエルフ達の様子を見て、少し考え込む。

(エルフ達は今の声の影響を受けていない……?だけど殿下の護衛には予め耳を塞がせていた。条件は距離か……はたまた種族か)
「団長、どうする?」
「ん?ああ、もちろん追いかけるよ。どこに逃げるかもわかってるし、なによりこの状況が望み通りだからね。」

 ラルカンバラとシャックスは、急いで二人の後を追った。
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