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第四章 亡国編
亡国ⅩⅢ 朝⑧〜フォーゲルシュタット避難計画
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早朝のフォーゲルシュタット王城は、かつてないほど慌ただしく人が行き交っていた。ヴェクトリアは不機嫌そうに玉座の間のバルコニーから城壁の外を見つめながら、後ろで傅くルーグとブラックに言葉を漏らす。
「本当に、そんな大軍がここに攻めてくると言うの?」
「はい。地平線を埋め尽くすほどの大軍が……おそらく、今日には。」
「全くそうは見えないけどねぇ……。ところで貴方、アルエットの護衛はいったいどうしたのよ。」
「それは……」
「女王陛下、お言葉ですが魔族の侵略が嘘であると疑うよりも、城から脱出する準備を整える方が先と存じます。嘘ならばルーグを処罰すれば良いだけでしょう。」
「……分かってるわ。だからみなに準備をさせているんでしょう。まったく、あんな時間に起こしてから……」
フォーゲルシュタットの街は平和そのもので、起き始めた民が少しずつ外へ出始めていた。ヴェクトリアはバルコニーから玉座の間へと戻り、ゆっくりと玉座に座しひとつあくびをする。
「女王陛下、そろそろ頃合いかと。」
「分かったわ、ブラック。貴方のタイミングで指示を出しなさい。」
「承知……伝播せよ、『思念波紋』!」
ブラックはそう言い、城内に残った者に通達する。
「用意が済み次第、民に事態を説明し、避難の誘導を始めよ!!」
それとほぼ同時に王城の扉が勢いよく放たれた。中から城の人間が溢れるように出てくる。王の勅命文が書かれた板を担ぐ者、街の隅々にまで号令を行き渡らせるため大きな声で呼びかけながら早馬を走らせる者、裏門に向かい村人がフォーゲルシュタットを出るための準備を整える者……それぞれがそれぞれの持ち場へと急ぎ、その任務を全うした。
やがて街中から集まった民衆が立て札を読んでいく。フォーゲルシュタットに迫る危機に絶望し顔を青ざめる者もいれば、王家と兵士達へ不満を口にする者もいた。しかし誘導が始まると、民衆は兵士たちに従い、ぞろぞろと裏門へと進んで行った。その様子をブラックは城の窓から見下ろしていた。
「概ね、順調に避難が進んでおります。規模的にも距離的にも一度アタラクシアの方角へと向かい、教皇様と協力しつつ今後の展望を探っていく形になるかと。」
「……ブラック、ご苦労。ブラックとルーグ……お前たちは逃げないのかい?」
「女王様!?どうしてそんな……」
「我々は女王陛下の護衛として、時には身代わりとなる覚悟で馳せ参じております。我々が逃げるのは女王陛下が無事逃げ切ってからでございます。」
「その通りです!女王様より先に城を出るわけにはいきません!」
「……そうか、すまなかったな。では言い方を変えるとしよう。ルーグ、ブラック、お前たちは先に逃げろ。」
ヴェクトリアは強い視線で二人を見ながら、そう命じる。その威圧感にルーグ達は気圧されそうになるが、やがてゆっくりとブラックが口を開く。
「……陛下、僭越ながらその命は受けることができません。」
「そうですよ女王様!」
「……命令違反とは、悪い子たちね。」
「真の忠臣とは、間違った命令に従わぬ者でございます。ゆえに、我々はここに残りますゆえ……」
ブラック達は陛下の前に跪き、陛下の目を見上げながら言う。暫くお互い視線をぶつけ、無言の争いが続く。やがて根負けしたヴェクトリアがため息をつき、二人の横を通り過ぎながら
「……好きにするがいい」
と呟き、再びバルコニーへと出る。バルコニーから避難する民衆を見下ろすヴェクトリアであったが、ふと城壁の方を見る……すると、みるみるうちに顔が青ざめていった。
「なに……あれ……」
はるか数キロ向こうに広がる地平線。いつもははるか彼方の山の稜線がはっきりと見えていたはずなのに、少し手前の地平でそれをぼやかすような何かが揺らいでいる。ヴェクトリアは目を凝らしその揺らぎを見つめた。その何かがおぞましいほどの魔族の軍団があげた土煙だと分かるのに、そう時間はかからなかった。それと同時に玉座の間の扉が勢いよく開く。
「申し上げます……敵影が現れました!!」
転がり込む兵士は開口一番にそう告げる。ルーグはごくりと固唾をのみ、拳を握りしめて言った。
「ついに……報告、感謝します!急ぎ門へと戻り、防衛戦に備えてください。ブラックさん!」
「ああ、我々も城を出る準備をしよう!」
兵士が玉座の間を離れ、ブラックの言葉に従いルーグが背を向けた瞬間であった。
「ぐふっ……」
「え……?」
ブラックの声を聞き、ルーグがゆっくりと振り返ると、ブラックの背後から刀が突き立てられていた。心臓を貫きその背後から現れたのは、守賢将デステール・グリードであった。左手には妙な魔道具を持っている。その魔道具から、アルエットの声が響いた。
『ルーグ!!ブラックさん!!お母様!!!』
「まずは一人……」
「貴様……デステールっ!!」
ルーグはデステールに飛びかかる。しかし
「お前……そんな傷だらけの身体で、僕に勝てるとでも?」
『ルーグ!!!!』
デステールはそう言い捨て、刀を収めて裏拳でルーグを殴り飛ばす。ルーグは地べたに転がり仰向けに倒れた。デステールは彼を一瞥することもなく、バルコニーにいる女王ヴェクトリアに狙いを定めた。
「100年振りだな……ヴェクトリア・フォーゲル。今日がお前の命日だ、神への祈りはもう済んだか?」
「……あいにく、フォーゲルシュタットは無神教でね。縋る神を持ち合わせてはいないさ。」
ヴェクトリアは脂汗を流しながら、ごくりと固唾を飲んだ。デステールはそんなヴェクトリアを睨みつけながら、ゆっくり一歩ずつバルコニーへと歩を進めて行った。
「本当に、そんな大軍がここに攻めてくると言うの?」
「はい。地平線を埋め尽くすほどの大軍が……おそらく、今日には。」
「全くそうは見えないけどねぇ……。ところで貴方、アルエットの護衛はいったいどうしたのよ。」
「それは……」
「女王陛下、お言葉ですが魔族の侵略が嘘であると疑うよりも、城から脱出する準備を整える方が先と存じます。嘘ならばルーグを処罰すれば良いだけでしょう。」
「……分かってるわ。だからみなに準備をさせているんでしょう。まったく、あんな時間に起こしてから……」
フォーゲルシュタットの街は平和そのもので、起き始めた民が少しずつ外へ出始めていた。ヴェクトリアはバルコニーから玉座の間へと戻り、ゆっくりと玉座に座しひとつあくびをする。
「女王陛下、そろそろ頃合いかと。」
「分かったわ、ブラック。貴方のタイミングで指示を出しなさい。」
「承知……伝播せよ、『思念波紋』!」
ブラックはそう言い、城内に残った者に通達する。
「用意が済み次第、民に事態を説明し、避難の誘導を始めよ!!」
それとほぼ同時に王城の扉が勢いよく放たれた。中から城の人間が溢れるように出てくる。王の勅命文が書かれた板を担ぐ者、街の隅々にまで号令を行き渡らせるため大きな声で呼びかけながら早馬を走らせる者、裏門に向かい村人がフォーゲルシュタットを出るための準備を整える者……それぞれがそれぞれの持ち場へと急ぎ、その任務を全うした。
やがて街中から集まった民衆が立て札を読んでいく。フォーゲルシュタットに迫る危機に絶望し顔を青ざめる者もいれば、王家と兵士達へ不満を口にする者もいた。しかし誘導が始まると、民衆は兵士たちに従い、ぞろぞろと裏門へと進んで行った。その様子をブラックは城の窓から見下ろしていた。
「概ね、順調に避難が進んでおります。規模的にも距離的にも一度アタラクシアの方角へと向かい、教皇様と協力しつつ今後の展望を探っていく形になるかと。」
「……ブラック、ご苦労。ブラックとルーグ……お前たちは逃げないのかい?」
「女王様!?どうしてそんな……」
「我々は女王陛下の護衛として、時には身代わりとなる覚悟で馳せ参じております。我々が逃げるのは女王陛下が無事逃げ切ってからでございます。」
「その通りです!女王様より先に城を出るわけにはいきません!」
「……そうか、すまなかったな。では言い方を変えるとしよう。ルーグ、ブラック、お前たちは先に逃げろ。」
ヴェクトリアは強い視線で二人を見ながら、そう命じる。その威圧感にルーグ達は気圧されそうになるが、やがてゆっくりとブラックが口を開く。
「……陛下、僭越ながらその命は受けることができません。」
「そうですよ女王様!」
「……命令違反とは、悪い子たちね。」
「真の忠臣とは、間違った命令に従わぬ者でございます。ゆえに、我々はここに残りますゆえ……」
ブラック達は陛下の前に跪き、陛下の目を見上げながら言う。暫くお互い視線をぶつけ、無言の争いが続く。やがて根負けしたヴェクトリアがため息をつき、二人の横を通り過ぎながら
「……好きにするがいい」
と呟き、再びバルコニーへと出る。バルコニーから避難する民衆を見下ろすヴェクトリアであったが、ふと城壁の方を見る……すると、みるみるうちに顔が青ざめていった。
「なに……あれ……」
はるか数キロ向こうに広がる地平線。いつもははるか彼方の山の稜線がはっきりと見えていたはずなのに、少し手前の地平でそれをぼやかすような何かが揺らいでいる。ヴェクトリアは目を凝らしその揺らぎを見つめた。その何かがおぞましいほどの魔族の軍団があげた土煙だと分かるのに、そう時間はかからなかった。それと同時に玉座の間の扉が勢いよく開く。
「申し上げます……敵影が現れました!!」
転がり込む兵士は開口一番にそう告げる。ルーグはごくりと固唾をのみ、拳を握りしめて言った。
「ついに……報告、感謝します!急ぎ門へと戻り、防衛戦に備えてください。ブラックさん!」
「ああ、我々も城を出る準備をしよう!」
兵士が玉座の間を離れ、ブラックの言葉に従いルーグが背を向けた瞬間であった。
「ぐふっ……」
「え……?」
ブラックの声を聞き、ルーグがゆっくりと振り返ると、ブラックの背後から刀が突き立てられていた。心臓を貫きその背後から現れたのは、守賢将デステール・グリードであった。左手には妙な魔道具を持っている。その魔道具から、アルエットの声が響いた。
『ルーグ!!ブラックさん!!お母様!!!』
「まずは一人……」
「貴様……デステールっ!!」
ルーグはデステールに飛びかかる。しかし
「お前……そんな傷だらけの身体で、僕に勝てるとでも?」
『ルーグ!!!!』
デステールはそう言い捨て、刀を収めて裏拳でルーグを殴り飛ばす。ルーグは地べたに転がり仰向けに倒れた。デステールは彼を一瞥することもなく、バルコニーにいる女王ヴェクトリアに狙いを定めた。
「100年振りだな……ヴェクトリア・フォーゲル。今日がお前の命日だ、神への祈りはもう済んだか?」
「……あいにく、フォーゲルシュタットは無神教でね。縋る神を持ち合わせてはいないさ。」
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