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第五章 彷徨編
彷徨ⅩⅡ アルエット誕生秘話
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ケイレス村、243年前の記憶を再現したクニシロの結界の中で、アルエットは周囲の様子を観察していた。牧歌的な雰囲気で農業に精を出す者、物資を扱い取引をしている者、無邪気に村を走り回る小さき者……その誰もが、背中から鳥の羽を生やしている魔物・セイレーンだった。
「本当に、こんなところに村があったんだ……。」
「そうですねぇ。私もここに初めて来た時は、同じことを思いました。」
「デステール以外のセイレーン族も初めて見たわ……いや、厳密には初めてではないんだけど。」
その時、セイレーンの子供がアルエットに向かって走り出した。
「うわぁっ!」
ぶつかりそうになると思ったアルエットは咄嗟に避けようとするが、間に合わなかった。子供の肩がアルエットに直撃する……と思った瞬間、子供の身体がすり抜けそのままアルエットの後方へと駆けていった。
「び、びっくりした……」
「アルエット様、これらは全て映像ですので互いに干渉することはありませんわ。」
「は、はは……そうよね。あまりにリアルなもんだから……」
アルエットはそう言うと、改めて周囲をざっと見渡した。セイレーンの村という謳い文句なだけあり、人間はおろかその他の魔族の存在も見当たらなかった。
(本当に……静かで平和な村だったのね。デステールがこの思い出に拘る理由、分かる気がする。)
そんなことを考えながら歩いていると、唐突に一人の男が背後からアルエットを貫くように駆け抜けた。アルエットはそのあまりの勢いに戸惑いながらその男を目で追うと、その背中には羽が生えていなかった。
「人間の男……まさか!!」
アルエットがクニシロを置いて男を追いかける。男は走りながら独り言を呟いていた。
「遂に……遂に、2人目の子供が産まれるんだ!!待ってろローズマリー!急いで向かうからな!!」
「やっぱり……私の父親だ!!」
村にいた唯一の人間、アルエットの父親であるエクトルは一番奥にある家に向かい走っていた。アルエットはそれを夢中になって追いかけた。目的の家にたどり着いたエクトルは、すぐさま扉を開けて叫んだ。
「ローズマリー!!どうだ!?!?」
「あぁ、旦那様。おかえりなさいませ。」
エクトルを出迎えたのはセイレーンの助産師だった。家の内部には間仕切りが置かれ、その奥にローズマリーがいると確信したエクトルは、ズカズカとそこまで進みなんとか覗き込もうとする。
「ちょっと、旦那様!」
「一目見させてくれたっていいじゃないか、俺の奥さんと子供だぞ?」
「分かってますよ!ですがちょうど今お子さんが眠ったところなんです。お母さんも休憩中ですから、今はお静かにしてもらわないと困ります!」
助産師にそう言われ、しぶしぶ引き下がるエクトル。声のボリュームを落とし頼み込むように話を続ける。
「わかったよ……静かにするから、せめて会わせてくれないか?」
「ほんとに分かってるんですか……?お子さん起こしたりしないでくださいよ。」
「分かってる分かってる!」
エクトルの言葉を背後から見つめながら、アルエットは苦笑いしながら呟く。
「信用できないなぁ……私の父親ながら。」
助産師はやれやれとため息をつき、エクトルに全身を覆うつなぎのような服と手袋とマスクを渡し、着用するように促す。エクトルは汚れた上着と手袋を外し、手を洗って渡された衣類を着用する。助産師はそれを確認すると、エクトルを間仕切りの奥へと連れて行った。アルエットもエクトルの後ろをついて歩いた。
「ローズマリー様、旦那様をお連れいたしました。」
「エクトルさんが!?」
エクトルは助産師が呼ぶよりも早く、待ちきれないといった様子でローズマリーに向かって駆け出した。
「ああ、ローズマリー!!会いたかったよぉ!!!」
「「静かに!!!」」
「あ……」
早速大声を残りの二人に窘められるエクトル。エクトルは小さくなりながら口を手で慌てて塞ぐ。アルエットはそれを横目に見ながら、
(この、バカ親父……)
と呆れ果てていた。そして、家の内部をじっくりと見回していた。ローズマリーの隣に子供のデステールもいた。間仕切りで半分に仕切られているとはいえ、大人一人が横になった上で子供一人と何名かの大人が集まっているにもかかわらず、あまり狭さを感じない程度には大きな家であった。奥には大きなクローゼットが一つだけ置いてあった。アルエットはクローゼットの元へ歩き、
「これが……この三年後に、あの悲劇を看取ることになるのね。」
その輪郭をなぞるように触れる仕草をしながら呟く。唇を少し噛み締め、ふうと息を吐き出し再びローズマリーたちの方へ向き直す。そして、それまで直視することを避けていた自身の母・ローズマリーの方へと視線を向けた。エクトルとローズマリーの会話が聞こえる。
「あなた、この子の名前は決めたの?デステールの時は私が決めたから、次はあなたが決めると躍起になってたじゃない。」
「ああ、そうだった!男の子かい?女の子かい?」
「ふふ、女の子よ。」
「そうか……だったら、"アルエット"にしよう。」
「……うん。いい名前だと思うけど、由来とかあったりするの?」
「もちろん!昔の英雄の名前さ。かつて人間の王都が魔族に攻め込まれ陥落の危機に陥ったとき、伝説の聖剣を引き抜いて魔族を追い返したという逸話が残っているんだ。」
エクトルは木の板に"Arlette"と書きながらローズマリーに語った。ローズマリーは苦笑いをしながら言う。
「あなたねぇ、魔族の子に人間の英雄の名前を付けるなんて……。それに、その綴りだとアルエットじゃなくてアルレットだと思うけど?」
「え、ああ……あれ、そっちだったかも?じゃあ、アルレットにしようか。」
「……いいえ、アルエットにするわ。英雄の名前とまんま同じってのもなんとなく嫌だし、何よりそっちの方が響きがかわいらしいもの。」
「そっか……それも、そうだな!」
エクトルとローズマリーはそう言って、二人で顔を見合わせて笑った。アルエットはそんな幸せそうな空間を見つめながら、
「ママ……」
と呟き、一筋の涙を流した。
「本当に、こんなところに村があったんだ……。」
「そうですねぇ。私もここに初めて来た時は、同じことを思いました。」
「デステール以外のセイレーン族も初めて見たわ……いや、厳密には初めてではないんだけど。」
その時、セイレーンの子供がアルエットに向かって走り出した。
「うわぁっ!」
ぶつかりそうになると思ったアルエットは咄嗟に避けようとするが、間に合わなかった。子供の肩がアルエットに直撃する……と思った瞬間、子供の身体がすり抜けそのままアルエットの後方へと駆けていった。
「び、びっくりした……」
「アルエット様、これらは全て映像ですので互いに干渉することはありませんわ。」
「は、はは……そうよね。あまりにリアルなもんだから……」
アルエットはそう言うと、改めて周囲をざっと見渡した。セイレーンの村という謳い文句なだけあり、人間はおろかその他の魔族の存在も見当たらなかった。
(本当に……静かで平和な村だったのね。デステールがこの思い出に拘る理由、分かる気がする。)
そんなことを考えながら歩いていると、唐突に一人の男が背後からアルエットを貫くように駆け抜けた。アルエットはそのあまりの勢いに戸惑いながらその男を目で追うと、その背中には羽が生えていなかった。
「人間の男……まさか!!」
アルエットがクニシロを置いて男を追いかける。男は走りながら独り言を呟いていた。
「遂に……遂に、2人目の子供が産まれるんだ!!待ってろローズマリー!急いで向かうからな!!」
「やっぱり……私の父親だ!!」
村にいた唯一の人間、アルエットの父親であるエクトルは一番奥にある家に向かい走っていた。アルエットはそれを夢中になって追いかけた。目的の家にたどり着いたエクトルは、すぐさま扉を開けて叫んだ。
「ローズマリー!!どうだ!?!?」
「あぁ、旦那様。おかえりなさいませ。」
エクトルを出迎えたのはセイレーンの助産師だった。家の内部には間仕切りが置かれ、その奥にローズマリーがいると確信したエクトルは、ズカズカとそこまで進みなんとか覗き込もうとする。
「ちょっと、旦那様!」
「一目見させてくれたっていいじゃないか、俺の奥さんと子供だぞ?」
「分かってますよ!ですがちょうど今お子さんが眠ったところなんです。お母さんも休憩中ですから、今はお静かにしてもらわないと困ります!」
助産師にそう言われ、しぶしぶ引き下がるエクトル。声のボリュームを落とし頼み込むように話を続ける。
「わかったよ……静かにするから、せめて会わせてくれないか?」
「ほんとに分かってるんですか……?お子さん起こしたりしないでくださいよ。」
「分かってる分かってる!」
エクトルの言葉を背後から見つめながら、アルエットは苦笑いしながら呟く。
「信用できないなぁ……私の父親ながら。」
助産師はやれやれとため息をつき、エクトルに全身を覆うつなぎのような服と手袋とマスクを渡し、着用するように促す。エクトルは汚れた上着と手袋を外し、手を洗って渡された衣類を着用する。助産師はそれを確認すると、エクトルを間仕切りの奥へと連れて行った。アルエットもエクトルの後ろをついて歩いた。
「ローズマリー様、旦那様をお連れいたしました。」
「エクトルさんが!?」
エクトルは助産師が呼ぶよりも早く、待ちきれないといった様子でローズマリーに向かって駆け出した。
「ああ、ローズマリー!!会いたかったよぉ!!!」
「「静かに!!!」」
「あ……」
早速大声を残りの二人に窘められるエクトル。エクトルは小さくなりながら口を手で慌てて塞ぐ。アルエットはそれを横目に見ながら、
(この、バカ親父……)
と呆れ果てていた。そして、家の内部をじっくりと見回していた。ローズマリーの隣に子供のデステールもいた。間仕切りで半分に仕切られているとはいえ、大人一人が横になった上で子供一人と何名かの大人が集まっているにもかかわらず、あまり狭さを感じない程度には大きな家であった。奥には大きなクローゼットが一つだけ置いてあった。アルエットはクローゼットの元へ歩き、
「これが……この三年後に、あの悲劇を看取ることになるのね。」
その輪郭をなぞるように触れる仕草をしながら呟く。唇を少し噛み締め、ふうと息を吐き出し再びローズマリーたちの方へ向き直す。そして、それまで直視することを避けていた自身の母・ローズマリーの方へと視線を向けた。エクトルとローズマリーの会話が聞こえる。
「あなた、この子の名前は決めたの?デステールの時は私が決めたから、次はあなたが決めると躍起になってたじゃない。」
「ああ、そうだった!男の子かい?女の子かい?」
「ふふ、女の子よ。」
「そうか……だったら、"アルエット"にしよう。」
「……うん。いい名前だと思うけど、由来とかあったりするの?」
「もちろん!昔の英雄の名前さ。かつて人間の王都が魔族に攻め込まれ陥落の危機に陥ったとき、伝説の聖剣を引き抜いて魔族を追い返したという逸話が残っているんだ。」
エクトルは木の板に"Arlette"と書きながらローズマリーに語った。ローズマリーは苦笑いをしながら言う。
「あなたねぇ、魔族の子に人間の英雄の名前を付けるなんて……。それに、その綴りだとアルエットじゃなくてアルレットだと思うけど?」
「え、ああ……あれ、そっちだったかも?じゃあ、アルレットにしようか。」
「……いいえ、アルエットにするわ。英雄の名前とまんま同じってのもなんとなく嫌だし、何よりそっちの方が響きがかわいらしいもの。」
「そっか……それも、そうだな!」
エクトルとローズマリーはそう言って、二人で顔を見合わせて笑った。アルエットはそんな幸せそうな空間を見つめながら、
「ママ……」
と呟き、一筋の涙を流した。
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