終わりと始まりに嗤う

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 彌太郎が魔王城から離れる様に駆け出してから、暫くすると魔王城に向かって、再び彌太郎が歩いて来たが、その身体には一切の傷は見受けられなかった。

「えげつないほどの、広域回復魔法だな。あんなもの異世界でも、滅多に見た事なかった」

 先程とは打って変わり、落ち着いた様子の彌太郎が、背中を見せるエヴァに対し声をかけた。

「聖女の聖魔法の効果に、魔女の広域展開術式を組み込んだものだからな。土地や魔物に対する浄化も兼ねている上に、術式の上空さえもその範囲になっている。先程もし君が上空に逃れようとしても、結果は同じだったと言う事だよ」

 エヴァは、彌太郎の言葉に、生徒にでも説明する教員のように答えた。しかし、目線は彌太郎を見る事なく、目の前の箱に集中していた。

 その箱の中では、炎、氷、雷、水、光、と様々な現象が激しく渦巻いていた。

「うぇえ……魔王を拷問とか、マスター・・・はどれだけ鬼畜だよ」

「マスターに対して、失礼だな。これは拷問ではないのだよ。いってみれば、モンスターをゲットする為に弱らせてるだけさ。そうだな、分かりやすくボール型に変化させようか」

 棺の様な形だった箱が、綺麗な球体へと変化すると、ここでエヴァは彌太郎に顔を向けたのだった。

「ドヤ顔するなよ……ボールに入れてから弱らせるとか、どんだけ鬼畜仕様だってんだ」

 うんざりするような表情を返す彌太郎は、その人一人入れるボールに目を向けると、中にいるであろう魔王ルシフェルに対し、同情するのであった。

「魔王をテイムしようとするとか、頭おかしい奴の考えだぞ。魔王が屈服するところなんて、見た事ねぇよ。それに、生きてんのか箱の中の魔王は」

 徐々に箱の大きさは縮んでおり、彌太郎がそれを見て呆れながら尋ねると、エヴァは表情を変えずに頷いた。

「この程度で魔王が滅される事などないさ、コレはとにかく生命力が異常な種族なのだ。君も、実際に戦ったのだから知っているのだろう?」

 エヴァの言葉に、彌太郎は異世界での魔王との戦闘を思い起こすと、黙って頷いた。

「確かに、アイツらゴキブリ並みのしぶとさだったな」

「そうでもしないと、異世界から呼び出される〝勇者〟に対抗出来ないのだよ。そして、当たり前だが魔王を屈服させる事など、普通は不可能。しかし、それはその世界の神格が創造するということが原因なのだよ」

「コイツは、そうではないと?」

「あぁ、コイツは、私や君が異世界で戦った魔王とは違う。言うなれば、画竜点睛を欠くというやつだよ」

「外国人の口から、当然のように漢字の諺とか違和感半端いが、何が足りないんだよ」

「神気が注ぎ込まれた気配が、コイツからは感じられないのだよ。魔王に至るには、邪神、悪神、厄神、女神、どんな神であろうと神気をその魂に注がれ、初めて至ることが出来るのだが、コイツは仕上げとも言えるソレがない」

 彌太郎は、エヴァが述べた事の真偽を判断することが出来なかった。魔王に関して、彌太郎の認識は〝異世界召喚の原因となる存在〟であり、その世界の秩序を乱し、人族の天敵という認識だった。

 しかし、エヴァの言葉は、真実だとしたら〝魔王創世〟についての話であり、そんな事実は初耳だった。

 疑う余地がある内容であったが、彌太郎にはエヴァの言葉が真実に感じていた。その感覚自体が、気に食わない彌太郎だったが、それは〝主従の契り〟の影響だろうと薄々感じ取っていたからだった。

「仕上げがないと、服従させる事も可能だってのか?」

「私も初の試みだから、そこに確信を持っている訳ではないよ。しかし、コイツは神なる存在に仕上げとなる〝存在意義〟を与えられていないのだろう。君との戦闘時に劣勢になった時に、魔王としては有るまじき表情を見せたのだよ」

「魔王あるまじき?」

 彌太郎の訝しむ様子に楽しそうに微笑んだエヴァは、魔王ルシフェルを閉じ込めている球状の障壁の中に荒れ狂っていた魔法の嵐を止め、同時に障壁も解いた。

「己の存在意義に対して、疑いを持ってしまった。揺るぎない精神を持つ筈の魔王が、揺らいでしまったのだよ。絶対的強者として誕生した筈が、生まれて数時間も経たないうちに、その〝前提条件〟を覆されてしまったのさ。加えて、この仕打ち。心を折るには、十分だとは思わないか?」

「マスターが、真の魔王じゃねぇのか……」

 心底嫌そうな表情を顔に作る彌太郎を尻目に、エヴァは指を鳴らした。

 その音ともに、目の前に地面に身体を縮こませながら倒れいてる魔王ルシフェルが現れ、エヴァは容赦なく魔王の頭を踏みつけた。

「うわぁ……悪役がどっちか、一目瞭然だな」

 閉じ込められていた障壁の中で、魔王ルシフェルは弱点で有る聖属性を付与された魔法を、嵐の様に浴びせられ、なす術なく痛めつけられ、その状況はまさに拷問の様でもあり、虐待を受けている様でもあった。

「あ……う……」

 憐れの一言で、全てが言い表せる程に、完全に心を折られた魔王がそこにいた。

 覇王の風格など何処に吹き飛ばされたのかと言いたいほどに、魔王ルシフェルの身体はボロ雑巾の様に傷つき、魔王の象徴たる角も片方は折れ、無惨に垂れ下がっていた。そして、瞳はよく見ると、涙さえ浮かんでいるかのようだった。

「さて、魔王ルシフェル君。さぁ、君が魔王の成り損ないだったとしても、私の声ぐらいは聞こえるだろう? そこで、唐突にして即断を求めるが、これから選択の時間だ。君はこれまでの数時間の生に終わりを告げ、新しい生の産声をこの場所であげるか? それとも、死して無となるか。君の答えを、私に聞かせてくれないか」

 後世にて『終わりと始まりの日』と並び、世界で最も有名となるこの日、魔王ルシフェルの短い生にも『終わり』が訪れ、一人の魔女の手によって『始まり』がもたらされたのだった。

 その様子を見ていた彌太郎が、魔王ルシフェルに自分を重ね、盛大な嘆息を吐いたのは言うまでもない。

 そしてエヴァに、そう告げられたルシフェルは考える。

「新たな生を……願う」

「即断かよ、もう少し魔王の矜持とかさぁ……」

 彌太郎の言葉を無視し、エヴァは魔王の頭を踏みつけたままで、術式を発動する。

「〝我が踏みつける者に対し 慈悲と愛を持って 我が盾 我が矛として その命の全てを酷使する義務を得る〟【隷属DemonKing of魔王Slave】」

「どんな詠唱と魔法名だよ……」

 残念すぎるエヴァの詠唱に彌太郎は、呆れながら頭を横に降っていた。当のエヴァは、楽しそうに笑っているが、それはどこか新しい玩具を手に入れた子供の様でもあった。

 詠唱の終わりとともに魔王の身体の全身に幾何学的な紋様が浮かび上がると、魔王は悶え苦しげな呻き声を吐き、それは数分間続いたが、その間もエヴァの足は魔王の頭を踏みつけたままだった。

 やがて、魔王の身体の紋様が身体に染み込んでいくように消えていくと、同時に呻き声も止んでいた。

「今この瞬間から、お前は私の従者として新しき生を得た。名をルゥルとし、命尽きるまで私に尽くせ」

「話が主人、エヴァ様の仰せのままに」

「元魔王につける名前が、ルゥルって……しかも、ちゃっかり服装が秘書風になりながら、キリッとした顔しているけど、お前さっきから頭その主人に踏みつけられてるんだからな。しかも、ヒールがこめかみに割と酷い感じに突き刺さってるし」

「これは、ご褒美なのだよ、我が兄弟。是非とも先程のように私を殴り飛ばして、濃密なコミュニケーションを図ろうではないか」

「……いつから俺は、変態元魔王の兄弟になったよ」

「彌太郎は、私と同じエヴァ様の配下なのだろう? はっきりと私の目には、エヴァ様と彌太郎の間に私と同じような魔力の鎖が見える。私と同じ術ではなさそうだが、彌太郎も私と同類なのだということは分かる」

「誰が同類だ、二度とお前と俺が同類だなんて言うな。気持ち悪りぃ」

「フッ」

 何故か頭をエヴァに踏まれながら、勝ち誇ったような表情を見せる元魔王現変態のルゥル対し、盛大に額に青筋を立てる彌太郎だった。

 そして、流石に我慢出来ずにルゥルの顔面を、そのまま蹴ってやろうとしたが、それより前にエヴァがルゥルの頭から足を離した為、彌太郎の足が顔面に届く前に素早く立ち上がる事ができたはずなのに、ルゥルはそれをしなかった。

 結果として、微動だにせずに顔で彌太郎の足を受け止めた。

「……嘘だろ……今、コイツわざと避けなかったよな……おい、マスター、俺の目を見ろ。何がどうして、覇王な風格を漂わせた魔王然としていたアレが、こうなったんだよ!」

 珍しく遠い目をするエヴァは、彌太郎の詰問に対し、優しく微笑んだ。

「知っているか、彌太郎君。私が何故、ルゥルの頭を今だに踏んでいるままなのか」

「ん?」

「ルゥルのこめかみに食い込んでいるヒールなんだが、どうやら顔面の筋肉でヒールを抜けないようにしているようでな……確かに、仕上げとして顔面を踏みつけたが、少し予想の斜め上の事態が起きているようだな」

「気持ち悪すぎる!?」

 エヴァの言葉を受けて、我慢の限界に来た彌太郎が下唇を噛み、爪先に魔力を集中させると、今度はそのままの状態で、全力でルゥルの顔面を蹴り飛ばした。

「ほげら!?」

  流石に彌太郎の魔力を爪先に込めた蹴りは、顔面で受け止めきることは出来なかったのか、ルゥルは地面を転がっていった。その際に、エヴァのヒールもルゥルの顔面からやっと解放された。

「おやおや、新しく出来た後輩に、随分と厳しい仕打ちじゃないか。彼に、嫉妬でも感じたのかい?」

「今のやりとりの中に、嫉妬を感じるところがあったら、そいつは終わってる」

「そんなに嫌そうな顔をするものではないだろう。君の固有能力の特徴からも、君もアッチ側なんだろう?」

 エヴァが愉快そうに指差した所には、蹴られた事に嬉しそうに微笑みながらも、蹴りの威力に物足りなさを感じ、若干寂しそうにしている元魔王がいた。

「やめてくれ……本当にやめてくれ……」

 それを見て、彌太郎は怒る訳でもなく、ただただアレと一緒にされそうな事に、絶望の表情を見せていた。そんな様子の彌太郎を放っておき、エヴァは割と真剣に元魔王ルゥルを観察していた。

 これまでのエヴァが率いるギルド『宿り木ミスティルテイン』と、雪ノ原 鉄志が率いるギルド『黒鉄くろがね』の合同調査から、世界中の悪魔信仰の大元である一大組織〝Peace of mind〟を率いる十の氏族が、それぞれの一族郎党及びその支援者達を集め、世界中で各氏族の本家の元へと集結しているのが判明していた。

 特に【終わりと始まりの日】に魔素が、この世界に濃密に出現してから、まるで先を急ぐように終結しており、それまで〝Peace of mind〟の一員だと公にしていなかった著名人までもが、一目を気にする事なく、その集会所へと参加していた。

 そして、これまで秘密にしていた鬱憤を晴らすかのように、SNSやメディアで狂ったように語り出していた。

 日本時間の午前零時に合わせるように、大規模集団魔法術式が発動した結果、その地に魔王城が創造され、その玉座に魔王が誕生していたのだ。

「ルゥル」

「我が主、エヴァ様。何か御用でしょうか」

 エヴァに名を呼ばれた元魔王ルシフェルことルゥルは、長年仕えていたかの様に、立ち上がると一瞬にしてエヴァの隣に立っていた。

「ルゥルは、この魔王城自体を消したりすぐ創ったりと、出来る訳では無いという認識であっているかい?」

 【隷属DemonKing of魔王Slave】により、エヴァにはルゥルの持っている知識から、必要だと思えるものを引き出す事が可能になっていたが、千人分の贄となった者達の知識である為、量が膨大過ぎてしまい直接聞き出す方が結果として早かった。

「残念ながら、その通りでございます。この城の所有権は私にありますが、この場所から移動させるといったことは出来ない仕様の様です。我が主であるエヴァ様が、不要だと判断すれば、今すぐにでも更地に変えて見せますが、如何しましょうか」

 ただでさえ二メートルを超える巨躯に、筋肉の鎧を纏っているようなルゥルが、さらに筋肉をバンプアップさせるものだから、来ている秘書風のスーツが破れそうに悲鳴をあげていた。

 それとは真逆にエヴァは、ルゥルには一瞥も向けずに静かに考えを巡らせていた。

「なぁ、元魔王の上に、そんな漢の中の漢みたいな成りして、新しく付けられた名前がルゥルだなんて可愛らしい名前だけどさ。マスターに、抗議としかしなくて良いのかよ」

 エヴァが黙っていた為、彌太郎がショックから立ち直り、ルゥルに話しかけると、自分より遥かに小さき彌太郎を見下ろしながら、ルゥルも口を開い。

「最高だ!」

「あ、もういいや」

 異世界の魔王全てに謝れと、心の中で思い、彌太郎は元魔王を全ての意味で諦めた。

「ただ壊すのも有りなのだが……これからの事を考えると、これはこれで有用ではあるか。ルゥル、この魔王城の中は、所謂ダンジョンのように出来るな?」

「我が主、エヴァ様。それは可能でございます。この世界における所謂ゲームの様な仕様にすることは、可能です」

「流石、この世界の住人を大量に贄にして生まれただけのことはあるな。餌は、お前自身で良いだろう。力が有り余った奴らが、恐らくこの魔王城を攻略しにくるだろう。玉座の間まで攻略してきた者が居たら、私に知らせるんだ。うちのギルドに、私が勧誘する事にする」

「畏まりました。その際は、先ずは私が眷属創造により作り出した魔王を倒せる者を、第二形態として私が登場し、私が強さを見ためた後に、最終形態に変身の設定で、我が主、エヴァ様に登場して頂く計画でよろしいでしょうか?」

「概ね、それで良いが、そうだな……第一形態の魔王の傍らには、“四天王では最弱”ヤターロゥロゥをサポートに付けることにしよう」

「巫山戯るな。どれだけ、お前らRPG好きだよ。それに勝手に人を、ネタ枠に入れるんじゃねぇよ。ただ、ちょっと楽しそうだから、付き合っても良いけどな」

「見よ、ルゥル。これがツンデレだ」

「おぉ、これがかの有名なツンデレ……」

「いや、マジでウザいわ、お前ら。特に、元魔王な。お前のそのサブカルな知識の偏りが腹立つな」

 既に空気は緩み切っているが、エヴァは不意に一人空を見上げた。

 そして数秒の沈黙の後、突然涙を流した。

「は?」
「我が主!?」

 あまりに突然の主人の涙に、下僕である二人が唖然としながらも驚いていた。

「そうか……永新君。君が幸せな最後を迎えられたのなら、私は嬉しいんだ。ただ……君ほどの男を殺せる相手を、私が気にならない訳ないだろう?」

 宙を見ながら、誰かに話しかけるように言葉を発した後、エヴァは唐突に転送陣を自身の足元に出現させると、彌太郎とルゥルが呆気にとられる中で、転送術を発動すると跡形もなく消え去った。

「ちょ……おい、えぇ?」

 予想の斜め上の展開に、流石に狼狽える彌太郎を尻目に、隣ではルゥルがエヴァと同じように足元に魔法陣を展開していた。

「あ! こら! ちょっと待て!? どこ行く気だよ!」

「我が主エヴァ様の奴隷である私が、主人の元を離れるなどあってたまるかぁ!」

 まるで、どこかで見たことあるような身体から無駄に発生するオーラのエフェクトを纏いながら、元魔王ルゥルは吼えた。

 そして、エヴァと同じ様に消えていった。

 魔王城と彌太郎を、その場に残して。

「嘘だろぉおおお!?」

 広い空に、その悲しき慟哭は吸い込まれていったのだった。
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