終わりと始まりに嗤う

イチ力ハチ力

文字の大きさ
上 下
40 / 41

認定と申請

しおりを挟む
 天乃アメノ虚舟ウツロノフネの船底では、格納庫の大扉が開き、大空に向けて三頭の飛竜が飛び出すべく、翼を広げていた。

 そして竜の咆哮とともに、それらが船から飛び出すと、そのまま真っ直ぐ海面に向かって、急降下していくのであった。

「魔導具【隠居楽道】〝起動〟」

 リリスの言葉と共に、レイジ嗤う男奏雲研究所前所長と彼女が乗っている其々の飛竜達の首輪に付いている琥珀色の石が光出すと、飛竜を含めて全員が不可視の存在と変化していった。

 そしてそれに合わせるように、今度は奏雲が懐より球状の物体を指に挟むように四つ取り出し、言葉を発する事なく、表面のボタンをそれぞれ押すと、それを手放した。

 奏雲の手から離れた球状の物体は、三人が降下する先まで、まるでそれそれが意思を持っているかの如き動きで急加速し、申し合わせたかのように其々が四方に並んだ。

 そして、その瞬間に球状のそれらが互いを要とし光の線が繋がり、そこに転移門を作りだしたのだった。

 リリスは、その様子を見て眉を一瞬顰めたが、レイジ嗤う男に続いて転移門へと飛び込んでいったのだった。

 最後に転移門を潜る奏雲は、上空の天乃アメノ虚舟ウツロノフネに視線を向けると、再び胸元から球状の物体を二つ取り出すと、転移門を潜る直前に、空に向かって放り投げるのであった。



「さてと、当然これで終まいなんてことは、ないよなぁ? まぁ、本当に次があったら、あとは爺さんに任せるからさ」

「なんだ、もう満足したのか」

 構えは崩さないが、既に刀四郎は神の尖兵を真っ二つにした時点で、魔力を完全に使い切っている状態であった。

「魔力回復薬なら、もっておるだろう」

「アレ使った後は、そう云うんじゃ駄目・・なんだよ。まぁ、その分の威力はあるんだけど。だからさ……休憩中は、爺さんに譲るさ」

「そうだな。存分に楽しませてもらおうか」

 口では軽口を叩きながらも、刀四郎は神経を研ぎ澄ます。そしてあまねは、さらに魔力を高めながら、蠢き出したソレの警戒を強めた。

 二つに分断された神の尖兵の身体は、一つになろうと蠢いているように見えた。

 完全なる隙に見える動きであるというのに、刀四郎だけでなく万全の状態である筈のあまねでさえも、それを前に動くことが出来なかった。

 何故なら、二人の視界に移るソレからは、神の尖兵と呼ぶには禍々しい程の力が、黒き炎をイメージさせるほどに視覚化出来た為だった。

とう、護ることは出来ぬぞ」

「あぁ、わかってる。何とか腕一本ぐらいで、勘弁してもらうとするさ」

 やがて蠢いていたソレは一つになり、まるで粘土を子供がこねくり回しているかのように、形を変形させていった。

 そして、先程とは別物と言わんばかりに、その形状は美しき少女の姿をしており、神々しく輝く白き衣を纏う姿は、見まごうなき〝天使〟であった。

 マネキンの如き無表情だった先程と異なり、表情は見惚れる程の美しき微笑みを浮かべていた。

 〝人の子よ、誇るが良い〟

 作り物ではなく本物と言わんばかりに、白き翼を大きく広げながら、美しき天使は二人に語りかける。

 〝そして、死んでいくが良い〟

 死の宣告が二人になされる時、その天使の顔に微笑みは消えていた。

 楽しそうに、面白そうに、嗤うのであった。

「がぁ!?」

とう! くっ!」

 刀四郎の叫び声と同時に、あまねの視界の端には、刀四郎の大太刀が宙を舞う様子を捉えていた。

 刀四郎の右腕と共に、宙を舞う大太刀が。

 そして、同時に飴細工の如き脆さで砕かれた自身の剣は、たった一撃にて先程までの神の尖兵とは一線を画すどころか、絶望的な力の差を否応なしに二人に突きつけていた。

 だからこそ、二人もまた嗤うのだった。

 〝神を前にして笑うのか、人の子よ〟

「これほど楽しいことなど、久しぶりなのだよ」

「違いないね!」

 あまねは、両手に先程の剣を瞬時に創り出すと、それを重ね合わせ、より強固な剣を創り出した。

 刀四郎は、素早く切り落とされた上腕を止血すると、左腕のみで構えをとる。

 二人は、天使がすぐさま追撃してくるだろうと構えたのだが、一瞬余所見をした天使は、突如として二人への威圧を止めた。

 その様子に訝しむ二人に向かって、天使はこともなげに言葉を吐いた。

 〝私の標的は、人の子の働きにより逃げおうせたようだ。さて、私にこの姿を取らせた人の子よ、ここに選択肢を与えよう〟

 事務的な事でも話すかの様な天使の雰囲気だが、二人は集中を一切切らす事なく、目の前の敵を見据える。

 〝死したのちに、英霊として私の下僕となるか、魂を消滅させられるか。どちらかを、選ぶのだ〟

 特に凄むわけでもなく、ただただ天使は二人に選択を委ねた。

「貴様を倒す」
「お前をぶっ倒す」

 一息の間すら置かずに二人は応え、それは第三の選択肢であった。

 〝人の子の選択は、しかと受け取った。人の子の魂よ、永遠の別れだ〟

 二人の答えに、天使は表情ひとつ変える事なく、右腕を水平に薙いだ。

 その可憐な腕が描く軌跡は輝き、一筋の光の刃は二人への不可避の一撃となる。

「ぐぬぅうう!」
「くそがぁあ!」

 まるで巨大な斬撃のような光の刃は、横並びに立っていたあまねと刀四郎に同時に襲いかかり、二人は共に刃を止めたものの、その光の刃は止まる事なく、二人を真っ二つにしようと力が緩まることはなかった。

 その様子を見る天使は、穏やかな笑みを浮かべていたが、徐々に光の刃に押され始める二人を鑑賞していると、次第にその笑顔は歪み始めた。

 〝神に逆らう者の最後は、実に愉快だな。叶うはずのない夢を見て、それを呆気なく散らす姿は、滑稽であり、それもまた人の子である証と言えよう〟

 見下す瞳、そして吊り上がった口角は、天使が彼らを如何に嘲笑っているかを雄弁に示していた。

「お……い……爺さん……随分と……馬鹿にされている……みたい……だぞ」

「確かに……な」

 光の刃に、徐々にあまねの剣も刀四郎の大太刀も押され始め、このままではじり貧である事は、重々理解している二人だが、何より怒りを覚えるのが、手を抜かれて遊ばれていることであった。

 この瞬間にでも、天使が二人に第二撃の追撃を放てば、確実に二人は死ぬ。

 それを相手がしてこないということは、それが出来ないか、もしくは舐められているかのどちらかである。

 そして、二人は自分達が舐められていると判断していた。

「爺さん……本気を出さないまま……負けるなんて……ありえないよなぁ?」

「……出し惜しみなど……しているつもりはないが?」

 刀四郎の言葉に、あまねは一瞥もくれることなく答える。そして、その言葉に刀四郎は、顔を顰めると舌打ちをした。

「巫山戯るなぁぁああ!」

 刀四郎は目を見開き、雄叫びの如く声を張り上げると、光の刃を受け止める左腕の筋肉が、異常なほどに肥大化していた。

「その瞳の奥の恐れは、俺に対する侮辱だ! 俺は、あんたより強くなってみせるさ! 今ここで、あんたがどれほど強くなろうとも! だから、恐れることはないんだよ!」

とう……」

 肥大する刀四郎の左腕は、次第に黒炎を纏い始める。

「俺の強さを、見誤るなぁああ!」

 次の瞬間、光の刃は刀四郎の大太刀により、真っ二つに斬り裂かれた。

「今この瞬間の〝最強〟なんぞ……何の意味なぞ、ありやしねぇ……我君が……そんな世界にしてくれたんだぞ……全力で楽しめよ……」

 それだけ言うと、刀四郎は気を失い、その場に倒れたのだった。

 〝見事であった。よもや、アレが斬られるとはな。やはり魂を消滅させるのは、勿体無い。魂を調教した後に、兵とするとしよう〟

 天使は満足気に頷くと、右腕を掲げ、掌の上に光の矢を創り出した。

 〝先ずは、一人〟

 振り下ろされる右腕と共に、光の矢は刀四郎に向かって、レーザーと思えるほどの速度で向かっていく。

 そして、刹那よりも早く、光の矢は刀四郎の頭部へと到達する。

 〝ほぅ、それを素手で掴むか、人の子よ〟

 しかし、その光の矢が刀四郎の命を散らすことは叶わなかった。

 〝いや……お前は、人の子ではないな〟

 目を細め、その美しい顔に似つかわしくない渋面を作る天使の前に居たのは、一国を牛耳ろうとする老獪な老人ではなかった。

 光の矢をその手に掴んだのは、筋肉の張り、肌艶、目の輝き、どれもが老人のそれではなかった。

 今にも暴れ出したいと言わんばかりに、若々しく隆起した筋肉。

 潤い輝く銀髪は、水のように滑らかに風になびき。

 天使を写す瞳には、覇気と共に、そこには獰猛さと傲慢さが過剰なほどに見てとれた。

 〝この世界の理から外れるつもりか〟

 猛々しく身体から溢れ出す白銀のオーラは、天使の表情を曇らせるには十分たる神気の量と質であった。

は、老いを侮っていたようだ」

 目の前の天使から、余裕を持って視線を外すと、甲板に倒れる刀四郎に穏やかな表情を向けると、次の瞬間に斬り飛ばされた刀四郎の右腕を手にしていた。

 その様子を、天使は何も言わずに見ている。

 正確に言えば、動けずにいた。

とうよ、期待しているぞ。俺に、覚悟を決めさせたのだから」

 青年は、刀四郎の右腕を本来あるべき場所へ据えると、瞳を閉じた。

 刀四郎の身体が、白銀の光に包まれ、数秒の後に刀四郎の右腕は、主人の元へ無事に戻っていた。

「さて、ある意味では〝初めまして〟という事で良いだろうな。神の尖兵よ」

 天使に向かい立つその者の顔には、不敵な笑みが浮かんでいた。

「俺は、天真 あまね。異世界の女神をモノにした色男とは、俺のことよ」

 〝……誰もそんなことは聞いていながぁあ!?〟

 甲板に叩きつけられた天使の口から、苦し気な声が漏れる。

「次は舐めプしねぇで、最初から戦闘用の木偶使って来るんだな」

 自身を見下ろすあまねを、天使はその瞳にしっかりと写すと、口が開いた。

 〝天真 あまねを、神に逆らう者として認定。速やかに目標の滅殺及び神の力の剥奪を申請〟

 まるで機械の様な口調で言葉を発しながら、天使は立ちあがろうとする。

「ふははははは! 世界の敵どころか、神敵認定!」

 拳を握りしめるあまねは、最後に天使に向かって告げる。

「俺は、お前らを待たねぇぞ? 見つけ次第、喧嘩ふっかけるから、そのつもりでいろよな!」

 そして、その言葉とともに、その固く握られた拳は振り下ろされ、天使は船と共に、文字通りに木っ端微塵に吹き飛んだのであった。
しおりを挟む

処理中です...