要石の巫女と不屈と呼ばれた凡人

イチ力ハチ力

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第七章 悠久

ボク

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「通路が……開いたね」

「うむ、ヤナビの地図マップでは、ヤナのマーカーのみが、部屋の中に記されておる。妾は、まだ意識が戻ったばかりで朦朧としているアリスと……未だ意識が戻らぬ気の毒なコウヤを見ておくのじゃ。ルイよ、ヤナを迎えに行ってやって欲しいのじゃ」

「うん! わかったよ!」

 シェンラに促され、ルイは嬉しそうに駆けて行った。

「……妾は、約束通りに外で待っておるのじゃ」

 少しだけ寂しそうなシェンラの呟きが、ヤナが待つ部屋へと吸い込まれていった。



「ただいま、帰ったぞ」

 俺は、部屋の中に迎えに来てくれたルイに回復してもらい、罠部屋から通路へとルイと共に出てきた。

「待っておったのじゃ。約束通り、この場を守っておったぞ」

 シェンラが絶壁な正面をこれでもかというぐらい張り上げていたので、素直に頭を撫でてやった。

「ありがとうな、助かったよ」

「な!? 子供扱いするで……するで……偶にはしても良いのじゃ……」

 シェンラが、子供扱いに何故か嬉しそうにしていた。そして、その後ろから、アリスが少しふらつきながら近づいてきた。

「無理するな。まだ魔力切れによる失神から、起きたばかりなんだろ?」

「ヤナ……私……みんなに迷惑をかけて……ごめんなさ…」

 アリスは、目に涙を貯めながら謝ろうとしていた。

「謝る必要なんてない。色々おかしな事が起きているしな。それより、先ずはさっさと迷宮を出よう。迷宮の外でみんなが心配しているからな」

 俺があえて笑顔で、アリスにそう告げた。

「……うん……そうね、先ずは無事に帰らないとね」

「あぁ、家に帰るまでが迷宮探索だぞ?」

「なによそれ? 遠足じゃないんだから、ふふふ」

 アリスに笑顔が戻り、俺たちは一先ず迷宮の外へとシェンラの転移で帰ることにしたのだった。

「さてと、帰るために……アレコウヤを誰が起こす?」

 俺の言葉に、三人は硬直し目を背けたのだった。



「うっ……ここは……僕は、確か迷宮の……のぉおお!?」

 コウヤは、色々大変な状態で横たわっていたが、『浄化クリーン』をかける前に、目を覚ました。そして、自分の今の状態を把握し、目を覚ました瞬間に絶叫したのだった。

「ほれ、やっぱり誰かが『浄化クリーン』をかけてやるのが、優しさじゃったと思うのじゃ」

 シェンラは、コウヤから離れた位置で俺達・・に告げた。

「いや、ほらだって、私達もさっきまで魔力切れで気絶してたし、今も足元ふらついちゃうし? ねぇ、ルイ?」

「うん、それにほら、コウヤ君も目を覚ましたし、自分で『浄化クリーン』の魔道具持ってるし、大丈夫だよ! ちょっとカピカピになって鎧にこびりついてるけど、大丈夫だよ! ね! ヤナ君!」

「ん? あぁ、そうだな。俺もさっきまで死にかけてたし、全員それ浄化どころじゃなかったんだ、許せコウヤ。そんなアレ塗れでアレが色々こびりついて、アレが若干漏れていたとしても、お前は『勇者の中の勇者』だ……動くなよ……先ずこっちに来る前に、自分の魔道具で『浄化クリーン』してからにしてくれ……」

「……ヤナ? もしかして、走っている最中に気づいて……」

「コウヤ!……みなまで言うな……俺の事なら気にするな。俺に|かかった《・・・・
 》分は、ちゃんと浄化クリーンしたから、俺は・・綺麗だ……だから動くなって……こっちに這いずって来るな……頼むから、浄化クリーンしよう? な?」

 コウヤは、アレがアレでアレな状態で、俺にジリジリと迫ってきていた。

 当然、他の三人は、既に俺とコウヤから距離を取っていた。

「先ず冷静に成ろう、コウヤ。ほら、あっち見ろ! アリスだ! 無事だったんだぞ!」

「アリ……ス?」

 コウヤは完全に光を失った目で、アリスを見た。

「ひぃ!? 私に振らないで! ほら! 私は皆に助けられて無事よ! 皆がここまで、急いで・・・来てくれたから! 本当にありがとう!」

「本当、早かったよねぇ。ヤナ君が物凄く早く走ってきたからねぇ」

「そうなのじゃ、コウヤよ、お主程では無い・・・・・が、妾もこの男に汚された・・・・のじゃ!」

「汚され……た?……ボク・・は……汚れたの?……」

「あぁ!? シェンラ! このやろう! 余計な事汚れている事を言うな! ひぃ!? こっちに向くな!」

 シェンラが余計な一言を口走った瞬間に、まさにコウヤの目は全ての光を吸い込むが如く、漆黒の闇に染まっていった。

「……ボクは……ヤナに……汚され……た?」

「待て! 止まれ! 色々絵的に厳しい! お前の尊厳が、皆んなに見られて音を立てて崩れてるぞ!」

 俺の言葉を聞いて、コウヤは一度止まり、ルイ達に目を向けた。

「見てない……よ?……ヤナしか……汚れたボクを見ていないよ……」

 三人は完全に俺とコウヤに背を向けていた。


「あ!? お前ら酷いぞ! それに何処に行くんだ! 俺は、まだ身体強化も出来ないんだぞ!」

「大丈夫よ! 周りの警戒は私達に任せて!」
「うん! 私達三人で、この場が収まるまで守るよ!」
「任せるのじゃ! ヤナビも妾が持っておるから、安心するのじゃ!」

「マスター、全力で私も護衛にまわりますので、話しかけないでください」


 三人は見事は連携で、その場から離脱した。実際、ヤナビをシェンラが持っているということは、この場にいなくても地図マップマーカーで確認できる。しかも、あの三人が一緒に行動していれば、阿修羅モドキでも大丈夫だろう。

「……ヤナしか……いない……」

 ズリズリと地面を這いずりながら、俺へとコウヤは近ずいてきていた。

「落ち着け、コウヤ! 先ず、『浄化クリーン』をかけろ! もうモザイクレベルの汚れっぷりだぞ!?」

「……ヤナが……綺麗にして……」

「いや、それはちょっと……臭いがアレだし……『浄化クリーン』するのに近づかないといけないし……何か嫌な予感するし……」

「………」

「やめろ! 無言で這いずる速度を上げるな!」

 コウヤは匍匐前進から、G黒い悪魔の如き動きで迫ってきた。

 完全にホラー以外の何物でも無い。

「……ひぐっ……」

「……泣いているのか?」

「こんな汚れた姿なんて見られたら……誰も相手になんかしてくれないよね……」

 コウヤは、完全に床に突っ伏しながら、そう呟いた。

「そんなことはない!」

 俺は、コウヤに向かって力強く言い切った。

「……ヤナ……」

「お前は確かに、全身アレまみれで見た目がちょっと厳しい! だが、湿っているのもなんとか誤魔化せ……る程度の漏れ方だし、顔だって元はイケメンだってみんな知ってるから大丈夫だ!」

 俺は、ドヤ顔でコウヤに向かって親指を立てながら励ました。

「……シノウ……」

「待て待て! 早まるな! えっと……そうだ! 名誉の負傷だと思えばいい! 負った傷は心だが……傷も浅くは……ないが、コウヤのおかげでアリスを助けられたのと一緒だ! むしろその姿に胸を張れ!」

「この姿で……胸を張る?」

「そ……そうだ! 発想の転換だ! 逆にそこまで汚れれば寧ろかっこいいのかもしれない! 流石『勇者中の勇者』! 逆にそんな格好誰にも出来ない! 兎に角、逆に凄いぞ!」

 俺は、必死にコウヤを褒めた。まるで、今の姿が激戦を潜り抜けた歴戦の戦士の姿であるかの様に、褒め称えた。

「……ボク……綺麗?」

「ん? 綺麗?……そうだ! 綺麗だぞ!」

 コウヤは、格好良いと言われた時より、綺麗と言われた方が瞳に光が戻ってきている気がした。

「……この姿の……ボクは……綺麗?」

「お…おう、コウヤは綺麗だ! アレが寧ろお前の綺麗さを、逆に際立たせていると言って過言ではない! そのツンとくる臭いも、逆に刺激的だ!」

 俺が、どうにかして綺麗だと褒めると、どんどんコウヤの瞳に光が戻り始めた。

「ねぇ?……ボクは綺麗なんだよね?……」

「……あぁ、綺麗だ……」

「それなら……もっとこっちに来てよ……」

「いや、アレだ……ラフレシアは、遠くから見るので十分的な?」

「……あぁ……シノウ……」

「だぁ! わかったから! 浄化クリーンかけてやるから!……動くなよ?」

「……うん……」

 俺が浄化クリーンを掛けてやると言うと、コウヤの瞳に光が少し戻り始め、俺が近づくほどに、徐々に顔に赤みが戻っていく様に見えた。

 そして、俺がコウヤの目の前まで近づき、コウヤに浄化クリーンをかけようと腕をコウヤに伸ばした時だった。これまでの動きを凌駕する速さで、腕を掴まれた。

「……何故、腕を掴む……」

「だって、そのまま『浄化クリーン』かけられたら、綺麗じゃなくなるでしょ?」

「……いつの間に、身体強化スキルを発動していた?」

「だって、発動に気づいたら近づいてくれないでしょ? 勿論、隠してたよ」

「……何故、身体強化する必要があった?」

「だって……逃げられちゃう……でしょ!」

「ひぎゃぁ!?」


 俺はコウヤに、一気に腕を引っ張られ、地面を転がされた。そして、目の前にコウヤの嗤う顔があった。

「コウ……ヤ?……そこに乗られると、起き上がれないんだが?」

「ヤナは起き上がらなくていいよ……」

 コウヤの瞳には、確かに光が戻っていた。

 狂気の光だったが。

 頬を何故か赤く染め、息遣いが荒くなっていた。


「……コウヤ……止め…」


「一緒に……綺麗に・・・なろうね」


「嫌だぁああああああああ!」


 そして、最深最古迷宮に最深部に、聴く者の心を締め付けるような悲鳴が響きわたったのだった。
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