ダークファンタジーで乙女ゲームな世界で主人公のルームメイトが生き残りをかけてあがいております番外編

夢月 なぞる

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誰も覚えていない物語

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 少年は憂鬱な気分でそっと空を見上げた。
 曇天。
 先ほどまで晴れていた空は徐々に雲を増やしていた。
 まるで自分の心みたいだとふと、くだらないことを思った。
 そこは従兄の家の庭だった。
 広大な土地を持つ邸宅の庭にあるベンチの一つに少年は一人で腰かけている。
 両親は今近くにはいない。

 まだ幼子と言っていい年の少年だったが、不思議と母のそばに行きたいとは思わなかった。母が怖かったり嫌いだったりするわけではない。
 大好きだし、母も少年には優しくしてくれる。
 だが、それを押しても、母がいれば父が必ずそばにいる。
 少年にとって父親は畏怖の対象だった。
 何を考えているのかさっぱりわからないが、恐ろしく強大な力を持っており、それに触れるたびに力弱い自分はおびえ、痙攣を起こしたことも覚えている範囲だけでも数が知れない。
 さらに父は母が自分以外の存在に気を取られるのが気に食わないらしい。
 少年に対しても睨んでくることもあり、そのたびに母に怒られるが、直らない。
 だから母のそばは少年にとってあまり安心できる場所ではなかった。
 一人でいることも多く、今も少年はひっそり両親から離れていた。

 従兄の家に来たのは、母の母、つまり祖母の元に引っ越すためのあいさつだった。
 遠くにあるらしく、これまでのように気軽に遊びに来れる場所ではなくなる。
 引っ越すことになったのは母が体調を崩したためだ。今の少年と母を取り巻く環境を考えれば母が体調を崩すのは仕方がないと少年は感じていた。
 少年としても引っ越しは歓迎すべきことだった。
 今の家はあまりに悪意が濃すぎる。

 だから、引っ越すことにはまるで抵抗はなかった。
 だが、先ほど従兄が来て少しだけわからなくなった。
 従兄は珍しく少年に対し悪意を持たない存在だった。それどころか、従兄の家は皆少年に優しかった。
 ここにいる間は安心していいのだと少年は従兄の家に来るのが好きだった。

 しかし引っ越すことになって、従兄は行くなと少年に言った。
 少年は首を振った。少年は親についていくことは決定事項だったし、引っ越しに対してむしろ内心喜んでいた。
 だからここにいろという従兄の言葉に首を振った。

 なのにしつこい従兄。その様子がなぜかだんだん苛立ってきた。
 何も知らないくせに。
 少年があの家でどんな目に合っていたのかなんて知らないくせに。
 従兄は家に遊びに来れば尊大だが、仲良く遊んでくれた。
 無表情で気持ちが悪いと家人に言われる少年に対して嫌な顔もせずに一緒にいてくれた。
 だから少年は従兄が好きだった。
 だけど従兄は何も知らない。いつもきれいで、自信に満ちて周りを優しい人で囲まれている従兄。誰よりも強い力を持っていて、将来を皆に期待される。
 味噌っかすで、一族全体に疎まれた少年とは大違い。
 そしてそんな従兄の隣にいることで、影でいじめられることもあった。

 だが、そんなこと誰にも言えなかった。
 従兄にも言えなかった。知らせなくていいことだと思った。
 ただ自分さえ我慢すればいい。
 幸い少年は人間ではなかった。
 特異な力は少なかったが、体は丈夫だ。
 怪我の治りも早い。痛めつけられたところで、すぐに治ってしまう。
 実際先ほど従兄との取っ組み合いで傷を負ったが、今はそのほとんどは癒えてしまっていた。
 傷はほとんど塞がり、わずかに打ち身の鈍痛がするだけだ。
 先ほどの従兄の様子を思い出し、少年は目を伏せた。
 なぜあんな風に言うのだろう。
 正直なぜ彼が引き止めたのか少年にはわからなかった。
 今回の引っ越しは少年にとっては嬉しいことしかなかった。
 従兄とめったに会えなくなるのは少しさみしいが、それ以上に喜びが大きい。
 なのに、なぜ従兄はあんな顔をするのだろう。

 一人で考えても答えの出ない問いだった。
 少年は早々に考えるのをやめた。考えても意味のないことはしないと決めていた。
 どうして、なぜ。理由など問うたところで現実が変わることはないから。

 本人に聞けば案外簡単にわかるかもしれないが、あんな取っ組み合いをした後、従兄に会うのは怖い。
 従兄は年上の上に、少年よりはるかに強い力を持っている。
 それこそ一瞬で少年の息の根を止められるほどの。
 そんな相手にやった取っ組み合いは正直生きた心地がしなかった。
 それでも従兄は純粋な腕力のみで戦ったので、一応負けはしたが、今五体満足でいられる。
 だが、それでも恐怖はまだある。少年には従兄に対する勇気はなかった。

 不意に、屋敷の時計塔に目をやれば、そろそろお昼時だとわかった。
 昼過ぎにはここを出発すると言っていたから、そろそろ両親の元に戻った方がいいかもしれない。
 父親には歓迎されないだろうけど。少年は短い手足を動かし、地面におりたって、歩き出そうとした時だった。

「うわああん、人がいた!」
「っ!」

 突然背後から人が飛びついてきた。驚いてバランスを崩しそうになるが、案外軽い体だったため、少年は踏ん張れた。
 しかし、勢い少年のかぶっていた帽子がパサリと地面に落ちた。
 ふわりと頬にかかる髪が視界に入り、少年はげんなりする。
 少年の髪の色は鮮やかなまでの紅色だった。
 少年の一族特有の髪色で、父親と同じ色だった。

「……きれい」

 背後から聞こえた声に振り向けば、少年と同じくらいの少女の姿が目に入る。
 黒髪のポニーテールにワンピース姿のなかなか可愛らしい少女だった。
 だが、知らない顔だ。

「……誰?」

 少年の声に少女がはっとする。
 慌てて離れる少女の体がなぜか少しだけ惜しく感じる。

「ご、ごめんなさい。ちょっと道聞きたくて」

 その言葉に不意にその場のことを思い出す。
 少年は何度も来慣れているので大丈夫だが、この屋敷の庭を最初に訪れた客は道を見失うほど広大だった。
 更には少年のいる場所は薔薇迷宮と呼ばれる薔薇を含んだ低い生垣が迷路のように刈り込まれた区域だ。
 大人であれば迷うことはないが、少女の背丈ではおそらく立体迷路並み迷う場所だった。

「……もしかして迷子?」

 屋敷には使用人が子供を連れてきていることも多いので、庭で子供を見かけることはある。客の子供である可能性もあるだろう。
 どちらにしても迷子には変わりないと思って問いかけるが、なぜか少女は不安そうな顔を見せた。

「あ、あのごめんなさい。怒ってる?」
「……なんで?」
「だって、顔が怒ってるみたいに見える」

 おずおずと告げる少女の言葉に、特に不思議に思わかなった。
 少年はよく表情が乏しいと言われる。
 正直自分でも表情の作り方がわからないのだ。
 少年の周りにはあまり人がいない。寄ってくる者は少年には悪意のあるものが大半で、顔を見るのが怖くて、誰かの顔を見ようなどとは思わなかった。
 父はもちろん母も父の嫉妬が怖くて顔がまともに見れない。
 そんなことが繰り返されたのち、少年には表情とはどう作ればいいのかわからなくなった。
 そっと少年は少女の顔を見た。
 少女の顔はとても表情が豊かに見えた。
 眉をきゅっと顰め、困惑と不安がはっきりと浮かんでいる。
 しかし、その表情に少年に対する害意はなく、不安もどちらかと言えば心配に分類されるような気がして、少年はじっと少女を見返すことができた。

「……別に怒ってない」
「じゃあ、悲しいの?」
「悲しくもない」

 少女の質問の意図がわからず、少年は不思議に思った。

「じゃあ、なんでそんな顔するの?」
「そんな顔ってどんな顔?」

 無表情で問えば、少女は困ってしまったようだ。
 だが、何かを思いついたのか、はっと目が丸くなる。
 本当に表情豊かだ。そんな風に見ていたら突然、少女がわけのわからないことを言った。

「も、もしかしてさっきので、どっか怪我した?」

 おろおろと突然慌てだす少女。……もしかして先ほどのタックルのことを言っているのか。
 だが倒れもしなかったので大丈夫だと言おうとした時だった。
 急に少女がもじもじと視線を彷徨わせ始めた。何かを期待するような瞳に一体何なのかと言葉を止める。
 すると少女がなぜか少し恥ずかしそうではあるが、楽しそうに笑った。
 とてもかわいらしい笑顔だ。そんな笑顔を誰にも向けられたことがなかった少年は思わず見とれた。

「そういえば、さっき魔法を教えてもらったんだ」

 ……魔法とはなんだ、と尋ねる間もなかった。
 突然少女は少年の手を取ったかと思うと唇を押し当てた。
 柔らかな感触になぜか驚き、固まれば、次いで頬に同じく唇を押し当てられる。

「どう!?」

 どうと言われても。少年は少女の行動がわからない。しかし柔らかい感触になぜか胸がドキドキした。

「痛みはなくなった?」

 最初から痛みなどないが、頷けば、少女はにっこり笑った。

「やっぱり魔法がすごい!」

 だから魔法とはなんなんだろう。先ほどの行為がそうなのだろうか。
 一体何の効果が、というより、魔法など信じている様子の少女に驚く。
 しかし、キラキラと輝くような笑みを浮かべる少女の勘違いを訂正するにはなぜかなれなかった。
 不思議な感情の動きに、赤毛の少年は目を細めた瞬間少女が驚きに目を見開いた。

「あ、わらった!」

 少女の指摘に、少年は驚いた。しかし少女は少年の驚きに頓着せず笑いかけた。

「あなた笑ったほうがいいよ。絶対かわいい」

 それは絶対少女の方だと思った。輝かんばかりの笑顔。
 こんな笑顔が自分にも向けられるのだと少年は驚くばかりだ。

「ずっとそういう顔してたらいいよ」

 少女の提案に少年はそっと頬に手を当てる。
 顔の状態を確かめ、今の自分がどんな顔になっているのか確認した。
 本当にこんな顔を常にしていたらいいのだろうか。
 必死に少女の笑う顔をまねるように顔を動かしていたら、不意に背後から女性の声が聞こえた。

「……お母さん」

 見れば少年の母親が走ってきていた。珍しく父親の影はない。

「もう、突然いなくなるから探したやないの!」

 少年を見つけると同時になまりのつよい言葉で怒鳴られる。
 確かに何も言わずに姿を消してしまったのは悪いと思い「ごめんなさい」と謝る。
「ほんとやで?」と言いながらギュッと抱きしめられた。
 久しぶりの母親の抱擁に少年は少しうれしくなった。
 父は怖いが、母に甘えたくないわけではない。ギュッとその服を握った。

「って、あれ?その娘は?」

 母の言葉にそういえば少女の存在を思い出した。
 振り返れば、少しさみしそうな顔をした少女が立ち尽くしている。

「どこの娘?」
「迷子みたい」

 聞かれたが名前もそういえば、聞いていないことを思い出した。
 聞こうと母親から離れ少女に近づいた時だった。

 ぞっとするような感覚と共に目の前の少女の顔が一瞬で蒼白に変わる。
 目から光が消え、力をなくした体が、倒れかけるのを少年は慌てて支える。
 何とか転ぶ前に支えることはできたが、少年も震える体を抑えきれなかった。

「……お父さん」

 恐る恐る振り返れば、母親に背後から抱き着いた形の父親が相変わらず何を考えているのかわからない様子で、立っていた。

「ちょ、なにすんのよ!人様の娘に!」

 慌てて、少女を抱える少年に近づこうと母親は暴れるが、父親の拘束がきつくて動けないようだ。

「っええ加減にせえ!これ以上するんやったら一週間、口きけへんで!」

 母親が怒鳴りつければ、少しだけ父親がしょげた雰囲気をした後、ようやく拘束を解いた。
 母親が少年のもとに駆け寄る。

「大丈夫か?その娘?」

 少年はおびえながらも頷く。少女を守るように抱え、蹲る。
 少女はきっと少年の父親の発する力の片鱗に触れ、一気に意識を持って行かれたのだ。
 まだ耐性のある自分は絶えられたが、まだ幼い少女には耐えられなかったのだろう。

「気を失ってるだけやね。よかった」

 少年ごと少女を抱きしめる母親の暖かさに、少しだけ震えが収まった。
 少女を守ってえらかった、と母が頭を撫でてくれた。

「……それにしても、やっぱ娘もええねえ」

 少年と少女二人をまとめて撫で回し、母がため息をついた。
 それに父親が反応したらしく低い声が聞こえて少年はびくりとした。

「子供はいらない」
「もう。子供の前でそんな言うな、言うとるやろ?」

 怒ったような口調だが、その実、それが無理なのは母も分かっているのだろう。
 吸血鬼の妊娠は母体に多大な負荷を与える。
 実際に少年の出産時に母は死にかけたらしい。
 だから、母が大事な父は母が子供を産むことを厭う。

「ああ、でもええな。娘。この娘、めっちゃ可愛いし!」

 頬ずりで二人まとめて抱きすくめる母親。

「もういっそ、この娘、娘にならへんかな?嫁に来おへんかな?」

 母の言葉にぎょっとする。
 確かに少女が可愛いのは同意するが、だからといって娘になどできるはずもない。
 気を失ったままの少女の頬を撫で回す母になんてことをいうのかと思わず頬を染める。

「お母さん。無茶なこと言わないで」
「せやかて~、うわっ!」

 突然地面の感覚がなくなったかと思ったら、父親が母ごと少年と少女を抱え上げていた。

「……そろそろ室内に戻る。これ以上体を冷やさないでくれ」

 父の懇願の含んだ声にさすがの母もため息をつくだけで抵抗しなかった。

 そのまままとめて室内に運ばれる。
 母に包まれたまま少女を見れば、いつの間にか寝息を立てていた。

 よくこの状況で眠れるなと思いつつ、その寝顔に少年も眠気を誘われた。
 少女の暖かさと母の腕に包まれれば、近くに父がいようがなんとなく眠れる気がした。
 そのまま、少年は眠気に誘われるまま目を閉じた。

 その後、少年が寝ている間に少女はその母親に引き渡され、目が覚めた頃には館を辞去していた。
 少し残念に思ったが、名も知らない少女は穏やかに吸血鬼になどかかわらず過ごして欲しいと思ったから、名前も何も聞かなかった。

 従兄とは別れ際に喧嘩のことを謝られた。
 どうやら離れるのが寂しくてつい意固地になってわがままを言ってしまったと謝られれば、少年も納得した。
 互いに謝れば和解が成立し、少年と従兄の関係も修復される。
 従兄の母親は怪我をさせたお詫びと餞別に、と少年に腕時計をくれた。
 聞けばそれは少女の曽祖父の時計らしい。
 少女の曽祖父は知る人ぞ知る時計職人で、そのコレクションを従兄の家に少女の母親が売りに来ていたのだという。
 商談中、子供は庭で遊んできなさいと外に出されて迷っていたのが少女らしかった。

 まだ少年の手に余るねじまき式のそれはその後、少年は数十年と使い続けることになる。
 その後急激に変化した生活環境の中、そのまま少女のことは少年は記憶の中から忘れ去る。
 ただ、少女の指摘した少年の笑顔。これについては少年は常に意識してつくるようになった。そのほうが警戒されにくく、自分の身を守ることにつながると気づいたからだ。
 しかし少女と同様にそのきっかけになった出来事を少年はやがて幼い記憶の中に忘れ去っていく。

 再会まで十数年。その後も思い出されることもなく記憶は色あせ消えていった。

 これは誰も思い出さない物語。

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☟見たい人だけどうぞ。
☟どうでもいいことしか書いてませんが。






















やたらと素直で夢見がちな少女はこの後のもろもろの事情ですれまくって、現在に至るわけです。
いろいろその他事情に実は絡みまくっている某少女だったりして。
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