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別視点番外
【挿話】由来
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※時系列としては4章と5章の間の話になります。
※別視点
暗い、重たい、救いはない。
そんな番外的なとある教師の過去のお話。
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今でも覚えている。
それは夏の盛りの暑い時期だった。
夏休み中の裏戸学園の職員室でその電話を受けた。
まだ今のようにクーラーなど普及していない時代だ。
汗だくになりながら、報告書などと格闘していれば、総務からだった。
身内を名乗る少女がいるのだが、覚えはあるかという内容のもので、それに首をかしげる。
もともと身内に縁の薄い自分だ。
親族と呼べる人間に十年近く連絡を取っていないし、もちろんこの学園で働いていることも話した覚えもない。
では一体誰か、と怪訝に聞き返せば、思いがけず返ってきた名前に瞠目した。
慌てて、事務員に身内だと返す。
裏戸学園は警備の問題上、校内で身内以外の来客を拒否しているためだ。
机上のものを片付けるのも、そこそこに職員室を飛び出す。
実に十数年ぶりに聞く名前だった。
名前を聞いた途端、今まで思い出しもしなかった感情が蘇り、なんとも苦い気分になった。
いまさらと言う気持ちと妙な期待が綯い交ぜになり、複雑な胸中のまま応接室前にたどり着く。
緊張しながらノックをすれば、聞こえた声が妙に高くて首をかしげた。
果たして扉を開けた先に見えた顔に驚き、次いで落胆した。
そこにいたのは少女だった。
十代前半と思しき少女はおっとりした優しげな容貌をしていたが、その瞳には強い光が宿り、こちらを睨んでいるように見えた。
知らない顔の……と思いきや、既視感を感じる。
誰かに似ていると思うが、思い至らず困惑した。
呆然としつつも、立ったままでいる訳にはいかない。
少女の座る応接セットに歩み寄れば、事務員が気を聞かせてくれたのか、コーヒーが並んでいた。
それを見るともなしに見ながら、少女の正面に着席するやいなや、少女が名前を確認してくる。
少女の強い瞳に射抜かれ頷けば、少女は前置きなく自分の正体を明らかにした。
「足立 瑠璃子、知ってるわよね? あたしはその娘よ」
思いがけない少女の正体に驚く。
足立瑠璃子。それは自身のかつての交際相手の名前だった。
そして先ほど、事務員が彼に伝えた名前でもある。
もしかしたら接点のある名前と少女が告げたものを、事務員が勘違いしたのかもしれない。
十数年前に別れたきりの知人の娘が一体なんのようなのかと思う反面、彼女にこんな大きな子供がいたことに驚く。
しかし、そんなのはまだ驚くことでもなかったのだと後で気づくことになる。
少女は前置きなく一枚の紙を取り出し、端的に言った。
「認知して。あたしの父親はあんただから」
認知届の書類を突き出し、睨んでくる少女の言葉に固まる。
突然のことに二の句が継げないでいれば、何を思ったのか少女は憮然と口を尖らせた。
「なによ、まさか覚えがないなんて言わせないわよ?」
そう言って証拠だと取り出したのは、まだ幼さを残す自分と瑠璃子の写真と、確かに彼女に贈ったネックレス。
しかもネックレスには生意気にも指輪がひも通してある。
若いころの情熱に眩しい物を感じつつ、今になって改めて突きつけられると、思いがけず羞恥で頭を抱えたくなった。
だが、そんな思い出の品を持って現れたのが少女だけだという事実が気になった。
案の定、少女は残酷な現実を突きつけた。
「母さんは一週間前に死んだわ」
少女の話では、十数年前に別れた後、瑠璃子は一人で少女を産んだ。
その後も一人で彼女を育てていたらしい。
そんな彼女が、一週間前、仕事帰りに飲酒運転の車にはねられ、事故死した。
少女が遺品を整理していたら、写真とネックレスが出てきたらしい。
その写真の男が自分の父親だと思った少女は、写真と一緒に置いてあった瑠璃子の日記を頼りに自分に行き着いたとのことだった。
「あたしとしては、血のつながりのあるだけのあんたにいまさら頼りたくはないんだけど、事情があって……」
「ちょっと待ってください!」
更に続けようとする少女の言葉を遮る。
急につきつけられた現実に頭が追いつかない。
かつて愛した女性の死というのも衝撃的なのに、目の前の少女が自分の子だと言うのも実感がわかなかった。
当たり前だ。いきなり現れた少女はどう見ても中学生くらいに見える。
いきなりこんな大きな子供が現れて、自分の子だと名乗られても実感できるほど自分は年をとってはいなかった。
では、自分の子ではないと言い切るには、いろいろ覚えがありすぎるのだが……。
とにかく、気持ちを整理する時間が少しだけでも欲しくて発した言葉だったのだが、少女は別の意味に取ったようだった。
「何よ。まさか、自分の子かわからないから認知しないなんてこと……」
「ええ? まさか、そんな酷いことをするとか、信じらんなーいっ!」
二人以外誰も居ないと思われた応接室で第三者の声が突然割って入る。
いつの間にか向かい合う父子の横に奇抜な格好をした女性の姿をしたものが立っていた。
向かいでぎょっとしている少女を横目で見ながら、突然の闖入者を見やる。
「理事長……」
「あらン。ユイトってば理事長なんて、つれないわあ。いつもみたいにクリスティーネと呼んでくれて構わないのにぃん」
そう言って、腰を屈め、指先でこちらの顎をなぞってくる。
その仕草に悪寒を感じ、深々とため息を付いた。
「誤解を与えるような行動はやめてくださいと言ってます」
「あらんあらん? どんな誤解なのかしら? どこへんが誤解なのかご教授してくださる?」
そう言いながら、こちらの肩に腕を回すクリスティーネを名乗る理事長から目をそらし、少女を見れば、その顔が非常に険しくなっているのがわかった。
ただでさえ、先程から認知しろと言いつつ、険悪な態度を崩さない少女にこれ以上誤解を与えてはまずい。
内情を知っている自分にとっては誘惑でも何でもないのだが、外から見れば違うだろう。
ぱっと見、理事長は美しい美女だ。
背中まで伸ばした髪をピンク色に染め、黒を基調としたドレスに包むその姿は異様ではあるが似合っている。
さらにスラリとした肢体は美しく均整がとれており無駄がない。
更には、ややタレ目気味の赤茶けた瞳にぷっくりと艶のある唇は妖艶で、美しく絶世をつけてもいいくらいだ。
だが、いくら美しくても同性に誘惑されても嬉しくない。
「何が、クリスティーネですか。桃李栗太郎理事長」
「ああ”っ? その名で呼ぶなと言ってるだろうが!」
すかさずとんだ野太い声に少女が息を飲む音が聞こえる。
クリスティーネの低音にも慣れているので、無視して目の前に置かれたコーヒーに口をつける。
「教育者として、偽名をお呼びすることができませんでしたので」
「ペーペーのくせに何が教育者だよ」
「あなたからすれば誰もがペーペーでしょうけどね」
目の前の存在は外見からは想像も着かないほど長く生きている。
それを最初聞いた時は信じられなかったが、相手は人でないものと知った時にはストンと理解できた。
更には人間の尺度で測っていい存在でないことを今では理解している。
「なんだよ。むーかーつーく!可愛くな~い!」
「あなたから可愛いなんて思われたくないので、嬉しいですね」
「あのさっ!さっきからなんなわけ、あんたら?」
話があるのはあたしなんだけど!、と眉を吊り上げ、机を叩く少女に思わず感心した。
この得体のしれない相手を前にこれほど強気の態度をとれるとは。
「あらン。大人の話に口をはさむなんて、無粋な娘。お育ち疑っちゃうわ~」
「うっさい。オカマに用はないんだよ。部外者は引っ込んでな!」
「ま、オカマだなんて。こんな美貌の貴婦人を捕まえて何を……」
「うっさい、キモいんだよ! 人が話しているところにいきなり入り込んで、ソッチのほうが育ちが悪いだろうが!」
「まあ、まああぁ。なんてお下品なんでしょう? 親の顔が見たいわ!」
「なんだって!母さんを侮辱する気!?」
「……はい、そこまでで」
これ以上続けると色々面倒になりそうだったので止めれば、少女がこちらを睨みつけてきた。
「なんだよ!母さんを侮辱されてこのまま黙っていろっていうのかい! あんた、それでも母さんの元恋人?」
「落ち着きなさい。今はそんな事より話すべきことがあるはずです」
できるだけ平坦な声で諭せば、少女はむすっとしながらも言葉を収めた。
感情に流されやすいところはあるものの話が通じてよかったと、内心安堵の溜息を漏らす。
度胸があるのはいいのだが、相手を見ることを覚えてほしいと思った。
少女は気づいていないが、目の前の存在は少女を煽りながら、愉快な玩具を見るような目で見ていた。
その視線が恐ろしいと思いつつ、今は話を戻すことにする。
「話を戻しましょう。君の要求は私に認知して欲しいということですね」
「そう。でも、それ以上は求めないから安心して」
「……それはどういうことでしょう?」
「勘違いしないで欲しいんだけど、あたしはあんたに父親だって認めて欲しくて来たんじゃないわ」
認知してほしいという言葉とは間逆な言葉に首をかしげれば、少女は愚痴のようにこぼす。
「葬式だってのに、まず金の話とか。
あいつら、母さんが援助を頼んでも踏みつけにしてきたくせに、いまさらムシが良すぎなんだよ」
その一言で、かつて瑠璃子が話していたことを思い出す。
瑠璃子の両親や兄弟は金にだらしない人が多く、そのせいで家族仲は険悪だったらしい。
実際一度だけ見たことのある彼女の兄だという人間は職場にまで押しかけ、金の無心に来ていた。
なるほど。あの身内なら瑠璃子の死よりも、幼い少女に入ってくるだろう、金に寄ってたかるのもうなずける。
事故の後、一人残された少女だったが、未成年である彼女にはまだ保護者が必要だった。
彼女を引き取るという人間はいるにはいたが、交通事故の保険金が目当てなのは明らかだった。
少女としては、嫌いな身内に母親の代わりに入ってきた金を渡したくないようだ。
「あいつらには一銭も渡したくないから、あんたが保護者ってことで断ってほしいんだよ」
どうやら、遺産管理人として名前を貸せと言うらしい。
教師という職についている自分なら世間的な信用もそれなりにあるからという話だった。
なるほど、と思わないでもないが、多分に問題のある提案に眉を下げる。
「ですか、君、まだ中学生でしょう? 保護者は必要ですよ。生活はどうするんですか?」
「適当にするからあんたが気にすることじゃないよ」
「適当って……」
亡くなって、時間が経っていない状況を考えれば、おそらく保険金が入るのも当分先だ。
母子家庭では貯金もあまりないだろう。
適当にしていては早晩、生活が立ちゆかなくなることなど目に見えていた。
「悪いことは言いません。未成年のうちは大人の庇護下にあった方がいい」
財産が心配なら管理をしてくれるよう弁護士を紹介するからと言えば、少女の顔がみるみるうちにこわばる。
「それは、何? あいつらのところに行けっているの?」
「端的に言えばそうです」
自分が引き取るという手もあるが、男のやもめ暮らしだ。
それに雇用契約上、寮生活が絶対条件の現状を思えば、確実に単身赴任となる。
見たところようやく中学生になったばかりという少女にひとり暮らさせることに抵抗を感じた。
何より財産を目当てによってくるだろうことが目に見えている身内がいるだけになおさら心配でそんなことはさせられなかった。
不足は多分にあり、子育てをしたこと無い異性の親が、いきなり娘を抱え込むなど不可能に思えた。
それならば、いっそ瑠璃子の身内に遺産の一部を渡し、成人するまで面倒を見てもらったほうが、ましな気がした。
だが、それを説明しても少女は不満を示した。
「なんでよ。あんたが認知さえしてくれれば、全て丸く収まるのに!」
「丸く収まる訳がないから言ってるんです」
ぴしりと現実を告げれば、多少はわかっているのか少女は親指の爪を噛んで沈黙した。
その仕草が、不意に昔の瑠璃子の姿と重なる。
彼女も気まずいことがあると親指の爪を噛む癖があった。
親子なのだと改めて感じるが、同時に昔封じた仄暗い感情ももたげてくる。
瑠璃子、少女の母親が自分の前から消えたのは本当に突然のことだった。
前日までふれあい、また明日と笑顔で別れてすらいたのに。
確かに別れる数日前から彼女の様子がおかしいことはなんとなくだが感じていた。
だが、その理由もいずれ話してくれるだろうと思っていた。
あの頃の自分はこのまま瑠璃子と二人一緒にずっと生きていくのだと、無邪気に信じていたのだ。
しかし、そんな楽天的な希望はあまりにあっけなく打ち砕かれた。
瑠璃子は「さよなら」と一言だけ書かれた紙を残し、自分の前から姿を消した。
それはあまりにもあっけない幸福の幕切れだった。
彼女がいないことが信じられず、学校にも行かず探し続けた。
だが彼女は見つからず、いたずらに日々が過ぎ去った。
彼女はもういないのだと、己に言い聞かせて、以前の日常を取り戻そうとしたが、何をやってもうまく行かなかった。
何を見ても味気なく、ひたすら周囲に苛立ちが募った。
喪失に寄る茫然自失を脱すれば、後は憎しみしか無くて。
生活は荒れに荒れた。
それこそ人には言えない犯罪スレスレの行為だって平気でやるほど、身を堕とした。
現在でこそ教師という職に付いてはいるが、ここまで持ち直すのだって、恐ろしく時間がかかっている。
なるほど。子供を抱え、ひとり自分の前から姿を消した彼女の考えはなんとなく理解できた。
たしかに当時の自分はまだ高校生で、子供ができたとしても養えるだけの経済基盤などなかった。
それどころかおそらく子供のことが周囲に知られれば、退学になっていたことだろう。
自分の将来を慮っての瑠璃子の決断だと思うが、それでも身の内にくすぶる黒い感情は消えなかった。
瑠璃子の話は身勝手だとしか感じられなかった。
瑠璃子とともにいた時代、自分にとって瑠璃子は、光であり全てだった。
親や周囲との関係でがんじがらめに動けなくなっていた自分をあっさり溶かした鮮烈な光。
年上で何処か抜けているかわいい彼女はごく普通に自分に手を差し伸べてきた。
そんな風に手を差し伸べられたことは初めてで戸惑ったが、握った手は柔らかくて暖かで。
長年埋まらなかったパズルのピースが埋まるかのような心地に知らずに涙したのを覚えている。
あまりに鮮やかで衝撃的で、それまでの価値観を全て塗り替えるような出来事だった。
金銭的には裕福だったが、昔から覚めた家の中で育った。
暖かさなんて知らなければ、まだ耐えられたのに。
その手に触れた時から彼女に溺れるまでそんなに時間はかからなかった。
彼女のためなら何を捨てても構わないとすら思ったのに。
それなのに彼女はあっさりと自分の前から姿を消した。
自分という存在が彼女にとってその程度であると思い知らせるように。
長く忘れようとして頑張ってきたのだ。
実際それができていたと思っていた。
だが、ここに来て少女の存在でその封印はあっけなく崩壊し、黒い感情が心のうちに逆巻く。
今目の前に彼女がいて、思う様に罵れば、少しはすっきりするだろうかとも思う。
しかし、彼女は死んだ。自分の憤りも悲しみも何もかも聞くこともなく。
これほどの裏切りはない気がした。
思えば、表面上冷静でいても、この時の自分はまったく冷静ではなかった。
後で考えれば、あまりに過ぎた言葉だったと後悔したが、そのときは口にだすことを止められなかった。
「瑠璃子さんとは確かにお付き合いをさせて頂いておりました。しかしだからと言って、君が私の子だという証拠にはなりません」
「は?」
何を言われたかわからない様子の少女に、呆然としている。
だが、徐々に意味がわかってきたのか、少女の顔が怒りに真っ赤になった。
「はあ? 何いってんの? あたしが覚えている限り、母さんの周りに男なんていなかったんだから!」
自分以外考えられないから探しに来たのだと言われても、素直に頷くことができなかった。
「そんなことを言われましても。あの時瑠璃子さんもお若かった。私以外の男がいた可能性も……」
「先生! それ以上はいけな……うわっ!」
バンっと大きな音共にした声だが、次いで聞こえたばさばさ、と言う音。
撒き散らされた白いモノに室内にいた人間の意識は持っていかれた。
見れば、落ちた紙の先には真っ青な顔をした大柄な青年が膝をついている。
その顔はどこかクリスティーネに似ていたが、その雰囲気は比べるまでもなく頼りない。
「す、すみません!」
頭を何度も下げながらも、周囲に散った紙を拾っている。
その様子に毒気を抜かれ、足元にあるプリントに手をのばすと、横から小さな手がそれをさらった。
動きをたどれば、少女と目があう。
しかしすぐに視線はそらされ、少女は再び他のプリントに手を伸ばし、拾い集める。
先ほどの会話を思い出せば気まずく、声を掛けることができない。
その間に、少女と青年は二人、床に散ったプリントは全て回収したようで少女が集めたプリントを机で整え青年に差し出した。
「ああ、ありがとうございます。助かりました」
「いいよ、これくらいで」
少女がここにきて笑みらしきものを浮かべて青年を見上げている。
それに照れたように頭を欠く青年の様子が何故か面白くなく、二人の会話を遮るように、青年の名前を呼んだ。
「理火斗先生。なぜここに」
「あ、あの。すみません。教育実習の課題レポートについて質問がありまして……」
オドオドしながらこちらをうかがうのは桃李理火斗という教育実習生だった。
なるほど、確かに彼の抱えているノートや資料は課題として与えたもののようだ。
「ですが、何もこんなところまで……」
「そうよン! 理火斗ったら。いいところだったのに」
「お、お祖父様。いらしたんですか?」
「あ、もう~。クリスティーネとおよびといつも言ってるでしょう?」
注意を受け、クリスティーネ様と言い直す理火斗。
彼は、理事長の孫に当たる青年だった。
面差しは似ているが、雰囲気はまるで似ていない。
理事長がデタラメであることも理由の一つだが、理火斗も体の割に気が弱く、いつもオドオドしている。
そのため、実習中も生徒たちを押さえられないことも多い。
そんな理火斗だが、珍しく強い瞳でこちらを見下ろしてくる。
「それより、先生。娘さんにそんな風に言ってはいけません」
その言葉に、思わずため息が漏れた。
「それは、立ち聞きを自白していると見てもよろしいのでしょうか?」
「……う、すみません。するつもりはなかったのですが」
「そうよン! 理火斗。隠れて聞くぐらいなら、私くらい堂々となさいな」
「そう言う問題ではありません」
ピシャリと理事長の戯言を遮る。
理事長は不満そうにしているが、知ったことではない。
「ともかくお二人とも出て行ってください。これは私とこの娘の問題です」
「で、でも。せっかく娘さんがこうして頼ってきてくれたんですから、もっと優しくされたほうが……」
「あなたが口出すことではありません」
「でも……」
「……お兄さん。もういいよ」
理火斗を遮ったのは予想外に少女だった。
「でも……」
「こんな男頼ろうと思ったあたしが馬鹿だったんだよ」
じろりと睨まれる。
確かに言い過ぎた自覚はあったが、一度出した言葉は戻らない。
気まずげに目を反らせば、いつの間にか少女の近くに寄った理事長が少女の肩に手を置いた。
「そうよねン。これだけ顔がそっくりなのに、血のつながり否定するとかないわン」
理事長の後押しに、ぐっと喉を詰まらせる。
少女の顔は己によく似ていた。
最初に感じた既視感は毎日見ている己の顔によるものだった。
何も言えない自分の横で、理火斗は理事長の顔を頼りなげに見下ろした。
「お祖父様。どうにかならないのでしょうか?」
「ん~、そうねえン。……ではこうしましょう!」
理事長が提案したのは、少女を学園の奨学生として迎え、寮生活をさせるというものだった。
「ちょ、何を勝手に決めてるんですか! 大体この子の学力もわからないのにいきなり学園の奨学生とかありえないでしょう!」
「そんなの理事長の権限でどうとでもなるわよン」
カラカラ笑う理事長の顔に血の気が引く。これは本気だ。
だが、こんな事をこの男が言い出すなんて、ただの善意とは思えない。
案の定、理事長は気味の悪い笑みを浮かべて、人差し指を立てた。
「でも幾つか条件があるのよン」
それが飲めなければ、強制送還と言われて、少女の顔がこわばる。
しかし、次の瞬間には強い決意の瞳を宿して頷いた。
「いいよ。あいつらの元に行かなくていいなら、どんな条件でも飲む」
「あらあら、条件は聞かなくてもいいの?」
即答に、流石の理事長も驚いたように少女に聞き返す。
少女は少し考える素振りを見せるが、すぐに首を振った。
「悔しいけど未成年のあたしに選択権なんて殆ど無いし。聞いても結果は変わらないからいいよ」
少女にとって一番我慢ならないのはどうやら母親をいじめた親族に金銭が行くことらしい。
それ以外だったら耐える覚悟でここにきたという、少女の決意に、一瞬理事長の目が丸くなる。
珍しいと思えば、その瞳が一度こちらを見た。
それに気づいて、不意に思い出される記憶があった。
それはこの学園の教員試験の時のことだ。
集団面接の際に突然乱入してきた理事長が受験生に「教員になるにはいくつか条件があるが、それを飲むか」という彼の質問をされた。
周囲がたじろぐなか、今の少女と似たようなことを言った覚えがあった。
当時はようやく教員免許を取ったものの、数年間の自暴自棄の期間を経ての大学入学だったので、卒業した年には二十代後半になっていた。
新卒者に混じっての求職活動は難航を極めた。
いくつもの採用試験に落ちまくり、最早最後の頼みだった裏戸学園に何が何でも入りたかったのだ。
そのために半ばやけくそ気味に言い放った言葉だったのだが、これが気に入られたようで採用通知をもらったのだ。
その分理事長の無茶ぶりに付き合わさせるとう苦行を背負うことにはなったが、それに対する後悔は不思議となかった。
おそらく、その時の事を思い出しているだろう理事長の意味ありげな視線に思わず苦虫を噛み潰せば、理事長は楽しそうににっと笑った。
「あらン、良いお返事。いいわ。私に任せておきなさい!」
「よろしくお願いします。クリスティーネ理事長」
頭を下げる少女にクリスティーネと呼ばれてご満悦な理事長だが、二人の会話に感傷に浸っていた自分に気づきハッとする。慌てて、その間に入る。
「ちょ、勝手に決めないでくださいよ!」
「保護者でもない人間は黙ってなさぃン?」
理事長の睨みとともによこされた台詞に、口を噤む。
確かに認知していない以上保護者ではない自分に口をはさむ権限などない。
黙るしかなかった、自分とニマニマ気持ち悪く笑う理事長の隣で理火斗が少女に声をかける。
「君、良かったね」
「お兄さんのおかげだよ。ありがとう!」
「そんな、僕は何もしてない。君が頑張ったからさ」
だが褒める理火斗に少女は憮然と口を尖らせた。
「……ねえ、さっきから君って、あたし、そんな名前じゃないんだけど?」
「え?……ああ、ごめんね。名前を聞いていなかったから」
困ったように眉を下げる理火斗の言葉に「そういえば名乗っていなかったね」とその場で初めて少女が笑った。
「あたしの名前は唯だよ。足立唯!」
◆ ◆ ◆
はっと、として目が覚めた。
身を起こして外を見れば、まだ暗い。
どうやら早く起きすぎたようだ。
年をとるとどうしても早起きになると聞いていたが最近如実にわかって、自分も年を取ったのだと実感する。
机の上のメガネを取ってかけて立ち上がった。
電気をつければ、自室が隅々まで見渡せる。
もうすでに何十年と暮らした教員棟の自室だ。
見慣れた自室を、棚橋はぐるりと見渡す。
希望も絶望も、幸福も不幸も、全て部屋にいて過ぎ去っていった。
思わぬ感傷に棚橋は自身で苦笑した。
寝間着を脱いで、着替えながら、過去に思考を飛ばす。
唯。
瑠璃子との間の子は結局、当時の理事長の言うとおり、裏戸学園に編入させた。
保険金目当ての親族が何か言っていたらしいが、理事長の権力と何より自身の保護者としての権限が物を言った。
そう、結局棚橋は唯を認知して、保護者となった。
とは言え、学園ではそのことは秘密にしたし、それぞれ寮で生活をし、結局最後まで一緒に暮らすことはなかった。
唯が嫌がったのもあるが、親として突然出来た娘にどう接すればいいのかわからなかったからだ。
唯の事を考えれば、後悔しかわかない。
唯は初めて出会ったあの日からおよそ四年後に死んだ。
吸血鬼の息子を産んだ負荷に若い彼女が耐えられなかったのだ。
子供の父親は理火斗だ。
あの後無事に実習を終えて教師になった彼だが、年数がたち高校生になった唯とそう言う関係になったらしい。
幼女趣味があったとは知らなかった。
知っていたら近づけなかったものを。
とはいえ、棚橋が知らなかっただけで、かなり長く彼らには交流があったようだ。
最初に出会った直後から、理火斗は何かと唯に気を使っていたらしい。
何もかも今までの生活とは異なる裏戸学園で耐えられたのは、理火斗のおかげだと言われれば、唯を避けるように生活していた棚橋には何もいうことができなかった。
唯が吸血鬼の花嫁になったのは実は裏戸学園に入学した当初だ。
理事長の入学の条件というのは儀式を受けて、花嫁になることだったのだ。
棚橋はこの学園に勤め始めて、三年目にこの学園が吸血鬼という人ならざる者に運営されていることを知らされた。
基本、外部からの教職員にはそれは秘密らしいのだが、生徒として吸血鬼が交じるため、教員は知っていることが望ましいらしい。
教員採用試験時に、口の固そうな信頼の置ける教員を更に数年使って見極めた後、伝えているのだと聞く。
信頼されたのは幸運だったのか、不幸だったのか。
とにかく、そんな事情を知る自分の娘である唯に花嫁になれと言う条件はある意味必然だったのかも知れない。
ある意味理火斗との関係を見越しての事だったのかもしれないが、あの時唯を迎え入れた理事長の真意は定かではない。
何かとつかめない人だった。
今も、雲のようにその存在は宙に浮いたまま、行方も知れない。
思いがけず親戚関係になってしまった彼だが、通常の人間であれば死んでいてもおかしくない歳だ。
よくも悪くも人ではない彼は一体今どうしているのやら。
そんな当時の理事長の命令で、花嫁にはなったものの唯は現在のように親衛隊になることも、天空寮に入ることも許されなかった。
今でこそ花嫁は全員天空寮に入るようになっていたが、当時とりあえず花嫁は多ければ多いほど良いという風潮があり、大勢いたため、その全員を天空寮に入れることが不可能だったのだ。
更には権力の分散を防ぐためにも親衛隊の権限も限られ、誘蛾灯のような異性を惹きつける花嫁関係の事件は跡を絶たず、学園はそれなりに荒れた様子があった。
自らの娘である唯とてその事件に巻き込まれる可能性が高くて当時は本当に気が気ではなかった。
権力でもみ消されることも多々あり、不安を感じつつも一教師でしかなかった棚橋にはどうしようもなかった。
数年後の月下騎士会が学園の現状を憂い、無闇と花嫁を増やすことを規制するよう規則を作った時はホッとしたものだった。
とは言え、それは唯の死後のこと。
当時の荒れた学園の中で、唯はよりにも寄って学園でも最下層と位置づけられる奨学生という立場で入学を果たした。
果たして唯がそんな荒れた学園で無事でいられたのはほとんど奇跡としか言いようがない。
(いや、そうではないか)
唯を守ったのは理火斗だった。理事長の孫である彼が何かにつけて彼女を気にかけ、それとなく気を配ってくれていたことを、知ったのはずいぶん後になってからの事だった。
孤立無援の学園の中で唯一優しい理火斗の存在は唯にとって、どう映ったかなど火を見るより明らかで。
理火斗も理火斗でその気の弱い性格は一族の中でも問題視されていた。
弱さを憎む吸血鬼の中で優しさはなんの意味もない。
そんな中優しい理火斗を頼りにする唯の存在は彼にとっても救いだっただろう。
ある意味彼らが惹かれ合うのは当然の成り行きだったのかもしれない。
とりとめのない思い出を振り返りながら、ひと通り身支度を終えれば、日が昇っている。
日の差し込む机の上を見れば、ダイレクトメールなどが散らばっているのが見えた。
その宛先に乗る自分の名前を見る。
『棚橋 唯澄』
唯の名前を聞いた時は驚いた。
どう考えても瑠璃子は自分の名前からとって名前をつけたとしか思えなかった。
まだ瑠璃子が姿を消す前に彼女は確かに言っていた。
将来の話として『もし自分に子供ができたら、大切な人から字をもらってつけたい』と。
それを思い出し、唯を自分の子ではないと言った自分が恥ずかしくなった。
だが、それを謝るにも故人ではどうしようもないと思うと、寂しくもなった。
感傷を振り払うように、机から視線をあげ、昨日のうちに準備してあったカバンを持って、外に出た。
早い時間だが、すでに起きている人間はいるらしく廊下の奥から人の声が聞こえた。
職員寮の食堂に向かえば、孫の顔が見えた。
「っ!お、おじ……いえ、た、棚橋先生、おはようございます」
「はい、おはよう。火澄くん。今日はずいぶん早いですね」
「……はい、今日はテストですし少し早めに行こうかと」
唯と理火斗の息子である火澄も理火斗同様、教師となった。
体つきや顔立ちは全体的に父親似だが、強い瞳は母親譲りだ。
生まれてすぐに母親を亡くした彼だが、特にスレることもなく育ったようだ。
おそらく継母がよかったのだろう。
理火斗は唯の死後八年ほどして、再婚していた。
最初聞いた時には多少くすぶる思いはあったが、会った人間の人柄に触れれば、認めざるを得なかった。
それくらい気持ちのよい女姓だった。
そんな女性に育てられた孫も、教員生活も三年目を迎え、それなりに板についてきたように見える。
教員歴がそろそろ三十年に達しようとする棚橋からすれば、まだまだだが。
それにしても……。
先ほど思い出した瑠璃子の言葉を思い出す。
大事な人の名前から漢字をもらって付けたいと言っていた瑠璃子の思いはそのまま唯に受け継がれているようだった。
孫の名前をつけたのは唯だ。
事前に理火斗と話し合って決めていたらしい。
それが火澄。
火は理火斗の『火』だろうが、澄は……。
果たしてどんな事を考え唯はこの名前を考えたのだろうと思う。
父親であることを否定した男の名前を一部とってつけるというその行為の真意はなんだったのだろうか。
今思っても、唯とは親子とは名ばかりであった。
唯は一度も棚橋を父と呼ばなかった。
認知はしたが、その生活の手助けをほとんどしてこなかった。
そんな自分に唯はどんな思いを持っていたのだろう。
唯と一番心が近くなったと思ったのは、彼女が死ぬ直前の事だった。
子供ができてお腹が大きくなるにつれて、彼女の顔はどんどんしっかりとし、なおかつ優しくなった。
外見はまさに年齢相応のものだったが、柔らかくお腹を撫で、腹の子に語りかける姿はどう見ても『母』だった。
親になってはじめていろいろわかったことがある、と話しかける彼女に棚橋の方こそ戸惑ったものだった。
お腹の子が生まれた後に言いたいことがあると言っていたが、結局聞けず終いになった事をふと思い出す。
「あの、棚橋先生?」
名前を呼ばれてはっとすれば、何故か気まずそうな顔をした孫の顔が見えた。
「なんでしょう?」
「いえ、なんだか珍しく、呆としていらっしゃるので」
もぞもぞと落ち着かなげな様子はどこか彼の父親を思わせた。
……どうも先程から妙に古い記憶が蘇り、いけない。
今朝、あんな夢を見たせいか。いや、あの夢を見たのもおそらくきっかけは……。
「そういえば、火澄くん。多岐さんたちとの補講はその後、どうですか?」
「え?それは……直前に一度行いましたが」
「三人で?」
「は、はい。もちろんです」
顔色を暗くする孫の様子に、罪の意識と同時に満足感を感じる。
悪趣味だと思うが、仕方がない。
火澄との会話に出した多岐とは棚橋の担任を務めるクラスの女子生徒だ。
現在の学園に置いて唯一の奨学金で生活する少女で、真面目な優等生で何かと棚橋を手伝ってくれる。
不思議なことに環を見ていると棚橋は唯を思い出した。
常に強気で向こう見ずなところのある唯に対して、真面目で優等生タイプの環は外見も性格もまるで違うというのに。
最初こそ不思議だったが、彼女たちが学園に来るような社長令嬢などではなく、ごく一般の家庭に育ったのだということに思い至れば、なんとなく理由が知れた。
彼女たちは置かれている環境が似ていたのだ。
母子家庭で育ったことや奨学生であるということなど、驚くほどだ。
それに気づくと、唯の苦労を知っていたので、それとなく気遣ってきた。
もしかしたら環に対するそれは、唯にできなかったことに対しての償いの意味もあったかもしれない。
しかし、そんなことを知らない環は棚橋を慕って、よく仕事を手伝ってくれるようになった。
親しく接する内に環に関してはとある危惧を感じるようになった。
それは祖父の前で落ち着かなげな、孫が関係している。
彼の両親である唯と理火斗は生徒と教師という立場で恋に落ち、子供までできた。
実を言えば唯の母親である瑠璃子も高校の教師で、棚橋はその生徒だった。
つまりは親子二代で教師と生徒という立場で、恋に落ちたことになる。
二度ある事は三度といった感じで火澄にもその気があるのではと言う危惧を長年棚橋は持っていた。
環は唯に似ている。
男は自分の母親に似た存在を好きになるとも言われている。
もし火澄が環と出会ってしまった場合、教師と生徒を超える感情を互いに抱いたりしないだろうか。
とは言え、その危惧は最初は杞憂に終わるものだと思っていた。
なにせ火澄と環はまるで接点がない。
環自身特に興味もないようだったので、近づくこともなさそうだった。
ひとまず出会わなければ安心だと思っていた。
しかし、新学期が始まってすぐに、思いがけない事件が起こり、環と火澄が出会ってしまった。
初対面は火澄の態度が褒められたものではなく、環は彼に悪感情を抱いているようだった。
しかし、問題は火澄の方だった。
今までさして女子生徒を気に留める素振りを見せなかったのに、彼がここ最近、何かと環を気にしていた。
環にあと一歩で冤罪をかぶせてしまうところだった事件の罪悪感がそうさせているのだと、本人は思っていたようだが、棚橋にはどうにもそれだけには見えなかった。
そして、決定的な話を聞いたのは数日前。
火澄から環に個人授業のような補講のしているのだと聞いた。
いくら、以前疑った生徒に対する謝罪であっても、二人きりで勉強など行き過ぎだと思った。
とは言え、今現在の環の授業の進み具合を思えば、桃李の補講は決して彼女の負にはならない。
むしろ必要なものであると理解できた。
環の為を思えば、反対もできず、思わぬ葛藤に陥ってしまった。
だがこのまま二人きりを放置できなかった。
何か間違いが起こってからでは遅いのだ。
はっきり言えば、棚橋は男女の関係において、自分の血筋をまるで信用していない。
自分だって経験のあることだけにそれは最早確信と言っても良かった。
だから、火澄のこともまったく信用していなかった。
何とかできないかと思い悩んでいた時に、環を探しに来たという真田と聖に声をかけられた。
彼女たちを見た瞬間思いついたのが、他人を補講に巻き込むことだった。
もともと名目は補講だ。他の生徒が混じってもおかしくはない。
幸い、真田と聖は快く自分の勧めを受けてくれた。
そして、善は急げと、桃李に聞いていた秘密の職務室に向かえば、自らの対策が本当にギリギリだったのだと思い知らされた。
だがギリギリでも間に合ったようだということは、目の前にいるどこか不満そうな孫の顔を見ればわかった。
本音を言えば、孫の恋路の邪魔などしたくはない。
これでも身内として、それなりに可愛いのだ。
これが二十歳以上の大人の女性であれば、手放しで祝福してあげられたのに。
しかし、そうであってもやはり生徒と教師。
なおかつ、孫は人でない。
吸血鬼の子供を生む危険を知っているだけに、誰であっても十代の生徒が孫の相手になることは許容できなかった。
あの時の唯の目に子供を生むことへの迷いは見られなかった。
しかし、それでも子供より自分の命を大切にして欲しかったと思う。
孫の前でそんな事を言うつもりはないが、本心はそうだ。
瑠璃子が残した唯をあんな形で早々に死なせてしまった自分を棚橋は自ら一生許すつもりはなかった。
だから、あえて邪魔することを選ぶ。
それが孫の幸福を奪う形になったとしても。
教師としてーーそして実際に子供を失った親として、そこは阻止しなければと思う。
「桃李先生」
「なんでしょう?」
「私の目の黒いうちは例え両思いでも許しはしませんので、そのつもりで」
「え?」
前置きなく言った言葉だからか、意味がわからない様子の火澄は目を白黒させている。
そんな孫の姿を見上げながら、棚橋はふと先日の環の様子を思い出す。
(まあ、その可能性は限りなく低そうですが)
内心、酷いことを思いつつ、棚橋は挨拶だけ残し、その場を後にした。
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唯が棚橋に言いたかった言葉は「お父さん」です。
※別視点
暗い、重たい、救いはない。
そんな番外的なとある教師の過去のお話。
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今でも覚えている。
それは夏の盛りの暑い時期だった。
夏休み中の裏戸学園の職員室でその電話を受けた。
まだ今のようにクーラーなど普及していない時代だ。
汗だくになりながら、報告書などと格闘していれば、総務からだった。
身内を名乗る少女がいるのだが、覚えはあるかという内容のもので、それに首をかしげる。
もともと身内に縁の薄い自分だ。
親族と呼べる人間に十年近く連絡を取っていないし、もちろんこの学園で働いていることも話した覚えもない。
では一体誰か、と怪訝に聞き返せば、思いがけず返ってきた名前に瞠目した。
慌てて、事務員に身内だと返す。
裏戸学園は警備の問題上、校内で身内以外の来客を拒否しているためだ。
机上のものを片付けるのも、そこそこに職員室を飛び出す。
実に十数年ぶりに聞く名前だった。
名前を聞いた途端、今まで思い出しもしなかった感情が蘇り、なんとも苦い気分になった。
いまさらと言う気持ちと妙な期待が綯い交ぜになり、複雑な胸中のまま応接室前にたどり着く。
緊張しながらノックをすれば、聞こえた声が妙に高くて首をかしげた。
果たして扉を開けた先に見えた顔に驚き、次いで落胆した。
そこにいたのは少女だった。
十代前半と思しき少女はおっとりした優しげな容貌をしていたが、その瞳には強い光が宿り、こちらを睨んでいるように見えた。
知らない顔の……と思いきや、既視感を感じる。
誰かに似ていると思うが、思い至らず困惑した。
呆然としつつも、立ったままでいる訳にはいかない。
少女の座る応接セットに歩み寄れば、事務員が気を聞かせてくれたのか、コーヒーが並んでいた。
それを見るともなしに見ながら、少女の正面に着席するやいなや、少女が名前を確認してくる。
少女の強い瞳に射抜かれ頷けば、少女は前置きなく自分の正体を明らかにした。
「足立 瑠璃子、知ってるわよね? あたしはその娘よ」
思いがけない少女の正体に驚く。
足立瑠璃子。それは自身のかつての交際相手の名前だった。
そして先ほど、事務員が彼に伝えた名前でもある。
もしかしたら接点のある名前と少女が告げたものを、事務員が勘違いしたのかもしれない。
十数年前に別れたきりの知人の娘が一体なんのようなのかと思う反面、彼女にこんな大きな子供がいたことに驚く。
しかし、そんなのはまだ驚くことでもなかったのだと後で気づくことになる。
少女は前置きなく一枚の紙を取り出し、端的に言った。
「認知して。あたしの父親はあんただから」
認知届の書類を突き出し、睨んでくる少女の言葉に固まる。
突然のことに二の句が継げないでいれば、何を思ったのか少女は憮然と口を尖らせた。
「なによ、まさか覚えがないなんて言わせないわよ?」
そう言って証拠だと取り出したのは、まだ幼さを残す自分と瑠璃子の写真と、確かに彼女に贈ったネックレス。
しかもネックレスには生意気にも指輪がひも通してある。
若いころの情熱に眩しい物を感じつつ、今になって改めて突きつけられると、思いがけず羞恥で頭を抱えたくなった。
だが、そんな思い出の品を持って現れたのが少女だけだという事実が気になった。
案の定、少女は残酷な現実を突きつけた。
「母さんは一週間前に死んだわ」
少女の話では、十数年前に別れた後、瑠璃子は一人で少女を産んだ。
その後も一人で彼女を育てていたらしい。
そんな彼女が、一週間前、仕事帰りに飲酒運転の車にはねられ、事故死した。
少女が遺品を整理していたら、写真とネックレスが出てきたらしい。
その写真の男が自分の父親だと思った少女は、写真と一緒に置いてあった瑠璃子の日記を頼りに自分に行き着いたとのことだった。
「あたしとしては、血のつながりのあるだけのあんたにいまさら頼りたくはないんだけど、事情があって……」
「ちょっと待ってください!」
更に続けようとする少女の言葉を遮る。
急につきつけられた現実に頭が追いつかない。
かつて愛した女性の死というのも衝撃的なのに、目の前の少女が自分の子だと言うのも実感がわかなかった。
当たり前だ。いきなり現れた少女はどう見ても中学生くらいに見える。
いきなりこんな大きな子供が現れて、自分の子だと名乗られても実感できるほど自分は年をとってはいなかった。
では、自分の子ではないと言い切るには、いろいろ覚えがありすぎるのだが……。
とにかく、気持ちを整理する時間が少しだけでも欲しくて発した言葉だったのだが、少女は別の意味に取ったようだった。
「何よ。まさか、自分の子かわからないから認知しないなんてこと……」
「ええ? まさか、そんな酷いことをするとか、信じらんなーいっ!」
二人以外誰も居ないと思われた応接室で第三者の声が突然割って入る。
いつの間にか向かい合う父子の横に奇抜な格好をした女性の姿をしたものが立っていた。
向かいでぎょっとしている少女を横目で見ながら、突然の闖入者を見やる。
「理事長……」
「あらン。ユイトってば理事長なんて、つれないわあ。いつもみたいにクリスティーネと呼んでくれて構わないのにぃん」
そう言って、腰を屈め、指先でこちらの顎をなぞってくる。
その仕草に悪寒を感じ、深々とため息を付いた。
「誤解を与えるような行動はやめてくださいと言ってます」
「あらんあらん? どんな誤解なのかしら? どこへんが誤解なのかご教授してくださる?」
そう言いながら、こちらの肩に腕を回すクリスティーネを名乗る理事長から目をそらし、少女を見れば、その顔が非常に険しくなっているのがわかった。
ただでさえ、先程から認知しろと言いつつ、険悪な態度を崩さない少女にこれ以上誤解を与えてはまずい。
内情を知っている自分にとっては誘惑でも何でもないのだが、外から見れば違うだろう。
ぱっと見、理事長は美しい美女だ。
背中まで伸ばした髪をピンク色に染め、黒を基調としたドレスに包むその姿は異様ではあるが似合っている。
さらにスラリとした肢体は美しく均整がとれており無駄がない。
更には、ややタレ目気味の赤茶けた瞳にぷっくりと艶のある唇は妖艶で、美しく絶世をつけてもいいくらいだ。
だが、いくら美しくても同性に誘惑されても嬉しくない。
「何が、クリスティーネですか。桃李栗太郎理事長」
「ああ”っ? その名で呼ぶなと言ってるだろうが!」
すかさずとんだ野太い声に少女が息を飲む音が聞こえる。
クリスティーネの低音にも慣れているので、無視して目の前に置かれたコーヒーに口をつける。
「教育者として、偽名をお呼びすることができませんでしたので」
「ペーペーのくせに何が教育者だよ」
「あなたからすれば誰もがペーペーでしょうけどね」
目の前の存在は外見からは想像も着かないほど長く生きている。
それを最初聞いた時は信じられなかったが、相手は人でないものと知った時にはストンと理解できた。
更には人間の尺度で測っていい存在でないことを今では理解している。
「なんだよ。むーかーつーく!可愛くな~い!」
「あなたから可愛いなんて思われたくないので、嬉しいですね」
「あのさっ!さっきからなんなわけ、あんたら?」
話があるのはあたしなんだけど!、と眉を吊り上げ、机を叩く少女に思わず感心した。
この得体のしれない相手を前にこれほど強気の態度をとれるとは。
「あらン。大人の話に口をはさむなんて、無粋な娘。お育ち疑っちゃうわ~」
「うっさい。オカマに用はないんだよ。部外者は引っ込んでな!」
「ま、オカマだなんて。こんな美貌の貴婦人を捕まえて何を……」
「うっさい、キモいんだよ! 人が話しているところにいきなり入り込んで、ソッチのほうが育ちが悪いだろうが!」
「まあ、まああぁ。なんてお下品なんでしょう? 親の顔が見たいわ!」
「なんだって!母さんを侮辱する気!?」
「……はい、そこまでで」
これ以上続けると色々面倒になりそうだったので止めれば、少女がこちらを睨みつけてきた。
「なんだよ!母さんを侮辱されてこのまま黙っていろっていうのかい! あんた、それでも母さんの元恋人?」
「落ち着きなさい。今はそんな事より話すべきことがあるはずです」
できるだけ平坦な声で諭せば、少女はむすっとしながらも言葉を収めた。
感情に流されやすいところはあるものの話が通じてよかったと、内心安堵の溜息を漏らす。
度胸があるのはいいのだが、相手を見ることを覚えてほしいと思った。
少女は気づいていないが、目の前の存在は少女を煽りながら、愉快な玩具を見るような目で見ていた。
その視線が恐ろしいと思いつつ、今は話を戻すことにする。
「話を戻しましょう。君の要求は私に認知して欲しいということですね」
「そう。でも、それ以上は求めないから安心して」
「……それはどういうことでしょう?」
「勘違いしないで欲しいんだけど、あたしはあんたに父親だって認めて欲しくて来たんじゃないわ」
認知してほしいという言葉とは間逆な言葉に首をかしげれば、少女は愚痴のようにこぼす。
「葬式だってのに、まず金の話とか。
あいつら、母さんが援助を頼んでも踏みつけにしてきたくせに、いまさらムシが良すぎなんだよ」
その一言で、かつて瑠璃子が話していたことを思い出す。
瑠璃子の両親や兄弟は金にだらしない人が多く、そのせいで家族仲は険悪だったらしい。
実際一度だけ見たことのある彼女の兄だという人間は職場にまで押しかけ、金の無心に来ていた。
なるほど。あの身内なら瑠璃子の死よりも、幼い少女に入ってくるだろう、金に寄ってたかるのもうなずける。
事故の後、一人残された少女だったが、未成年である彼女にはまだ保護者が必要だった。
彼女を引き取るという人間はいるにはいたが、交通事故の保険金が目当てなのは明らかだった。
少女としては、嫌いな身内に母親の代わりに入ってきた金を渡したくないようだ。
「あいつらには一銭も渡したくないから、あんたが保護者ってことで断ってほしいんだよ」
どうやら、遺産管理人として名前を貸せと言うらしい。
教師という職についている自分なら世間的な信用もそれなりにあるからという話だった。
なるほど、と思わないでもないが、多分に問題のある提案に眉を下げる。
「ですか、君、まだ中学生でしょう? 保護者は必要ですよ。生活はどうするんですか?」
「適当にするからあんたが気にすることじゃないよ」
「適当って……」
亡くなって、時間が経っていない状況を考えれば、おそらく保険金が入るのも当分先だ。
母子家庭では貯金もあまりないだろう。
適当にしていては早晩、生活が立ちゆかなくなることなど目に見えていた。
「悪いことは言いません。未成年のうちは大人の庇護下にあった方がいい」
財産が心配なら管理をしてくれるよう弁護士を紹介するからと言えば、少女の顔がみるみるうちにこわばる。
「それは、何? あいつらのところに行けっているの?」
「端的に言えばそうです」
自分が引き取るという手もあるが、男のやもめ暮らしだ。
それに雇用契約上、寮生活が絶対条件の現状を思えば、確実に単身赴任となる。
見たところようやく中学生になったばかりという少女にひとり暮らさせることに抵抗を感じた。
何より財産を目当てによってくるだろうことが目に見えている身内がいるだけになおさら心配でそんなことはさせられなかった。
不足は多分にあり、子育てをしたこと無い異性の親が、いきなり娘を抱え込むなど不可能に思えた。
それならば、いっそ瑠璃子の身内に遺産の一部を渡し、成人するまで面倒を見てもらったほうが、ましな気がした。
だが、それを説明しても少女は不満を示した。
「なんでよ。あんたが認知さえしてくれれば、全て丸く収まるのに!」
「丸く収まる訳がないから言ってるんです」
ぴしりと現実を告げれば、多少はわかっているのか少女は親指の爪を噛んで沈黙した。
その仕草が、不意に昔の瑠璃子の姿と重なる。
彼女も気まずいことがあると親指の爪を噛む癖があった。
親子なのだと改めて感じるが、同時に昔封じた仄暗い感情ももたげてくる。
瑠璃子、少女の母親が自分の前から消えたのは本当に突然のことだった。
前日までふれあい、また明日と笑顔で別れてすらいたのに。
確かに別れる数日前から彼女の様子がおかしいことはなんとなくだが感じていた。
だが、その理由もいずれ話してくれるだろうと思っていた。
あの頃の自分はこのまま瑠璃子と二人一緒にずっと生きていくのだと、無邪気に信じていたのだ。
しかし、そんな楽天的な希望はあまりにあっけなく打ち砕かれた。
瑠璃子は「さよなら」と一言だけ書かれた紙を残し、自分の前から姿を消した。
それはあまりにもあっけない幸福の幕切れだった。
彼女がいないことが信じられず、学校にも行かず探し続けた。
だが彼女は見つからず、いたずらに日々が過ぎ去った。
彼女はもういないのだと、己に言い聞かせて、以前の日常を取り戻そうとしたが、何をやってもうまく行かなかった。
何を見ても味気なく、ひたすら周囲に苛立ちが募った。
喪失に寄る茫然自失を脱すれば、後は憎しみしか無くて。
生活は荒れに荒れた。
それこそ人には言えない犯罪スレスレの行為だって平気でやるほど、身を堕とした。
現在でこそ教師という職に付いてはいるが、ここまで持ち直すのだって、恐ろしく時間がかかっている。
なるほど。子供を抱え、ひとり自分の前から姿を消した彼女の考えはなんとなく理解できた。
たしかに当時の自分はまだ高校生で、子供ができたとしても養えるだけの経済基盤などなかった。
それどころかおそらく子供のことが周囲に知られれば、退学になっていたことだろう。
自分の将来を慮っての瑠璃子の決断だと思うが、それでも身の内にくすぶる黒い感情は消えなかった。
瑠璃子の話は身勝手だとしか感じられなかった。
瑠璃子とともにいた時代、自分にとって瑠璃子は、光であり全てだった。
親や周囲との関係でがんじがらめに動けなくなっていた自分をあっさり溶かした鮮烈な光。
年上で何処か抜けているかわいい彼女はごく普通に自分に手を差し伸べてきた。
そんな風に手を差し伸べられたことは初めてで戸惑ったが、握った手は柔らかくて暖かで。
長年埋まらなかったパズルのピースが埋まるかのような心地に知らずに涙したのを覚えている。
あまりに鮮やかで衝撃的で、それまでの価値観を全て塗り替えるような出来事だった。
金銭的には裕福だったが、昔から覚めた家の中で育った。
暖かさなんて知らなければ、まだ耐えられたのに。
その手に触れた時から彼女に溺れるまでそんなに時間はかからなかった。
彼女のためなら何を捨てても構わないとすら思ったのに。
それなのに彼女はあっさりと自分の前から姿を消した。
自分という存在が彼女にとってその程度であると思い知らせるように。
長く忘れようとして頑張ってきたのだ。
実際それができていたと思っていた。
だが、ここに来て少女の存在でその封印はあっけなく崩壊し、黒い感情が心のうちに逆巻く。
今目の前に彼女がいて、思う様に罵れば、少しはすっきりするだろうかとも思う。
しかし、彼女は死んだ。自分の憤りも悲しみも何もかも聞くこともなく。
これほどの裏切りはない気がした。
思えば、表面上冷静でいても、この時の自分はまったく冷静ではなかった。
後で考えれば、あまりに過ぎた言葉だったと後悔したが、そのときは口にだすことを止められなかった。
「瑠璃子さんとは確かにお付き合いをさせて頂いておりました。しかしだからと言って、君が私の子だという証拠にはなりません」
「は?」
何を言われたかわからない様子の少女に、呆然としている。
だが、徐々に意味がわかってきたのか、少女の顔が怒りに真っ赤になった。
「はあ? 何いってんの? あたしが覚えている限り、母さんの周りに男なんていなかったんだから!」
自分以外考えられないから探しに来たのだと言われても、素直に頷くことができなかった。
「そんなことを言われましても。あの時瑠璃子さんもお若かった。私以外の男がいた可能性も……」
「先生! それ以上はいけな……うわっ!」
バンっと大きな音共にした声だが、次いで聞こえたばさばさ、と言う音。
撒き散らされた白いモノに室内にいた人間の意識は持っていかれた。
見れば、落ちた紙の先には真っ青な顔をした大柄な青年が膝をついている。
その顔はどこかクリスティーネに似ていたが、その雰囲気は比べるまでもなく頼りない。
「す、すみません!」
頭を何度も下げながらも、周囲に散った紙を拾っている。
その様子に毒気を抜かれ、足元にあるプリントに手をのばすと、横から小さな手がそれをさらった。
動きをたどれば、少女と目があう。
しかしすぐに視線はそらされ、少女は再び他のプリントに手を伸ばし、拾い集める。
先ほどの会話を思い出せば気まずく、声を掛けることができない。
その間に、少女と青年は二人、床に散ったプリントは全て回収したようで少女が集めたプリントを机で整え青年に差し出した。
「ああ、ありがとうございます。助かりました」
「いいよ、これくらいで」
少女がここにきて笑みらしきものを浮かべて青年を見上げている。
それに照れたように頭を欠く青年の様子が何故か面白くなく、二人の会話を遮るように、青年の名前を呼んだ。
「理火斗先生。なぜここに」
「あ、あの。すみません。教育実習の課題レポートについて質問がありまして……」
オドオドしながらこちらをうかがうのは桃李理火斗という教育実習生だった。
なるほど、確かに彼の抱えているノートや資料は課題として与えたもののようだ。
「ですが、何もこんなところまで……」
「そうよン! 理火斗ったら。いいところだったのに」
「お、お祖父様。いらしたんですか?」
「あ、もう~。クリスティーネとおよびといつも言ってるでしょう?」
注意を受け、クリスティーネ様と言い直す理火斗。
彼は、理事長の孫に当たる青年だった。
面差しは似ているが、雰囲気はまるで似ていない。
理事長がデタラメであることも理由の一つだが、理火斗も体の割に気が弱く、いつもオドオドしている。
そのため、実習中も生徒たちを押さえられないことも多い。
そんな理火斗だが、珍しく強い瞳でこちらを見下ろしてくる。
「それより、先生。娘さんにそんな風に言ってはいけません」
その言葉に、思わずため息が漏れた。
「それは、立ち聞きを自白していると見てもよろしいのでしょうか?」
「……う、すみません。するつもりはなかったのですが」
「そうよン! 理火斗。隠れて聞くぐらいなら、私くらい堂々となさいな」
「そう言う問題ではありません」
ピシャリと理事長の戯言を遮る。
理事長は不満そうにしているが、知ったことではない。
「ともかくお二人とも出て行ってください。これは私とこの娘の問題です」
「で、でも。せっかく娘さんがこうして頼ってきてくれたんですから、もっと優しくされたほうが……」
「あなたが口出すことではありません」
「でも……」
「……お兄さん。もういいよ」
理火斗を遮ったのは予想外に少女だった。
「でも……」
「こんな男頼ろうと思ったあたしが馬鹿だったんだよ」
じろりと睨まれる。
確かに言い過ぎた自覚はあったが、一度出した言葉は戻らない。
気まずげに目を反らせば、いつの間にか少女の近くに寄った理事長が少女の肩に手を置いた。
「そうよねン。これだけ顔がそっくりなのに、血のつながり否定するとかないわン」
理事長の後押しに、ぐっと喉を詰まらせる。
少女の顔は己によく似ていた。
最初に感じた既視感は毎日見ている己の顔によるものだった。
何も言えない自分の横で、理火斗は理事長の顔を頼りなげに見下ろした。
「お祖父様。どうにかならないのでしょうか?」
「ん~、そうねえン。……ではこうしましょう!」
理事長が提案したのは、少女を学園の奨学生として迎え、寮生活をさせるというものだった。
「ちょ、何を勝手に決めてるんですか! 大体この子の学力もわからないのにいきなり学園の奨学生とかありえないでしょう!」
「そんなの理事長の権限でどうとでもなるわよン」
カラカラ笑う理事長の顔に血の気が引く。これは本気だ。
だが、こんな事をこの男が言い出すなんて、ただの善意とは思えない。
案の定、理事長は気味の悪い笑みを浮かべて、人差し指を立てた。
「でも幾つか条件があるのよン」
それが飲めなければ、強制送還と言われて、少女の顔がこわばる。
しかし、次の瞬間には強い決意の瞳を宿して頷いた。
「いいよ。あいつらの元に行かなくていいなら、どんな条件でも飲む」
「あらあら、条件は聞かなくてもいいの?」
即答に、流石の理事長も驚いたように少女に聞き返す。
少女は少し考える素振りを見せるが、すぐに首を振った。
「悔しいけど未成年のあたしに選択権なんて殆ど無いし。聞いても結果は変わらないからいいよ」
少女にとって一番我慢ならないのはどうやら母親をいじめた親族に金銭が行くことらしい。
それ以外だったら耐える覚悟でここにきたという、少女の決意に、一瞬理事長の目が丸くなる。
珍しいと思えば、その瞳が一度こちらを見た。
それに気づいて、不意に思い出される記憶があった。
それはこの学園の教員試験の時のことだ。
集団面接の際に突然乱入してきた理事長が受験生に「教員になるにはいくつか条件があるが、それを飲むか」という彼の質問をされた。
周囲がたじろぐなか、今の少女と似たようなことを言った覚えがあった。
当時はようやく教員免許を取ったものの、数年間の自暴自棄の期間を経ての大学入学だったので、卒業した年には二十代後半になっていた。
新卒者に混じっての求職活動は難航を極めた。
いくつもの採用試験に落ちまくり、最早最後の頼みだった裏戸学園に何が何でも入りたかったのだ。
そのために半ばやけくそ気味に言い放った言葉だったのだが、これが気に入られたようで採用通知をもらったのだ。
その分理事長の無茶ぶりに付き合わさせるとう苦行を背負うことにはなったが、それに対する後悔は不思議となかった。
おそらく、その時の事を思い出しているだろう理事長の意味ありげな視線に思わず苦虫を噛み潰せば、理事長は楽しそうににっと笑った。
「あらン、良いお返事。いいわ。私に任せておきなさい!」
「よろしくお願いします。クリスティーネ理事長」
頭を下げる少女にクリスティーネと呼ばれてご満悦な理事長だが、二人の会話に感傷に浸っていた自分に気づきハッとする。慌てて、その間に入る。
「ちょ、勝手に決めないでくださいよ!」
「保護者でもない人間は黙ってなさぃン?」
理事長の睨みとともによこされた台詞に、口を噤む。
確かに認知していない以上保護者ではない自分に口をはさむ権限などない。
黙るしかなかった、自分とニマニマ気持ち悪く笑う理事長の隣で理火斗が少女に声をかける。
「君、良かったね」
「お兄さんのおかげだよ。ありがとう!」
「そんな、僕は何もしてない。君が頑張ったからさ」
だが褒める理火斗に少女は憮然と口を尖らせた。
「……ねえ、さっきから君って、あたし、そんな名前じゃないんだけど?」
「え?……ああ、ごめんね。名前を聞いていなかったから」
困ったように眉を下げる理火斗の言葉に「そういえば名乗っていなかったね」とその場で初めて少女が笑った。
「あたしの名前は唯だよ。足立唯!」
◆ ◆ ◆
はっと、として目が覚めた。
身を起こして外を見れば、まだ暗い。
どうやら早く起きすぎたようだ。
年をとるとどうしても早起きになると聞いていたが最近如実にわかって、自分も年を取ったのだと実感する。
机の上のメガネを取ってかけて立ち上がった。
電気をつければ、自室が隅々まで見渡せる。
もうすでに何十年と暮らした教員棟の自室だ。
見慣れた自室を、棚橋はぐるりと見渡す。
希望も絶望も、幸福も不幸も、全て部屋にいて過ぎ去っていった。
思わぬ感傷に棚橋は自身で苦笑した。
寝間着を脱いで、着替えながら、過去に思考を飛ばす。
唯。
瑠璃子との間の子は結局、当時の理事長の言うとおり、裏戸学園に編入させた。
保険金目当ての親族が何か言っていたらしいが、理事長の権力と何より自身の保護者としての権限が物を言った。
そう、結局棚橋は唯を認知して、保護者となった。
とは言え、学園ではそのことは秘密にしたし、それぞれ寮で生活をし、結局最後まで一緒に暮らすことはなかった。
唯が嫌がったのもあるが、親として突然出来た娘にどう接すればいいのかわからなかったからだ。
唯の事を考えれば、後悔しかわかない。
唯は初めて出会ったあの日からおよそ四年後に死んだ。
吸血鬼の息子を産んだ負荷に若い彼女が耐えられなかったのだ。
子供の父親は理火斗だ。
あの後無事に実習を終えて教師になった彼だが、年数がたち高校生になった唯とそう言う関係になったらしい。
幼女趣味があったとは知らなかった。
知っていたら近づけなかったものを。
とはいえ、棚橋が知らなかっただけで、かなり長く彼らには交流があったようだ。
最初に出会った直後から、理火斗は何かと唯に気を使っていたらしい。
何もかも今までの生活とは異なる裏戸学園で耐えられたのは、理火斗のおかげだと言われれば、唯を避けるように生活していた棚橋には何もいうことができなかった。
唯が吸血鬼の花嫁になったのは実は裏戸学園に入学した当初だ。
理事長の入学の条件というのは儀式を受けて、花嫁になることだったのだ。
棚橋はこの学園に勤め始めて、三年目にこの学園が吸血鬼という人ならざる者に運営されていることを知らされた。
基本、外部からの教職員にはそれは秘密らしいのだが、生徒として吸血鬼が交じるため、教員は知っていることが望ましいらしい。
教員採用試験時に、口の固そうな信頼の置ける教員を更に数年使って見極めた後、伝えているのだと聞く。
信頼されたのは幸運だったのか、不幸だったのか。
とにかく、そんな事情を知る自分の娘である唯に花嫁になれと言う条件はある意味必然だったのかも知れない。
ある意味理火斗との関係を見越しての事だったのかもしれないが、あの時唯を迎え入れた理事長の真意は定かではない。
何かとつかめない人だった。
今も、雲のようにその存在は宙に浮いたまま、行方も知れない。
思いがけず親戚関係になってしまった彼だが、通常の人間であれば死んでいてもおかしくない歳だ。
よくも悪くも人ではない彼は一体今どうしているのやら。
そんな当時の理事長の命令で、花嫁にはなったものの唯は現在のように親衛隊になることも、天空寮に入ることも許されなかった。
今でこそ花嫁は全員天空寮に入るようになっていたが、当時とりあえず花嫁は多ければ多いほど良いという風潮があり、大勢いたため、その全員を天空寮に入れることが不可能だったのだ。
更には権力の分散を防ぐためにも親衛隊の権限も限られ、誘蛾灯のような異性を惹きつける花嫁関係の事件は跡を絶たず、学園はそれなりに荒れた様子があった。
自らの娘である唯とてその事件に巻き込まれる可能性が高くて当時は本当に気が気ではなかった。
権力でもみ消されることも多々あり、不安を感じつつも一教師でしかなかった棚橋にはどうしようもなかった。
数年後の月下騎士会が学園の現状を憂い、無闇と花嫁を増やすことを規制するよう規則を作った時はホッとしたものだった。
とは言え、それは唯の死後のこと。
当時の荒れた学園の中で、唯はよりにも寄って学園でも最下層と位置づけられる奨学生という立場で入学を果たした。
果たして唯がそんな荒れた学園で無事でいられたのはほとんど奇跡としか言いようがない。
(いや、そうではないか)
唯を守ったのは理火斗だった。理事長の孫である彼が何かにつけて彼女を気にかけ、それとなく気を配ってくれていたことを、知ったのはずいぶん後になってからの事だった。
孤立無援の学園の中で唯一優しい理火斗の存在は唯にとって、どう映ったかなど火を見るより明らかで。
理火斗も理火斗でその気の弱い性格は一族の中でも問題視されていた。
弱さを憎む吸血鬼の中で優しさはなんの意味もない。
そんな中優しい理火斗を頼りにする唯の存在は彼にとっても救いだっただろう。
ある意味彼らが惹かれ合うのは当然の成り行きだったのかもしれない。
とりとめのない思い出を振り返りながら、ひと通り身支度を終えれば、日が昇っている。
日の差し込む机の上を見れば、ダイレクトメールなどが散らばっているのが見えた。
その宛先に乗る自分の名前を見る。
『棚橋 唯澄』
唯の名前を聞いた時は驚いた。
どう考えても瑠璃子は自分の名前からとって名前をつけたとしか思えなかった。
まだ瑠璃子が姿を消す前に彼女は確かに言っていた。
将来の話として『もし自分に子供ができたら、大切な人から字をもらってつけたい』と。
それを思い出し、唯を自分の子ではないと言った自分が恥ずかしくなった。
だが、それを謝るにも故人ではどうしようもないと思うと、寂しくもなった。
感傷を振り払うように、机から視線をあげ、昨日のうちに準備してあったカバンを持って、外に出た。
早い時間だが、すでに起きている人間はいるらしく廊下の奥から人の声が聞こえた。
職員寮の食堂に向かえば、孫の顔が見えた。
「っ!お、おじ……いえ、た、棚橋先生、おはようございます」
「はい、おはよう。火澄くん。今日はずいぶん早いですね」
「……はい、今日はテストですし少し早めに行こうかと」
唯と理火斗の息子である火澄も理火斗同様、教師となった。
体つきや顔立ちは全体的に父親似だが、強い瞳は母親譲りだ。
生まれてすぐに母親を亡くした彼だが、特にスレることもなく育ったようだ。
おそらく継母がよかったのだろう。
理火斗は唯の死後八年ほどして、再婚していた。
最初聞いた時には多少くすぶる思いはあったが、会った人間の人柄に触れれば、認めざるを得なかった。
それくらい気持ちのよい女姓だった。
そんな女性に育てられた孫も、教員生活も三年目を迎え、それなりに板についてきたように見える。
教員歴がそろそろ三十年に達しようとする棚橋からすれば、まだまだだが。
それにしても……。
先ほど思い出した瑠璃子の言葉を思い出す。
大事な人の名前から漢字をもらって付けたいと言っていた瑠璃子の思いはそのまま唯に受け継がれているようだった。
孫の名前をつけたのは唯だ。
事前に理火斗と話し合って決めていたらしい。
それが火澄。
火は理火斗の『火』だろうが、澄は……。
果たしてどんな事を考え唯はこの名前を考えたのだろうと思う。
父親であることを否定した男の名前を一部とってつけるというその行為の真意はなんだったのだろうか。
今思っても、唯とは親子とは名ばかりであった。
唯は一度も棚橋を父と呼ばなかった。
認知はしたが、その生活の手助けをほとんどしてこなかった。
そんな自分に唯はどんな思いを持っていたのだろう。
唯と一番心が近くなったと思ったのは、彼女が死ぬ直前の事だった。
子供ができてお腹が大きくなるにつれて、彼女の顔はどんどんしっかりとし、なおかつ優しくなった。
外見はまさに年齢相応のものだったが、柔らかくお腹を撫で、腹の子に語りかける姿はどう見ても『母』だった。
親になってはじめていろいろわかったことがある、と話しかける彼女に棚橋の方こそ戸惑ったものだった。
お腹の子が生まれた後に言いたいことがあると言っていたが、結局聞けず終いになった事をふと思い出す。
「あの、棚橋先生?」
名前を呼ばれてはっとすれば、何故か気まずそうな顔をした孫の顔が見えた。
「なんでしょう?」
「いえ、なんだか珍しく、呆としていらっしゃるので」
もぞもぞと落ち着かなげな様子はどこか彼の父親を思わせた。
……どうも先程から妙に古い記憶が蘇り、いけない。
今朝、あんな夢を見たせいか。いや、あの夢を見たのもおそらくきっかけは……。
「そういえば、火澄くん。多岐さんたちとの補講はその後、どうですか?」
「え?それは……直前に一度行いましたが」
「三人で?」
「は、はい。もちろんです」
顔色を暗くする孫の様子に、罪の意識と同時に満足感を感じる。
悪趣味だと思うが、仕方がない。
火澄との会話に出した多岐とは棚橋の担任を務めるクラスの女子生徒だ。
現在の学園に置いて唯一の奨学金で生活する少女で、真面目な優等生で何かと棚橋を手伝ってくれる。
不思議なことに環を見ていると棚橋は唯を思い出した。
常に強気で向こう見ずなところのある唯に対して、真面目で優等生タイプの環は外見も性格もまるで違うというのに。
最初こそ不思議だったが、彼女たちが学園に来るような社長令嬢などではなく、ごく一般の家庭に育ったのだということに思い至れば、なんとなく理由が知れた。
彼女たちは置かれている環境が似ていたのだ。
母子家庭で育ったことや奨学生であるということなど、驚くほどだ。
それに気づくと、唯の苦労を知っていたので、それとなく気遣ってきた。
もしかしたら環に対するそれは、唯にできなかったことに対しての償いの意味もあったかもしれない。
しかし、そんなことを知らない環は棚橋を慕って、よく仕事を手伝ってくれるようになった。
親しく接する内に環に関してはとある危惧を感じるようになった。
それは祖父の前で落ち着かなげな、孫が関係している。
彼の両親である唯と理火斗は生徒と教師という立場で恋に落ち、子供までできた。
実を言えば唯の母親である瑠璃子も高校の教師で、棚橋はその生徒だった。
つまりは親子二代で教師と生徒という立場で、恋に落ちたことになる。
二度ある事は三度といった感じで火澄にもその気があるのではと言う危惧を長年棚橋は持っていた。
環は唯に似ている。
男は自分の母親に似た存在を好きになるとも言われている。
もし火澄が環と出会ってしまった場合、教師と生徒を超える感情を互いに抱いたりしないだろうか。
とは言え、その危惧は最初は杞憂に終わるものだと思っていた。
なにせ火澄と環はまるで接点がない。
環自身特に興味もないようだったので、近づくこともなさそうだった。
ひとまず出会わなければ安心だと思っていた。
しかし、新学期が始まってすぐに、思いがけない事件が起こり、環と火澄が出会ってしまった。
初対面は火澄の態度が褒められたものではなく、環は彼に悪感情を抱いているようだった。
しかし、問題は火澄の方だった。
今までさして女子生徒を気に留める素振りを見せなかったのに、彼がここ最近、何かと環を気にしていた。
環にあと一歩で冤罪をかぶせてしまうところだった事件の罪悪感がそうさせているのだと、本人は思っていたようだが、棚橋にはどうにもそれだけには見えなかった。
そして、決定的な話を聞いたのは数日前。
火澄から環に個人授業のような補講のしているのだと聞いた。
いくら、以前疑った生徒に対する謝罪であっても、二人きりで勉強など行き過ぎだと思った。
とは言え、今現在の環の授業の進み具合を思えば、桃李の補講は決して彼女の負にはならない。
むしろ必要なものであると理解できた。
環の為を思えば、反対もできず、思わぬ葛藤に陥ってしまった。
だがこのまま二人きりを放置できなかった。
何か間違いが起こってからでは遅いのだ。
はっきり言えば、棚橋は男女の関係において、自分の血筋をまるで信用していない。
自分だって経験のあることだけにそれは最早確信と言っても良かった。
だから、火澄のこともまったく信用していなかった。
何とかできないかと思い悩んでいた時に、環を探しに来たという真田と聖に声をかけられた。
彼女たちを見た瞬間思いついたのが、他人を補講に巻き込むことだった。
もともと名目は補講だ。他の生徒が混じってもおかしくはない。
幸い、真田と聖は快く自分の勧めを受けてくれた。
そして、善は急げと、桃李に聞いていた秘密の職務室に向かえば、自らの対策が本当にギリギリだったのだと思い知らされた。
だがギリギリでも間に合ったようだということは、目の前にいるどこか不満そうな孫の顔を見ればわかった。
本音を言えば、孫の恋路の邪魔などしたくはない。
これでも身内として、それなりに可愛いのだ。
これが二十歳以上の大人の女性であれば、手放しで祝福してあげられたのに。
しかし、そうであってもやはり生徒と教師。
なおかつ、孫は人でない。
吸血鬼の子供を生む危険を知っているだけに、誰であっても十代の生徒が孫の相手になることは許容できなかった。
あの時の唯の目に子供を生むことへの迷いは見られなかった。
しかし、それでも子供より自分の命を大切にして欲しかったと思う。
孫の前でそんな事を言うつもりはないが、本心はそうだ。
瑠璃子が残した唯をあんな形で早々に死なせてしまった自分を棚橋は自ら一生許すつもりはなかった。
だから、あえて邪魔することを選ぶ。
それが孫の幸福を奪う形になったとしても。
教師としてーーそして実際に子供を失った親として、そこは阻止しなければと思う。
「桃李先生」
「なんでしょう?」
「私の目の黒いうちは例え両思いでも許しはしませんので、そのつもりで」
「え?」
前置きなく言った言葉だからか、意味がわからない様子の火澄は目を白黒させている。
そんな孫の姿を見上げながら、棚橋はふと先日の環の様子を思い出す。
(まあ、その可能性は限りなく低そうですが)
内心、酷いことを思いつつ、棚橋は挨拶だけ残し、その場を後にした。
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唯が棚橋に言いたかった言葉は「お父さん」です。
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