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企画SS
初夏の落日、東上の月 (リクエストSS蒼矢)
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カップリングは蒼矢×環。
これ以外のカップルしか受け付けない人は見ないようお願いします。
※全てifの設定。物語の進行上にはまったく関係ございません。
※書きたかったから書いた、それだけです。苦情は受け付けません。
・ゲーム終了後、蒼矢卒業後、環は高3。夏。恋人同士設定。
・コメディ向き。ラブコメ。かな?
・ちょっと長い目。紅いのと桃色が微妙な当て馬となっております。
・吸血行為あり。少し痛い表現有りなので、気になる人はみないでください。
・甘さは頑張ったつもり。でもあんまり甘くないかも。うーん。
・キャラ崩壊しているかも?気をつけてご生還ください。
・本編のネタバレ要素はありませんが、本編読後がもちろん推奨
以上です。
OKなら、以下。
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西日の差し込む廊下の放たれた窓から運動部の声が遠く聞こえる。
教室の並ぶ本校者の廊下を急ぐ。自分以外の人の気配がないのをいいことにほとんど走っていた。
真夏の夏至の近い日付。日は長いので時間を感じにくいが、最終下校時刻はもうすぐだ。
なぜそんな時間にこんな場所にいるのか。
自問に答えるとしたら人と会う約束しているから。かなり遅刻してるけど。
その呼び出しメールに気づいたのは実は先ほどだった。
あたしは携帯電話を持っていない。
なのでメールといえばもっぱら学内のPCを利用したフリーメールだ。
そこに今日の放課後、会いたいと言うメールが届いていたのだ。
基本、筆不精なあたしはメールを細かに見る習慣がない。
それでも二日に一度程度には今まで確認していたが、ここ一週間ほどやたらと多忙でそんな暇さえ取れなかったのだ。
今日だって頼まれ仕事を片付けていたため、授業が終わってからも残っていた。
そんなわけで、実に一週間前に届いていたそれに気づくのが遅れてしまっていた。
予定していた手伝いが意外に早めに終わって、久しぶりに確認しておこうかと学内PCに向かわなければ、きっと見逃していた。
だから、大事な要件はメールで連絡するなって言っているのに、と内心悪態を着く。
見ていなかった落ち度はあるにせよ、できるだけ連絡は電話でと言っておいたはずの相手に恨み言のひとつは言いたかった。
日付的にも余裕があったので、大丈夫と思ったのか。
送信履歴が深夜だったから、もしかしたら気を使ってのことなのかもしれない。
相手も多忙で電話もする時間も取れないのかもしれないと思うと少しだけ体が心配になった。
メールの内容は学園にくる用事があるので、久しぶりに会おうという誘いだった。
約束の日付は今日。しかし、その時間はとうの昔に過ぎていた。
もういないかもしれないと思いつつも、目的地まで廊下を急ぐ。
たどり着いた場所は使われていない空き教室だった。
そこはいつも鍵がかけられており、誰も入ることはできない。
はたしてどうやってこの教室の使用の許可をもらったのやら。
彼は数ヶ月前に卒業してこの学園の生徒ではないというのに。
不思議に思いつつも、相手のことを考えれば多少無理の効く立場にいる人だということを思い出す。
自分の腕時計を確認すれば、すでに約束の時間から二時間近く過ぎていた。
教室を前にして考える。連絡もなしに遅れたとか最悪な行為だ。
怒っているだろうか。まあ怒るよね。
その思いが、扉の取手にかかる手をためらわせる。
自分が悪いのは承知だが、怒られると分かっている場所に行きたいと思えるほどあたしはマゾじゃない。
だが、確かめないわけにはいかなかった。
もしかしたら待ちくたびれて、もういないかもしれないし。
そんな問題を先送りにする思考に勇気をもらって、あたしは思い切って扉の取っ手に力を込めた。
果たして、扉は空いた。
空き教室は使われてはいないが、教室としての機能は失われていないようで、生徒用の机と椅子が並んでいる。
室内はしんと静まり返り、運動部の掛け声もここまで聞こえなかった。
音を立てることすら憚られるような沈黙の中にかすかに人の呼吸音を聞き、目を向ける。
呼吸音の先に人影がひとつの席に座っているのが見えた。
その人は眠っているのか、机に突っ伏し呼びかけに答えない。
そっと人影に近づく。
近づくにつれてその人の様子が分かる。
机にうつ伏せになっているので、顔は確認できないが見知った容姿に安堵のような気まずいような気持ちが湧き上がる。
制服のある裏戸学園において、その姿は私服だ。
もうこの人は高等部の生徒ではないのだから当然か。
仔細はわからないが灰色のスラックスに紺色の夏物のジャケット、水色のシャツのえりが見えた。
光に青色を返す見た目より柔らかい黒髪が弱い光の中でもはっきり確認できる。
前月下騎士会会長、蒼矢透その人だ。ついでにあたしの恋人と呼べる人。
会長とあたしは一年前のごたごたを経て、付き合い始めた。
会長はあたしの接近に気づかないらしく、微動だにしない。
珍しいと思いつつ、その寝顔をこっそり覗き込む。
どこか幼い寝顔に落ちる影を見つけて、少し眉をひそめた。
何か忙しいのだろうか。なにかと会長は多忙な人だ。
大学に進んで何やら会社を立ち上げるとかなんとか言っていたから、忙しくてろくに休息も取れていないのかもしれない。
疲れているのなら寝せておいてあげたいが、こんなところで寝ては疲れも取れない。
いくら冷暖房完備の教室の中とは言え、風邪を引くかもしれないし。
「……会長?」
声をかけるも会長の起きる気配はない。
やはり声を潜めたままでは聞こえないか。
今度は少し声をあげて呼びかける。
「会長、風邪をひきますよ?」
「ん、……」
今度は少し反応があった。しかし、起きるには至らず、もぞっと顔を動かすだけだった。
今度は彼の肩に触れ、ゆする。
「会長ってば、起きてください、ねえ」
「んぅ、……ん、うるさ……い」
寝ぼけ声とともに、不意に会長から伸びた手に腕を取られ、引かれた。
「うわっ!」
その拍子にバランスが崩れる。なんとか机に手をついて転倒を免れるが、気がつけば、鼻先スレスレに会長の顔があった。
ほとんど触れそうな距離に目を見開く。
「あ……」
思わぬ接近に頬が赤くなる。だが会長に腕を取られたままなので逃げられない。
正直会長と会うのも結構久しぶりだったので、若干耐性が薄れていたらしい。
大学生である彼と全寮制の高校にいるあたし。
同じ系列の学校といえど、大学部と高等部の距離は離れており、会長が在学中ほど会えていなかった。
平日はまず会えないし、休日も互いにいろいろ忙しい。
彼の大学で忙しそうだが、あたしもあたしで補講などに出ていたので、ひと月以上会えていなかった。
もちろん、電話やメールはしていたけど、実際にあうのは本当に久しぶりだった。
久しぶりに見る会長の顔に心臓が早くなる。
思いがけない距離にどうしようと思っていたら、ふるりとまつ毛が震え、ゆっくりと瞳が開き、瞳が見えた。
鮮やかな紅い光彩。人にはありえない彼らの一族だけが持つ独特の色だ。
その瞳が夕日を受け、キラキラと光る様はどこか幻想的で、まるで宝石を思わせた。
あまりに綺麗な光景に、しばし見とれる。
会長も会長で寝ぼけているようで、あたしを見る目は焦点が合わずぼんやりしている。
しばし互いに見つめ合い、沈黙が落ちた。
「ん……?」
ぼんやりとした様子の会長は何度かあたしを見て瞬きをしている。
瞬きするたび、震えるまつ毛も髪と同じく少し青味ががっているんだ、と場違いなことを思う。
そして、不思議そうにあたしの顔と掴んだ腕を交互に見て、やがてなにかに気づいたように会長の目を見開かれた。
「なっ!す、すまない」
会長は慌てたようにあたしの腕を離し、焦った様子で席から立ち上がると、距離を取るように後ずさった。
その光景に呆然とする。
「あ、いや。これは、その……乱暴な事をするつもりではなくてだな?」
何も言わないあたしに、会長は慌てふためいて言い訳じみた言葉を繰り返す。
「まさかお前が目覚めた時にいるとか思わなくって……。て、いうかお前いつから……っていうか俺は一体……え?」
寝起きで、相当気が動転しているのか会長の言葉は支離滅裂だ。
その様子に思いがけず、面白くて吹き出しそうになったあたしは、必死な会長になんとなく悪い気がして、口を抑え、顔を背けた。そのまま笑いに耐え、肩を震わせる。
「い、いえ。大丈夫です。気にしてませんから」
思いがけず、震える声でそう言えば、会長がなぜか恐る恐る聞いてくる。
「な、何で震えてるんだ?」
まさか会長が面白いから笑っているとは言えない。
バレてはいけないと思えば思うほど、あたしの笑いのツボは刺激されるようで、必死で笑いを堪える。
「いえ、これは……」
もはやお腹の筋肉がヒクヒクして苦しい。
あまり声を出すと吹き出して大笑いしてしまいそうだ。言葉少なに言えば、会長の焦った声が聞こえた。
「俺、寝ている時にお前になにかしたか?」
なんか変な方向に勘違いしだした会長だ。
笑いこらえてるだけなのになんでそんな思考になるのか分からず、それがなんとも残念に思えて、更に笑いの発作は激しくなった。
あたしはもはや言葉もなく頭を降るしかない。
「……なあ、なんで答えない?」
会長の声は至って真面目で真剣なのは分かる。
だからこそ笑ってはいけないシーンだとはわかるのだが。
人間するなと言われたことこそしたくなるのはどういったことか。
誤解は解きたいが今口を開けば確実に笑ってしまう。
会長がシリアスなのにどうしてあたしはこんなに笑えるのか。
ああなんか涙さえ出てきたよ。
兎に角会長にバレないよう、顔をおおって首を振り続けた。
「言えないほどひどいことを俺はお前にしたのか?」
あたしが話せない間も会長の勘違いは深くなっていく。
焦りが生まれる。しかしこらえようとしているのだが、全くうまくいかない。
なんかだんだん呼吸すら苦しくなってきた。
こ、これはまずい気がしてきた。
取り敢えず一旦撤退したほうがいいかもしれない。
どこか会長のいないところで落ち着かないと絶対まずい。
あたしは口を抑えたまま、踵を返した。
「っ!おい、何処へ行く?!」
会長の声が聞こえたが、あたしは兎に角ここから離れることしか頭になかった。
なんとか扉にたどり着き、外に出ようと手を伸ばした瞬間だった。
「行くな」
伸ばした手は取っ手に届く直前に、腕ごと奪われ、気づけばあたしは会長の腕の中にいた。
抱きすくめられ、逃げることは叶わない。
あたしは必死で漏れそうになる笑いをこらえ、にやけそうになる口を手で覆えば、呼吸がきつくて、涙がポロポロこぼれた。
「泣くな」
会長は震える続けるあたしの涙を優しく指で拭う。
それがまたくすぐったくて、どうしようもない。
「……なあ、謝るから。逃げないでくれ」
会長の顔を見ちゃダメだ。必死で俯き、歯をくいしばった。
ここは笑う場面ぢゃない!
だがそんなあたしの努力を会長はあっさりと無駄にしてくれる。
必死に口元を抑えていた手を、力任せに解かれ、仰向かされる。
その瞬間切なそうな会長の瞳が見えた。
「俺はお前がいないと……」
ああ、もうダメ、限界。
「ぶっ!」
「ぶ?」
会長の不思議そうな声がきこえた。だがそれすらもおかしく思えてあたしは爆笑した。
「ぶわっはははは!あはははははは!はっ!ひーひー。うっく」
お、お腹痛い。ダメだ、死ぬ。
そんなあたしを呆然と見下ろす会長。
狂ったように笑うあたしに、多分引いているのか、いつの間にか抱擁が解かれ距離が空いている。
「……どういうことだ?」
呆然とつぶやくその顔は状況が分からず困惑している。
だが笑いが暴走しているあたしはその顔すらおもしろくて、笑いが収まらない。
「ご、ごめんな、ぶ、ハハハハ……はあ、はあ……うくくくっ!」
一度飛び出た笑いはなかなかさまらない。
息も絶え絶え涙も流しながら大爆笑するあたしにようやく状況を把握したらしい。
低く唸るような会長の声が聞こた。
「まさか、お前は俺をからかってたのか?」
「ち、ちが……うぷぷ、はあはあ」
必死で呼吸を整え、笑いを収めようとするが、無理だった。
これ以上会長の顔も見れなくてあたしは教室の隅に蹲る。
必死で笑いを収めようとしているのがわかったのか、あるいは会長も話にならないとわかったのか。
取り敢えずあたしの笑いが収まるまで無言でいてくれた。
それからあたしは腹筋と喉を酷使したあとようやく、笑いを収めた。
笑いが収まったというか、むしろ体力的な問題だ。
笑うって意外に体力使う。正直笑い疲れてぐったりだ。
多分確実に明日は筋肉痛だと思う。
目尻の涙を袖で拭う。いや、人間悲しい以外でも、こんなに泣けるんだと思った。新発見だね。
息も上がって疲れ果て、もはやあたしはこのまま帰って寝てしまいた勢いだ。
だが、現実はそんなに甘くはない。
「……さて、説明してもらおうか」
あたしの背後から音がしそうな黒い空気がダダ漏れてきて、正直振り返りたくない。
だが、いつまでにうずくまっているわけにもいかないだろう。
しかし、どうしても振り返るのが怖くて、頭を抱えたまま隅っこで言い訳をぐるぐる考える。
別に会長をからかったわけじゃない。
馬鹿にしたわけじゃない。ただ、笑う場面なくてこらえてたらドツボにはまっただけだ。
笑う場面に笑えなくて、誤解されて。
そんな言い訳を考えていたけど、結局じぶんのやったことを正当化しても仕方がない。
「ご、ごめんなさい」
「……それは何に対しての謝罪だ?」
会長の常にない苛立ったような声にビクビクしながら答える。
「別に笑うつもりはなかったんですよ。最初にうろたえていた会長が少し……」
可愛かったなんて言ったら怒るんだろうな、と思って口を閉じた。
「……少し、何だ」
言え、と命令口調が妙に板についているように聞こえた。
いや、普段あんまり残念な部分しか見てないけど、かなりすごい人なんだよね。成績もスポーツもできるし、人の采配もできて統率力もあればカリスマもあるとか。
こう思うと完璧人間なのに、プリン好きだったり幽霊怖かったり、なんとも残念ポイントが激しすぎて、かっこいいというより可愛いんだよね、ほんと。
「環?」
名前を呼ばれ、ぎくりと肩をすくめる。う、現実逃避に思考に潜っていたのがばれたか。
仕方がない。
「えっと、あんまり可愛かったんで、つい笑ってしまって」
「っ!、可愛いって。お前」
「ひ、ごめんなさい」
不機嫌な声に頭をますます低くし丸まる。わーん!
「だって、おかしくて、笑おうと思ったけど、会長は真剣そうだし、なんとか笑ってるのバレないように顔背けてただけなのに、勘違いされてなおさら笑うわけにはいかないのに、こらえたらその分笑いたくなっちゃんだけど、どんどん勘違いはひどくなってますますわらう状況じゃなくて、でバレる前にどこかいこうと思ったら、会長追いかけてくるし、どうしてもこらえきれなくて……」
からかうつもりも一連の行動を笑ったつもりはない、と結局全部の言い訳を早口にまくし立てたら、実に不機嫌な声が返ってきた。
「それは、結局俺の勘違いのせいだと言いたいのか?」
「うう、違います。勘違いさせたあたしが悪いです。ごめんなさい」
そう言って更に頭を低くすれば、会長の深いため息が聞こえた。
「……お前の謝罪は教室の柱に対してなのか?」
「うう」
「謝罪はきちんと本人の目を見て、じゃないのか?」
本人に謝れるうちが花だろう?と言われればもはや腹をくくるしかない。
あたしは勢いをつけて、立ち上がり振り返りざま頭を下げた。
「会長、笑ってごめんなさい。許してください!」
勢いをつけても会長が怖くて、思わず目を閉じたまま謝ったが、会長は冷たかった。
「そう簡単に許されるとでも?すっごく俺は傷ついたぞ」
「そう言われても……」
確かに勘違いさせたこちらが悪いけど、謝罪以上のことなんてあたしには無理だ。
だいたいお詫びの品にしても会長に買えないものなんてないし、何を要求するというのか。
「今月ちょっとピンチで、お金が……」
「誰もお前にものをよこせと言ってない。反省していることを態度に示せ」
要するに労働対価か?
「まあ、それなら……? あ、でもあたしにできることならですけど」
あたしの返事に会長が瞬間意地悪な顔をしたので、念を押せば、大丈夫だと笑われた。
「お前にしかできないことだから」
「なんだか嫌な予感しかしないんですが」
「そんなことない。簡単なことだぞ。お前から俺にキスする程度だからな」
「は?」
一瞬言われたことがわからなかったが、言葉の意味がわかって赤面する。
「ほ、本気ですか?」
「今更恥ずかしがることじゃないだろ? 俺からなら何度もしてるし」
た、確かに一応の恋人同士でもあるので、何度かしたことはあったが、全て会長からだった。
しかも、あたしと違って経験豊富な会長に思いっきり翻弄されているだけ。
そんなあたしから会長にキスとか。会長は楽しくないんじゃないかと聞けば。
「俺はお前からもらえるなら下手でも嬉しい」
臆面もなく言われてしまえば、それを理由に引けなかった。
だが流石に唇はハードルが高いと、頬へのキスを提案すれば、お前の謝罪の程度はその程度なのかと嘆かれた。
なんだか芝居がかったそれに妙な違和感を感じ、とある可能性に気がついた。
「まさか最初からそれが狙いじゃ……」
「人聞きの悪いことを言うな。だいたいお前の行動なんて狙って誘発できるか」
た、確かに会長の残念行動に、笑いをこらえた挙句、勘違いを誘発し、結局爆笑するなんて狙ってできることじゃないな。
だが傷ついていると言った割に、会長は実に晴れやかな笑で手を広げてくる。
「さあ、俺はいつでもいいぞ?」
誘発できる行動ではないが、絶対傷ついたとか嘘だ。
便乗くらいはしてる。絶対してる。
だが落ち度がこちらにある以上、拒否もできなかった。
それに恥ずかしいが、嫌ではないのだ。
「えっと、せめて目を閉じてもらってもいいですか?」
あと、少しかがんで、と頼めば会長は教室の机の上に座り、目を閉じた。
「これでいいか?」
恐る恐るその前に立てば、座ったことであたしより視線が低くなった会長の顔を見下ろす。
普段見下ろすことなどないのでちょっと新鮮だ。
あ、つむじにほくろがあった。
「……おい、いつまで待たせる気だ?」
現実逃避してるんじゃないだろうな?と図星を突かれてあたしはぐっと奥歯を噛み締めた。
うう、ちょっとくらい待ってくれてもいいじゃないか。心の準備というものはある。
「心の準備なんていつまでたってもできないぞ。こういうのは勢いだからな」
……なんで、目を閉じてんのに人の心が見えてんだこの人。
そう思っていたら、お前はわかりやすいんだ、とまた心を読まれた。
そこまで言われちゃ、もはや待たせるわけにも行かなくなって、あたしは覚悟を決めて会長の頬に手を伸ばした。
触れる会長の頬は羨ましいほどスベスベで、触り心地がいい。なんだか嫉妬してしまいそうだ。
この辺がヒーローとモブの違いなのかな?とか思いつつ、そっと顔を寄せた。
恥ずかしいので目を閉じたいが、下手につむって、狙いを誤ったら、再度やり直しさせられそうだ。
だから、絶対外さないところまで近づいてから、目を閉じた。
それから顔を寄せ、なれた唇に自分のそれを押し付けた。
少しだけ冷たいそれに自分の唇を重ね、少しだけ耐えてすぐに離そうと思っていた。
だって会長がするみたいにできないし、恥ずかしかった。
それなのに。
「っ!……んぅ!」
重ねた唇の隙間からちろりと舌が入り込んできたかと思った時には遅かった。
おどろいて身を引きかけるが、いつの間にか体と頭に回っていた腕に絡め取られて逃げられない。
そのまま抱え込まれ、いつの間にか会長の膝の上に乗せられ唇を貪られた。
顎を捉えられ、仰向かされたまま会長の激しい口づけにあたしはあっさり翻弄される。
角度を変え、何度もついばまれた。
息が上がり、クラクラしていたら、一瞬会長の唇がずらされる。
空気を求めて喘いでいたら、「なあ」と声を掛けられた。
「………もらっていいか?」
いつの間にかくつろげられていた襟元。そこから入り込んだ体温の低い手にするりと首筋を撫でられれば、なにを要求されているかがわかって、動きの悪くなった頭で今後の予定と自分の体調を考える。
今日は週の最終日で明日の休日は朝には用事がない。
なので少しくらい寝坊しても問題ないだろう。
血を取られると翌日の午前中くらいまでは動きが鈍くなるから、考えなしにあげられない。
取り敢えず、今は上げても予定的には問題ない。
会うのも久しぶりだし、血を取られるのもずいぶん久しぶりだったから、体の負担もそうないだろうと、肯けば、途端に会長の唇が首筋に降りてくる。
消毒のように舌を這わせられ、くすぐったさに身をよじる。
「ちょ、かいちょ……くすぐった……あ」
ちくりと痛みが走り、牙が埋まる感覚がして、思わず背筋がゾクリとした。
極力痛みを感じない方法でやってくれているらしいので、そう最初の吸血ほどの痛みを感じないが、牙が埋まる感覚はいつまでたっても慣れない。
瞬間恐怖に逃げたくなる体を会長が、優しく背中を叩いてくれる。
なだめる優しいリズムにあたしの中の恐怖が溶けていく。それと同時に血が抜けていくせいかふわふわと意識が曖昧になる。体の力がぬければ、逆に会長の腕が強くなりあたしをしっかり支えた。それを感じながら、あたしはそっと目を閉じた。
◆ ◇ ◆
「結局、自分からするんだったら、あたしからする意味ないじゃないですか」
吸血後の気だるい体を会長に支えてもらいながら一緒に座って、キスについて恨み言みたいに言えば、隣の会長はすねた子供みたいに口を尖らせられた。
「そうであっても、お前からして欲しいって男心わかれよ。お前からしてくれる程度に愛情が俺にあるってわかるし」
「あたしの気持ちを疑ってるんですか?」
心外だと言えば、少し寂しく笑われ、そっと髪を梳かれた。
「多分離れてるから、だろうな」
優しい手つきとその言葉にあたしは黙るしかない。
あたしだって同じ気持ちなのだ。一緒の学校に通っていた頃と違って、毎日会うことは今は叶わない。
あたしも会長と同じ大学に進学予定だから、あと数カ月の辛抱だ。
しかし、それでも不安は常につきまとう。
会長はとてもモテる。
本当に、なんであたしと付き合っていうのかわからないほどだ。
「……なんで自分と付き合っているのか、って思っているなら、本当にやめろよ?」
「……心を読まないでくださいってば」
「お前って、わかりやすくて、自己評価が低すぎる」
ちゃんと魅力あるいい女なんだから、自信持てと言われるが、周囲が完璧超人だらけなので、お世辞にしか聞こえない。
「お世辞じゃない、って言ってもお前は聞かないんだろうけどな」
ほんと頑固なやつ。と言われれば思わず憎まれ口を叩いてしまう。
「どうせ可愛くないです」
「可愛いよ」
可愛すぎて、本当に心配なんだとわけのわからないことをつぶやかれた。
「会長に、何を心配することがあるんですか?」
不思議に思って聞けば、なぜか苦い顔をされた。
「もう少しそのへんの機微を学んで欲しいとは思うが、それだとなんだかこの可愛さがなくなってしまう気も……」
意味不明な独り言を言う彼に、言っていることがわからない自分に不安を覚える。
「あの、何かあたしに悪いところがあるんだったら言ってもらえませんか?」
「……何だ、急に」
「いや、別になんとなく……」
なんとなく気まずくて、視線をそらせば、不意に伸びてきた手に顎を取られて上向かされた。
会長のどこか冷たい視線にぶつかり驚く。
「言え。勝手に先走って自己完結して、結果だけしか言わない。お前の悪い癖だぞ?」
会長の指摘されたことは自覚があるだけに反論ができなかった。
だが、そうは言われても。
「でも、あたし頭悪いから。ちゃんと考えて離さないと支離滅裂だし、自分勝手なことしか考えてないし」
「それでも聞くから、全部言え。お前の足りなさすぎる言葉に何度こっちが翻弄されたか。知らんとは言わせんぞ?」
気まずさにうなれば、どうにも逃げられないらしい。
仕方なく、ぼそりと話し始める。
「だって、会長に嫌われたくないんですよ」
「は?」
あたしの言葉に、会長が変な声を出して固まる。
あ、やっぱり呆れられたか。恥ずかしさに顔を伏せた。
「全然あたしの魅力って言われてる部分がわからないし。だったらせめて会長が不快にならないように、悪いところから直したいなと思ったんです」
「ちょ、お前、待て。それって俺のためにって話か?」
会長の言葉に、はっとあることに気づいて慌てる。
「ご、ごめんなさい。なんかこういうの重いですよね?」
何を言っているんだろう。あたしは。なんかこんなの別れ話がもつれて、捨てられそうな女が言うようなセリフではないか。
『あたしの何処が悪かったの?教えてくれれば治すから別れないで』的な。
うわあ、なんかすっごい重い。何言っちゃってんのあたし。
「忘れてください忘れてください」
羞恥と自己嫌悪で逃げ出そうとするが、先ほど血を抜かれたばかりなので、足がふらついた。
そこを会長に掬い上げられ、なぜか膝に乗せられた。
その格好が思いっきり恥ずかしいが、血の足りない頭はクラクラし、立ち上がれない。
「無理をするな。少し取りすぎたからな」
「……すみません」
素直に謝れば、いつもこう素直だといいんだけどな、と笑われた。
その言葉に、素直で可愛い子が好きなんだろうな、と埒もないことを考える。
そこに「こら」と声をかけられ、ハッとする。
「何ですか?」
「お前今余計なこと考えているだろ?」
……ほんと、どうしてこの人こんなに人の考えを読める力があるのに、どうして肝心なところで勘違いが暴走するんだろう。思い込むと一直線だからか?
「……今も余計なことを考えているな?それに多分それお前もだろ?」
指摘され、本当にどうしてバレるんだろうと、思わず視線をそらせば、深いため息を吐かれた。
「お前は本当に自己完結するな。俺は一度もさっきのことを重いなんて言ってない」
「え?」
「むしろ嬉しかった。でも無理をする必要はないよ」
お前はお前のままが一番面白いから。
なんだか最後のほうは褒められているのかけなされているのかわからないが、とりあえず。
「あたしはあたしのままでいいってことですか」
そういうことだ、ときゅっと肩を抱き寄せられた。
もう少し甘えてもいいけどな、と会長はこめかみにキスを落とす。
それから会長は、そっと耳元で囁く。
「なあ、明日休みだろ?」
近すぎて吐息がくすぐったい。
その言葉は確実に外泊の誘いだ。
学校があるときはなかなか一緒にいられないので週末、時間を作って二人で過ごしたことが何度かあった。だが今日は受けられない。
「っ、ちょ、そこはやめてください。あと明日は午後から補講があるから外泊はできません」
「補講ぐらいサボれよ」
「そんなわけにはいかないんですよ。最近忙しくて平日受けられなかったのを特別にしてもらっているので」
「……忙しい?そう言えばお前メールの返事くれなかったな?しかも約束の時間になっても来なかったような気が……」
会長の指摘に、そう言えば遅刻を謝っていないことに気づき慌てる。
「そ、そう言えば遅刻してすみませんでした。すっごい、待たせましたよね?」
「いや、なんか待っている間に寝てしまってな。いまいち時間が分かっていないんだが」
どのくらい遅れたんだ?と聞かれたら流石に答えに躊躇うが、どうせばれると正直に「約二時間」と告げる。会長の目が見開く。
「二時間って、なんでそんなに遅くなったんだ?」
「いや、メールに気づいたのがその時間で。これでも気づいて、すぐに来たんですよ?」
言い訳をすれば、なんでメールに気づかないんだよ、と眉をひそめられた。
「お前、二日に一度は迷惑メール削除に見るって言ってただろう。それに俺があれ送ったの一週間も前だぞ?なんでその間に見ないんだよ」
「パソコンメールってほとんど誰にも教えてないし、あんまり確認しないから。なんで電話で知らせてくれないんですか?」
「俺も日中で電話できるほどの時間が取れなかったんだよ。だからのメールだろう?」
正論にグウの音も出ない。しかも全面的にあたしが悪いし。それでも思わず愚痴がでた。
「だって忙しかったんだもん。ここ一週間くらい先生と月下騎士会の仕事の手伝いでとて疲れてパソコンを見る余裕なんてなかったんだもん」
「……?なんだそれは。パソコン見る暇がないくらいお前が忙しい?」
あたしの愚痴を聞きとがめた会長が怪訝そうな顔をした。
「今の時期って結構暇なはずじゃないか?特にこの時期に月下騎士以外を駆り出すほどの仕事はないはずだが……」
「え?でも紅原様は手伝ってもらわないと、手が回らないって」
「……円が?それっていつからだ?」
「えっと一週間前くらいから、急に……」
そう言えば、忙しくなったのって同じ時期だ。
時期が重ならなければこんなことにならなかったのに。
なんとタイミングの悪さか。
「……一週間前、そして円がな?」
不意に聞こえた会長の声が一瞬冷たくなった気がして、見上げれば、なぜか笑っている姿が見えた。
そのどこか寒さを感じる冷たい顔にどきりとした。思わず固まるあたしに気づいた会長はその気配霧散させ、優しく頭を引き寄せ、髪をゆっくり梳いた。
「すまん、怖がらせたか?」
「いえ、別に驚いただけです」
ふるふると首を振れば、不意に影がさして、またキスをされた。
今度は触れるだけの軽いもので、リップ音を残して離れて生き様会長は、あたしの耳元で囁いた。
「……なあ、やっぱり今から週明けまで俺に付き合え」
正直それは魅力的に思えた。しばらく会えてなかったので、離れたくない気持ちが強くなっていた。
離れていれば、そこそこ平気な気がしたのだが、会ってしまったらダメらしい。
だがその誘いに頷くことはできなかった。おそらくこの週末に入れた予定は完全に潰れるから。
予定なんて入れるんじゃなかったなと後悔しながら、あたしは首を振った。
「補講があるので……」
「断れ」
命令しなれた口調に思いがけず従いたくなるが、あたし一人のことではない。
「予定をドタキャンなんてできません。あたし一人のために来てくれているので……」
「お前一人のためだと?……おい、担当は誰だ?」
「桃李先生ですけど」
「なんで桃李先生?お前文系だろ?」
桃李先生の担当教科は理系の科目だけだが、頭のいい彼は大抵の教科を教えることができる。
何かとあたしの勉強の進み具合を心配してくれて、補習などをしてくれていた。
おかげでなんとかあたしはこの学校でも卑下しない程度の成績をキープできるようになっていた。
今回も今週に予定していた補習ができなかったので、わざわざ休日に来てもらうことになったのだ。
本当に面倒見の良い教師だと思う。昔いろいろあったけど、今では一番尊敬する先生の一人だ。
だが、その説明をきく会長の機嫌がなぜか悪くなっていく気がした。
何故に?と思っていたら、会長はため息を吐いた。
「やっぱりキャンセルだ。俺が桃李先生には言っておくから」
「え?なんで会長が?それにわざわざ予定を開けてもらって対応してもらっているのに、勝手な都合でドタキャンとかないですよ」
流石にそれは礼儀を逸していると止めに入るが、会長は受け入れない。
「勉強なら俺が見てやる。それに心配するな。休日出勤がなくなって喜ばない教師はいない」
……言われてみれば、確かにそうかも?ドタキャンは悪いけど、結局わざわざ出てきてもらうのをなしにできるのだから桃李先生にはゆっくり休んでもらえるし。
そんなことを考えていたからあたしは会長のぼそりと言った言葉を聞き逃した。
「……他の目的があったのなら別だけどな」
「何か言いましたか?」
「いや、なんでも。」
「あ、でも桃李先生への電話はあたしがしますから」
いくらなんでもそこは頼っちゃダメだ。そう言えば、会長はわかった、と肩をすくめた。
「じゃあ、膳は急げだ。俺の携帯貸してやるから先生に電話したら?」
そう言って、笑って携帯電話を渡してくれる。
「いいんですか?通話料は」
「長電話するんじゃないんだ。気にするな」
そう言われれば確かに用件だけだし、いっか。それにキャンセルを知らせるなら早いほうがいい。
「じゃあ、お借りします」と拝借すれば、すでに桃李先生の電話番号がディスプレイに表示されていた。通話ボタンを押せば、数回のコールがして桃李先生につながる。
「あ、桃李先生の電話ですか? 多岐ですが……」
あたしの声に桃李先生が驚いていたみたいだが、補講が必要なくなったことを告げ、突然のキャンセルを詫びるが、いつもどおりの冷静な声で問題ないと言ってくれてホッとした。
そのまま別れを告げ、電話を切って会長に携帯を返そうとするとなぜか会長がニヤニヤと悪い笑みを浮かべているのが見えた。
「どうだった?」
「……ちゃんとキャンセルできましたけど」
「そうじゃなくて桃李先生の様子」
「別に普通でしたけど」
「驚いてなかったか?」
「え?そう言えば……最初は、って。なんでそれを会長が知ってるんですか?」
電話の内容すら透視するのか、この男はと思って聞いたら、これには案外簡単にトリックを白状してくれた。
「俺の携帯使っただろう。多分先生は俺からだと思ったはずだ。でも電話口に聞こえたのはお前の声。多分驚いただろうな、てな」
確かに、携帯を持っていないから、そのへん失念していたが、携帯って電話の相手がディスプレイに表示されるんだっけ。て、ことは。
「もしかして、桃李先生にあたしが会長と一緒だってバレてんですか?」
うわああ、なんか恥ずかしい。彼氏と一緒の時に恩師に電話とか。それを知られてるとか。
だがあたしの羞恥心に、会長は無頓着のようで、勝手なことを言ってる。
「いいんだよ。知らない仲じゃないし。……そうじゃないからこそ、知らせとかないとな」
「そういう問題じゃないんですよ!うああ、恥ずかしい」
「なんだよ。俺といるのは恥ずかしいことなのか?」
どこか憮然とした表情の会長に背後から抱きしめられた。
途端、顔が赤くなり、心臓が早くなる。
「恥ずかしいですよ。なんかずっと落ち着かないし」
頬に手を当て、羞恥をこらえる。うう、週明けに桃李先生に会いにくいし。会長の所為で落ち着かないし。ああ、もう。
「もうっ!会長せいです。こんな気持ちになるの会長だけなんですから!」
「っ、……お前……」
なぜかきゅうう、と会長に包容を強くされる。
ますます恥ずかしい気分にはなるが、同時に幸せな気分にもなる。
ああ、本当にこんな気持ちになるのはこの人にだけだ。
そんなことを思っていたらあたしの肩口に顔をうずめていた、会長の声がぼそりと聞こえた。
「……ほんとにお前、反則ばっかり」
「人聞きの悪いことを言わないでください。あたしがいつ反則しましたか?」
「……自覚がないから恐ろしいんだよなお前の場合」
最後に何か会長がわけのわからないことを言う。自覚がないってなんの自覚か?聞きたかったが質問させてもらえなかった。
「まあいいや」
言葉とともに会長が立ち上がるとこちらに手を差し出した。
歩けるか? と差し出された手に自分のそれを重ねれば、引き上げられた。
だが、少しふらつく足元に思わず会長の袖にすがりつく。
「あ、すみません」
慌てて謝罪すれば、少し心配そうに見下ろされた。
「まだ無理そうか? すまん、血をもらいすぎたな」
なんなら抱えていくがと言う彼の言葉にあたしは慌てて首を振った。
今の学園にも会長の信奉者はいるのだ。そんな人に見られたら、恐ろしすぎる。
「だがフラフラいてるし、腕にだけは捕まってろよ?」
正直会長と一緒に校内を歩くとか死刑宣告な気がしないでもないけどね。
だがもう今はゲームの世界ではないし、少しは会長の言葉に甘えよう。
「はい、じゃあよろしくお願いしますね?」
素直に肯けば、会長も笑ってくれた。
窓を見ればすでに夕日はなく月がぽっかり浮かんでいた。
月光に背を押されるように、あたしたちは教室をあとにした。
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リクエストより。ネタ元 清 様に捧ぐ。
これ以外のカップルしか受け付けない人は見ないようお願いします。
※全てifの設定。物語の進行上にはまったく関係ございません。
※書きたかったから書いた、それだけです。苦情は受け付けません。
・ゲーム終了後、蒼矢卒業後、環は高3。夏。恋人同士設定。
・コメディ向き。ラブコメ。かな?
・ちょっと長い目。紅いのと桃色が微妙な当て馬となっております。
・吸血行為あり。少し痛い表現有りなので、気になる人はみないでください。
・甘さは頑張ったつもり。でもあんまり甘くないかも。うーん。
・キャラ崩壊しているかも?気をつけてご生還ください。
・本編のネタバレ要素はありませんが、本編読後がもちろん推奨
以上です。
OKなら、以下。
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西日の差し込む廊下の放たれた窓から運動部の声が遠く聞こえる。
教室の並ぶ本校者の廊下を急ぐ。自分以外の人の気配がないのをいいことにほとんど走っていた。
真夏の夏至の近い日付。日は長いので時間を感じにくいが、最終下校時刻はもうすぐだ。
なぜそんな時間にこんな場所にいるのか。
自問に答えるとしたら人と会う約束しているから。かなり遅刻してるけど。
その呼び出しメールに気づいたのは実は先ほどだった。
あたしは携帯電話を持っていない。
なのでメールといえばもっぱら学内のPCを利用したフリーメールだ。
そこに今日の放課後、会いたいと言うメールが届いていたのだ。
基本、筆不精なあたしはメールを細かに見る習慣がない。
それでも二日に一度程度には今まで確認していたが、ここ一週間ほどやたらと多忙でそんな暇さえ取れなかったのだ。
今日だって頼まれ仕事を片付けていたため、授業が終わってからも残っていた。
そんなわけで、実に一週間前に届いていたそれに気づくのが遅れてしまっていた。
予定していた手伝いが意外に早めに終わって、久しぶりに確認しておこうかと学内PCに向かわなければ、きっと見逃していた。
だから、大事な要件はメールで連絡するなって言っているのに、と内心悪態を着く。
見ていなかった落ち度はあるにせよ、できるだけ連絡は電話でと言っておいたはずの相手に恨み言のひとつは言いたかった。
日付的にも余裕があったので、大丈夫と思ったのか。
送信履歴が深夜だったから、もしかしたら気を使ってのことなのかもしれない。
相手も多忙で電話もする時間も取れないのかもしれないと思うと少しだけ体が心配になった。
メールの内容は学園にくる用事があるので、久しぶりに会おうという誘いだった。
約束の日付は今日。しかし、その時間はとうの昔に過ぎていた。
もういないかもしれないと思いつつも、目的地まで廊下を急ぐ。
たどり着いた場所は使われていない空き教室だった。
そこはいつも鍵がかけられており、誰も入ることはできない。
はたしてどうやってこの教室の使用の許可をもらったのやら。
彼は数ヶ月前に卒業してこの学園の生徒ではないというのに。
不思議に思いつつも、相手のことを考えれば多少無理の効く立場にいる人だということを思い出す。
自分の腕時計を確認すれば、すでに約束の時間から二時間近く過ぎていた。
教室を前にして考える。連絡もなしに遅れたとか最悪な行為だ。
怒っているだろうか。まあ怒るよね。
その思いが、扉の取手にかかる手をためらわせる。
自分が悪いのは承知だが、怒られると分かっている場所に行きたいと思えるほどあたしはマゾじゃない。
だが、確かめないわけにはいかなかった。
もしかしたら待ちくたびれて、もういないかもしれないし。
そんな問題を先送りにする思考に勇気をもらって、あたしは思い切って扉の取っ手に力を込めた。
果たして、扉は空いた。
空き教室は使われてはいないが、教室としての機能は失われていないようで、生徒用の机と椅子が並んでいる。
室内はしんと静まり返り、運動部の掛け声もここまで聞こえなかった。
音を立てることすら憚られるような沈黙の中にかすかに人の呼吸音を聞き、目を向ける。
呼吸音の先に人影がひとつの席に座っているのが見えた。
その人は眠っているのか、机に突っ伏し呼びかけに答えない。
そっと人影に近づく。
近づくにつれてその人の様子が分かる。
机にうつ伏せになっているので、顔は確認できないが見知った容姿に安堵のような気まずいような気持ちが湧き上がる。
制服のある裏戸学園において、その姿は私服だ。
もうこの人は高等部の生徒ではないのだから当然か。
仔細はわからないが灰色のスラックスに紺色の夏物のジャケット、水色のシャツのえりが見えた。
光に青色を返す見た目より柔らかい黒髪が弱い光の中でもはっきり確認できる。
前月下騎士会会長、蒼矢透その人だ。ついでにあたしの恋人と呼べる人。
会長とあたしは一年前のごたごたを経て、付き合い始めた。
会長はあたしの接近に気づかないらしく、微動だにしない。
珍しいと思いつつ、その寝顔をこっそり覗き込む。
どこか幼い寝顔に落ちる影を見つけて、少し眉をひそめた。
何か忙しいのだろうか。なにかと会長は多忙な人だ。
大学に進んで何やら会社を立ち上げるとかなんとか言っていたから、忙しくてろくに休息も取れていないのかもしれない。
疲れているのなら寝せておいてあげたいが、こんなところで寝ては疲れも取れない。
いくら冷暖房完備の教室の中とは言え、風邪を引くかもしれないし。
「……会長?」
声をかけるも会長の起きる気配はない。
やはり声を潜めたままでは聞こえないか。
今度は少し声をあげて呼びかける。
「会長、風邪をひきますよ?」
「ん、……」
今度は少し反応があった。しかし、起きるには至らず、もぞっと顔を動かすだけだった。
今度は彼の肩に触れ、ゆする。
「会長ってば、起きてください、ねえ」
「んぅ、……ん、うるさ……い」
寝ぼけ声とともに、不意に会長から伸びた手に腕を取られ、引かれた。
「うわっ!」
その拍子にバランスが崩れる。なんとか机に手をついて転倒を免れるが、気がつけば、鼻先スレスレに会長の顔があった。
ほとんど触れそうな距離に目を見開く。
「あ……」
思わぬ接近に頬が赤くなる。だが会長に腕を取られたままなので逃げられない。
正直会長と会うのも結構久しぶりだったので、若干耐性が薄れていたらしい。
大学生である彼と全寮制の高校にいるあたし。
同じ系列の学校といえど、大学部と高等部の距離は離れており、会長が在学中ほど会えていなかった。
平日はまず会えないし、休日も互いにいろいろ忙しい。
彼の大学で忙しそうだが、あたしもあたしで補講などに出ていたので、ひと月以上会えていなかった。
もちろん、電話やメールはしていたけど、実際にあうのは本当に久しぶりだった。
久しぶりに見る会長の顔に心臓が早くなる。
思いがけない距離にどうしようと思っていたら、ふるりとまつ毛が震え、ゆっくりと瞳が開き、瞳が見えた。
鮮やかな紅い光彩。人にはありえない彼らの一族だけが持つ独特の色だ。
その瞳が夕日を受け、キラキラと光る様はどこか幻想的で、まるで宝石を思わせた。
あまりに綺麗な光景に、しばし見とれる。
会長も会長で寝ぼけているようで、あたしを見る目は焦点が合わずぼんやりしている。
しばし互いに見つめ合い、沈黙が落ちた。
「ん……?」
ぼんやりとした様子の会長は何度かあたしを見て瞬きをしている。
瞬きするたび、震えるまつ毛も髪と同じく少し青味ががっているんだ、と場違いなことを思う。
そして、不思議そうにあたしの顔と掴んだ腕を交互に見て、やがてなにかに気づいたように会長の目を見開かれた。
「なっ!す、すまない」
会長は慌てたようにあたしの腕を離し、焦った様子で席から立ち上がると、距離を取るように後ずさった。
その光景に呆然とする。
「あ、いや。これは、その……乱暴な事をするつもりではなくてだな?」
何も言わないあたしに、会長は慌てふためいて言い訳じみた言葉を繰り返す。
「まさかお前が目覚めた時にいるとか思わなくって……。て、いうかお前いつから……っていうか俺は一体……え?」
寝起きで、相当気が動転しているのか会長の言葉は支離滅裂だ。
その様子に思いがけず、面白くて吹き出しそうになったあたしは、必死な会長になんとなく悪い気がして、口を抑え、顔を背けた。そのまま笑いに耐え、肩を震わせる。
「い、いえ。大丈夫です。気にしてませんから」
思いがけず、震える声でそう言えば、会長がなぜか恐る恐る聞いてくる。
「な、何で震えてるんだ?」
まさか会長が面白いから笑っているとは言えない。
バレてはいけないと思えば思うほど、あたしの笑いのツボは刺激されるようで、必死で笑いを堪える。
「いえ、これは……」
もはやお腹の筋肉がヒクヒクして苦しい。
あまり声を出すと吹き出して大笑いしてしまいそうだ。言葉少なに言えば、会長の焦った声が聞こえた。
「俺、寝ている時にお前になにかしたか?」
なんか変な方向に勘違いしだした会長だ。
笑いこらえてるだけなのになんでそんな思考になるのか分からず、それがなんとも残念に思えて、更に笑いの発作は激しくなった。
あたしはもはや言葉もなく頭を降るしかない。
「……なあ、なんで答えない?」
会長の声は至って真面目で真剣なのは分かる。
だからこそ笑ってはいけないシーンだとはわかるのだが。
人間するなと言われたことこそしたくなるのはどういったことか。
誤解は解きたいが今口を開けば確実に笑ってしまう。
会長がシリアスなのにどうしてあたしはこんなに笑えるのか。
ああなんか涙さえ出てきたよ。
兎に角会長にバレないよう、顔をおおって首を振り続けた。
「言えないほどひどいことを俺はお前にしたのか?」
あたしが話せない間も会長の勘違いは深くなっていく。
焦りが生まれる。しかしこらえようとしているのだが、全くうまくいかない。
なんかだんだん呼吸すら苦しくなってきた。
こ、これはまずい気がしてきた。
取り敢えず一旦撤退したほうがいいかもしれない。
どこか会長のいないところで落ち着かないと絶対まずい。
あたしは口を抑えたまま、踵を返した。
「っ!おい、何処へ行く?!」
会長の声が聞こえたが、あたしは兎に角ここから離れることしか頭になかった。
なんとか扉にたどり着き、外に出ようと手を伸ばした瞬間だった。
「行くな」
伸ばした手は取っ手に届く直前に、腕ごと奪われ、気づけばあたしは会長の腕の中にいた。
抱きすくめられ、逃げることは叶わない。
あたしは必死で漏れそうになる笑いをこらえ、にやけそうになる口を手で覆えば、呼吸がきつくて、涙がポロポロこぼれた。
「泣くな」
会長は震える続けるあたしの涙を優しく指で拭う。
それがまたくすぐったくて、どうしようもない。
「……なあ、謝るから。逃げないでくれ」
会長の顔を見ちゃダメだ。必死で俯き、歯をくいしばった。
ここは笑う場面ぢゃない!
だがそんなあたしの努力を会長はあっさりと無駄にしてくれる。
必死に口元を抑えていた手を、力任せに解かれ、仰向かされる。
その瞬間切なそうな会長の瞳が見えた。
「俺はお前がいないと……」
ああ、もうダメ、限界。
「ぶっ!」
「ぶ?」
会長の不思議そうな声がきこえた。だがそれすらもおかしく思えてあたしは爆笑した。
「ぶわっはははは!あはははははは!はっ!ひーひー。うっく」
お、お腹痛い。ダメだ、死ぬ。
そんなあたしを呆然と見下ろす会長。
狂ったように笑うあたしに、多分引いているのか、いつの間にか抱擁が解かれ距離が空いている。
「……どういうことだ?」
呆然とつぶやくその顔は状況が分からず困惑している。
だが笑いが暴走しているあたしはその顔すらおもしろくて、笑いが収まらない。
「ご、ごめんな、ぶ、ハハハハ……はあ、はあ……うくくくっ!」
一度飛び出た笑いはなかなかさまらない。
息も絶え絶え涙も流しながら大爆笑するあたしにようやく状況を把握したらしい。
低く唸るような会長の声が聞こた。
「まさか、お前は俺をからかってたのか?」
「ち、ちが……うぷぷ、はあはあ」
必死で呼吸を整え、笑いを収めようとするが、無理だった。
これ以上会長の顔も見れなくてあたしは教室の隅に蹲る。
必死で笑いを収めようとしているのがわかったのか、あるいは会長も話にならないとわかったのか。
取り敢えずあたしの笑いが収まるまで無言でいてくれた。
それからあたしは腹筋と喉を酷使したあとようやく、笑いを収めた。
笑いが収まったというか、むしろ体力的な問題だ。
笑うって意外に体力使う。正直笑い疲れてぐったりだ。
多分確実に明日は筋肉痛だと思う。
目尻の涙を袖で拭う。いや、人間悲しい以外でも、こんなに泣けるんだと思った。新発見だね。
息も上がって疲れ果て、もはやあたしはこのまま帰って寝てしまいた勢いだ。
だが、現実はそんなに甘くはない。
「……さて、説明してもらおうか」
あたしの背後から音がしそうな黒い空気がダダ漏れてきて、正直振り返りたくない。
だが、いつまでにうずくまっているわけにもいかないだろう。
しかし、どうしても振り返るのが怖くて、頭を抱えたまま隅っこで言い訳をぐるぐる考える。
別に会長をからかったわけじゃない。
馬鹿にしたわけじゃない。ただ、笑う場面なくてこらえてたらドツボにはまっただけだ。
笑う場面に笑えなくて、誤解されて。
そんな言い訳を考えていたけど、結局じぶんのやったことを正当化しても仕方がない。
「ご、ごめんなさい」
「……それは何に対しての謝罪だ?」
会長の常にない苛立ったような声にビクビクしながら答える。
「別に笑うつもりはなかったんですよ。最初にうろたえていた会長が少し……」
可愛かったなんて言ったら怒るんだろうな、と思って口を閉じた。
「……少し、何だ」
言え、と命令口調が妙に板についているように聞こえた。
いや、普段あんまり残念な部分しか見てないけど、かなりすごい人なんだよね。成績もスポーツもできるし、人の采配もできて統率力もあればカリスマもあるとか。
こう思うと完璧人間なのに、プリン好きだったり幽霊怖かったり、なんとも残念ポイントが激しすぎて、かっこいいというより可愛いんだよね、ほんと。
「環?」
名前を呼ばれ、ぎくりと肩をすくめる。う、現実逃避に思考に潜っていたのがばれたか。
仕方がない。
「えっと、あんまり可愛かったんで、つい笑ってしまって」
「っ!、可愛いって。お前」
「ひ、ごめんなさい」
不機嫌な声に頭をますます低くし丸まる。わーん!
「だって、おかしくて、笑おうと思ったけど、会長は真剣そうだし、なんとか笑ってるのバレないように顔背けてただけなのに、勘違いされてなおさら笑うわけにはいかないのに、こらえたらその分笑いたくなっちゃんだけど、どんどん勘違いはひどくなってますますわらう状況じゃなくて、でバレる前にどこかいこうと思ったら、会長追いかけてくるし、どうしてもこらえきれなくて……」
からかうつもりも一連の行動を笑ったつもりはない、と結局全部の言い訳を早口にまくし立てたら、実に不機嫌な声が返ってきた。
「それは、結局俺の勘違いのせいだと言いたいのか?」
「うう、違います。勘違いさせたあたしが悪いです。ごめんなさい」
そう言って更に頭を低くすれば、会長の深いため息が聞こえた。
「……お前の謝罪は教室の柱に対してなのか?」
「うう」
「謝罪はきちんと本人の目を見て、じゃないのか?」
本人に謝れるうちが花だろう?と言われればもはや腹をくくるしかない。
あたしは勢いをつけて、立ち上がり振り返りざま頭を下げた。
「会長、笑ってごめんなさい。許してください!」
勢いをつけても会長が怖くて、思わず目を閉じたまま謝ったが、会長は冷たかった。
「そう簡単に許されるとでも?すっごく俺は傷ついたぞ」
「そう言われても……」
確かに勘違いさせたこちらが悪いけど、謝罪以上のことなんてあたしには無理だ。
だいたいお詫びの品にしても会長に買えないものなんてないし、何を要求するというのか。
「今月ちょっとピンチで、お金が……」
「誰もお前にものをよこせと言ってない。反省していることを態度に示せ」
要するに労働対価か?
「まあ、それなら……? あ、でもあたしにできることならですけど」
あたしの返事に会長が瞬間意地悪な顔をしたので、念を押せば、大丈夫だと笑われた。
「お前にしかできないことだから」
「なんだか嫌な予感しかしないんですが」
「そんなことない。簡単なことだぞ。お前から俺にキスする程度だからな」
「は?」
一瞬言われたことがわからなかったが、言葉の意味がわかって赤面する。
「ほ、本気ですか?」
「今更恥ずかしがることじゃないだろ? 俺からなら何度もしてるし」
た、確かに一応の恋人同士でもあるので、何度かしたことはあったが、全て会長からだった。
しかも、あたしと違って経験豊富な会長に思いっきり翻弄されているだけ。
そんなあたしから会長にキスとか。会長は楽しくないんじゃないかと聞けば。
「俺はお前からもらえるなら下手でも嬉しい」
臆面もなく言われてしまえば、それを理由に引けなかった。
だが流石に唇はハードルが高いと、頬へのキスを提案すれば、お前の謝罪の程度はその程度なのかと嘆かれた。
なんだか芝居がかったそれに妙な違和感を感じ、とある可能性に気がついた。
「まさか最初からそれが狙いじゃ……」
「人聞きの悪いことを言うな。だいたいお前の行動なんて狙って誘発できるか」
た、確かに会長の残念行動に、笑いをこらえた挙句、勘違いを誘発し、結局爆笑するなんて狙ってできることじゃないな。
だが傷ついていると言った割に、会長は実に晴れやかな笑で手を広げてくる。
「さあ、俺はいつでもいいぞ?」
誘発できる行動ではないが、絶対傷ついたとか嘘だ。
便乗くらいはしてる。絶対してる。
だが落ち度がこちらにある以上、拒否もできなかった。
それに恥ずかしいが、嫌ではないのだ。
「えっと、せめて目を閉じてもらってもいいですか?」
あと、少しかがんで、と頼めば会長は教室の机の上に座り、目を閉じた。
「これでいいか?」
恐る恐るその前に立てば、座ったことであたしより視線が低くなった会長の顔を見下ろす。
普段見下ろすことなどないのでちょっと新鮮だ。
あ、つむじにほくろがあった。
「……おい、いつまで待たせる気だ?」
現実逃避してるんじゃないだろうな?と図星を突かれてあたしはぐっと奥歯を噛み締めた。
うう、ちょっとくらい待ってくれてもいいじゃないか。心の準備というものはある。
「心の準備なんていつまでたってもできないぞ。こういうのは勢いだからな」
……なんで、目を閉じてんのに人の心が見えてんだこの人。
そう思っていたら、お前はわかりやすいんだ、とまた心を読まれた。
そこまで言われちゃ、もはや待たせるわけにも行かなくなって、あたしは覚悟を決めて会長の頬に手を伸ばした。
触れる会長の頬は羨ましいほどスベスベで、触り心地がいい。なんだか嫉妬してしまいそうだ。
この辺がヒーローとモブの違いなのかな?とか思いつつ、そっと顔を寄せた。
恥ずかしいので目を閉じたいが、下手につむって、狙いを誤ったら、再度やり直しさせられそうだ。
だから、絶対外さないところまで近づいてから、目を閉じた。
それから顔を寄せ、なれた唇に自分のそれを押し付けた。
少しだけ冷たいそれに自分の唇を重ね、少しだけ耐えてすぐに離そうと思っていた。
だって会長がするみたいにできないし、恥ずかしかった。
それなのに。
「っ!……んぅ!」
重ねた唇の隙間からちろりと舌が入り込んできたかと思った時には遅かった。
おどろいて身を引きかけるが、いつの間にか体と頭に回っていた腕に絡め取られて逃げられない。
そのまま抱え込まれ、いつの間にか会長の膝の上に乗せられ唇を貪られた。
顎を捉えられ、仰向かされたまま会長の激しい口づけにあたしはあっさり翻弄される。
角度を変え、何度もついばまれた。
息が上がり、クラクラしていたら、一瞬会長の唇がずらされる。
空気を求めて喘いでいたら、「なあ」と声を掛けられた。
「………もらっていいか?」
いつの間にかくつろげられていた襟元。そこから入り込んだ体温の低い手にするりと首筋を撫でられれば、なにを要求されているかがわかって、動きの悪くなった頭で今後の予定と自分の体調を考える。
今日は週の最終日で明日の休日は朝には用事がない。
なので少しくらい寝坊しても問題ないだろう。
血を取られると翌日の午前中くらいまでは動きが鈍くなるから、考えなしにあげられない。
取り敢えず、今は上げても予定的には問題ない。
会うのも久しぶりだし、血を取られるのもずいぶん久しぶりだったから、体の負担もそうないだろうと、肯けば、途端に会長の唇が首筋に降りてくる。
消毒のように舌を這わせられ、くすぐったさに身をよじる。
「ちょ、かいちょ……くすぐった……あ」
ちくりと痛みが走り、牙が埋まる感覚がして、思わず背筋がゾクリとした。
極力痛みを感じない方法でやってくれているらしいので、そう最初の吸血ほどの痛みを感じないが、牙が埋まる感覚はいつまでたっても慣れない。
瞬間恐怖に逃げたくなる体を会長が、優しく背中を叩いてくれる。
なだめる優しいリズムにあたしの中の恐怖が溶けていく。それと同時に血が抜けていくせいかふわふわと意識が曖昧になる。体の力がぬければ、逆に会長の腕が強くなりあたしをしっかり支えた。それを感じながら、あたしはそっと目を閉じた。
◆ ◇ ◆
「結局、自分からするんだったら、あたしからする意味ないじゃないですか」
吸血後の気だるい体を会長に支えてもらいながら一緒に座って、キスについて恨み言みたいに言えば、隣の会長はすねた子供みたいに口を尖らせられた。
「そうであっても、お前からして欲しいって男心わかれよ。お前からしてくれる程度に愛情が俺にあるってわかるし」
「あたしの気持ちを疑ってるんですか?」
心外だと言えば、少し寂しく笑われ、そっと髪を梳かれた。
「多分離れてるから、だろうな」
優しい手つきとその言葉にあたしは黙るしかない。
あたしだって同じ気持ちなのだ。一緒の学校に通っていた頃と違って、毎日会うことは今は叶わない。
あたしも会長と同じ大学に進学予定だから、あと数カ月の辛抱だ。
しかし、それでも不安は常につきまとう。
会長はとてもモテる。
本当に、なんであたしと付き合っていうのかわからないほどだ。
「……なんで自分と付き合っているのか、って思っているなら、本当にやめろよ?」
「……心を読まないでくださいってば」
「お前って、わかりやすくて、自己評価が低すぎる」
ちゃんと魅力あるいい女なんだから、自信持てと言われるが、周囲が完璧超人だらけなので、お世辞にしか聞こえない。
「お世辞じゃない、って言ってもお前は聞かないんだろうけどな」
ほんと頑固なやつ。と言われれば思わず憎まれ口を叩いてしまう。
「どうせ可愛くないです」
「可愛いよ」
可愛すぎて、本当に心配なんだとわけのわからないことをつぶやかれた。
「会長に、何を心配することがあるんですか?」
不思議に思って聞けば、なぜか苦い顔をされた。
「もう少しそのへんの機微を学んで欲しいとは思うが、それだとなんだかこの可愛さがなくなってしまう気も……」
意味不明な独り言を言う彼に、言っていることがわからない自分に不安を覚える。
「あの、何かあたしに悪いところがあるんだったら言ってもらえませんか?」
「……何だ、急に」
「いや、別になんとなく……」
なんとなく気まずくて、視線をそらせば、不意に伸びてきた手に顎を取られて上向かされた。
会長のどこか冷たい視線にぶつかり驚く。
「言え。勝手に先走って自己完結して、結果だけしか言わない。お前の悪い癖だぞ?」
会長の指摘されたことは自覚があるだけに反論ができなかった。
だが、そうは言われても。
「でも、あたし頭悪いから。ちゃんと考えて離さないと支離滅裂だし、自分勝手なことしか考えてないし」
「それでも聞くから、全部言え。お前の足りなさすぎる言葉に何度こっちが翻弄されたか。知らんとは言わせんぞ?」
気まずさにうなれば、どうにも逃げられないらしい。
仕方なく、ぼそりと話し始める。
「だって、会長に嫌われたくないんですよ」
「は?」
あたしの言葉に、会長が変な声を出して固まる。
あ、やっぱり呆れられたか。恥ずかしさに顔を伏せた。
「全然あたしの魅力って言われてる部分がわからないし。だったらせめて会長が不快にならないように、悪いところから直したいなと思ったんです」
「ちょ、お前、待て。それって俺のためにって話か?」
会長の言葉に、はっとあることに気づいて慌てる。
「ご、ごめんなさい。なんかこういうの重いですよね?」
何を言っているんだろう。あたしは。なんかこんなの別れ話がもつれて、捨てられそうな女が言うようなセリフではないか。
『あたしの何処が悪かったの?教えてくれれば治すから別れないで』的な。
うわあ、なんかすっごい重い。何言っちゃってんのあたし。
「忘れてください忘れてください」
羞恥と自己嫌悪で逃げ出そうとするが、先ほど血を抜かれたばかりなので、足がふらついた。
そこを会長に掬い上げられ、なぜか膝に乗せられた。
その格好が思いっきり恥ずかしいが、血の足りない頭はクラクラし、立ち上がれない。
「無理をするな。少し取りすぎたからな」
「……すみません」
素直に謝れば、いつもこう素直だといいんだけどな、と笑われた。
その言葉に、素直で可愛い子が好きなんだろうな、と埒もないことを考える。
そこに「こら」と声をかけられ、ハッとする。
「何ですか?」
「お前今余計なこと考えているだろ?」
……ほんと、どうしてこの人こんなに人の考えを読める力があるのに、どうして肝心なところで勘違いが暴走するんだろう。思い込むと一直線だからか?
「……今も余計なことを考えているな?それに多分それお前もだろ?」
指摘され、本当にどうしてバレるんだろうと、思わず視線をそらせば、深いため息を吐かれた。
「お前は本当に自己完結するな。俺は一度もさっきのことを重いなんて言ってない」
「え?」
「むしろ嬉しかった。でも無理をする必要はないよ」
お前はお前のままが一番面白いから。
なんだか最後のほうは褒められているのかけなされているのかわからないが、とりあえず。
「あたしはあたしのままでいいってことですか」
そういうことだ、ときゅっと肩を抱き寄せられた。
もう少し甘えてもいいけどな、と会長はこめかみにキスを落とす。
それから会長は、そっと耳元で囁く。
「なあ、明日休みだろ?」
近すぎて吐息がくすぐったい。
その言葉は確実に外泊の誘いだ。
学校があるときはなかなか一緒にいられないので週末、時間を作って二人で過ごしたことが何度かあった。だが今日は受けられない。
「っ、ちょ、そこはやめてください。あと明日は午後から補講があるから外泊はできません」
「補講ぐらいサボれよ」
「そんなわけにはいかないんですよ。最近忙しくて平日受けられなかったのを特別にしてもらっているので」
「……忙しい?そう言えばお前メールの返事くれなかったな?しかも約束の時間になっても来なかったような気が……」
会長の指摘に、そう言えば遅刻を謝っていないことに気づき慌てる。
「そ、そう言えば遅刻してすみませんでした。すっごい、待たせましたよね?」
「いや、なんか待っている間に寝てしまってな。いまいち時間が分かっていないんだが」
どのくらい遅れたんだ?と聞かれたら流石に答えに躊躇うが、どうせばれると正直に「約二時間」と告げる。会長の目が見開く。
「二時間って、なんでそんなに遅くなったんだ?」
「いや、メールに気づいたのがその時間で。これでも気づいて、すぐに来たんですよ?」
言い訳をすれば、なんでメールに気づかないんだよ、と眉をひそめられた。
「お前、二日に一度は迷惑メール削除に見るって言ってただろう。それに俺があれ送ったの一週間も前だぞ?なんでその間に見ないんだよ」
「パソコンメールってほとんど誰にも教えてないし、あんまり確認しないから。なんで電話で知らせてくれないんですか?」
「俺も日中で電話できるほどの時間が取れなかったんだよ。だからのメールだろう?」
正論にグウの音も出ない。しかも全面的にあたしが悪いし。それでも思わず愚痴がでた。
「だって忙しかったんだもん。ここ一週間くらい先生と月下騎士会の仕事の手伝いでとて疲れてパソコンを見る余裕なんてなかったんだもん」
「……?なんだそれは。パソコン見る暇がないくらいお前が忙しい?」
あたしの愚痴を聞きとがめた会長が怪訝そうな顔をした。
「今の時期って結構暇なはずじゃないか?特にこの時期に月下騎士以外を駆り出すほどの仕事はないはずだが……」
「え?でも紅原様は手伝ってもらわないと、手が回らないって」
「……円が?それっていつからだ?」
「えっと一週間前くらいから、急に……」
そう言えば、忙しくなったのって同じ時期だ。
時期が重ならなければこんなことにならなかったのに。
なんとタイミングの悪さか。
「……一週間前、そして円がな?」
不意に聞こえた会長の声が一瞬冷たくなった気がして、見上げれば、なぜか笑っている姿が見えた。
そのどこか寒さを感じる冷たい顔にどきりとした。思わず固まるあたしに気づいた会長はその気配霧散させ、優しく頭を引き寄せ、髪をゆっくり梳いた。
「すまん、怖がらせたか?」
「いえ、別に驚いただけです」
ふるふると首を振れば、不意に影がさして、またキスをされた。
今度は触れるだけの軽いもので、リップ音を残して離れて生き様会長は、あたしの耳元で囁いた。
「……なあ、やっぱり今から週明けまで俺に付き合え」
正直それは魅力的に思えた。しばらく会えてなかったので、離れたくない気持ちが強くなっていた。
離れていれば、そこそこ平気な気がしたのだが、会ってしまったらダメらしい。
だがその誘いに頷くことはできなかった。おそらくこの週末に入れた予定は完全に潰れるから。
予定なんて入れるんじゃなかったなと後悔しながら、あたしは首を振った。
「補講があるので……」
「断れ」
命令しなれた口調に思いがけず従いたくなるが、あたし一人のことではない。
「予定をドタキャンなんてできません。あたし一人のために来てくれているので……」
「お前一人のためだと?……おい、担当は誰だ?」
「桃李先生ですけど」
「なんで桃李先生?お前文系だろ?」
桃李先生の担当教科は理系の科目だけだが、頭のいい彼は大抵の教科を教えることができる。
何かとあたしの勉強の進み具合を心配してくれて、補習などをしてくれていた。
おかげでなんとかあたしはこの学校でも卑下しない程度の成績をキープできるようになっていた。
今回も今週に予定していた補習ができなかったので、わざわざ休日に来てもらうことになったのだ。
本当に面倒見の良い教師だと思う。昔いろいろあったけど、今では一番尊敬する先生の一人だ。
だが、その説明をきく会長の機嫌がなぜか悪くなっていく気がした。
何故に?と思っていたら、会長はため息を吐いた。
「やっぱりキャンセルだ。俺が桃李先生には言っておくから」
「え?なんで会長が?それにわざわざ予定を開けてもらって対応してもらっているのに、勝手な都合でドタキャンとかないですよ」
流石にそれは礼儀を逸していると止めに入るが、会長は受け入れない。
「勉強なら俺が見てやる。それに心配するな。休日出勤がなくなって喜ばない教師はいない」
……言われてみれば、確かにそうかも?ドタキャンは悪いけど、結局わざわざ出てきてもらうのをなしにできるのだから桃李先生にはゆっくり休んでもらえるし。
そんなことを考えていたからあたしは会長のぼそりと言った言葉を聞き逃した。
「……他の目的があったのなら別だけどな」
「何か言いましたか?」
「いや、なんでも。」
「あ、でも桃李先生への電話はあたしがしますから」
いくらなんでもそこは頼っちゃダメだ。そう言えば、会長はわかった、と肩をすくめた。
「じゃあ、膳は急げだ。俺の携帯貸してやるから先生に電話したら?」
そう言って、笑って携帯電話を渡してくれる。
「いいんですか?通話料は」
「長電話するんじゃないんだ。気にするな」
そう言われれば確かに用件だけだし、いっか。それにキャンセルを知らせるなら早いほうがいい。
「じゃあ、お借りします」と拝借すれば、すでに桃李先生の電話番号がディスプレイに表示されていた。通話ボタンを押せば、数回のコールがして桃李先生につながる。
「あ、桃李先生の電話ですか? 多岐ですが……」
あたしの声に桃李先生が驚いていたみたいだが、補講が必要なくなったことを告げ、突然のキャンセルを詫びるが、いつもどおりの冷静な声で問題ないと言ってくれてホッとした。
そのまま別れを告げ、電話を切って会長に携帯を返そうとするとなぜか会長がニヤニヤと悪い笑みを浮かべているのが見えた。
「どうだった?」
「……ちゃんとキャンセルできましたけど」
「そうじゃなくて桃李先生の様子」
「別に普通でしたけど」
「驚いてなかったか?」
「え?そう言えば……最初は、って。なんでそれを会長が知ってるんですか?」
電話の内容すら透視するのか、この男はと思って聞いたら、これには案外簡単にトリックを白状してくれた。
「俺の携帯使っただろう。多分先生は俺からだと思ったはずだ。でも電話口に聞こえたのはお前の声。多分驚いただろうな、てな」
確かに、携帯を持っていないから、そのへん失念していたが、携帯って電話の相手がディスプレイに表示されるんだっけ。て、ことは。
「もしかして、桃李先生にあたしが会長と一緒だってバレてんですか?」
うわああ、なんか恥ずかしい。彼氏と一緒の時に恩師に電話とか。それを知られてるとか。
だがあたしの羞恥心に、会長は無頓着のようで、勝手なことを言ってる。
「いいんだよ。知らない仲じゃないし。……そうじゃないからこそ、知らせとかないとな」
「そういう問題じゃないんですよ!うああ、恥ずかしい」
「なんだよ。俺といるのは恥ずかしいことなのか?」
どこか憮然とした表情の会長に背後から抱きしめられた。
途端、顔が赤くなり、心臓が早くなる。
「恥ずかしいですよ。なんかずっと落ち着かないし」
頬に手を当て、羞恥をこらえる。うう、週明けに桃李先生に会いにくいし。会長の所為で落ち着かないし。ああ、もう。
「もうっ!会長せいです。こんな気持ちになるの会長だけなんですから!」
「っ、……お前……」
なぜかきゅうう、と会長に包容を強くされる。
ますます恥ずかしい気分にはなるが、同時に幸せな気分にもなる。
ああ、本当にこんな気持ちになるのはこの人にだけだ。
そんなことを思っていたらあたしの肩口に顔をうずめていた、会長の声がぼそりと聞こえた。
「……ほんとにお前、反則ばっかり」
「人聞きの悪いことを言わないでください。あたしがいつ反則しましたか?」
「……自覚がないから恐ろしいんだよなお前の場合」
最後に何か会長がわけのわからないことを言う。自覚がないってなんの自覚か?聞きたかったが質問させてもらえなかった。
「まあいいや」
言葉とともに会長が立ち上がるとこちらに手を差し出した。
歩けるか? と差し出された手に自分のそれを重ねれば、引き上げられた。
だが、少しふらつく足元に思わず会長の袖にすがりつく。
「あ、すみません」
慌てて謝罪すれば、少し心配そうに見下ろされた。
「まだ無理そうか? すまん、血をもらいすぎたな」
なんなら抱えていくがと言う彼の言葉にあたしは慌てて首を振った。
今の学園にも会長の信奉者はいるのだ。そんな人に見られたら、恐ろしすぎる。
「だがフラフラいてるし、腕にだけは捕まってろよ?」
正直会長と一緒に校内を歩くとか死刑宣告な気がしないでもないけどね。
だがもう今はゲームの世界ではないし、少しは会長の言葉に甘えよう。
「はい、じゃあよろしくお願いしますね?」
素直に肯けば、会長も笑ってくれた。
窓を見ればすでに夕日はなく月がぽっかり浮かんでいた。
月光に背を押されるように、あたしたちは教室をあとにした。
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リクエストより。ネタ元 清 様に捧ぐ。
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