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企画SS

リクエストSS2〈バッドエンド②笑歪〉

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天井様よりリクエストいただきました鬱逆ハーのSS集です。
全5話。R15
各回でヒーローが違います。
※ 倉庫入りで最終話だけ少し変えました。
※バッドエンドは変わらず救いはないです。

完全にゲームのバッドエンドを意識して描きました。
設定はゲーム的には、

・共通ルートで、そこそこみんなと仲がいい状態。
・紅原ルートに入ったものの、全てグッドエンドへの選択肢を外しまくる。

といったところ。
ほら、もう、嫌な予感しかしない(・言・)

キーワードも拉致、監禁、別離、陵辱(に近い)、死にネタ、残酷表現ありです。
嫌ならスルーかバックか記憶から消す方向で。

・何度も言いますが100%、良いエンディングにはなりません。後味も最悪でしょう。
・まあ、それでもマルチエンドのゲームの場合では、こういったバッドも味わいですが。
・ハッピーエンド史上主義は見ないほうが懸命です。

※全てif話。物語の進行上にはまったく関係ございません。
※書きたかったからかいた、それだけです。苦情は受け付けません。

・キャラ崩壊しているかも?気をつけてご生還ください。
・本編のネタバレ要素は多少有り。本編読後推奨

以上です。
OKなら、以下。


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 目を開けると心配そうにこちらを見下ろす知人の顔が見えた。
あたしが目を開けたことに涙を流したり、抱きついたりしてくる人もいるけれど、それまで当たり前に見ていた顔がその中にいないことにすぐに気づいた。

 ああ、やっぱりこうなったか。
あたしは、心に二度と埋まらない穴がぽっかり開いた気がした。

 ◆ ◆ ◆

 木製の扉を軽くノックする。
入室の許可の声を待って、扉を開けた。

 開けた途端、甘い匂いがする。
扉の奥は暖かさを感じるロッジ風の内装でその窓際に置かれた寝台に座る黒髪の女が振り向く。

「あ、会長」

 今までほとんど浮かべることのなかった笑みを浮かべ、お疲れ様です、と立ち上がろうとする、彼女に蒼矢は手で制する。

「そのままでいい」
「でも、人が来ている前で別に病気でもないのに……」
「俺が良いって言ってるんだ」

 ためらう彼女を寝台にとめおき、ベッドのそばに置かれた簡易のスツールに断りもなく腰を下ろす。

「どうだ、調子は」
「おかげさまで。多分、建物の周りも走れ回れるくらいの体力は回復しましたよ」
「……まさか、それ実行しようとはしてないよな?」

 蒼矢が眉を潜めれば、環はクスクスと笑った。

「もちろん冗談ですよ。大体ここの人が許してくれません」

 皆さん過保護過ぎるんですから、と困ったように笑っている。

「そうか、……ああ、そういえば見舞いの品だ」

 持ってきた小さな花束を差し出せば、彼女は少し困った顔をした。

「毎回、持ってこなくてもいいんですよ?」
「なんでだよ。見舞いには必要だろう? 花は嫌いだったか?」
「嫌いじゃないしもらって嬉しいですけど、ものには限度ってものがあるでしょう?」

 ここを花屋にでもするつもりんですか、との彼女の指摘に周囲を見渡せば、棚という棚は元より、床にも花瓶が置かれている。
しまいにはバケツも使われており、部屋には甘い芳香が充満している。
扉を開けた時に香った甘い匂いは毎日訪れる蒼矢が差し出す花によるものだ。
部屋を占領せんとばかりの花に埋もれるように環の寝ている寝台はあった。
環の困った表情に、蒼矢は憮然とした。

「だから今日のは小さいだろう?」
「大きさの問題じゃないんですよ」
「だったら、ここが花で埋まる前に早く元気になればいい」

 蒼矢の真剣な様子に一瞬環は驚いたように息を飲んだが、どこかバツが悪そうに視線を逸らした。

「……そうですね。早く体力回復しないと。みんなに迷惑かけてますし」
「別に誰も迷惑なんて思っているわけじゃない」

 蒼矢の言葉に環はフッと自嘲のような表情を浮かべた。

「……みんな、本当に優しいですね。そんなことにも気づけなかったなんて……」

 いつか恩返しができるといいのですが……、遠くを見つめる。

「別にそれ目当てで皆がお前に優しい訳じゃないぞ?」

 蒼矢の言葉に環は言葉もなく笑みだけで返す。 
その顔を見ながら、蒼矢は彼女が以前よりはるかに笑みを浮かべる回数が増えたと感じた。

 ずっと笑っている様子なので、彼女の知人の一部は順調に立ち直っていると見るものもいる。
しかし、それはまやかしだとわかる程度には、蒼矢も過去から彼女を見てきたつもりだ。

 事件前には、何かを警戒するように常に顔をこわばらせ、張り詰めているようだった彼女だ。
めったに笑うこともせず。だがその分垣間見せる笑顔は輝くようなもので、それは蒼矢をしばしば見とれさせた。
だが、事件後の今、大盤振る舞いのように笑顔を見せるようになった。
心境の変化がどこにあったのかは明らかだが、決してそれは良い方向のようには思えなかった。
現在の環の笑顔はかつての鮮やかさはまるで無く、どこか虚ろで、心を不安にさせるものだった。

 彼女は一ヶ月ほど前に突然失踪した。
いや、誘拐された上で監禁されたといったほうが正しいのか。
犯人は、蒼矢の従兄弟だった。
果たして二人の間に何があって、そんなことになったのか蒼矢は知らない。

 むしろ本当に従兄弟があんな酷いことを環にしたのだろうか。

 軽いところはあったが、家族思いで優しい男だったはずだ。
未だに信じられないが、彼から受けた電話で環の居場所がわかっただけに否定のしようがなかった。
そんな従兄弟は環発見直後から、ようとして行方が知れなかった。
正直そのことで吸血鬼の世界は大きく揺れている。
彼がいないことで彼の母親が大きく動揺しているからだ。
それは引いては最強の吸血鬼がこの後どういう行動に出るかわからないということ。
蒼矢とて、身内ごととして決して暇な身分ではないが、身内だからこそ紅原のやったことの責任を追うべく、こうして被害者である環の見舞いに欠かさず来ている。

(……いや、違うな)

 それはきっといいわけにすぎないのだ。
蒼矢は結局、環自身が心配なのだ。

 現在、環は事件で弱った体を回復させるべく療養中だった。
寮では落ち着かないだろうと、学園の所有保養所の一室に彼女はいる。

 以前よりややほっそり、はかなげになった気がする。

 幽霊だと思っていた時期にも思ったことだが、それより顕著に感じる。
まるで消えそうだと思えば、不意に名前を呼ばれてハッとする。
不思議そうに見上げる彼女に何だと聞けば、困ったように眉を下げられた。

「あの、手……」

 その指摘にいつの間にか彼女の頬に触れていたことに気付く。
慌てて手を引く。

「あ、すまない。嫌だったか?」
「いえ、別に……」

 そう言いながらも、蒼矢の手から逃れるように身をわずかに引く彼女の様子にやるせなさが募る。

 瞳を伏せ、わずかに身じろぐ環が落ちてきた髪を後ろに払う。
その時、見えた首から鎖骨にかかけてのラインにふと思い出される記憶があった。
それは事件直後の彼女の体の様子だった。

 見つかった時、環は寝間着のような白いワンピースを着た状態で、寝台に横たわっていた。
彼女はただ眠っているだけのようで、大きな外傷は見られなかった。
しかし、見える範囲だけでも、体のあちこちに赤い花びらのような鬱血した痣は見て取れた。
首筋にははっきりと歯型のような跡も見られ、彼女の身に何が起こったかなど明白だった。

 そんな跡も、治療の甲斐もあり、今ではすっかり綺麗に消えていた。
だが、心の傷はそう簡単に癒えるものではないだろう。
その痛々しい様子を思い出すに、蒼矢は知らずつぶやいた。

「なあ、俺じゃダメか?」
「え?」

 彼女との距離は一メートルも離れていない。
聞き逃したりする距離ではないのだが、環は聞こえなかったかのように首をかしげた。

「なにか言って……」
「お前を慰めるのに、俺じゃダメか?」

 逃げ道を塞ぐかのように今度ははっきりと告げた。
環が困惑の表情を映す。

「なんの話を……」
「俺はお前が好きだ」

 はっきりと告げれば、息を呑む音が聞こえた。

「こういう時に言うことではないが、本心だ」

 あの日以来、無理して笑顔を浮かべる環を見てずっと思っていた。
辛いだろうに無理に笑う環の心を支えたい。
笑顔でいながら、他を拒絶し続ける環を慰めたい。
ずっと笑っていなくて構わないから、以前のような笑みを取り戻したかった。

「事件は辛かっただろうが、忘れられるくらい大事にするから」

 逃げようとする環の腕を掴めば、ビクリと肩が震えた。
相手の顔がこわばるのを感じる。

「何を言うんですか。会長には暮先先輩……婚約者がいるでしょう?」

 環の指摘にも、だが蒼矢はひるまなかった。

「そんなのどうとでもしてみせる!だから……」
「どうにもしないでください」
「どうして?」
「そんなことをしてもらってもあたしには何もできない」
「お前は何もしなくていい。俺がしたいだけだから……」
「っ、やめて!」

 環のヒステリックな叫びに蒼矢もはっとして言葉を止める。
そして、泣きそうな顔の環はこらえるようにグッとシーツを握りしめている。

「慰めてもらう必要はありません……辛いのはあたしじゃない。
それに、いくらここがゲームの世界でも、無責任なことを言わないで」
「え?……ゲームの世界って……」

 突然出てきた単語の脈絡の無さに思わず聞き返せば、環ははっとしたように目を見開いたあと、酷くつらそうな顔をした。
それに耐えるようにくっと唇を噛んだかと思えば、環は強い瞳で蒼矢に視線を向けた。

「出て行ってください」

 思わぬ視線の強さに腰を浮かした。
それを見た環は寝台から降り、蒼矢の体を押しながら再び、言った。

「出てって」
「っ……だが」
「出てって!」

 環の勢いに押され、蒼矢は部屋から追い出された。
そのまま勢いよく扉を閉められる。

「おい、っちょ……開けろ」

 ガチャガチャとドアノブを回すが、開かない扉に鍵がかけられたのがわかった。
いっそ壊すかと物騒な事を考えて、扉に当てた手に振動を感じて、動きを止めた。
上から下へ何かが寄りかかって滑る感覚のあと、わずかに小さな声が聞こえた。
その声に、蒼矢はそっと扉を壊すのをやめ、扉に額をつけた。

 やはり性急すぎたと悔やむ。
思わば自分も環の笑顔に騙されていたのかもしれない。
これだけ笑えれば大丈夫なのではないのだろうかと。冷静であるのではと。
だが、そんなわけはなかった。
それに今更気づいたところで遅い。
今は何を言っても聞き入れないだろうし、そっとしておくべきだと扉から離れようとした時だった。

「ご、めんな、さい……ごめんなさい……今は一人にしてください」

 扉越しに、小さな声が聞こえた
絞りだすような痛々しい声に蒼矢の方こそ罪悪感がこみ上げた。

「なくな」

 囁く言葉に小さく扉が揺れ、それが彼女の動揺を示した。

「……すまなかった」

 しかし、謝る言葉に返る言葉はない。
拒絶を表す鍵のかけられた扉に、蒼矢は諦めたようにその場を去った。
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