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25 幕間 2人の男
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それは、ゲッツェラント城の裏庭、薔薇の咲き誇る園の片隅。
普段は誰もこない陰日向。
そこは、普段でも日差しが差さず薄暗いのだが、今日は曇り空でなおのこと暗い。
もはや暗闇とも呼べそうな場所に、ふたりはいた。
ひとりは剣を担いだガタイのいい男。
腕のたくましさを見せつけるような半袖に、金属の胸当てをしている。
「おい、サダオ、あんまり調子に乗ってんじゃねぇぞ……!」
サダオと呼ばれたもうひとり男は、細身の身体を魔術師の黒いローブで覆い隠している。
凄みを利かせた声で脅されると、恐怖をまぎらわせるように、手にしていた杖を握りしめた。
そしてなんとか、震える声を絞り出す。
「ふふっ、フルスゥイング様……! ぼぼっ、僕は、調子に乗ってなんか……!」
すると、フルスゥイングと呼ばれた男は、ずい、と一歩前に出る。
サダオは後ずさろうとしたが、後ろに壁があることに気付く。
慌てて横に逃げようとしたが、それよりも早く、太い腕がズドンと行く手を遮った。
筋肉の檻で、虎といっしょに閉じ込められてしまったかのように、震えあがるサダオ。
「ひいぃ……!」と言葉にならぬ彼に向かって、虎は静かに唸る。
「……じゃあ、このヘアピンはなんなんだよ?」
「ここっ、これは……!
ああっ、アクヤ・クレイ嬢様から、そのほうがいいって言われたから……!」
「それが調子に乗ってるって言うんだよっ!」
その言葉はサダオには「ガオー!」と吠えたように聞こえた。
「アクヤさんはなぁ、誰にでもやさしい人なんだ!
強くてたくましいこの俺にも、弱くてヘタレのお前にもな!
だから、勘違いしてんじゃねえぞっ!?」
「かかっ……! 勘違いしてなんかいませんっ!
ぼぼっ、僕はただ、アクヤ・クレイ嬢様に認めてもらえるだけの、男になりたくって……!」
「お前みたいなヘタレを、アクヤさんが認めると思ってるのかよ!?
ちょっとやさしくしてもらったからって、勘違いするんじゃねぇぞ!
彼女は、この俺こそが相応しいんだ!
いいか、今後一切アクヤさんに近づくんじゃないぞ!
近づいたらブッ飛ばしてやるからな!?
いいか、わかったか!?」
間近で吠えかかられて、サダオは恐怖のあまり気を失いそうになっていたが、ブルッと顔を振って自分を奮い立たせる。
「いいっ……! いいいい……! い……嫌だっ!」
「なんだとぉ!?」
「ああっ……アクヤ・クレイ嬢様もおっしゃっていたではないですか!
いいっ、一生懸命やっている者を応援こそすれ、罵倒や嘲笑をするなと……!
だだっ、だから僕は、決めたんです!
ああっ、アクヤ・クレイ嬢様に認めてもらえるまでは、いいっ、一生懸命になろうって……!
「……そうかよ、口で言ってわからないんだったら、力ずくでわからせるしかないようだな……!」
フルスゥイングは挑戦的に吐き捨てながら、
……がばあっ……!
と、大きく振りかぶる。
振り上げた拳が、薄曇りを受けて鈍く光った。
フルスゥイングの身体がつくりだす影に覆われていたサダオは、「うぐぐっ……!」と歯を食いしばりながら目を見開く。
目を閉じないのは、彼なりの精一杯の抵抗であった。
影は挑発的に笑う。
「ストレートをブチ込まれて鼻を折られるのと、フックをブチ込まれて奥歯を折られるのと……どっがいいい?
それが嫌なら、誓うんだ……!
もう二度とアクヤさんには近づかないってな……!」
「いいいっ……! 嫌だっ! 嫌だぁぁぁっ!
どどっ、どんな大きな影が立ちはだかろうとも、ぼぼっ、僕は絶対に彼女をあきらめたりしないっ……!
だだって、だって、アクヤ・クレイ嬢様は、僕を初めて明るく照らしてくれた人……!
ぼぼっ、僕の太陽なんだっ!!」
「そうかい、ならそのキレイな顔をメチャクチャにして、太陽もロクに見られないようにしてやるよっ!!」
……グオンッ!!
隕石のような拳が降り注ぐ。
それはサダオにとってはこの世の終わりともいえるほどの恐ろしい光景だった。
しかし、彼は目を反らさなかった。
なぜならば、知っていたから。
アクヤ・クレイは、この何倍もの理不尽な目に遭っていることを。
城の廊下を歩けば足をひっかけられ、突き飛ばされ、紅茶をぶっかけられ……。
嫌悪の眼差しに晒され、ありもしない噂を流され、神族のすべてから嫌われていることを。
しかしそんな誰も信じられない状態においても、彼女はサダオを信じた。
ファイアボールをぶつけても、わざとではないとすぐに見抜き、許した。
本来であるならば彼女は、他人のことなど気遣えないほどに追いつめられているはずなのに……。
何よりも他人を優先し、他人を許していた。
いや、それどころか……。
自分を貶めようとした盗賊一味までもを、受け入れていたのだ……!
そんなアクヤを見ているうちに、サダオは彼女に惹かれていることに気付く。
そして、心から思うようになっていた。
アクヤ・クレイを助けたい、と。
功績を打ち立てて出世し、アクヤに降り注ぐ理不尽を、少しでも取り除きたいと。
アクヤが他人のために生きているのであれば……。
自分はそのアクヤのために、生きていこうと……!
ならばこのくらいの暴力に屈して、どうするのだと……!
……グオオオオンッ!!
唸りをあげる拳が鼻先まで迫っても、サダオは目を閉じようとはしなかった。
親にも殴られたことのない彼が、初めての感覚を覚悟した瞬間、
……ペチンッ!
緊張感のない音とともに、額に鈍い痛みが走った。
どうやらパンチはインパクトの直前で、デコピンに変わったようだった。
しかし痛いのには変わりない。
「あいたぁーっ!?」
思わず額を押え、蹲ってしまうサダオ。
あきれるような溜息とともに、ほどけた声が降り注ぐ。
「やれやれ、デコピンひとつでそこまで痛がるようなヤツが、イキがってんじゃねぇっての」
「うう……」と半べそで顔をあげるサダオ。
するとそこには、しゃがみこんで手をさしのべる、フルスゥイングの姿が……!
「でも、お前の男気、しっかり見せてもらったぜ。
俺のライバルとして認めてやるよ」
体育会系の令息というのは、河原で殴り合い、拳で友情を確かめあうという。
しかし文化系のサダオにとっては、そのあたりの常識は皆無であった。
「ああっ……? あ……ありがとう、ございま……す……?」
半信半疑な様子で、助け起こしてもらうサダオ。
フルスゥイングはサダオの手を握りしめたまま、殴り合いを終えたばかりのような、スッキリとした表情で言った。
「よし! それじゃあお前、俺の討伐パーティに入れ!」
「えっ? ぼ、僕が、ですか……?」
「ああ! お前はアクヤさんに相応しい男になるために、出世しようとしてるんだろう?
だったら俺と組んで討伐に出かけようぜ! そこで功績をあげれば出世なんてすぐだ!」
思いも寄らぬ申し出に、キョトンとなるサダオ。
一度認めたら、親身になる……これも体育会系の令息の特徴である
いずれにしてもサダオにとっては渡りに船だった。
いくら初めての討伐を成功させたとはいえ、彼とパーティを組んでくれる者などいなかったから。
「い……いいんですか? ぼぼっ、僕なんかで……?」
「もちろんだ! 俺もちょうど、腕のいい魔術師がパーティに欲しいと思ってたところだからな!」
それはサダオが、アクヤ以外の人間に、初めて認めて認められた瞬間であった。
ずっと曇っていた彼の表情が、一気に晴れ渡る。
「あ……ああっ、ありがとうございます! ふっ、フルスゥイング様っ!
ぼっ、僕……! 一生懸命がんばりますっ!」
「期待してるぜ! 俺とお前はライバルだが、アクヤさんを想う気持ちはひとつ……!
アクヤさんのために、いっしょにガンガンのしていこうぜっ!」
「はっ……はいっ!」
すると、いつの間にか太陽も曇り空を吹き飛ばしていて、思いをひとつにした男たちを、さんさんと照らしていた。
普段は誰もこない陰日向。
そこは、普段でも日差しが差さず薄暗いのだが、今日は曇り空でなおのこと暗い。
もはや暗闇とも呼べそうな場所に、ふたりはいた。
ひとりは剣を担いだガタイのいい男。
腕のたくましさを見せつけるような半袖に、金属の胸当てをしている。
「おい、サダオ、あんまり調子に乗ってんじゃねぇぞ……!」
サダオと呼ばれたもうひとり男は、細身の身体を魔術師の黒いローブで覆い隠している。
凄みを利かせた声で脅されると、恐怖をまぎらわせるように、手にしていた杖を握りしめた。
そしてなんとか、震える声を絞り出す。
「ふふっ、フルスゥイング様……! ぼぼっ、僕は、調子に乗ってなんか……!」
すると、フルスゥイングと呼ばれた男は、ずい、と一歩前に出る。
サダオは後ずさろうとしたが、後ろに壁があることに気付く。
慌てて横に逃げようとしたが、それよりも早く、太い腕がズドンと行く手を遮った。
筋肉の檻で、虎といっしょに閉じ込められてしまったかのように、震えあがるサダオ。
「ひいぃ……!」と言葉にならぬ彼に向かって、虎は静かに唸る。
「……じゃあ、このヘアピンはなんなんだよ?」
「ここっ、これは……!
ああっ、アクヤ・クレイ嬢様から、そのほうがいいって言われたから……!」
「それが調子に乗ってるって言うんだよっ!」
その言葉はサダオには「ガオー!」と吠えたように聞こえた。
「アクヤさんはなぁ、誰にでもやさしい人なんだ!
強くてたくましいこの俺にも、弱くてヘタレのお前にもな!
だから、勘違いしてんじゃねえぞっ!?」
「かかっ……! 勘違いしてなんかいませんっ!
ぼぼっ、僕はただ、アクヤ・クレイ嬢様に認めてもらえるだけの、男になりたくって……!」
「お前みたいなヘタレを、アクヤさんが認めると思ってるのかよ!?
ちょっとやさしくしてもらったからって、勘違いするんじゃねぇぞ!
彼女は、この俺こそが相応しいんだ!
いいか、今後一切アクヤさんに近づくんじゃないぞ!
近づいたらブッ飛ばしてやるからな!?
いいか、わかったか!?」
間近で吠えかかられて、サダオは恐怖のあまり気を失いそうになっていたが、ブルッと顔を振って自分を奮い立たせる。
「いいっ……! いいいい……! い……嫌だっ!」
「なんだとぉ!?」
「ああっ……アクヤ・クレイ嬢様もおっしゃっていたではないですか!
いいっ、一生懸命やっている者を応援こそすれ、罵倒や嘲笑をするなと……!
だだっ、だから僕は、決めたんです!
ああっ、アクヤ・クレイ嬢様に認めてもらえるまでは、いいっ、一生懸命になろうって……!
「……そうかよ、口で言ってわからないんだったら、力ずくでわからせるしかないようだな……!」
フルスゥイングは挑戦的に吐き捨てながら、
……がばあっ……!
と、大きく振りかぶる。
振り上げた拳が、薄曇りを受けて鈍く光った。
フルスゥイングの身体がつくりだす影に覆われていたサダオは、「うぐぐっ……!」と歯を食いしばりながら目を見開く。
目を閉じないのは、彼なりの精一杯の抵抗であった。
影は挑発的に笑う。
「ストレートをブチ込まれて鼻を折られるのと、フックをブチ込まれて奥歯を折られるのと……どっがいいい?
それが嫌なら、誓うんだ……!
もう二度とアクヤさんには近づかないってな……!」
「いいいっ……! 嫌だっ! 嫌だぁぁぁっ!
どどっ、どんな大きな影が立ちはだかろうとも、ぼぼっ、僕は絶対に彼女をあきらめたりしないっ……!
だだって、だって、アクヤ・クレイ嬢様は、僕を初めて明るく照らしてくれた人……!
ぼぼっ、僕の太陽なんだっ!!」
「そうかい、ならそのキレイな顔をメチャクチャにして、太陽もロクに見られないようにしてやるよっ!!」
……グオンッ!!
隕石のような拳が降り注ぐ。
それはサダオにとってはこの世の終わりともいえるほどの恐ろしい光景だった。
しかし、彼は目を反らさなかった。
なぜならば、知っていたから。
アクヤ・クレイは、この何倍もの理不尽な目に遭っていることを。
城の廊下を歩けば足をひっかけられ、突き飛ばされ、紅茶をぶっかけられ……。
嫌悪の眼差しに晒され、ありもしない噂を流され、神族のすべてから嫌われていることを。
しかしそんな誰も信じられない状態においても、彼女はサダオを信じた。
ファイアボールをぶつけても、わざとではないとすぐに見抜き、許した。
本来であるならば彼女は、他人のことなど気遣えないほどに追いつめられているはずなのに……。
何よりも他人を優先し、他人を許していた。
いや、それどころか……。
自分を貶めようとした盗賊一味までもを、受け入れていたのだ……!
そんなアクヤを見ているうちに、サダオは彼女に惹かれていることに気付く。
そして、心から思うようになっていた。
アクヤ・クレイを助けたい、と。
功績を打ち立てて出世し、アクヤに降り注ぐ理不尽を、少しでも取り除きたいと。
アクヤが他人のために生きているのであれば……。
自分はそのアクヤのために、生きていこうと……!
ならばこのくらいの暴力に屈して、どうするのだと……!
……グオオオオンッ!!
唸りをあげる拳が鼻先まで迫っても、サダオは目を閉じようとはしなかった。
親にも殴られたことのない彼が、初めての感覚を覚悟した瞬間、
……ペチンッ!
緊張感のない音とともに、額に鈍い痛みが走った。
どうやらパンチはインパクトの直前で、デコピンに変わったようだった。
しかし痛いのには変わりない。
「あいたぁーっ!?」
思わず額を押え、蹲ってしまうサダオ。
あきれるような溜息とともに、ほどけた声が降り注ぐ。
「やれやれ、デコピンひとつでそこまで痛がるようなヤツが、イキがってんじゃねぇっての」
「うう……」と半べそで顔をあげるサダオ。
するとそこには、しゃがみこんで手をさしのべる、フルスゥイングの姿が……!
「でも、お前の男気、しっかり見せてもらったぜ。
俺のライバルとして認めてやるよ」
体育会系の令息というのは、河原で殴り合い、拳で友情を確かめあうという。
しかし文化系のサダオにとっては、そのあたりの常識は皆無であった。
「ああっ……? あ……ありがとう、ございま……す……?」
半信半疑な様子で、助け起こしてもらうサダオ。
フルスゥイングはサダオの手を握りしめたまま、殴り合いを終えたばかりのような、スッキリとした表情で言った。
「よし! それじゃあお前、俺の討伐パーティに入れ!」
「えっ? ぼ、僕が、ですか……?」
「ああ! お前はアクヤさんに相応しい男になるために、出世しようとしてるんだろう?
だったら俺と組んで討伐に出かけようぜ! そこで功績をあげれば出世なんてすぐだ!」
思いも寄らぬ申し出に、キョトンとなるサダオ。
一度認めたら、親身になる……これも体育会系の令息の特徴である
いずれにしてもサダオにとっては渡りに船だった。
いくら初めての討伐を成功させたとはいえ、彼とパーティを組んでくれる者などいなかったから。
「い……いいんですか? ぼぼっ、僕なんかで……?」
「もちろんだ! 俺もちょうど、腕のいい魔術師がパーティに欲しいと思ってたところだからな!」
それはサダオが、アクヤ以外の人間に、初めて認めて認められた瞬間であった。
ずっと曇っていた彼の表情が、一気に晴れ渡る。
「あ……ああっ、ありがとうございます! ふっ、フルスゥイング様っ!
ぼっ、僕……! 一生懸命がんばりますっ!」
「期待してるぜ! 俺とお前はライバルだが、アクヤさんを想う気持ちはひとつ……!
アクヤさんのために、いっしょにガンガンのしていこうぜっ!」
「はっ……はいっ!」
すると、いつの間にか太陽も曇り空を吹き飛ばしていて、思いをひとつにした男たちを、さんさんと照らしていた。
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