悪役令嬢が逆ハーしたようですが……

夕霧ハレル

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「お前は……」 

相手もぶつかったのが私だと気付いて目を丸くした。 

だが、それも一瞬で「チッ」と舌打ちすると鋭く目を細め、掴んでいた私の手を振り払った。 

あんまりな態度にムッとなる。 
昨日のあれはアレックスの勘違いが悪いのに、まるで私が悪いみたいな態度を取られれば流石に何か言ってやりたい衝動に駆られたが、相手が貴族の坊っちゃんで性格オレ様、となるといろいろ面倒臭そうなので私はグッとこの怒りを抑える事にした。 

落ちそうになったのを助けてくれたんだ、我慢だ私。仮にも一つ上の先輩だし! 

「……助けていただいて、ありがとうございます」 

お礼を言った私を横目で見ながら、睨むアレックスに「昨日の件で大分嫌われたな」と他人事の様に思った。

「……それじゃあ、失礼します」

このまま居ても気まずいだけだと私はさっさとこの場を立ち去ろうとアレックスの横を通り過ぎようとした……のだが。 

「……おい待て」

何故かアレックスに腕を掴まれそれを阻まれる。この状況にデジャブを感じながら振り返る。 

「何でしょう?」 

「……昨日っ」

「?」

昨日って……あの腕捻り上げられた時の事だろうか?

不自然に言葉を切ったアレックスを訝しげに思いながらアレックスを見上げた。

「……」

「……」

何で沈黙?
しかも、物凄い形相で此方を睨んでるし……。
迫力ありすぎて怖いよ!

私が内心冷や汗をダラダラかきなが負けじと見詰めると、アレックスの眉間に更に深い皺が刻まれた。

え?!まさか、「俺の女によくも!」みたいな事だろうか? 

ゲーム展開みたいに苛めてたと言う理由で『学園追放』『退学』……。
まぁ、実際私は何もしてないんだからそんな事はあり得ない……はず。苛めてないし!あの現場見ただけで「苛めだ!」って言うのも話が飛躍しずきだ。

私はそれでも不安になりつつアレックスの言葉の続きを待った。
すると、アレックスは私から視線を逸らすと私の手元に視線を向けた。

「…………か……た」

「……え?」

声が小さすぎて聞き取れなかった私は首を傾げた。
すると、私が聞き取れなかったのが気に入らなかったのか「何でちゃんと聞いてないんだ」と怒られた。
理不尽すぎる……。

「だから!……その……悪かった」

「……え?え!?」

最後の方、尻窄まりになっていたが、今度はハッキリ聞こえた。
あのプライド高そうなオレ様が……私に謝った……?昨日の事を?

「勘違いして……」

「……」

アレックスは気まずそうに私から視線を逸らした。

あぁ、何だ。ゲームと一緒で何だかんだ良い人、なのかもしれない。

昨日の勘違いなんて、そのまま気にせず居ればいいのに。見掛けてもわざわざ謝らなくてもいいのに。
上位貴族のアレックスが平民の私に謝るなんてしなくていいのに。 

ひねくれた私は、ヒロイン限定でそれが発揮されるんだろうと、そう思ってたからかなり驚きだ。 

もしかしたら、アイリスに謝りなさい的な事を言われたのかも知れないが……。

「……いえ……別にもう気にしてないので」

私はそう言って、アレックスの手に視線を落とし「そろそろ離して下さい」の意味を込めてまたアレックスに視線を戻した。 

こんな所を他の人に見られでもしたら……御令嬢方に睨まれるに決まってる。

「……あぁ、ーーっ!!」

私の言わんとする事が伝わったのかアレックスは手を離そうとした。

バサバサ


「え?」

その時、突然私達の目の前に何かが落ちてきた。

私は訳が分からず落ちてきた物に視線を向けると、ハードカバーの分厚い魔法学の本が足元に落ちていた。

しかも、さっきまでアレックスが立っていた場所に。

私はその光景に只々、目を丸くして落ちてきた本を呆然と眺めた。

「っあぶねぇな。……誰だ?」

苛立ちを孕んだアレックスの声に弾かれながら、前を見ると私から少し離れた場所から本が落ちてきたであろう階段を睨んでいた。

アレックスの反射神経に関心と、避けて怪我が無さそうな事に安堵しながら私も階段を見上げた。


「えっ、リベルタ?」


私は階段に居た人物が昨日知り会ったばかりのリベルタだと知り、驚き名前を呼ぶと、私に呼ばれてハッとしたように足早に階段を降りてきた。

「すっすみません!……手を滑らせてしまって……。あぁ、大丈夫でしたか?お怪我は?!」
 
下りてきたリベルタは私達の前まで来るとアワアワしながら申し訳なさそうに謝った。

「私は大丈夫」

「そう、ですか……」

私が大丈夫と言うと安心したのか口許に笑みを浮かべた。

「あの……そちらの方は、お怪我はありませんか?」

「…………いや、ない」

リベルタに声を掛けられたアレックスは、ジッと目を細めリベルタを見たあと、「ない」と答えた。

「それは良かった。本当にすみませんでした。私が手を滑らせたばかりに……」

「……いい、気にするな」

そう言ったアレックスは、落ちていた魔法学の本を拾い上げるとリベルタに差し出した。
リベルタに向けるアレックスの視線は鋭く、何だか雰囲気が刺々しい。

「あぁ、ありがとごさいます」

一方のリベルタは、差し出された本を手に取るとアレックスの視線など意に介さない様に口許に笑みを浮かべお礼を言った。 
長い前髪の奥の瞳が見えなくてハッキリとリベルタの表情が伺えないが、
……繕う空気が暗い気がするのは気のせいだろうか?


「……今度から気を付けろ」

そう言ったアレックスは踵を返し、廊下の向こうに歩いていった。


アレックスが去った事にホッと息を吐く。
画面越しと現実じゃ何だかあぁ言うタイプの人は緊張する。圧倒的なオーラとか、自分とは生きる世界が違うようなお金持ちで、イケメンで……あと、なんか雰囲気が悪かったし。

「あ。そう言えば、アンリは何故学園に?」

「え?何って、授業……ああー!!授業!!」

アレックスに捕まったせいですっかり忘れてた。授業開始まで後2、3分だった筈だ。
……明らかにそれ以上の時間がさっきのやり取りで経っている。

「……あれ?だったら、何でリベルタがここに居るの?授業は?」

「まさか、サボり?」と思ったが、見たところ真面目そうだし、入学早々にそれはないと思う……多分。
それを言ったらアレックスもサボりになるよね?

「ん?今日はお休みですよ?」
 
「へ?」

私の顔を不思議そうに見ながら首を傾げたリベルタに、私は間抜けな声を出しながら固まった。

「やっ休み……」

「今日は授業開始の鐘、なってないですよね?」

あぁ……そう言えば。

「ふふっ。勘違い、したんですか?アンリはおっちょこちょいですね」

「うっ……」

クスクス笑うリベルタにジワジワ恥ずかしさが込み上げてきて、顔が熱くなるのが分かった。 
穴があったら入りたい……。

「相当、急いでたみたいですね。制服が乱れてますよ」

そう指摘され自分の制服に目を落とすと急いでいたので、上のボタンが二個程空いている。おまけにリボンも曲がっていた。 
鏡がないから分からないが、きっと髪もボサボサになってそうだ。 

「慌ててたから……まぁ意味なかったけど」

あれ?じゃあ、今の私って結構だらしない格好になってるのか……うわ、恥ずかし!
そう思うとまた顔が熱くなる。

 
「ふふっ……顔、真っ赤」 

また笑われたうえにあまり触れないでほしい所を指摘され更に恥ずかしくなりながら、私は制服を正すため慌ててワイシャツに手をかけ、ボタンをとめた。

「リボンが歪んでますよ」

「あ、うん……っわ!」

そう言ってリボンに手を伸ばしてきたリベルタに肩が跳ねる。 
リベルタの長い指が私のリボンを解き、綺麗に結び直す光景を、私は只固まって眺める事しかできなかった。
距離も結構近い。

「これでよし!」

「あっありがとう……」

そう言って満足そうに笑うリベルタに私はぎこちなくお礼を言った。 

平然と女子の胸元にあるリボンに触れてきたリベルタに驚いたが、私だけ変に意識してドキドキしていた事をバカらしく思いながら、リベルタから少し距離を開けながら口を開いた。 

「そっか、今日休みだったんだ……考え事しててスッカリ忘れてたなぁ」

ミラがシナリオ通り学園に来なかった一件でこうも自分が振り回されるなんて……。まぁ、それだけじゃなく『恋する魔法使い』のキャラ設定や物語にも現在進行形で振り回されてるけど。
いくら似て非なる世界だと思おうだとか、自分には関係ないから気にするだけ無駄なんだと思っていても、攻略キャラや悪役を見れば自然とゲームの設定を思い浮かべてしまう。

「はぁー」

そんな自分に思わず溜め息が出る。

「そんなに落ち込まないで下さい。今日、授業なくてラッキーって思えば良いんですよ」 

「うん、そうだね。でも……どうしようかな。せっかく学園に来たのにそのまま帰るのもなぁ……」

図書館にでも行こうかな?借りた本を気晴らしに外の中庭で読むのもいいかも。

「あの、アンリが良ければなんですけど……」

「うん?」

唐突にそう切り出したリベルタに「何だろう?」と思いながら見上た時。

バタバタバタ

「……ル!……どこ……!!」 

慌ただしい足音と誰かの声が途切れ途切れだが上の階から聞こえてきた。

「誰だろ?すぐ上から聞こえるけど……」

「……オッサンの事スッカリ忘れてたな……」

「え?」

小さな声だったが、リベルタがポツリと呟いた言葉に私は思わず彼を見上げる。
彼の丁寧で柔らかい言葉使いとは違う雰囲気の口調に私は首を傾げた。

「……私はそろそろ失礼しますね」

「あ、うっうん……」

「それじゃあ」と言って口許に笑顔を浮かべたリベルタは足早に階段を下りていった。

「……どうしたんだろ急に」 

「クソ、あの餓鬼どこ行きやがったんだ」

リベルタの下りていった階段を眺めていると入れ違いに上の階から悪態を吐く聞き知った人物の声が聞こえて、私は階段を振り仰いだ。

「あ、師匠だったんだ……」 

「ん?アンリか」

私の声でやっと、私の存在に気が付いたのか銀縁の丸眼鏡から覗く気だるげな灰色の瞳と目があった。
小脇にはハードカバーの本を数冊手に持っている。

今日はやけに知り合いに会う日だ。

「ここでは、師匠じゃなくて先生だって……まぁいいか」

なんて、適当な事を言いながら階段から下りて来た師匠に私は苦笑い。

(何時もながら適当だなぁ……)

灰色の瞳と同色の、癖のあるボサボサの髪。
顎には無精髭を生やし目元には何時も以上に濃い隈ができている。
よく見ると整った顔立ちをしているが、不健康そうな青白い顔色などが実年齢より若干、彼の顔を老けて見せている。

私は、その点が彼の顔立ちを台無しにしてしまっているように思う。

黒のズボンに黒の革靴。着崩し皺の寄った白のYシャツに膝丈もある黒のジャケットと、黒を基調とした服のせいでより一層彼の青白い肌が際立つ。

そんな20代後半の残念なイケメンは、何を隠そう私の魔法の師匠でありこの学園で防御魔法の先生をしている、クラウス先生だ。

「で?お前こんなとこでなーにしてんだ?」

「えぇっと……図書館にでも行こうかなぁと」

「へぇ??」

何故だろう、面倒臭そうな予感がするのは。きっと、師匠の意地の悪い笑顔のせいだと思う。
 
「これ、ついでに返却頼むわ」

「……なんで私が……師匠が借りたなら師匠が返すべきです」

そう言えば、さっきから分厚い本を数冊持ってたなぁと思いなから本に視線を移す。

「急に仕事が増えてなぁ……徹夜明けだし、俺も疲れてんだよ。でも、本は返却しねぇと司書がうるせぇし」

「……はぁ」

「そこで、だ。お前、俺の弟子だし、丁度図書館いくんだろ?つー事で師匠命令」 

「弟子関係なくないですか?」

「細かいことは気にするな」そう言って私の手に無理矢理、本数冊を押し付けてきた師匠に呆れてしまう。

私は「都合のいい時だけ弟子を使うなんて」と思いながら恩師である相手からの頼みだと言い聞かせ渋々受け取った。
それに、実際目の下にある何時も以上に濃い隈を見ると本当に疲れているようだし。

「……分かりました」

「いや??助かった。魔獣騒ぎで書類やら報告書が貯まってたんだよ」

え?さっき魔獣騒ぎって言ったよね?
それって、あのヒロイン覚醒イベントだよね?

「……魔獣騒ぎ……あったんですね」

ヒロインが学園に来る切っ掛けになった騒動がゲーム通りにあったにも関わらず学園にミラが来なかった事に、本当にこの世界はゲームに似て非なる世界だと再確認された気分だ。

「結界が破られて魔獣が入り込んだらしくてなぁ……それで徹夜明けだっつーのに呼び出し食らっての結界の張り直しだのなんだの……はぁ」

「はは……お疲れ様です」

グチグチ不満を洩らす師匠に相当鬱憤が貯まっているいるんだと、苦笑いが溢れた。


(……そっか)

ちゃんと起きていたんだ。それなのに私の知るゲーム通りにならなかったと言うことは。 

所詮は似た世界、平行世界パラレルワールドだったと言うことなんだろう。

「それじゃあ、返しに行ってきますね」

私は師匠にそう言うと図書館に向け足を進めた。


あれ?そう言えば、師匠は誰を探してたんだろ。 

「まぁ、いっか」

私は早々に考える事を放棄して本を抱え直し図書館に向かった。



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