同じ気持ちだと勘違いしていました

真咲

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「……?」

 まだ半分夢の中なのだろう。ロジーナを認めたまま、こてりと首を傾げる。
 焦点が合っていない。綺麗な髪にも寝癖がついていて、思わず可愛らしいと思ってしまった。

「……」
「……」

 しかしそれも長くは続かない。
 数秒の沈黙の後、形の良い眉が思い切り顰められた。どうやらはっきりと目が覚めたらしい。

「誰だ。何故ここにいる。結界を張っていたはずだが」
「……おはようございます、殿下。私はロジーナ・メランヒトンと申します。メランヒトン公爵家の娘で、この学園では殿下とはひとつ隣のクラスに所属しております」

 慌てて臣下の礼を取る。
 深々と下げた頭を見下ろされているのがわかって、緊張で身を固くした。

「……王宮で見かけたことがある。兄上の客人だ」
「……」

 ランプレヒトの体調もあり、そう頻繁でなかったものの確かに何度か通った覚えがある。こちらはクラウスに正式に会ったりすれ違った記憶はないものの、一方的に知られていてもおかしくない。

「恐れながら、プリントをお届けに参りました。役目を果たし次第、退出の許可をいただきたく思います」
「待て」
「……」

 どうやら簡単には帰してくれないらしい。
 困った。

「どうやって入ってきた」
「……私の魔法で、少し結界をいじりました」

 クラウスは唖然とした後、すぐに結界を確認してまた顔を顰めた。

「今までこのようなことをされたことはなかった。俺の魔力量からして、結界を壊すには数百人規模の魔法使いが必要だと……家庭教師が言ってたぞ」
「壊してはいませんし……。魔力には相性というものもありますから」
「そんなことは知らない」

 ぎろりと睨みつけられ、肩を竦める。

「ここは魔法学園です。魔力の質について学びたいなら、いくらでも勉強できるはずです。このプリントにも、書かれていますよ」

 流れでしれっとプリントを渡してしまう。これで任務完了だ。心の中のディアナが手を叩いて喜んでくれる。

「……くだらない」

 手渡された紙をしげしげと眺めたクラウスは、そのままビリビリと破き始めた。
 破かれた紙片が地面に散らばっていく。

「……」

 ロジーナは心の中のディアナの目を塞いだ。
 ここに彼女がいなくてよかった。きっと、ディアナだったら傷ついたはずだ。彼女は純粋な善意でクラウスにプリントを渡そうとしていたのだから。
 ロジーナとしては、ディアナに手を貸しただけなので、そのプリントをどうしようと知ったことではなかった。が、気分の良いものではない。せっかくあの蔦を掻き分けて届けたのである。

「これで用は終いだな。帰れ」

 言われなくても帰る。
 帰るのだが……。

「殿下は私のことがお嫌いですか?」

 ひとつ、聞いておきたいことがあった。
 じっと見つめながら回答を待つ。意外な質問だったのかクラウスは答えに窮しているようだったが、迷いがあったのは数秒だった。

「……ああ、嫌いだ。気に食わない」
「左様ですか。それでは、失礼します」

 クラウスの横には、彼が準備したのだろう小さな扉があり、そこから植物園の外に出られる仕組みになっていた。しかしそれを通って帰るよりはもう一度蔦の森を掻き分けた方がマシなように思う。彼の目の前で両手を広げ、自分が通れるくらいのスペースを作るとそのまま力技で進んでいく。

「おい、そっちじゃなくて……」

 後ろで何か言っている気がするが気にしない。ロジーナが慣れてきたのか、一度掻き分けたおかげで通りやすくなっていたのか、出口にはすぐ到着することができた。そのまま植物園、結界の外まで抜ける。

「ロジーナ! よかった! 時間かかってるみたいだったから先生を呼ぼうかと思っていた。プリント、届けてくれたんだな!」

 天真爛漫な笑顔に癒される。

「無事に届けられたわ。さ、早く寮に戻りましょう。少し電話したいことがあるの」

 無事に届けられたことに間違いはない。その後のプリントの姿をわざわざ話す必要もないだろう。
 ディアナと共に女子寮まで戻る。
 あのお化け屋敷みたいな植物園から出てきたから、寮がずいぶん快適に思えた。受付にいる寮母さんに頼み、魔法電話を借りることにしてディアナとは別れる。

 魔法電話は高価なのでどこの家にもあるわけではないが、ロジーナの家には当然備え付けられている。家の番号を打ち込み、少し待って魔力を流し込めば遠く離れた相手とも会話できるという物である。

「もしもし、お父様?」
「……おお、ロジーナか」

 ロジーナの父、メランヒトン公爵とはすぐに連絡がついた。
 仕事中だったのかどこか疲れた声をしている。

「私の婚約のことなのだけれど」

 今、ロジーナは第二王子ランプレヒトとの婚約話が持ち上がっていた。魔法使い同士の婚姻というのは複雑で、爵位の釣り合いだけで決まるものではない。魔力の相性が悪ければ子供が産まれにくいという研究が発表されて以降、魔力の量や質を測り、慎重に相手を検討するのである。
 ロジーナとランプレヒトは魔力の相性が申し分なかったが、ランプレヒトの病弱な体質により縁談の進みは遅々としたものだった。ランプレヒトの弟、クラウスはランプレヒトほどでなくてもロジーナの魔力と相性が良い。そのため、クラウスはロジーナの婚約候補として上がっていたのである。

「私、クラウス殿下と婚約したいわ」
「……おお。お前が急にそんな風に言うのは珍しいな」
「やはり難しいかしら」
「いや、ちょうどランプレヒト殿下との縁談が白紙になったところだったんだ」

 ……つまり、第二王子の容態が酷く悪いということか。
 彼とは何度か食事をした仲である。彼の健康を願っているが、今のロジーナにできることはない。婚約者に会う時間を無理やり作る苦労を考えれば、この方がランプレヒトのためにもなるはずだった。

「お前がそう言うなら、すぐに話を進めておこう。結果を楽しみにしていなさい」
「はい、お父様」

 ロジーナは電話越しににっこりと微笑む。

「それにしても、クラウス殿下が良いとは、何か心境の変化があったのかね?」
「いやがら……いえ、クラウス殿下と会って、彼と婚約したいと思いました」

 ロジーナはにっこりと笑う。
 クラウスの失敗、それはロジーナ・メランヒトンという少女が、彼の想定よりずっとだということだった。
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