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続・婚約破棄から始まる農業王国作り12

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「あら、ペトラじゃないの。お客さんも一緒かしら」

 優しそうな笑みの、小柄なおばさんが立っていた。グラッツと同じくらいの年齢じゃなかろうか。わたしは、そう思ってグラッツのほうを見る。

 ーー「素敵な人だね、グラッツ」なんて。喉まででかかった言葉を飲み込まざるをえないほどに。グラッツの表情は、今までで見たこともないほど歪んでいた。

「何で」

 かすれたグラッツの声に、ミシュアさんはこちらを見て、ニコリとする。

「まずはようこそ、お客様。ーーお久しぶりね、グラッツ。元気にしていたかしら」

 ふふ、と微笑むミシュアさんに、グラッツが泣きそうな顔で後ずさった。

「悪い……ミシュアのところに行くつもりはなかったんだ。許してくれ。今すぐ出ていってーーもう二度と、お前にこんな負け犬の顔を見せないから」

 ミシュアさんとグラッツは知り合いなのだろうか。
 わたしも困惑していたが、それはペトラも同じようで、わたしとペトラは顔を見合わせる。
 ミシュアさんは、悲しそうに笑いながらグラッツに手をのばす。その動作があまりにも儚くて一瞬、彼女が消えてしまうのではないかと思ったほどだ。

 悲しみと絶望にとけてしまうのではないかと。

「やめて。負け犬だなんて言わないで。許してなんて言わないで。私は怒ったことなんてないわ。あなたをずっと待っていたのーーお願い、出ていかないで。もう少しここにいて。それとも、私のことがそんなに嫌い?」

 なんだろう、これ。
 妙にむずむずする。

「えと……恋愛がらみかな?」

 ペトラが聞いてくる。

「犬の話じゃないみたいね」

 わたしがしみじみと言うと、ペトラがむっとしていた。あう……わたし、これでも頑張って犬の話じゃないって判断したんだからね。わたしの耳は、農業以外のことには興味を示さないからさ、難しいんだよ?

「ミシュアを嫌いになるわけないだろう。でもーー」
「でもはなし。お願い、ここにいて」

 切望するミシュア。
 ペトラもやはり年頃なのか、目が輝いている。
 ふむ。これが何かよくわからない恋愛の話だということはペトラに聞いたのでわかった。

 それなら、することはひとつだ。

「二人とも、ストップ。初めっから、わたしにもわかるように事情を話して。わたしには何が何なのかちんぷんかんぷんよ」

 そのあと、ペトラに睨まれた。

「もー空気壊さないでください!」

 空気は壊れるようなものじゃないと思うけどなぁ。
 さわれないし。
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