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爽やかな午後。私はサロン内のソファに腰掛け、用意していたティーセットで時間を潰しながら呼び出した相手を待っていた。
薔薇のアーチの向こう、一人の男が姿を現す。
あの日、ライナスを襲った中でナイフを持っていた、主犯格のエイベル先輩……否、もう退学しているので先輩ではないのだが。便宜上先輩と呼ばせてもらおう。
「こんにちは、エイベル先輩。本日はお越しいただきありがとうございます」
「……ああ」
彼の素行の悪さはすでに把握していた。
実家である貴族家は財政難が続き、不安定になっている。その煽りは学生である彼の精神状態をも悪いものにしたのだろう。心に余裕がなく、鬱憤がたまり、その発散場所を求めて似たような境遇の連中とつるみ、弱い者いじめをした。
まあ、ライナスを弱い者と置けるかは一考の余地があるだろうが。
「フェリシアさんは、今日もお美しく──」
「早速で悪いのですが、今回の主張について確認させていただいてもよろしいでしょうか?」
本来ならソファに座るよう促すところなのだが、生徒でないエイベルにそこまで親切にする必要はない。このサロンは学園に通う生徒たちのためのものであって、退学したエイベルのための場所ではない。私の仕事も本来もう終わったことなのである。
わざわざ時間を割いたのは、ライナス絡みの案件で禍根を残したくなかったからだ。ただでさえ、ライナスの様子がおかしいのに余計なトラブルを抱え込む必要はない。彼の誤解とやらをさっさと聞いて、早く帰ってもらいたい。
私を上から下までじっくり眺める男はいるが、目の前の先輩はこれまでで一番酷かった。まるで遠慮がなく、舐めるようにじっくりと見つめる熱っぽい視線に苛々が募る。ライナスの眼差しはまっすぐだが、このように無遠慮なものではなかった。
「あの、先輩?」
「ああ、構わない。続けてくれ」
「……。エイベル先輩は、二ヶ月前に二年生のライナス・ウィンズレットを複数人で襲い、最終的に刃物を取り出してライナスを切りつけました。これは傷害事件です。本当なら大々的に罰を与えるところですが、どちらも貴族であること、さらに学園内で起きた事件であることを加味し、ウィンズレット伯爵家にお伺いを立てた後、先輩には自主退学をしていただきました」
ウィンズレット伯爵はようやく帰ってきた我が子が刃物で切り付けられたとあって最初全面抗戦の構えだったのだが、ライナスが返り討ちにして先輩複数人に重軽傷を負わせていると知り、微妙な面持ちになった。
正当防衛ではあるし、伯爵が尚強気な姿勢でいればこうも丸くは収まらなかっただろうが、彼は矛を収めた。柔軟で思慮深い人である。
「しかし、先輩はまだ何か誤解があると」
「そうだ。おれは、フェリシアさんのためにあいつを罰してやろうとしただけだ!」
エイベルはぐっと私の方に身を乗り出すと、私の両手を包み込むように握ってきた。近い。
「あの男は、平民出身のくせにフェリシアさんに近づいているだろう。あなたがどれほど嫌がっても……目障りだっただろう? だからおれが排除してやろうと思ったんだ。あなたもおれの献身がわかっているから、退学処分を言い渡すんじゃなく、自主退学を勧めたんだろう」
違う。貴族の無駄に高いプライドを傷つけると後々面倒だから、穏便にカタをつけただけだ。決して先輩のためではない。
「離れてください」
「フェリシアさんの気持ちはわかっている。次こそライナスを騎士学科にいられないようにするよ」
ダメだ。話を聞かない。
「私に従うと言うのなら、そこに跪きなさい」
冷ややかにエイベルを睨み、手を振り払う。低い声が出た。
エイベルは言われた言葉を一瞬理解できなかったようだが、おとなしく従ってくれる。
はあ。別に高圧的な貴族でいたいわけではないのだが、誰かに言うことを聞かせる時、これが驚くほど手っ取り早いのだ。公爵令嬢という身分か、この冷たい美貌か、何が他人にそうさせるのかはわからないが。
「第一に。私はライナスを排除してくれと、エイベル先輩に頼んだことはありません。第二に、私が先輩に自主退学を勧めたのは、先輩のためではありません。そもそも、先輩がライナスを襲っているところを目撃したのは私です。ライナスの怪我を確認し、保健室に届け、先輩方の処分も決めました」
エイベルの目が見開かれていく。
「これを聞いてもまだ、『誤解』があるとおっしゃるのですか?」
心が折れたのだろう。
彼の体がガクリと力なく折れる。
「……つまり。フェリシアさんは、おれの献身を……ただの、おれの勘違いだと言うんだな」
「ええ。申し訳ありませんが、その通りです」
あっさりと首肯した私に、エイベルの目の色が怪しく光った。
何を、と思った瞬間、力強く手首を掴まれる。そのままソファに押し付けられた。痛い。力が強い。
「私に暴力を振るっても、あなたの罪が重くなるだけで──」
「あなたが好きだった。あなたのためなら、おれは何でもできるんだ。そうやっていればフェリシアさんがいつかおれの献身に報いてくれると思ったから。でも、そうならないのなら……」
嫌な汗が流れる。
先輩の力は強い。私の力で彼を押し退けるのは難しいだろう。しかもテスト期間なので、大抵の生徒は図書館か自室にいる。庭園の奥のサロンの近くなんて日頃でも人は少ないが、今は特にそうだ。逃げられない。助けも期待できない。
エイベル先輩の顔が近づいてきた。
何をしようとしているのか、嫌でもわかってしまう。
「力づくでも、振り向かせてやる」
薔薇のアーチの向こう、一人の男が姿を現す。
あの日、ライナスを襲った中でナイフを持っていた、主犯格のエイベル先輩……否、もう退学しているので先輩ではないのだが。便宜上先輩と呼ばせてもらおう。
「こんにちは、エイベル先輩。本日はお越しいただきありがとうございます」
「……ああ」
彼の素行の悪さはすでに把握していた。
実家である貴族家は財政難が続き、不安定になっている。その煽りは学生である彼の精神状態をも悪いものにしたのだろう。心に余裕がなく、鬱憤がたまり、その発散場所を求めて似たような境遇の連中とつるみ、弱い者いじめをした。
まあ、ライナスを弱い者と置けるかは一考の余地があるだろうが。
「フェリシアさんは、今日もお美しく──」
「早速で悪いのですが、今回の主張について確認させていただいてもよろしいでしょうか?」
本来ならソファに座るよう促すところなのだが、生徒でないエイベルにそこまで親切にする必要はない。このサロンは学園に通う生徒たちのためのものであって、退学したエイベルのための場所ではない。私の仕事も本来もう終わったことなのである。
わざわざ時間を割いたのは、ライナス絡みの案件で禍根を残したくなかったからだ。ただでさえ、ライナスの様子がおかしいのに余計なトラブルを抱え込む必要はない。彼の誤解とやらをさっさと聞いて、早く帰ってもらいたい。
私を上から下までじっくり眺める男はいるが、目の前の先輩はこれまでで一番酷かった。まるで遠慮がなく、舐めるようにじっくりと見つめる熱っぽい視線に苛々が募る。ライナスの眼差しはまっすぐだが、このように無遠慮なものではなかった。
「あの、先輩?」
「ああ、構わない。続けてくれ」
「……。エイベル先輩は、二ヶ月前に二年生のライナス・ウィンズレットを複数人で襲い、最終的に刃物を取り出してライナスを切りつけました。これは傷害事件です。本当なら大々的に罰を与えるところですが、どちらも貴族であること、さらに学園内で起きた事件であることを加味し、ウィンズレット伯爵家にお伺いを立てた後、先輩には自主退学をしていただきました」
ウィンズレット伯爵はようやく帰ってきた我が子が刃物で切り付けられたとあって最初全面抗戦の構えだったのだが、ライナスが返り討ちにして先輩複数人に重軽傷を負わせていると知り、微妙な面持ちになった。
正当防衛ではあるし、伯爵が尚強気な姿勢でいればこうも丸くは収まらなかっただろうが、彼は矛を収めた。柔軟で思慮深い人である。
「しかし、先輩はまだ何か誤解があると」
「そうだ。おれは、フェリシアさんのためにあいつを罰してやろうとしただけだ!」
エイベルはぐっと私の方に身を乗り出すと、私の両手を包み込むように握ってきた。近い。
「あの男は、平民出身のくせにフェリシアさんに近づいているだろう。あなたがどれほど嫌がっても……目障りだっただろう? だからおれが排除してやろうと思ったんだ。あなたもおれの献身がわかっているから、退学処分を言い渡すんじゃなく、自主退学を勧めたんだろう」
違う。貴族の無駄に高いプライドを傷つけると後々面倒だから、穏便にカタをつけただけだ。決して先輩のためではない。
「離れてください」
「フェリシアさんの気持ちはわかっている。次こそライナスを騎士学科にいられないようにするよ」
ダメだ。話を聞かない。
「私に従うと言うのなら、そこに跪きなさい」
冷ややかにエイベルを睨み、手を振り払う。低い声が出た。
エイベルは言われた言葉を一瞬理解できなかったようだが、おとなしく従ってくれる。
はあ。別に高圧的な貴族でいたいわけではないのだが、誰かに言うことを聞かせる時、これが驚くほど手っ取り早いのだ。公爵令嬢という身分か、この冷たい美貌か、何が他人にそうさせるのかはわからないが。
「第一に。私はライナスを排除してくれと、エイベル先輩に頼んだことはありません。第二に、私が先輩に自主退学を勧めたのは、先輩のためではありません。そもそも、先輩がライナスを襲っているところを目撃したのは私です。ライナスの怪我を確認し、保健室に届け、先輩方の処分も決めました」
エイベルの目が見開かれていく。
「これを聞いてもまだ、『誤解』があるとおっしゃるのですか?」
心が折れたのだろう。
彼の体がガクリと力なく折れる。
「……つまり。フェリシアさんは、おれの献身を……ただの、おれの勘違いだと言うんだな」
「ええ。申し訳ありませんが、その通りです」
あっさりと首肯した私に、エイベルの目の色が怪しく光った。
何を、と思った瞬間、力強く手首を掴まれる。そのままソファに押し付けられた。痛い。力が強い。
「私に暴力を振るっても、あなたの罪が重くなるだけで──」
「あなたが好きだった。あなたのためなら、おれは何でもできるんだ。そうやっていればフェリシアさんがいつかおれの献身に報いてくれると思ったから。でも、そうならないのなら……」
嫌な汗が流れる。
先輩の力は強い。私の力で彼を押し退けるのは難しいだろう。しかもテスト期間なので、大抵の生徒は図書館か自室にいる。庭園の奥のサロンの近くなんて日頃でも人は少ないが、今は特にそうだ。逃げられない。助けも期待できない。
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「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」
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