悪役令嬢だけど、男主人公の様子がおかしい

真咲

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「きゃあああっ」

 子供狼に釣られたように、狼が数匹こちらにも走ってきた。思わず悲鳴を漏らす。私に戦闘能力はない。
 私が子供狼を襲ったと勘違いしたのか、鋭い牙が迫る。

「フェリシア!?」

 嗚呼。原作ファン欲なんて出さず、おとなしく施設で待っていればよかったのだ。悪役令嬢の退場が二回りも年上の男と結婚ではなく、狼の餌に格落ちするなんて。
 半ば死を受け入れかけた私だが、ライナスの反応の方が早かった。

 私と狼の間に滑り込んだライナスは、そのまま狼の一頭を切り捨てた。

「おい、怪我はないか!」
「え、ええ。大丈夫よ」

 バクバクと心臓が脈打つ。
 ライナス、こんなに強かったっけ? 原作のライナスは狼にもっと苦戦していた。どちらにせよ、この数ではライナスもどうにもならないだろうが……。

「……フェリシア。今は喧嘩している場合じゃない。俺の指示に従ってくれるか」

 いつになく真剣な口調でライナスが私に問いかけてくる。
 狼の群れが私たちをぐるりと囲んでいた。逃げ場はない。
 今は、私が足を引っ張られる状況ではないだろう。私がいるのは想定外だが、状況は原作のままだ。

「これ、渡しておく。俺が殿を務めるから、あの人と一緒に洞穴に逃げ込んでくれ」

 投げ渡されたそれを受け取り、困惑する。
 ずん、と来るような重みのそれは、訓練で使うようなものではなかった。
 剣だ。真剣。今ライナスが持っているものよりは小ぶりだが、人を殺すこともできる刃物である。

「これ……」
「力任せに使うと壊してしまうことがあって、予備の剣を携帯していたんだ」

 ば、馬鹿力……。

「お前ならこれを使える。もちろん俺が守るが、俺にもしものことがあったら、……俺は、フェリシアを信じてるから」

 ゴクリと息を飲んだ。
 剣なんて使ったことがない。だが使えるか使えないかでいったら、使える、と思う。家族が剣を振るのを見てきたし、ライナスの訓練もよく見学していた。私は、私ができるだろうなと思ったことは経験上ある程度できる。前世から要領は良い。もしくは器用貧乏だ。特別な才能を発揮することこそないだろうが、その辺の貴族令嬢よりは扱えるような気がする。

 ──フェリシアを信じてるから。

 自分をいびってきた相手にまでそう言えるのは、ライナスが実直だからだ。

「わかったわ」

 命に関わる場面で、信頼してくれているのだ。
 悪役令嬢とか主人公とか抜きに、応えたいと思った。

「あの洞穴に行くぞ。俺も下がる。ゆっくりだ」

 途中でローブ姿の少女と合流しつつ、後退りするような形で洞穴に下がる。
 足に何かがあたり、カラカラと軽い音がした。

 なんだろうと下を見て、後悔する。
 骨だった。
 つまり、この狼の群れはこれまで何度も何度もここに獲物を追い詰めて、捕食してきたのだろう。

「い、行き止まり……」

 一番洞穴の奥にいる少女がか細い声で告げる。
 奥まで続いたかに見えた洞穴には壁があった。

 ライナスと狼の戦闘が始まった。
 洞穴に下がったことで狭い場所、一本道での戦いになる。これでライナスは一人で数匹相手にすればそれで済むようになった。私と少女二人を庇い、長期戦に持ち込むつもりのようだ。あとは、ユーリが先生を連れて来るのを待っているのだろう。
 しかし、ユーリが来るまでライナスが持つかどうかは五分五分といったところだ。狭い洞窟での籠城はライナスが全方向から襲われることを防いでくれるが、代わりに剣を振りかぶることもできなくなった。

 私は少女をちらりと見る。
 ローブを被り、顔の見えない彼女こそ、原作のヒロイン『引きこもりのお姫様』ステラであり、この状況を打破する鍵だ。

 ぺたぺたと行き止まりの壁を触るステラが、はっとした様子で私の方を振り返った。

「この壁……他の壁とは違います。質感も、叩いた時の音も……たぶん、退かせます。手伝ってくれませんか」
「……ええ」

 もちろん。ステラと一緒になって力を入れる。
 するとそこは、まるでドアか何かのように、横にすっとズレてくれた。人一人入れそうな隙間ができる。その向こうはいよいよ日光の届かない暗闇だが、狼に噛み殺されるのを待つよりはるかにマシだろう。

「私が先に様子を見るわ。安全が確認できたら、呼ぶからライナス……そこの彼を連れて来て」
「そ、そんな。危険です。私が……」

 おどおどと言い淀むステラには悪いが、私が先に行かせてもらう。

「腕に覚え……はないけど、武器は持っているの」

 ライナスに渡された剣と、飾りだが弓矢を見せる。ステラは原作ヒロインで正真正銘の王族だ。ライナスの手が届かないところでは、私が彼女を守らなければ。

 にこり、とだけ微笑んで穴の中に入った。
 真っ暗だ。ウエストポーチから小型のランプを取り出して火をつけた。本当はヒロインと主人公を後ろからこっそり見守るために持ってきたものだけど。

 ジメジメとした場所だが、危険なものはなさそうだった。

「大丈夫そうよ」

 ステラに合図する。彼女は引っ込んで、ライナスを連れて中に入ってきた。
 急いで扉を閉める。狼がまだ吠えていたが、どうも無理に追いかけてくる気はなさそうだった。私たちは、狼の群れからなんとか逃げおおせたのだ。
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