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翌日。朝起きると、ライナスの目の下にうっすらと隈ができていた。
「あなた、もしかして就寝を怠ったの? 地面のすぐ上に眠るくらい、あなたみたいな身の上の人なら朝飯前だと思っていたのだけど。どうやら自己管理もできないらしいわね」
反射的に心配という名の嫌味を発してしまったが、ライナスの反応は芳しくない。
ぼうっとこちらを眺めている。
「ちょっと、聞いてるの? 無視するなんていい度胸じゃない」
顔を近づけて凄んで見せる。
もしかしてまだ頭が寝ているのだろうか。今日はライナスに仕事をしてもらわなくちゃいけないというのに。
彼はまだ寝ぼけていそうなオリーブグリーンを彷徨わせた後、らしくもなく顔を逸らした。耳のあたりが赤い気がする。
「昨夜、私が少しお話を振ってしまいまして……それで、眠るのが遅くなってしまったのかもしれません。すみません」
「あなたのせいじゃないでしょう。気にしなくていいんですよ」
なるほど、なるほど。
ヒロインと主人公は昨夜悪役令嬢が寝た後私が奪い取ったイベントの回収に勤しんだと見える。よかった。ちょっと引っかかってたんだけど、物語は原作通り進んでいると見て良さそうだ。ちょっと勿体無いことをしたな。起きていれば原作ファンにとってはご馳走な展開が待っていたかもしれないのに。
まあ、過ぎてしまったものはしょうがない。
今日は今日で最前線の特等席で合宿最後の締めくくりを見させてもらおう。
ランプを手に持ち、引き続き洞窟の中を進む。
一時間程度歩いたころだろうか。
まず、匂いが変わった。それから、弱々しいが風が体に当たるようになった。
私たちは顔を見合わせる。
「これって……」
「もうすぐ外に出られそうだ」
そうなると俄然やる気が変わってくる。ライナスも寝不足などなかったかのようにテンポ良く歩き、私とステラがそれに続く。昨日から歩き通しで足腰は痛かったが、目先の希望を前に多少酷使することは気にならなかった。
目に痛い、光。
それから。
「わっ」
開けた場所だった。
森の鬱蒼とした木々の中、化石を掘り起こしでもしたかのように、大きな円の円柱状にくり抜かれ窪んだ巨大な地面。自然界にはないような不自然な形だ。前世で言う、竪穴式住居に似ていた。屋根代わりは周りの巨大な木々の枝である。
私たちが歩いてきた洞窟は窪地の側面にできた穴と繋がっていたらしい。
問題は、窪地の中央だった。
先程竪穴式住居を例に出したが、正しくそこはある生き物の棲み家となっていた。
燦然と輝く赤い鱗が巨躯を包む。鉤爪は鋭く、尻尾は太く長い。
「ドラゴン……か」
ライナスの呟きに、ステラが頷いて近づいた。
びくびくと狼に怯えていたのが嘘みたいに、彼女がまっすぐ近づいていく。足取りに迷いはない。近くの鱗を一撫でした後、少女は宣言した。
「死んでいます」
それは間違いないだろう。
生前立派なドラゴンだったろうものは、大きな傷をいくつも作っている。血は乾いて黒ずんでいるばかりで、治癒力はなさそうだった。目は閉じられており、生気も感じられない。
息もしていないし、心臓も止まっている。
ただ。
腐敗していない。
通常の生き物であれば骨になっていて当然な時間捨て置かれておきながら、死んだ直後から時が止まったかのようにそのままの姿だった。
ライナスとステラも、この異常さに眉を顰めている様子だった。
「……古代種の生態についてはまだ謎が多いのです。少なくとも、私のような研究者でもない者がこれ以上遺骸を荒らすわけにもいかないでしょう」
ステラは腑に落ちない様子だったが、取り敢えず目的は達成したと彼女の中でまとめたらしかった。ステラの危機感知は過ちではない。
事実、ドラゴンは絶滅していない。
ただし、目の前の赤龍が死んでいることは……少なくとも、生きていないことは確かだった。
『金色の騎士と引きこもりのお姫様』最終幕。
ライナスの目の前にラスボスとして君臨するのは、古代種であり絶滅したと言われていたドラゴンである。この赤い龍の腹の中、母体に生命力を与えて快適な環境を構築しながら潜んでいる、赤子の龍。数年後それは腹を食い破り、十全の準備を整えてアスカム王国に復讐を挑む。
間接的にはなるが、原作通りライナスは合宿で『二つ目の重要な出会い』を果たすことができた、と言えるだろう。
では。
今現在、まだ赤子である龍を腹から突き殺すことはできるだろうか? あの硬い鱗を掻き分け、剣で逆鱗を突けば、その後の惨事は回避できる。私が過度にライナスに発破をかける必要もなくなるかもしれない。
否。返り討ちに合わないと確約できない。ドラゴンも未熟だが、ライナスも同様である。もし下手を打って主人公がここで死んでしまえば、それこそ最悪の結末を辿ることになるだろう。
多少の犠牲に目を瞑り、確実なハッピーエンドを目指す。
最初に決めた私の指針は変わらない。
最も効率の良く、正しい道であると……信じている。
《おい。そこの娘》
低いような、高いような、どちらとも言えない不思議な声が聞こえた。
ドラゴンの腹の中から。
おかしい。こんなのは原作になかった。
「誰だ!」
ライナスがステラと私を庇うように剣を構える。抜き身の銀色が日光を受けてギラリと光った。
《そこの、金色とピンク頭に用はない。おれが呼んでいるのはお前だ、黒色頭。お前は……この世界の者ではないな?》
息が詰まった。
「あなた、もしかして就寝を怠ったの? 地面のすぐ上に眠るくらい、あなたみたいな身の上の人なら朝飯前だと思っていたのだけど。どうやら自己管理もできないらしいわね」
反射的に心配という名の嫌味を発してしまったが、ライナスの反応は芳しくない。
ぼうっとこちらを眺めている。
「ちょっと、聞いてるの? 無視するなんていい度胸じゃない」
顔を近づけて凄んで見せる。
もしかしてまだ頭が寝ているのだろうか。今日はライナスに仕事をしてもらわなくちゃいけないというのに。
彼はまだ寝ぼけていそうなオリーブグリーンを彷徨わせた後、らしくもなく顔を逸らした。耳のあたりが赤い気がする。
「昨夜、私が少しお話を振ってしまいまして……それで、眠るのが遅くなってしまったのかもしれません。すみません」
「あなたのせいじゃないでしょう。気にしなくていいんですよ」
なるほど、なるほど。
ヒロインと主人公は昨夜悪役令嬢が寝た後私が奪い取ったイベントの回収に勤しんだと見える。よかった。ちょっと引っかかってたんだけど、物語は原作通り進んでいると見て良さそうだ。ちょっと勿体無いことをしたな。起きていれば原作ファンにとってはご馳走な展開が待っていたかもしれないのに。
まあ、過ぎてしまったものはしょうがない。
今日は今日で最前線の特等席で合宿最後の締めくくりを見させてもらおう。
ランプを手に持ち、引き続き洞窟の中を進む。
一時間程度歩いたころだろうか。
まず、匂いが変わった。それから、弱々しいが風が体に当たるようになった。
私たちは顔を見合わせる。
「これって……」
「もうすぐ外に出られそうだ」
そうなると俄然やる気が変わってくる。ライナスも寝不足などなかったかのようにテンポ良く歩き、私とステラがそれに続く。昨日から歩き通しで足腰は痛かったが、目先の希望を前に多少酷使することは気にならなかった。
目に痛い、光。
それから。
「わっ」
開けた場所だった。
森の鬱蒼とした木々の中、化石を掘り起こしでもしたかのように、大きな円の円柱状にくり抜かれ窪んだ巨大な地面。自然界にはないような不自然な形だ。前世で言う、竪穴式住居に似ていた。屋根代わりは周りの巨大な木々の枝である。
私たちが歩いてきた洞窟は窪地の側面にできた穴と繋がっていたらしい。
問題は、窪地の中央だった。
先程竪穴式住居を例に出したが、正しくそこはある生き物の棲み家となっていた。
燦然と輝く赤い鱗が巨躯を包む。鉤爪は鋭く、尻尾は太く長い。
「ドラゴン……か」
ライナスの呟きに、ステラが頷いて近づいた。
びくびくと狼に怯えていたのが嘘みたいに、彼女がまっすぐ近づいていく。足取りに迷いはない。近くの鱗を一撫でした後、少女は宣言した。
「死んでいます」
それは間違いないだろう。
生前立派なドラゴンだったろうものは、大きな傷をいくつも作っている。血は乾いて黒ずんでいるばかりで、治癒力はなさそうだった。目は閉じられており、生気も感じられない。
息もしていないし、心臓も止まっている。
ただ。
腐敗していない。
通常の生き物であれば骨になっていて当然な時間捨て置かれておきながら、死んだ直後から時が止まったかのようにそのままの姿だった。
ライナスとステラも、この異常さに眉を顰めている様子だった。
「……古代種の生態についてはまだ謎が多いのです。少なくとも、私のような研究者でもない者がこれ以上遺骸を荒らすわけにもいかないでしょう」
ステラは腑に落ちない様子だったが、取り敢えず目的は達成したと彼女の中でまとめたらしかった。ステラの危機感知は過ちではない。
事実、ドラゴンは絶滅していない。
ただし、目の前の赤龍が死んでいることは……少なくとも、生きていないことは確かだった。
『金色の騎士と引きこもりのお姫様』最終幕。
ライナスの目の前にラスボスとして君臨するのは、古代種であり絶滅したと言われていたドラゴンである。この赤い龍の腹の中、母体に生命力を与えて快適な環境を構築しながら潜んでいる、赤子の龍。数年後それは腹を食い破り、十全の準備を整えてアスカム王国に復讐を挑む。
間接的にはなるが、原作通りライナスは合宿で『二つ目の重要な出会い』を果たすことができた、と言えるだろう。
では。
今現在、まだ赤子である龍を腹から突き殺すことはできるだろうか? あの硬い鱗を掻き分け、剣で逆鱗を突けば、その後の惨事は回避できる。私が過度にライナスに発破をかける必要もなくなるかもしれない。
否。返り討ちに合わないと確約できない。ドラゴンも未熟だが、ライナスも同様である。もし下手を打って主人公がここで死んでしまえば、それこそ最悪の結末を辿ることになるだろう。
多少の犠牲に目を瞑り、確実なハッピーエンドを目指す。
最初に決めた私の指針は変わらない。
最も効率の良く、正しい道であると……信じている。
《おい。そこの娘》
低いような、高いような、どちらとも言えない不思議な声が聞こえた。
ドラゴンの腹の中から。
おかしい。こんなのは原作になかった。
「誰だ!」
ライナスがステラと私を庇うように剣を構える。抜き身の銀色が日光を受けてギラリと光った。
《そこの、金色とピンク頭に用はない。おれが呼んでいるのはお前だ、黒色頭。お前は……この世界の者ではないな?》
息が詰まった。
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「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」
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