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ステラとライナスの視線が突き刺さる。
「……なんのことかしら。言っている意味がわからないわね」
《ああ、そうかい。そういうことにしておいてやろう。今のところはね》
元々実のある返答は期待していなかったのだろう。引っかかる言い方ではあるが、すぐに引いてくれた。それから、メキメキ、バキバキといった不穏な音がして。
「これが外か。ふうん、まあ、心の目で見た世界と変わらないな」
黒い龍の子供が、お腹を食い破って現れた。
体長は30センチほどだろう。小さい。本来ならもっとずっと先に生まれるはずの幼体なのだ。世界のラスボス、後に王都を蹂躙する怪物になるとは思えない……愛らしさだった。
ぴかぴかの鱗、大きくて丸い目。コウモリのような翼がはためいていて、自重を支えている。
「ん、あーあー。あれ? 自前の声帯を使うのは初めてなのだが、これで合っているよな? 意思疎通は取れそうか? 人間」
「……こんにちは。あなたは、ドラゴン……やはり、生きていたのですね」
三人の中で最も早く現実を理解し、コミュニケーションを取ったのはステラだった。彼女は挨拶のためかローブを脱ぐ。桃色の髪の可愛らしい美少女が現れる。微笑めば花の女神のようであるに違いないが、今の彼女の表情は真剣そのものだった。
「ああ。ピンク頭か。お前も難儀な人生を送っているな」
「……敵対心はなさそうです。どうやら知能の高い幼体が母体を家代わりにして長期間潜んでいたのですね。本来なら今すぐここであなたの息の根を止めるべきなのですが、生憎私は今決断権を剥奪されています。ですがこれは……大臣に言って今すぐ会議の議題に上げるべきことで……」
あ。ステラのキャパシティを越えた。
疲労が積み重なっている上、予想外の……いや、予想はしていたがそれでも衝撃的な生き物と対面することになったのだ。己がずっと抱いていた危機感の答え合わせと同時に重たい責任が華奢な双肩にのしかかれば、そうなってしまっても仕方ない。
ぐるぐると目を回し始めたステラの代わりにライナスが口を開く。
「ドラゴン。人間を殺すというのなら、今ここで俺がお前を始末する」
黒い龍はライナスを面白げに見やった後、私を見てにやりと笑った。
「お前、強いな。予定よりもずっと。……なるほど、面白いことになっているようじゃないか。だがお前におれは殺せないさ。二人を守りながらドラゴンを相手どれるほどの強さは持っていない」
ライナスの眉間に皺が寄る。
「おおっと、イケメンが台無しだぜ。だが、心配しなくていい。おれはもう普通の人間なんざに興味はないからな。そこの……黒色頭がおれを飼うというのなら……つまり、ちょっとばかり食費が嵩むだろうがおれをペットにする気があるのなら、今後一切人間を襲わないと約束してもいい」
私が、これをペットに?
「何を考えている!」
「おいおい、怒鳴るなよ。ただこの女に興味があるだけさ。この世界で最も奇妙でおかしな人間に……なあ、黒色頭。おまえの秘密を知るのはこの世でおれだけだ、そうだろ? おれだけが、お前の真実を知っている」
心臓が跳ねる。
それは、私の前世の記憶を指しているのだろう。
私はこれまで、誰にも自分の記憶を話していない。家族にも、友人にも、当然ライナスにも。何かひとつうまくいかなければ不安になって、でも全て私一人で抱えていなければいけなかった。
だけど今後、相談相手ができるとしたら?
見る限りこのドラゴン、相談相手として選びたくないタイプではあるが、いないよりはいてくれた方が良い。
「飼うわ」
「フェリシア! これが何を考えているか……」
「いえ。ライナスさん、フェリシアさんが飼ってくれるとおっしゃるなら、否やは唱えられません」
ステラが首を横に振り、ライナスの反発を宥めた。
「心配じゃないのか」
「心配ですとも。代われるものなら代わりたいです。ですが、ここからフェリシアさんを無事に帰すためには、ドラゴンの出した条件を呑む他ありません」
ライナスは深々とため息をつき、こちらを見た。
「悪い。取り乱した」
「話はまとまったようだな。それではおれは黒色頭に世話になるとしよう」
ドラゴンは私の首周りに纏わりつくように漂い始めた。
邪魔だ。マフラーが必要なほど寒くないし。ハエか何かのように手で振り払うこともできない。しばらくの我慢だ。
「……」
ライナスはまだ剣呑な目つきをしていたが、取り敢えずは納得してくれたらしい。
三人と一匹が高さ一メートルほどの壁を登り、窪地から抜け出したところでちょうど、向こう側に人影が見えた。あたりを見渡し、何かに呼びかけるように叫んでいる。
「捜索隊だ。生徒が一晩帰って来なかったから探しに来てくれたんだろう。きっと大事になっているな。奥地まで来ているということは、ユーリがドラゴンの話まで先生にしたのかな」
「あなたがたのお迎えは大丈夫そうですね。であれば、私はここで失礼したく思います」
ステラはさらりと身を翻した。
彼女は自分の居場所でやることがあるのだろう。
「……」
私が見つめているのに気づいたのか、ステラは振り向いて微笑んでくれた。
「大丈夫です。私がフェリシアさんをドラゴンから守ります。そのために、私には私の戦場があるのです。お二人にはきっとまた、すぐに会えるでしょう。それまでどうか、お元気で」
かくして、原作ヒロインは颯爽と山道に消えていったのである。
「……なんのことかしら。言っている意味がわからないわね」
《ああ、そうかい。そういうことにしておいてやろう。今のところはね》
元々実のある返答は期待していなかったのだろう。引っかかる言い方ではあるが、すぐに引いてくれた。それから、メキメキ、バキバキといった不穏な音がして。
「これが外か。ふうん、まあ、心の目で見た世界と変わらないな」
黒い龍の子供が、お腹を食い破って現れた。
体長は30センチほどだろう。小さい。本来ならもっとずっと先に生まれるはずの幼体なのだ。世界のラスボス、後に王都を蹂躙する怪物になるとは思えない……愛らしさだった。
ぴかぴかの鱗、大きくて丸い目。コウモリのような翼がはためいていて、自重を支えている。
「ん、あーあー。あれ? 自前の声帯を使うのは初めてなのだが、これで合っているよな? 意思疎通は取れそうか? 人間」
「……こんにちは。あなたは、ドラゴン……やはり、生きていたのですね」
三人の中で最も早く現実を理解し、コミュニケーションを取ったのはステラだった。彼女は挨拶のためかローブを脱ぐ。桃色の髪の可愛らしい美少女が現れる。微笑めば花の女神のようであるに違いないが、今の彼女の表情は真剣そのものだった。
「ああ。ピンク頭か。お前も難儀な人生を送っているな」
「……敵対心はなさそうです。どうやら知能の高い幼体が母体を家代わりにして長期間潜んでいたのですね。本来なら今すぐここであなたの息の根を止めるべきなのですが、生憎私は今決断権を剥奪されています。ですがこれは……大臣に言って今すぐ会議の議題に上げるべきことで……」
あ。ステラのキャパシティを越えた。
疲労が積み重なっている上、予想外の……いや、予想はしていたがそれでも衝撃的な生き物と対面することになったのだ。己がずっと抱いていた危機感の答え合わせと同時に重たい責任が華奢な双肩にのしかかれば、そうなってしまっても仕方ない。
ぐるぐると目を回し始めたステラの代わりにライナスが口を開く。
「ドラゴン。人間を殺すというのなら、今ここで俺がお前を始末する」
黒い龍はライナスを面白げに見やった後、私を見てにやりと笑った。
「お前、強いな。予定よりもずっと。……なるほど、面白いことになっているようじゃないか。だがお前におれは殺せないさ。二人を守りながらドラゴンを相手どれるほどの強さは持っていない」
ライナスの眉間に皺が寄る。
「おおっと、イケメンが台無しだぜ。だが、心配しなくていい。おれはもう普通の人間なんざに興味はないからな。そこの……黒色頭がおれを飼うというのなら……つまり、ちょっとばかり食費が嵩むだろうがおれをペットにする気があるのなら、今後一切人間を襲わないと約束してもいい」
私が、これをペットに?
「何を考えている!」
「おいおい、怒鳴るなよ。ただこの女に興味があるだけさ。この世界で最も奇妙でおかしな人間に……なあ、黒色頭。おまえの秘密を知るのはこの世でおれだけだ、そうだろ? おれだけが、お前の真実を知っている」
心臓が跳ねる。
それは、私の前世の記憶を指しているのだろう。
私はこれまで、誰にも自分の記憶を話していない。家族にも、友人にも、当然ライナスにも。何かひとつうまくいかなければ不安になって、でも全て私一人で抱えていなければいけなかった。
だけど今後、相談相手ができるとしたら?
見る限りこのドラゴン、相談相手として選びたくないタイプではあるが、いないよりはいてくれた方が良い。
「飼うわ」
「フェリシア! これが何を考えているか……」
「いえ。ライナスさん、フェリシアさんが飼ってくれるとおっしゃるなら、否やは唱えられません」
ステラが首を横に振り、ライナスの反発を宥めた。
「心配じゃないのか」
「心配ですとも。代われるものなら代わりたいです。ですが、ここからフェリシアさんを無事に帰すためには、ドラゴンの出した条件を呑む他ありません」
ライナスは深々とため息をつき、こちらを見た。
「悪い。取り乱した」
「話はまとまったようだな。それではおれは黒色頭に世話になるとしよう」
ドラゴンは私の首周りに纏わりつくように漂い始めた。
邪魔だ。マフラーが必要なほど寒くないし。ハエか何かのように手で振り払うこともできない。しばらくの我慢だ。
「……」
ライナスはまだ剣呑な目つきをしていたが、取り敢えずは納得してくれたらしい。
三人と一匹が高さ一メートルほどの壁を登り、窪地から抜け出したところでちょうど、向こう側に人影が見えた。あたりを見渡し、何かに呼びかけるように叫んでいる。
「捜索隊だ。生徒が一晩帰って来なかったから探しに来てくれたんだろう。きっと大事になっているな。奥地まで来ているということは、ユーリがドラゴンの話まで先生にしたのかな」
「あなたがたのお迎えは大丈夫そうですね。であれば、私はここで失礼したく思います」
ステラはさらりと身を翻した。
彼女は自分の居場所でやることがあるのだろう。
「……」
私が見つめているのに気づいたのか、ステラは振り向いて微笑んでくれた。
「大丈夫です。私がフェリシアさんをドラゴンから守ります。そのために、私には私の戦場があるのです。お二人にはきっとまた、すぐに会えるでしょう。それまでどうか、お元気で」
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「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」
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