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「フェリシア」
レンテリア公爵が待ち構えていた。
普段優しい顔の父親が、いささか眉根を寄せている。心労からか疲れが滲んでいた。その少し離れた横には兄が立っていて、妹を気遣うような視線を送ってきていた。
「はい、お父様」
「ドラゴンの件は、研究者が調べに来るそうだが、他、王族に報告を上げてもらうことになる。窓口はステラ王女殿下が受け持つと主張しているらしい」
ステラ。ついさっき分かれた美貌の少女に思いを馳せる。
彼女は今、国のために、そして私のために奔走してくれているらしい。
「はあ……お前が狩猟大会に参加し、行方不明となった時。私たちがどれほど驚き、気を揉んだかわかるか」
「心配をおかけして申し訳ありません」
どうやらこちらが本題なのだろう。
「お前に何かあったらと。気が気ではなかった。跡の残る怪我をするだけでも、令嬢は今後の人生で困難を背負うことになる。お前には、何不自由ない幸せな人生を送ってほしいと思っているんだ。私の真心が伝わってくれているね?」
「はい、お父様」
公爵にとっては、令嬢の不自由ない幸せな人生という理想図が明確にあるのだろう。そこに私の希望や意志の挟む余地はない。
公爵が取り立てて厳しいわけではなく、そういうものなのだ。
そして私は、この世界に生まれ落ちてすぐ、そういう世界の価値観を受け入れることに決めた。郷に入っては郷に従えと言うし。
「お前にはまだ早いだろうと思っていたが、そろそろ縁談を手配しよう。婚約者でもできれば、お前もきっと公爵令嬢としての自覚を持ち、落ち着いてくれるだろう」
原作から大きく変わっている。
小さな変化が玉突き事故よろしく、原作の内容を改変しまったくの別物語として成り立っていた。ここを小説の世界だとたかを括っていたが、もっと繊細で現実的な話なのだ。
「本格的に話をするのは高等部に入ってからだな。その後婚約、卒業後すぐ結婚すれば嫁き遅れと言われることもないさ」
体の温度がすっと冷めていく気がした。
思い出されるのは、最後に見たライナスの顔。
言外に伝えられた言葉。準備をしておくようにと言われた。
だが、私にはもう自分の人生を切り開けるだけの、誰かと恋をするだけの自由は許されていない。ましてや私が長い間嫌味を言っていた相手となんて。
「はい。お父様」
満足そうに笑う公爵に、私はどうにか微笑み返す。
きっと、これはドラゴンの言っていた罰なのだ。受け入れなければいけない。自分のやったことの責任は自分で取らなければいけない。
「その縁談なのだが、ちょうど今朝方お前に手紙が届いたよ」
早すぎでは?
公爵令嬢と結婚したい貴族は多い。心の用意はできていなかったが、ここで公爵が話題に出すということは、それなりに大きく、また悪くない縁談なのだろう。
私は深呼吸し、爆発的に上がった心拍数をどうにか宥める。
未来の夫になるかもしれない相手だ。
死刑判決でも待つような面立ちで、私は公爵の次の言葉を待った。
「ウィンズレット伯爵家のライナス・ウィンズレット公子からだ」
────は?
「伯爵家。格下だが、ウィンズレットは勢いのある家門だ。その上ライナス公子は私も第一騎士団に入れるほどの実力者だと言うから目をつけていた。お前が気に入れば、縁談を進めようと思っている」
開いた口が塞がらなかった。
「手紙には、お前と直接交渉するから、交渉の許可だけほしいと。ふむ、度胸のある若者じゃないか? 私は気に入った」
思い切りが良い。
ライナスと公爵は騎士らしく、気が合うんだろうか。
呆気なく出されたゴーサインに、私は混迷を極めていた。
見かねた兄が助け舟を出す。
「父上、フェリシアが混乱しています。どうか、もう少し話を聞いてやりませんか」
真摯に妹を思い遣る優しい言葉に胸が暖かくなる。
だが、今その言葉は私の首を優しく締め上げているも同然だった。
「それもそうだな。フェリシア、もしも気に入らないのなら、今すぐ断ってもいい。縁談はさせねばならないが、今すぐ、どうしてもと言うわけではない。父である前に由緒正しい公爵家の当主として、お前の決断を長く待ってはやれないが、可愛いお前の望みを受け入れる用意はあるつもりだ」
父が私の顔を真っ直ぐに見つめてくる。
「ウィンズレット公子との縁談を拒否するか?」
目の前がぐるぐるする。
羞恥で顔の辺りの体温が高くなった。
どうして家族の前でこんなことを言わされそうになっているんだろう。もしかして、これが本当の罰?
「……拒否は、しなくていいです」
蚊の鳴くような声でどうにかそれだけ搾り出すことができた。
ほっとした様子の二人を恨めしげに眺めながら、小さくため息をつく。
ライナスとの縁談。
正直、私が今更そういうものに乗るなんて、とは思うのだが。
原作を変えた責任を……いや。こんなことを言っていると、またドラゴンに笑われそうだ。
そう。
私はライナスの好意が、嫌ではなかった。
レンテリア公爵が待ち構えていた。
普段優しい顔の父親が、いささか眉根を寄せている。心労からか疲れが滲んでいた。その少し離れた横には兄が立っていて、妹を気遣うような視線を送ってきていた。
「はい、お父様」
「ドラゴンの件は、研究者が調べに来るそうだが、他、王族に報告を上げてもらうことになる。窓口はステラ王女殿下が受け持つと主張しているらしい」
ステラ。ついさっき分かれた美貌の少女に思いを馳せる。
彼女は今、国のために、そして私のために奔走してくれているらしい。
「はあ……お前が狩猟大会に参加し、行方不明となった時。私たちがどれほど驚き、気を揉んだかわかるか」
「心配をおかけして申し訳ありません」
どうやらこちらが本題なのだろう。
「お前に何かあったらと。気が気ではなかった。跡の残る怪我をするだけでも、令嬢は今後の人生で困難を背負うことになる。お前には、何不自由ない幸せな人生を送ってほしいと思っているんだ。私の真心が伝わってくれているね?」
「はい、お父様」
公爵にとっては、令嬢の不自由ない幸せな人生という理想図が明確にあるのだろう。そこに私の希望や意志の挟む余地はない。
公爵が取り立てて厳しいわけではなく、そういうものなのだ。
そして私は、この世界に生まれ落ちてすぐ、そういう世界の価値観を受け入れることに決めた。郷に入っては郷に従えと言うし。
「お前にはまだ早いだろうと思っていたが、そろそろ縁談を手配しよう。婚約者でもできれば、お前もきっと公爵令嬢としての自覚を持ち、落ち着いてくれるだろう」
原作から大きく変わっている。
小さな変化が玉突き事故よろしく、原作の内容を改変しまったくの別物語として成り立っていた。ここを小説の世界だとたかを括っていたが、もっと繊細で現実的な話なのだ。
「本格的に話をするのは高等部に入ってからだな。その後婚約、卒業後すぐ結婚すれば嫁き遅れと言われることもないさ」
体の温度がすっと冷めていく気がした。
思い出されるのは、最後に見たライナスの顔。
言外に伝えられた言葉。準備をしておくようにと言われた。
だが、私にはもう自分の人生を切り開けるだけの、誰かと恋をするだけの自由は許されていない。ましてや私が長い間嫌味を言っていた相手となんて。
「はい。お父様」
満足そうに笑う公爵に、私はどうにか微笑み返す。
きっと、これはドラゴンの言っていた罰なのだ。受け入れなければいけない。自分のやったことの責任は自分で取らなければいけない。
「その縁談なのだが、ちょうど今朝方お前に手紙が届いたよ」
早すぎでは?
公爵令嬢と結婚したい貴族は多い。心の用意はできていなかったが、ここで公爵が話題に出すということは、それなりに大きく、また悪くない縁談なのだろう。
私は深呼吸し、爆発的に上がった心拍数をどうにか宥める。
未来の夫になるかもしれない相手だ。
死刑判決でも待つような面立ちで、私は公爵の次の言葉を待った。
「ウィンズレット伯爵家のライナス・ウィンズレット公子からだ」
────は?
「伯爵家。格下だが、ウィンズレットは勢いのある家門だ。その上ライナス公子は私も第一騎士団に入れるほどの実力者だと言うから目をつけていた。お前が気に入れば、縁談を進めようと思っている」
開いた口が塞がらなかった。
「手紙には、お前と直接交渉するから、交渉の許可だけほしいと。ふむ、度胸のある若者じゃないか? 私は気に入った」
思い切りが良い。
ライナスと公爵は騎士らしく、気が合うんだろうか。
呆気なく出されたゴーサインに、私は混迷を極めていた。
見かねた兄が助け舟を出す。
「父上、フェリシアが混乱しています。どうか、もう少し話を聞いてやりませんか」
真摯に妹を思い遣る優しい言葉に胸が暖かくなる。
だが、今その言葉は私の首を優しく締め上げているも同然だった。
「それもそうだな。フェリシア、もしも気に入らないのなら、今すぐ断ってもいい。縁談はさせねばならないが、今すぐ、どうしてもと言うわけではない。父である前に由緒正しい公爵家の当主として、お前の決断を長く待ってはやれないが、可愛いお前の望みを受け入れる用意はあるつもりだ」
父が私の顔を真っ直ぐに見つめてくる。
「ウィンズレット公子との縁談を拒否するか?」
目の前がぐるぐるする。
羞恥で顔の辺りの体温が高くなった。
どうして家族の前でこんなことを言わされそうになっているんだろう。もしかして、これが本当の罰?
「……拒否は、しなくていいです」
蚊の鳴くような声でどうにかそれだけ搾り出すことができた。
ほっとした様子の二人を恨めしげに眺めながら、小さくため息をつく。
ライナスとの縁談。
正直、私が今更そういうものに乗るなんて、とは思うのだが。
原作を変えた責任を……いや。こんなことを言っていると、またドラゴンに笑われそうだ。
そう。
私はライナスの好意が、嫌ではなかった。
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「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」
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