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ハンネスには一人で構わないとだけ言って、馬小屋に出向く。乗馬クラブのようにたくさんの馬はいなかったが、ヨアヒムが選んだ馬というだけあって立派な馬たちだった。
その中でも一際大きい馬が目に映る。
若い馬だ。健康そうで、人懐っこいのかレオが近くに来ても動じなかった。
少し、ヨアヒムに似ている。
「お前、俺を乗せてくれよ」
レオを見分するように見ていた馬は、レオを認めてくれたのか鼻を鳴らした。名札にはグラウと書かれている。
「ありがとう、よろしくな」
ハンネスが馬小屋番に言って用意させた鞍を装着し、馬小屋から連れ出す。グラウはレオの言うことをよく聞く、素直な馬だった。
跨り、庭を歩く。
普段よりも高い視座と、自分を支える暖かい生き物を感じて満たされた気持ちになる。
レオは乗馬が好きだった。
好きだからこそ、ヨアヒムに勝てないことに苛立ったし、彼が乗馬クラブ最優秀生徒の地位を蔑ろにしたのも許せなかった。
「ん……」
庭を三周ほどした頃にはついさっきまでの焦りだとか嫌な気持ちは消えていた。ヨアヒムが自分に触れてこない今の状態に不満はあるが、いつまでも一辺倒のアプローチだからいけなかったのかもしれない。
やつにだって理性が剥がれることはある。初夜がそうだ。今のアプローチがダメでも、予想だにしなかったアプローチならどうだろう。
そうと決まれば早かった。
早速エーリヒにとあるものを手に入れるよう手紙を書き、ハンネスに任せる。
仕事の早いエーリヒは翌日にはブツを届けてくれるはずだ。
いつもより上機嫌で寝室に入ったレオは、ヨアヒムの隣に滑り込む。
「今日は馬に乗ったそうだね?」
「ああ」
「気に入ったのなら、的も準備させようか?」
ヨアヒムなりに、レオのことを考えているのだろう。レオとヨアヒムが共にいた時間は案外短かった。当時の記憶を頼りに、レオが喜びそうなことを準備するヨアヒムは健気だ。
「頼む」
「──。よっぽど楽しかったんだ。レオがそんなに素直だなんて珍しい」
「お前は乗らないんだな。馬小屋に馬は複数頭いたが、日頃から人に乗られているらしい馬はいなかった」
専ら馬車を引くのに使われているのだろう。
普通、馬車用の馬は管理しやすいように種類を揃えて馬小屋に入れられるので、ある程度品種が異なっていたのはレオが乗馬を楽しめるようという気遣いだ。
「僕は、あの日からずっと乗ってない。僕にとって乗馬クラブは君の横に並び立つ手段でしかなかったから」
「そういうことを平気で言えるとこは嫌いだ」
良くも悪くも、ヨアヒムは素直なのだ。
自分の欲求に正直で、それを叶えられる実力もある。だからこそ、実力不足のレオを苛立たせるのだが。
「……そうか」
シュンとしたヨアヒムを見て、流石に言いすぎたと反省する。経緯はどうあれ、ヨアヒムはレオのために馬に乗れる場所を用意してくれたのだ。
「仕事、頑張ってるんだな。昼は全然会えないし」
「明日には片付くよ。それからは、偶に大きな仕事が入るかも知れないけど、基本的に政務の時間は今の半分になると思う」
今の半分とは。つまり、午前中だけ仕事をするようになるのだろうか。
迷った結果、レオはそっとヨアヒムの頭に片手をのせ、ぐしゃりとかき混ぜる。
「お、お疲れ…さま…」
昔も、ヨアヒムが出した課題をうまくこなした時はこうして褒めていた。つい嫌いと言ってしまったことへの詫びも込めている。
「……」
目を見開いたヨアヒムは、口を開閉させ、戸惑った様子で頬を赤く染めていった。
「……あれ、勃っ」
「僕は寝る! レオも寝て! 今すぐ寝ないと僕はこの家から出ていくからね!」
今までで一番慌てているヨアヒムを揶揄いたい欲求に駆られたが、恥ずかしそうに睨まれては仕方ない。後輩のお願いを叶えてやるのも先輩の仕事だ。
その中でも一際大きい馬が目に映る。
若い馬だ。健康そうで、人懐っこいのかレオが近くに来ても動じなかった。
少し、ヨアヒムに似ている。
「お前、俺を乗せてくれよ」
レオを見分するように見ていた馬は、レオを認めてくれたのか鼻を鳴らした。名札にはグラウと書かれている。
「ありがとう、よろしくな」
ハンネスが馬小屋番に言って用意させた鞍を装着し、馬小屋から連れ出す。グラウはレオの言うことをよく聞く、素直な馬だった。
跨り、庭を歩く。
普段よりも高い視座と、自分を支える暖かい生き物を感じて満たされた気持ちになる。
レオは乗馬が好きだった。
好きだからこそ、ヨアヒムに勝てないことに苛立ったし、彼が乗馬クラブ最優秀生徒の地位を蔑ろにしたのも許せなかった。
「ん……」
庭を三周ほどした頃にはついさっきまでの焦りだとか嫌な気持ちは消えていた。ヨアヒムが自分に触れてこない今の状態に不満はあるが、いつまでも一辺倒のアプローチだからいけなかったのかもしれない。
やつにだって理性が剥がれることはある。初夜がそうだ。今のアプローチがダメでも、予想だにしなかったアプローチならどうだろう。
そうと決まれば早かった。
早速エーリヒにとあるものを手に入れるよう手紙を書き、ハンネスに任せる。
仕事の早いエーリヒは翌日にはブツを届けてくれるはずだ。
いつもより上機嫌で寝室に入ったレオは、ヨアヒムの隣に滑り込む。
「今日は馬に乗ったそうだね?」
「ああ」
「気に入ったのなら、的も準備させようか?」
ヨアヒムなりに、レオのことを考えているのだろう。レオとヨアヒムが共にいた時間は案外短かった。当時の記憶を頼りに、レオが喜びそうなことを準備するヨアヒムは健気だ。
「頼む」
「──。よっぽど楽しかったんだ。レオがそんなに素直だなんて珍しい」
「お前は乗らないんだな。馬小屋に馬は複数頭いたが、日頃から人に乗られているらしい馬はいなかった」
専ら馬車を引くのに使われているのだろう。
普通、馬車用の馬は管理しやすいように種類を揃えて馬小屋に入れられるので、ある程度品種が異なっていたのはレオが乗馬を楽しめるようという気遣いだ。
「僕は、あの日からずっと乗ってない。僕にとって乗馬クラブは君の横に並び立つ手段でしかなかったから」
「そういうことを平気で言えるとこは嫌いだ」
良くも悪くも、ヨアヒムは素直なのだ。
自分の欲求に正直で、それを叶えられる実力もある。だからこそ、実力不足のレオを苛立たせるのだが。
「……そうか」
シュンとしたヨアヒムを見て、流石に言いすぎたと反省する。経緯はどうあれ、ヨアヒムはレオのために馬に乗れる場所を用意してくれたのだ。
「仕事、頑張ってるんだな。昼は全然会えないし」
「明日には片付くよ。それからは、偶に大きな仕事が入るかも知れないけど、基本的に政務の時間は今の半分になると思う」
今の半分とは。つまり、午前中だけ仕事をするようになるのだろうか。
迷った結果、レオはそっとヨアヒムの頭に片手をのせ、ぐしゃりとかき混ぜる。
「お、お疲れ…さま…」
昔も、ヨアヒムが出した課題をうまくこなした時はこうして褒めていた。つい嫌いと言ってしまったことへの詫びも込めている。
「……」
目を見開いたヨアヒムは、口を開閉させ、戸惑った様子で頬を赤く染めていった。
「……あれ、勃っ」
「僕は寝る! レオも寝て! 今すぐ寝ないと僕はこの家から出ていくからね!」
今までで一番慌てているヨアヒムを揶揄いたい欲求に駆られたが、恥ずかしそうに睨まれては仕方ない。後輩のお願いを叶えてやるのも先輩の仕事だ。
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