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ヘンネフェルト男爵領には、馬を飛ばして一日半程で到着した。とはいえ、かの領地はとっくに廃れ、今では数えられる程度の世帯が残るのみ。爵位は返上され、近隣の領地が吸収したのでここは正確には男爵領ではない。
だが、父が暮らしていた古い家は雑草に埋め尽くされながらも存在していた。
「……こんなに小さな家だったのか?」
男爵は国王陛下が与える爵位の中でも最も下位に位置する。伯爵家と比較すれば小さい邸宅なのは当然だが、それにしてもこじんまりとしていた。流石に平民の家よりはいくらか大きいが、これでは執事がいたかも怪しい。
メイドが一人いれば御の字というレベルだろう。
「ここで暫く待っていてくれ」
グラウを家に繋ぐ。呑気そうな彼はヒヒンと良い返事をした。
雑草の帝国と化した家に遠慮なく足を踏み入れる。開かなければ窓から入るつもりだったが、幸い扉は開いていた。
「うわっ」
見たこともないほど大きな蜘蛛の巣が張っていた。巣を避け、廊下をキョロキョロ見渡す。薄暗く、どこか冷たい雰囲気の家だ。
「客人かね?」
「!!!???」
後ろから肩をポンと叩かれ、レオは声にならない悲鳴をあげた。
びくびくしながら振り向くと、一人の男が立っている。白髪の混じった髪、元は良いものだろうが着古したせいで艶のない服。背はレオより少し高く、笑い皺の印象に残る、愛嬌のある人だった。年は父より少し上くらいだろうか。
「この邸宅に客が来るなど一体いつぶりだろうかねえ。先に教えておくが、ここには金目のものは全くないよ」
「あ、いえ……盗みに来たわけではなく」
この男に言うべきか一瞬迷う。しかし、その男はレオの目的などどうでもいいらしく、レオを置いて廊下を歩み始める。
「わたしはここの主人さ。最も、住んでいるのは隣町だが、時折この家の持ち主として様子を見に来てるんだ。もう年を食って、一人じゃ雑草駆除もできないけど、家の中だけはそこそこ綺麗にしているんだよ」
確かに、廊下には目立つ埃は落ちていない。こまめに掃除しているらしい。
「お前さん、住む家がなくて困ってたんだろう」
「あ……」
「金目のものがないって言うのにここを去らないし、かといってわたしを攻撃する意思もなさそうだからな。あとここで価値があるのは雨風を凌げる屋根くらいだよ。ここでよかったら好きなだけ住むといい。この家も、住んでくれる人がいた方が喜ぶ」
「……ありがとうございます」
愛しむよう柱を撫でる男性の微笑みは穏やかで儚げだった。
「その代わり、わたしの話を聞いてくれないか? 年を食ったからか、若い人に長話を持ちかけるのが趣味になってしまってなあ」
頷くと、彼は嬉しそうに目を細めた。リビングに通され、あたたかなコーヒーをいただく。
「この家は、元々ヘンネフェルト男爵家のものだったんだ。貴族の家にしてはちょっと小ぶりだが、ヘンネフェルト家の財政を見ればこれでも見栄を張った方だった」
ヘンネフェルト男爵家。
勿論、その程度のことは知っている。そこまで財政に難があったとは知らなかったが。
「その家には二人の子供がいた。兄は家を継ぎ、弟は愛を知ってこの家よりずっと金に余裕のある伯爵家の婿になった」
父のことだ。
「バルシュミーデ伯爵家…」
つい口をついて出た言葉に、男性はコロコロと笑う。
「そうだ。よく知っておるな。当時は逆玉の輿だって結構噂になっておった。かの家は国でも有数の名家だったからな。零細も零細、末端の男爵家次男が婿に行くなど釣り合っておらんかったが……二人の強い愛が、それを成したんだ」
父と母は恋愛結婚だった。
結婚後も強く愛し合っていた。子供たちでさえ、間に入ることはできなかった。
「一方の兄は家を建て直そうと必死だったが、そんな才覚はなかったらしい。ジリ貧の生活、対して幸せそうな弟の様子に心が折れ、爵位を返上してしまった。それからは細々と暮らしている」
だが、父が暮らしていた古い家は雑草に埋め尽くされながらも存在していた。
「……こんなに小さな家だったのか?」
男爵は国王陛下が与える爵位の中でも最も下位に位置する。伯爵家と比較すれば小さい邸宅なのは当然だが、それにしてもこじんまりとしていた。流石に平民の家よりはいくらか大きいが、これでは執事がいたかも怪しい。
メイドが一人いれば御の字というレベルだろう。
「ここで暫く待っていてくれ」
グラウを家に繋ぐ。呑気そうな彼はヒヒンと良い返事をした。
雑草の帝国と化した家に遠慮なく足を踏み入れる。開かなければ窓から入るつもりだったが、幸い扉は開いていた。
「うわっ」
見たこともないほど大きな蜘蛛の巣が張っていた。巣を避け、廊下をキョロキョロ見渡す。薄暗く、どこか冷たい雰囲気の家だ。
「客人かね?」
「!!!???」
後ろから肩をポンと叩かれ、レオは声にならない悲鳴をあげた。
びくびくしながら振り向くと、一人の男が立っている。白髪の混じった髪、元は良いものだろうが着古したせいで艶のない服。背はレオより少し高く、笑い皺の印象に残る、愛嬌のある人だった。年は父より少し上くらいだろうか。
「この邸宅に客が来るなど一体いつぶりだろうかねえ。先に教えておくが、ここには金目のものは全くないよ」
「あ、いえ……盗みに来たわけではなく」
この男に言うべきか一瞬迷う。しかし、その男はレオの目的などどうでもいいらしく、レオを置いて廊下を歩み始める。
「わたしはここの主人さ。最も、住んでいるのは隣町だが、時折この家の持ち主として様子を見に来てるんだ。もう年を食って、一人じゃ雑草駆除もできないけど、家の中だけはそこそこ綺麗にしているんだよ」
確かに、廊下には目立つ埃は落ちていない。こまめに掃除しているらしい。
「お前さん、住む家がなくて困ってたんだろう」
「あ……」
「金目のものがないって言うのにここを去らないし、かといってわたしを攻撃する意思もなさそうだからな。あとここで価値があるのは雨風を凌げる屋根くらいだよ。ここでよかったら好きなだけ住むといい。この家も、住んでくれる人がいた方が喜ぶ」
「……ありがとうございます」
愛しむよう柱を撫でる男性の微笑みは穏やかで儚げだった。
「その代わり、わたしの話を聞いてくれないか? 年を食ったからか、若い人に長話を持ちかけるのが趣味になってしまってなあ」
頷くと、彼は嬉しそうに目を細めた。リビングに通され、あたたかなコーヒーをいただく。
「この家は、元々ヘンネフェルト男爵家のものだったんだ。貴族の家にしてはちょっと小ぶりだが、ヘンネフェルト家の財政を見ればこれでも見栄を張った方だった」
ヘンネフェルト男爵家。
勿論、その程度のことは知っている。そこまで財政に難があったとは知らなかったが。
「その家には二人の子供がいた。兄は家を継ぎ、弟は愛を知ってこの家よりずっと金に余裕のある伯爵家の婿になった」
父のことだ。
「バルシュミーデ伯爵家…」
つい口をついて出た言葉に、男性はコロコロと笑う。
「そうだ。よく知っておるな。当時は逆玉の輿だって結構噂になっておった。かの家は国でも有数の名家だったからな。零細も零細、末端の男爵家次男が婿に行くなど釣り合っておらんかったが……二人の強い愛が、それを成したんだ」
父と母は恋愛結婚だった。
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「一方の兄は家を建て直そうと必死だったが、そんな才覚はなかったらしい。ジリ貧の生活、対して幸せそうな弟の様子に心が折れ、爵位を返上してしまった。それからは細々と暮らしている」
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