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第三十四話 王都まであと少し
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王都グラスダールはもう目と鼻の先という距離まで来ていた。
あれから獣や野盗に出くわしはしたが、こちらに被害はなく、冒険者ギルドに売る素材と衛兵に引き渡すゴロツキが手元に残ったので、逆に懐が潤うことになった。
メルビアを出た時はベルハイトと二人だった旅路は今は五人となり、僕としては不思議な気分だ。
約一年ぶりの王都。入る時の身分確認、混んでるかなぁ、なんて考えて。
はたと気づく。
ユリウスさんとソニアさん、身分証持ってるのか……?
人目を避けてバライザを出てきたとはいえ、ある程度の準備はしてきているだろう。しかし、そんな状況で身分証の用意はできたのだろうか。
僕は歩調を早め、少し前を歩く二人に追いつき、
「確認なんですけど、リースさんとソニアさんは身分証って持ってるんですか?」
尋ねると、分かりやすく表情が固まった。
「みぶんしょう……」
ユリウスが片言で呟いた。完全に失念していた人の顔だ。
この時点ですでに答えは分かった。だが、沈黙が痛いので自分達の口で言ってほしい。
やがて意を決したように、
「…………持ってない……」
「も、申し訳ありません……」
ユリウスはスーッと視線を逸らし、ソニアは青い顔で眉を下げた。
「……」「……」「……」
僕とベルハイトとローガンは無言で視線を合わせ、おそらく同じことを思った。
マジか、と。
しかし正確には持っていない、ではなく、使えない、が正しいだろう。ユリウスにとっての身分証は王家の紋章。ソニアは王家に仕えることを示す身分証を持っているはずだが、すなわちそれも身バレを意味する。
オルベリアでは、門のある町では必ず身分証を確認する。メルビアやユトスがそうであったように、当然グラスダールも然りだ。ロブエやオデットといった小規模な町村では必要ないことも多いが、町によっては提示を求められることもある。
「今まで立ち寄ったのは、小さな町だけだったので……。特に身分証の提示を求められなかったものですから、すっかり忘れていました…」
ソニアの語尾が消え入りそうだ。
できればバライザを出る前に、旅行者用の身分証を作るのがベストではあるが、二人の状況を考えると、そんな余裕も無かったはずだ。身分証必須の国境は、正規のルートを通っていないだろうし。
うん。仕方ない。
身分証は今さらどうしようもない。であれば、どうやって王都に入るかだ。王都は王家の居城がある場所でもあるため、身元確認は他の街よりも厳しい。身分証が無ければ、たとえ赤ん坊だろうと入れない。
「ローガンさんは大丈夫ですよね?」
「うん。おじさんは冒険者タグがあるから」
念の為確認すると、ローガンは首にかかった紐を摘んで見せた。
「拠点がバライザだから少し手間取るかもだけど。おじさんは大丈夫として、二人はどうする?」
どんなにゴネても、身分証無しでは門からは入れない。それに身分証が無いことが知られれば、そのまま衛兵の詰め所にご案内される可能性もある。忍び込むのも、ハードルが高すぎるので論外だ。
なので実質、方法は一つ。
「[無限保存庫]、使いましょう」
その場が静まりかえった。ただ一人、ベルハイトだけが遠い目をしている。
ローガンが「うーん?」と疑問符を浮かべながら空を見上げ、
「……もしかしてあれ、人も入れられるの?なんでも保存できるって、ほんとになんでも?」
「人間を含めた生物を入れても問題ないことは確認できてます。大概のものは入れられるかと」
この世の中の全てのものを実証実験したわけではないが、[無限保存庫]とはそういうものだと、バージルに見せてもらった文献にはあった。いつかの時代に、誰か試したのだろうか。
ユリウスは疑念を拭いきれない様子で、
「ほ、本当に大丈夫なのか?」
「はい。ベルハイトさんが、その証拠です」
じゃーん、と言わんばかりに両手でさっとベルハイトを示す。当人には呆れ顔をされた。
「あれに入ったことがあるのか?!」
信じられない、という顔でベルハイトを見るユリウス。ソニアも驚いて口元を覆っている。
「ありますけど、入ろうと思って入ったわけでは……」
「僕にベルハイトさんを引き摺る力が無かったので、やむなく[無限保存庫]に入れました」
「どんな状況だ、それは……」
ユリウスが眉を寄せたので、さらに安全保障を追加する。
「もう一人います。[無限保存庫]に入った人」
「えぇ……。他にもいるの?」
ローガンがやや引いている。気持ちはよく分かる。
「その人曰く、体感としては入ってから出るまで一瞬らしいです」
[無限保存庫]の提案説明をする日がくるとは思ってもみなかったが、他に王都に入る方法が無いので、納得してもらわなければならない。
「おじさんはちょっと怖くて入れないけど…。便利だねぇ、[無限保存庫]って」
ローガンは感心したように言っているが、入る必要性のある人の前で怖いとか言わないでほしい。
それに便利は便利だが、目立ちたくない僕としては物の出し入れに気を使う。生物や生モノ、魔法を保存できると知られるのはリスクが高い。……ここ一ヶ月で、それを知る人が随分増えた気がするが。
こればかりは不可抗力な部分もあるし、自分の判断を信じるしかない。
「ん?どうかした?」
物思いに耽って無意識に息をついたせいか、ローガンが不思議そうに見ていた。それに首を振って応える。
この人にも知られたが、おそらく大丈夫だろう。
ユリウスと話す様子や僕達に向ける視線、その他の行動に疑わしいものは感じない。ただの確証のない直感と言えばそれまでだが、それが外れたとしても、後れを取るつもりはない。
今はそれよりも、
「えー?気になるんだけどー」
そう言ってこちらを覗き込みながら頬をつんつん突いてくるローガンを、誰かどうにかしてほしい。……と思っていると、
「あいてっ」
ぺしん、とローガンの手が叩かれた。僕の救い主となったのは、
「ベルくん、酷くない?」
「女性に気安く触れるのはどうかと思います。あと、その呼び方やめてください」
何か含みのある笑みで言うローガンに対し、ベルハイトは仏頂面で返す。
僕らがそんなやりとりをしていた間も、ユリウスとソニアは真剣に考え込んでいたようで、
「……分かった。他に方法も思いつかないからな…。それで頼む」
「よ、よろしくお願いいたします」
人生の一大決心をしたような表情。僕自身が[無限保存庫]に入る機会はまず無いだろうが、やはりこの反応が普通だと思う。
「承りました。もう少し王都が近くなってから準備しましょう」
とりあえずこれで王都に入る分には問題ない。
前を歩くユリウスとソニア、ローガンの背を見ながら、王都へ着いたあとのことを考えていると、
「ルカさん」
呼びかけられて振り返ると、ベルハイトが神妙な面持ちで立ち止まっていた。
「?……ベルハイトさん?」
名前を呼べば、ベルハイトは僅かに視線を泳がせた。しかしすぐにこちらを見て、
「王都に着いたら、少し話をしたいんですが……」
「…………」
わざわざそう言うということは、今ここでは話せない、もしくは話したくない内容だということか。
思い当たるのは数日前のこと。ベルハイトの生家の話をしたあとのことだ。それ以降、僕を避けるようになり、必要なこと以外、二人だけでの会話はままならなくなっていた。
今もベルハイトが緊張しているのが分かる。それでも、目だけは逸らさなくなっていた。
「それは構いませんけど。……大丈夫ですか?」
思わずそう尋ねた。なんだか彼が、とても無理をしているような気がして。
ベルハイトはほんの少し目を見開いたあと、じっとこちらを見ていたが、やがて目を伏せ、
「……大丈夫。大丈夫です」
まるで自分に言い聞かせるようにそう言った。
あれから獣や野盗に出くわしはしたが、こちらに被害はなく、冒険者ギルドに売る素材と衛兵に引き渡すゴロツキが手元に残ったので、逆に懐が潤うことになった。
メルビアを出た時はベルハイトと二人だった旅路は今は五人となり、僕としては不思議な気分だ。
約一年ぶりの王都。入る時の身分確認、混んでるかなぁ、なんて考えて。
はたと気づく。
ユリウスさんとソニアさん、身分証持ってるのか……?
人目を避けてバライザを出てきたとはいえ、ある程度の準備はしてきているだろう。しかし、そんな状況で身分証の用意はできたのだろうか。
僕は歩調を早め、少し前を歩く二人に追いつき、
「確認なんですけど、リースさんとソニアさんは身分証って持ってるんですか?」
尋ねると、分かりやすく表情が固まった。
「みぶんしょう……」
ユリウスが片言で呟いた。完全に失念していた人の顔だ。
この時点ですでに答えは分かった。だが、沈黙が痛いので自分達の口で言ってほしい。
やがて意を決したように、
「…………持ってない……」
「も、申し訳ありません……」
ユリウスはスーッと視線を逸らし、ソニアは青い顔で眉を下げた。
「……」「……」「……」
僕とベルハイトとローガンは無言で視線を合わせ、おそらく同じことを思った。
マジか、と。
しかし正確には持っていない、ではなく、使えない、が正しいだろう。ユリウスにとっての身分証は王家の紋章。ソニアは王家に仕えることを示す身分証を持っているはずだが、すなわちそれも身バレを意味する。
オルベリアでは、門のある町では必ず身分証を確認する。メルビアやユトスがそうであったように、当然グラスダールも然りだ。ロブエやオデットといった小規模な町村では必要ないことも多いが、町によっては提示を求められることもある。
「今まで立ち寄ったのは、小さな町だけだったので……。特に身分証の提示を求められなかったものですから、すっかり忘れていました…」
ソニアの語尾が消え入りそうだ。
できればバライザを出る前に、旅行者用の身分証を作るのがベストではあるが、二人の状況を考えると、そんな余裕も無かったはずだ。身分証必須の国境は、正規のルートを通っていないだろうし。
うん。仕方ない。
身分証は今さらどうしようもない。であれば、どうやって王都に入るかだ。王都は王家の居城がある場所でもあるため、身元確認は他の街よりも厳しい。身分証が無ければ、たとえ赤ん坊だろうと入れない。
「ローガンさんは大丈夫ですよね?」
「うん。おじさんは冒険者タグがあるから」
念の為確認すると、ローガンは首にかかった紐を摘んで見せた。
「拠点がバライザだから少し手間取るかもだけど。おじさんは大丈夫として、二人はどうする?」
どんなにゴネても、身分証無しでは門からは入れない。それに身分証が無いことが知られれば、そのまま衛兵の詰め所にご案内される可能性もある。忍び込むのも、ハードルが高すぎるので論外だ。
なので実質、方法は一つ。
「[無限保存庫]、使いましょう」
その場が静まりかえった。ただ一人、ベルハイトだけが遠い目をしている。
ローガンが「うーん?」と疑問符を浮かべながら空を見上げ、
「……もしかしてあれ、人も入れられるの?なんでも保存できるって、ほんとになんでも?」
「人間を含めた生物を入れても問題ないことは確認できてます。大概のものは入れられるかと」
この世の中の全てのものを実証実験したわけではないが、[無限保存庫]とはそういうものだと、バージルに見せてもらった文献にはあった。いつかの時代に、誰か試したのだろうか。
ユリウスは疑念を拭いきれない様子で、
「ほ、本当に大丈夫なのか?」
「はい。ベルハイトさんが、その証拠です」
じゃーん、と言わんばかりに両手でさっとベルハイトを示す。当人には呆れ顔をされた。
「あれに入ったことがあるのか?!」
信じられない、という顔でベルハイトを見るユリウス。ソニアも驚いて口元を覆っている。
「ありますけど、入ろうと思って入ったわけでは……」
「僕にベルハイトさんを引き摺る力が無かったので、やむなく[無限保存庫]に入れました」
「どんな状況だ、それは……」
ユリウスが眉を寄せたので、さらに安全保障を追加する。
「もう一人います。[無限保存庫]に入った人」
「えぇ……。他にもいるの?」
ローガンがやや引いている。気持ちはよく分かる。
「その人曰く、体感としては入ってから出るまで一瞬らしいです」
[無限保存庫]の提案説明をする日がくるとは思ってもみなかったが、他に王都に入る方法が無いので、納得してもらわなければならない。
「おじさんはちょっと怖くて入れないけど…。便利だねぇ、[無限保存庫]って」
ローガンは感心したように言っているが、入る必要性のある人の前で怖いとか言わないでほしい。
それに便利は便利だが、目立ちたくない僕としては物の出し入れに気を使う。生物や生モノ、魔法を保存できると知られるのはリスクが高い。……ここ一ヶ月で、それを知る人が随分増えた気がするが。
こればかりは不可抗力な部分もあるし、自分の判断を信じるしかない。
「ん?どうかした?」
物思いに耽って無意識に息をついたせいか、ローガンが不思議そうに見ていた。それに首を振って応える。
この人にも知られたが、おそらく大丈夫だろう。
ユリウスと話す様子や僕達に向ける視線、その他の行動に疑わしいものは感じない。ただの確証のない直感と言えばそれまでだが、それが外れたとしても、後れを取るつもりはない。
今はそれよりも、
「えー?気になるんだけどー」
そう言ってこちらを覗き込みながら頬をつんつん突いてくるローガンを、誰かどうにかしてほしい。……と思っていると、
「あいてっ」
ぺしん、とローガンの手が叩かれた。僕の救い主となったのは、
「ベルくん、酷くない?」
「女性に気安く触れるのはどうかと思います。あと、その呼び方やめてください」
何か含みのある笑みで言うローガンに対し、ベルハイトは仏頂面で返す。
僕らがそんなやりとりをしていた間も、ユリウスとソニアは真剣に考え込んでいたようで、
「……分かった。他に方法も思いつかないからな…。それで頼む」
「よ、よろしくお願いいたします」
人生の一大決心をしたような表情。僕自身が[無限保存庫]に入る機会はまず無いだろうが、やはりこの反応が普通だと思う。
「承りました。もう少し王都が近くなってから準備しましょう」
とりあえずこれで王都に入る分には問題ない。
前を歩くユリウスとソニア、ローガンの背を見ながら、王都へ着いたあとのことを考えていると、
「ルカさん」
呼びかけられて振り返ると、ベルハイトが神妙な面持ちで立ち止まっていた。
「?……ベルハイトさん?」
名前を呼べば、ベルハイトは僅かに視線を泳がせた。しかしすぐにこちらを見て、
「王都に着いたら、少し話をしたいんですが……」
「…………」
わざわざそう言うということは、今ここでは話せない、もしくは話したくない内容だということか。
思い当たるのは数日前のこと。ベルハイトの生家の話をしたあとのことだ。それ以降、僕を避けるようになり、必要なこと以外、二人だけでの会話はままならなくなっていた。
今もベルハイトが緊張しているのが分かる。それでも、目だけは逸らさなくなっていた。
「それは構いませんけど。……大丈夫ですか?」
思わずそう尋ねた。なんだか彼が、とても無理をしているような気がして。
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