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「ひどいと思うんだよ、扱いが」
「しょうがないだろ?君達自分たちの世界に入りきってたんだからさ」
先生の文句に白尾さんがさらりと言ってのける。
「すまない。実際に前世持ちと会うのが今回初めてだったもので…」
先生と一緒にやってきたアロンドさんも大きな体を縮こませて謝ってくる。
「では彼が私の名を知っていたという?」
ユリウスさんが言えばアロンドさんはうれしそうな顔で『はい』と返事をした。

「私はセイクレッド王国の東に位置する砦に配備されていた平民上がりの騎士だったんです。あの辺りは帝国が事あるごとにちょっかいをかけてくる土地で常に人不足で…。だから平民から志願兵を募り鍛えて戦わせていたんですよ」
「確かに、あの砦は帝国の的に良くなっていて王達も頭を悩ませていましたね」
話を聞きながらどこか懐かしそうな顔をするユリウスさん。
「我が国では…いえ、隣国でもユリウス様の名は轟いていましたからね…。いい意味でも悪い意味でも」
「良い意味は分かりますけど悪い意味ですか?」
「えぇ、騎士というのが名を残すのは王族をお守りした時か戦場のどちらかですから…。彼は剣聖、故に活躍するのは――」
「戦場だねぇ」
アロンドさんの言葉に白尾さんが応える。
「ユリウス様の通った道には血の道が出来る。ユリウス様の向かった先に生者は残らない。ユリウス様が振るった剣の先には――」
「そこまででお願いします。……私は死神か破壊神ですか…?」
言葉だけ聴いてるとそうですねと思ってしまう。
「まぁそんなわけで今回『セイクレッド王国出身のクロムウェル家の騎士の名を知らないか』とメッセージが上がった際に私の記憶もはっきりと覚醒しまして」
「君のお陰で私は色々と取り戻すことが出来たんだ。礼を言わせてくれ」
ユリウスさんは言うと姿勢を正す。
「本当に、心からの感謝を――」
「いいえ、役に立てて光栄です。…前世の私は貴方に助けられたからこそ生きることが出来て騎士にまでなれたんです。やっと恩を返せました…」
なんだかいい感じの空気になってきた。

「うぅ、儂こういう話に弱いんじゃよぉ…」
「…箱ティッシュです、会長」
涙ぐんでいる会長さんの前に桜子さんが箱ティッシュを置いた。
心なし桜子さんの目元も光っているような気がする。


「しかし」
でもその空気を一刀両断にしたのもユリウスさんだった。
「感謝はしているが私の主に迷惑をかける事は感心しません」
「それは…本当に申し訳ない!」
「鈴さ…んはとてもお優しい方なんです。アンデッドで魔物で首がなかった私の願いを聞いて頭を取り戻してくれたんですよ?」
「アンデッドで頭が…?」
「そこらへんはややこしくなるので割愛を」
ユリウスさんの言葉にアロンドさんが困惑していたので割って入る。
「とにかく、ユリウスさんを知っていたアロンドさんが居たのでユリウスさんは今こうして生きられています。ありがとうございます」
言って私も頭を下げた。
「いえ、本当に。…あぁ、もう本当に上の連中はもう…」
言いながらアロンドさんはポケットに入れていた紙を出した。
「それは?」
「日本風に言えば『カンペ』ですね。…先程はクランリーダーとして言わなければならない事が多々あったんですが、どうしても言うのは憚られて…。だが立場上は何かしら言わないといけず…」
「…アロンドさん地位だとか名誉って言う時すっごく棒読みでしたからなんとなく察してました」
そう、他の海外勢は本気で勧誘・誘惑していたけれどアロンドさんだけは物凄く困った顔で棒読みだったのだ。
だから彼にだけは【威圧】を向けなかった。
「一応は言ったぞという体を立場上作らなければならず…。不快な思いをさせて申し訳ない」
「いえいえ。……大変ですね…」
本当にそう思ったので言えば『ははは…』と乾いた笑いをしただけだった。


「で、じゃ。鈴子くん、なんじゃその可愛い生き物はアァァァァっめたぁっ?!」
会長さんがいきなり叫び、そして桜子さんに氷の塊を背中に入れられたようだ。
「私ユリウスさんとこの子たちの事で呼ばれたんだと思ってたんですけど…」
来てみたらこの様ですよ…と目で訴えてみれば会長さんは目を反らした。
「想定していたよりも欲深かっただけじゃよ…。儂悪くない」
「……桜子さん、あと頼みます」
言いながらスクロールを渡す。
スクロールは『バインド』、対象を縛り身動きを封じる能力が得られる奴だ。
「お任せください」
桜子さんは綺麗な動きでスクロールを開き能力を得ると少し冷たい目を会長さんに向けた。
「こ、今度はどんな能力を桜子君に…?」
「桜子さんにとってとても有用な能力ですね」
「はい、とても有用です」
桜子さんのメガネが光った。
「…で、じゃ。おぬしがユリウス君じゃな?」
「はい。…あの…?」
「大丈夫じゃ、今はまだ大丈夫じゃ…」
何処か遠い目をした会長さんはどこか諦めた目をしながら言った。
説明は水樹さん達が既にしてくれているけれど本人からも聞きたいというので説明をする。

同席したアロンドさんはその話を聞いて始終驚いた顔のままで、言葉が出ないという様子だった。
「私が聞いても良かったんですかね?」
「会長さんに話した時点で回る話だと思ってますので大丈夫だと思いますよ」
所在なさげなアロンドさんの前に私がクッキーを出せば桜子さんが紅茶を出してくれる。
「…しかし、ユリウス様のように他にもダンジョンの魔物になってしまっている方が居るんですかね…?」
「そこは今ダンジョンを管理する神様が探してくれているらしいので」
「……神と…」
私の言葉にアロンドさんはますます困惑する。
「…気にしたら負けですよ…。ダンジョンが生えた時点でファンタジーの部類になったんですから、この世界」
「…そうですね…」
私の言葉にアロンドさんは考えるのをやめたようだ。

「で、じゃこの小竜は…」
「今朝起きたらもういたんです。多分例の卵から孵った子だと思うんですが」
会長さんの膝の上で黙々とバナナを食べている小竜。
産まれたばかりなのにもう食べれるのね…と思ってしまう。
竜だから?
そんな小竜を見て会長さんはデレっとした顔をしている。
桜子さんはいつの間に用意したのか分からない果物の詰め合わせを小竜の前に出し『次はどれを食べますか?』と次の果物の準備をしていた。
「名前はなんと言うんじゃ?」
「つける前にここに来たので…」
「まだじゃったか」
言いながら会長さんは小竜の頭を撫でる。

「「「竜…」」」
和む空気の中で難しい顔をしているのは異世界の記憶があるメンバーだ。
「竜って言うと帝国にある火山に住まう火竜か?」
「帰らずの森にも縁竜が居ると言われてましたね…」
「海神の神殿を海竜が守護している…とも聞いたことがありますね…」
小竜を見ながらあーでもない、こうでもないと。
「眞守、そいつ何の竜だ?」
「さぁ?」
「いや、お前鑑定できるだろ…?」
ちょっと残念な子を見るような顔をされてしまう。
「…今見ますねー」
忘れていたわけじゃないんですという顔をしながらも小竜を鑑定してみる。


===============

【名前】‐
【種族】黒竜
【性別】♀
【レベル】1
【体力】800/800
【魔力】1200/1200

【スキル】
魔力感知 気配察知 咆哮 爪撃 ドラゴンブレス

===============

強かった。
めっちゃ強かった。

「…黒竜らしいですよ。女の子です」
「ほぉ、別嬪さんじゃったか」
「「「黒竜?!!!」」」
会長さんはデレデレ、三人は驚き固まっている。
「…異世界では黒竜はどんな位置づけなんですか?」
「黒竜は破壊の象徴…どちらかというと『悪』ですね…」
ユリウスさんが困ったような顔で言う。
「こんなに可愛いのに…」
言いながら口元についたバナナを拭いてあげると『きゅい!』と前足をあげてまるでお礼を言ってくる。

キュン死にするかと思った。

会長さんも悶えているし、桜子さんも心なしはわわ…としている。
可愛いって正義ですよね。
「…まぁ俺たちが知っている黒竜は気が遠くなる時を生きた成竜だからな…。こいつはまだ生まれたて…、ちゃんと育ててやれば破壊の限り――なんてことにはならないだろう」
先生はどこか諦めたような目で言う。

「で、じゃ。この別嬪さんの名はどうするかのう?」
会長さんデレデレが止まらない様子。
「そうですね…」
黒い鱗に時々蒼も混ざる綺麗な色合いの鱗に金の瞳…。
だったら―――。
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