天よ、何故に私を見捨てたもうか(アルファポ版)

小夜時雨

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魔法使い(女)

1話

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 日本語の注意書きが幾重にも書き足された地図を眺め、街道をのらりくらりと歩いていると視界の端にちらつくものがあった。はじめは細々としていて千切れそうな、縦にか細く伸びた雲だった。が、今は違う。秒を追うごとに勢いを増して太くなっていく。怪訝に、しかし真面目腐った顔で立ち止まった女が呟く。

 「あれは……火事?」

 煙だ。
 それも、みるみると黒々としたものに変化していった。 

 「……増えている?」

 森の上に、数えきれない本数の黒煙が天へと昇っていくではないか。

 ぞっとした。

 (まさか、戦争とか)
 しかしそんな話、とんと聞いたことがない。
近場の町だって過ぎた時にはそんなこと。話題にもならなかったはずだ。

 慌てて、胸元に引き寄せていた地図に目を落とす。
そこには私の丸印がついた手書きの日本語とともに、しっかりと記載された現地の地名があった。何度もなぞるようにして確かめる。なんせ命がかることだ、脇汗かきつつも確かめねなならない。

 「緑の丘……」

 休憩にちょうどいいと考えていた高台だ。他に村の所在はないので、あれは森林火災の類なのかもしれなかった。誰かが火の不始末でも仕出かしたのであろう。であるならば、逃げた方がいい。火の勢いというものは想像よりも早いものである。ぼーっとしていてはこちらに飛び火してしまう。

 が、しかし……。

 ちょっとだけ、様子を見たい気もあった。

 どうやらあの火災現場から高台であるところの緑の丘は、少々離れたところに位置するものであるらしい。であるならば、なに。すぐにとって返し逃げ出せば良いのだ。確認するだけだ。
 幸い、私には武器がある。君子、危うきに近寄らず、だが……疲れていたのかもしれない。

 私の思考は鈍っていた。
 後悔するというのに、好奇心を押さえつけることができなかった。
 鼻をすんすんと蠢かしつつも心持ち、普段より足を速めに動かした。




 緑の丘にたどり着いた私は、呼吸を整えるがために肩を上下させていた。大いに息を吐き出し、額の汗を拭う。予想通り、そこは野次馬するには便利な高台であった。

 ごくり、と生唾を飲みこむ。

 ――――それは、惨事であった。
頭から血の気が引いていくのを自覚できるほどの。

 「うわ……」

 顔が熱い。
距離があるというのに、熱波は私にまで届く。憚ることなく心臓の音も刻んでいる、ということもあるが。現実が、私を追い詰めている。

 丘陵地帯が続くこの一帯に、ぽつん、とその隙間に入れ込むようにして生活していたであろう村。崖の上から、そういった村らしきものがいくつか点在しているのが見て取れる。そしてその村々が、ことごとく、燃えていたのである。

 叫び声が、聞こえる。
人の、泣き叫ぶ声が。

 木霊している、こんなにも離れた場所にまで絹を裂くような悲痛な絶望が。
遠いから、人の姿、形が豆粒にしか見えない。だが、何が行われているのか。到底直視できるものではないが、察するにはあまりあるほどのことではあった。

 あんなの。おおよそ、人間のするべきことではない。

 地図を知らず片手で握り潰し、茫然と立ち尽くしていた。
じりじりとした焦燥が私の心を締め付ける。

 私は、固まっていた。
頑固にも、私の両足はその場から動けないでいた。その、あまりにも残酷な光景から目を背けられずにいたのだ。強烈な、地獄。この世の、地獄だ。

 異世界にやってきて久しぶりに感じたそれ――――圧倒的な無力感に包まれていた。

 助けて、と。
 誰か、女のつんざくような悲鳴が聞こえる。

 でも、それでも私は木のように立ち尽くしていた。
その時の私は何故か分からないけれど学芸会を思い返していた。あの平和なひとときを。何をするでもない、ただその派手な場面で何も言わず、立つばかりの役。バスの音が聞こえる。列車の走る音だってする。
 誰かの携帯が鳴る音だって。

 何も、役に立たない私。
役に……。
 主役にすらならない私。

 (死にたくない……)

 息が苦しい……。
 浅い呼吸を繰り返すばかりの私。
 本当に、動けなかった。




 黒い煙は、丸一日、村々を舐めるようにして燃やし続けた。
 私はただ、じっと蹲っていた。

 (あの村……、いったい、どれだけの人が暮らしていたんだろうなあ……)

 自然と自分の手は、腰にまとわりつかせるようにしてぶら下げていた本一冊に触れてしまう。
次に、斜め掛けしてある鞄の紐を確かめ、その線にそって胸あたりにまで指を這わすと、まるで、私の心臓を守るかのように、対となるようにもう一冊の分厚い本が私の胸部に納まっている。心臓の上あたりに。
 全部で二冊。体の前後に、二冊の本。
 命綱である本が、私とともに目の前の現実を見つめていた。




 念のため一晩野宿をしてから、恐る恐るといった足取りで現場へと向かう。
普段の私ならばこんな危険行為、決してしようとは思わなかった。

 だが異世界にやってきて、はや30年。
 命を大事に、をお題目として今まで生き延びてきた。
 本当はすこぶる怖い。
村とはいえ売れるものはいくつかあるであろうから、再度、盗賊どもがやって来る危険があった。でも、私はあまりに一人で生きてき過ぎた。誰かに頼るなんて怖いことできなかった。

 「……」

 死ぬ覚悟は、まだしていない。
けど、気にはなる。あんな、魔力の行使された炎の色。魔力の纏った炎はとても美しい発光をし、何故か分からないが魔力をエネルギーとするためか、妙にキラキラしい輝きを放ちながら炎を生ずる。輝く鱗粉のような光の粒が綺麗で、そう、久しぶりに見たのだ。第五次戦争以来だ。

 (本当は、怖い。怖くて、膝が笑うことがある。でも)
 危険地域へと一歩ずつ、足を踏みしめた。

 がさり、と黒い塊がつぶれる。どきりとして靴の裏を覗く。
靴底をずらせば潰した塊は人ではなかった。ただの木屑だった。炭になっているだけの。
 ほっと息を吐き出す。
と同時に、

 (暑い……)

 熱が、いまだ残っているようだった。
ぶり返した冷や汗が、私の体温を上昇を自覚させる。額を二の腕で拭う。
(それに、息苦しいほどに埃が喉に……)
 何かが、貼りつくようだった。
けど、我慢する。

 (しっかりしなきゃ)
 前に進む。

 誰か、生き残りがいるかもしれない。
その思いが私の弱腰を叱咤させてくれる。

 (……)
 魔術で燃やされたものは実にわかりやすい。対象を燃やし尽くすという目的が、何者かによって引き起こされたのだから。
 (ここまで大規模な魔法、どういうことだろう)
村は、ぐるりとなんらかの遮蔽物でおおわれていたようだ。
先ほど踏みつけた黒い塊の形状を思い出す。長々と、それは途切れ途切れではあったにせよ続いていた。見覚えがある。村では、当たり前のように家畜や家に使う。無論、村の境界という用途にも。

 柵か。
 私は、いつの間にかその柵を踏みつけ、村の中央にまで至ったようだ。
焦げ臭い匂いを吸い込み見回す。
 どこもかしこも、ことごとく、燃え尽きていた。




  顔も服もそこはかとなく臭くなった。
街道途中にある、小川へと立ち寄る。
 立て看板がある。
 金で得た地図に書いてある現地の言葉通り、この水は旅人に解放されている飲み水のようだ。
とはいえ何が流れているかわからない。洗う程度なら問題はないだろう。

 ばしゃばしゃと、まずは顔を洗う。

  「ふぅ」

 しっかし、本当に。酷かった。
 あの村。

  「……」

 嘆息しつつ鞄から取り出した布きんで、滴る水滴をふき取る。
黒い髪が、べたりと、私の頬に貼りついた。
 あの惨劇を、思い出してみる。
 まず、村は燃え尽きていた。
あの黒々としたさまは、誰かから攻撃を加えられたと推察される。魔術師、と呼ぶには平凡に毛が生えた程度の私ごときでは魔法使いと名乗るべきか、とそれはともかく。
 あの村の燃え尽き具合、とにかく、ひどい有様だった。
 正直、人がいると思った。燃え尽きた人間が。
ぞくりとしながらも戦々恐々と見回った。けれど、いなかった。人の形をしたナニか、は。

 (皆、連れ去られた、ということか……)

 布きんを丁寧に仕舞い込み、放念と流れる小川のせせらぎを何をするでもなく見つめる。
きらきらとした輝き。自然光を含み、緑に生き生きとした恵みを与えている。
 それはあまりにも清らかで魔法とは対照的だった。
 昨日のことがまるで嘘のようだ。実に現実的ではない。でも、本当に起きたことだった……ひどかった。
 暮らしの拠点であったであろう建物は全部、倒れ込んでいた。
生活の痕跡は黒々と炭に成り果てていた。
家も、牧歌的な家畜小屋も、生活用品も、何もかも。
 けれども人間はいなかった。
つまりは、そういうことだった。

 「奴隷狩り、か……」

 私は、しょんぼりと肩を落とした。
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