2人で紡ぐ物語

七瀬真凛

文字の大きさ
上 下
1 / 1

2人で紡ぐ白雪姫

しおりを挟む
木曜日の夜8時頃。
顧問をしているサッカー部の練習を終えて帰宅した旦那さんは、まず初めに玄関の壁に掛かっているホワイトボードを見ます。

“お仕事お疲れ様です。今日は粉雪が舞っていましたね。ということで、今回のお題は白雪姫です。寝る時はちゃんと暖かくして寝て下さい。ご飯は冷蔵庫に入ってます。私は夜勤なのでお仕事行ってきますね。”
『白雪姫
白雪姫はお城でお母様とお父様と仲良く暮らしていました。しかし、お母様が亡くなって新しくお妃様になった継母にいじめられて、誰にも相談することが出来ない白雪姫は、毎日魔法の鏡に話しかけます。「鏡よ鏡。お城から抜け出して生きていくにはどうしたらいいかしら?やっぱり私は街で自由に暮らしたいわ。」魔法の鏡は何でも答えてくれるのです。』

ホワイトボードは連絡用と物語用が2人分ずつ。つまり4枚あるのです。旦那さんは自分用のホワイトボードに書いてある前のメッセージと物語を消しながら考えます。

今回は最初からかなり変えてきたんですね。っていうか、白雪姫…アグレッシブですね。どんな感じで続けましょうか。

なかなか愛する奥さんに会えない旦那さんにとって、このホワイトボードでのやり取りは癒しなのです。疲れて帰ってきた奥さんにも癒しを与えられるように旦那さんは一生懸命考えます。

「こんな感じでいいでしょうか。」

奥さんの反応を想像する旦那さんは、それはそれは柔らかな笑顔を浮かべていました。



◇◆◇◆◇◆


次の日の朝。
奥さんが帰ってきました。何よりもまず寝たいのですが、とりあえず旦那さんのホワイトボードを読みます。

“おかえりなさい。ご飯ありがとうございました。美味しかったです。お返しに僕も朝食を作っておきました。眠かったら昼食にしてもいいですが、しっかり食べてくださいね。ちなみに、僕はシェイクスピアの話が好きです。それでは行ってきます。”
『鏡が答えます。「南の森をまっすぐ抜けて、大通りを西へ向かいなさい。」白雪姫は早速準備してお城を抜け出しました。継母は白雪姫が邪魔なので殺す計画を立てていたのですが、逃げられてしまい激怒します。そこで、白雪姫の部屋で見つけた魔法の鏡に問いかけます。「鏡よ鏡。白雪姫はどこにいる?」』

奥さんは睡眠と食事をしっかり取ってから続きを考えることにしました。

しかし、旦那さんの文字を見ていると会いたくなってきて、全然続きが思い浮かびません。

旦那さんにギュって抱きしめてもらいたい。2人でお出掛けもしたい。お家でゴロゴロするのもいいし。やっぱり、ちょっとだけでもいいから会いたいな。

奥さんの妄想が尽きることはありません。ため息も尽きません。旦那さんの事を考えると自然と出てきてしまうのです。

でも、愛する旦那さんとコミュニケーションを取るために、奥さんも一生懸命続きを考えるのです。


◇◆◇◆◇◆


金曜日の夜。
旦那さんが帰ってきました。サッカー部は明日公式戦があり、今日は軽めのメニューとミーティングだったので、いつもより少し早めの帰宅です。

“お仕事お疲れ様です。ご飯、美味しかったです。明日はサッカー部の公式戦なんですよね。応援しています。私もシェイクスピアの話は好きですよ。童話なら眠れる森の美女が好きです。私は今日も夜勤なのですが、日曜日はお休みなので、もし予定が空いてたら一緒に過ごしたいです。会いたいです。”
『鏡が答えます。「白雪姫は南の森を歩いています。」継母は計画を変更することにしました。その頃白雪姫は、慣れない森を歩いて靴擦れを起こしていたので、たまたま見つけた小人達の家で休んでいました。そこへ明らかに怪しい魔女が通りかかります。魔女から見た目は美味しそうな真っ赤なリンゴをもらった白雪姫は、それを齧りつつ旅を続けます。』

会いたいのは自分だけじゃないのだと知った旦那さんは嬉しくなってしまいました。

僕も早く会いたいです。貴女の声が聞きたい。あと、白雪姫強いですね。これは僕にオチをつけろって事なんですかね。明日は早いので早く寝ないといけないのですが、どうしましょうか。

さて、旦那さんはどうしたのでしょうか。


◇◆◇◆◇◆


土曜日のお昼前。
疲労困憊の奥さんが帰ってきました。今日は本当に色々あって、眠気がピークに達して何度も歩きながら崩れ落ちそうになったのです。

それでも奥さんは旦那さんからのメッセージを読みます。これを読みたくて頑張って帰ってきたのです。後で、という選択肢はありません。

“おかえりなさい。サッカー部は今年こそ全国へ行きたいので、生徒達の力を引き出せるように頑張りますね。眠れる森の美女ですか。一度バレエで眠れる森の美女を観たことがありますよ。とても素敵でした。それから、日曜日は特に予定はないですよ。僕も一緒にいたいです。早く会いたいです。日曜日、楽しみにしてますね。”
『実はというか、やっぱりというか、リンゴには毒が塗られていました。でも、それは遅効性の毒だったのですぐには効かず、白雪姫は西へ西へ歩いて街へ到着しました。そこでやっと毒が回り、白雪姫は倒れてしまいました。』

オチはつけてくれなかったのか。ちょっと難しかったかな。でも、日曜日楽しみにしてるだって。嬉しいな…。

奥さんは嬉しさでいっぱいになると同時に、力尽きて玄関に座り込んで眠ってしまいました。


◇◆◇◆◇◆


土曜日の夕方。
旦那さんが公式戦から帰ってきました。
3対0での勝利。ついでに明日はずっと奥さんと一緒。幸せな気分の旦那さんが玄関の扉を開けると、目に飛び込んできたのは倒れこんで眠っている奥さんの姿でした。


◇◆◇◆◇◆


「………ん。………さん。おき…………い。」
誰かの声が聞こえます。でも、眠すぎて目を開けることができません。すると、唇にぷにっとしたものを感じました。

奥さんが頑張って目を開けると、どアップの旦那さんが目に入ってきます。会いたすぎて幻覚が見えているのかと思いましたが、どうやら本物のようです。

「おはようございます。僕のお姫様。お話の続きは、白雪姫は通りかかった王子様にキスされて目覚めました、でいいですかね。白雪姫も眠れる森の美女もそうですが、どうやらお姫様がキスで目覚めるというのは本当みたいですからね。」

ニッコリ笑顔でそんな事を言われて、奥さんの顔はリンゴのように真っ赤になってしまいました。でも、負けじと言い返します。

「私の王子様はあなただけですから。」

真っ赤な顔を更に赤く染めて、照れながら言う奥さんは最強に可愛く、旦那さんは一瞬フリーズしてしまいました。

愛しさが溢れてもう一度優しくキスをすると、2人でクスクス笑いながらギュっと抱きしめ合いました。

そのあとは2人だけの秘密です。
でも、とってもいい休日になったのは間違いなし。


これは2人で紡ぐ物語。
2人で紡ぐ人生の1ページ。





しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...