窓際と真ん中

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始談

窓側と光合成

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 今日も窓際というのは酷なものだった。
 春とはいえど、外界との防壁に徹する窓ガラスを越えて遥々はるばるやって来た日光は、初夏のそれと相違ないように感じる。ただでさえ暖かい室内だと言うのに、そこに更なる熱源が追加注文されてしまっては敵わない。
 つまり、暑い。
 窓側は暖かいだろうなと期待していたが、現実はそう甘くなどないらしい。温暖化を喜んでいるかのような日光が、遠慮の欠片すら見せずにジリジリと肌を刺激する。 カーテンを閉めたいけど、それをするのも億劫おっくうでならない。位置的に。
 ままならないなぁ、と考えつつ、ふと右側に目を向ける。
「…………?」
「……………。」
 女の子と目が合った。
 名前は………忘れた。赤いフレームのメガネが印象的な黒髪ロングで、『THE 理系』とでも言いたくなる。
 だがしかし、私は知っている。
 あの娘は真面目にノートへ板書を写しているように見えて、実はそうでもないということを。本当は別のモノを書いているのだ。本人はバレていないと思っているのだろうけど、まぁ、中身を知っている私だからこそあの娘の気持ちは分からなくもない。しかし、あれだ。
 面白い。
 ちょっと手を振ってみる。すると、あの娘もぎこちなくではあるものの、手を振り返してきた。と、先生が黒板との睨めっこを止めたのでスッと手を引き返す。あっちも気付いたらしく、視線をノートへ戻していた。流石、勘が鋭い。と思った次の瞬間、視線の先のノートの下から別のノートが顔を出す。
 なんだそれは。どっちが本命なのだ。
 ……普通に考えて、上はカモフラージュだろうか。本命が下なわけで。
 私はまんまとそれに引っ掛かったわけだ。おのれ教室の真ん中眼鏡っ娘め。
 そんなこんな考えるうちに、段々と眠気が増してくる。
 相変わらず日光が私を全力で刺しに来ているのだが、そんなものごとき、ものともしない睡魔が私を引っ張ってくる。
 こんな地味にジリジリするのに寝れるなんて、流石は人類。人間ってすげー。
 なお、犬や猫は『すげー』に含まない。彼奴きゃつらは年中ああしてるのが好きだからな。
 まぁ、その、何だ。

 光合成してよう。人間にできるかは別として、今はそうしたい気分だった。

 私はとても眠い。では真ん中のあの娘どうだろう?と低い体勢のまま視線を向ける。すると、まぁ、案の定普通にしていた。それもそうだろう。なぜならまだ二時間目なのだから。
 真面目だなぁ。それが普通なのだけど。あ、くしゃみした。誰か噂でもしてるんじゃないかな?おっと、私か。私が心の中で噂をしていたのか。現在進行形で。
 そんな風にぼんやりしているうちに、いつの間にか眠りかけていたらしい。落ちそうな意識を留めるのに手一杯になっていると、号令の係が起立をかける。次々立ち上がる周囲に合わせ、ちょっと遅れ気味だが立ち上がる。『ありがとうございました』の『した』だけ上手い具合に言って、再び眠りにつくため机に突っ伏した。
 ふと真ん中のあの娘に再び目を向ける。
 きちんと次の授業の準備を済ませ、今は知らない人達と会話していた。だが、なんと言うか、どこか上の空な気がする。直感だけど。
 それでもまともに受け答えするあの娘は、言うなれば仮面ライターだ。ライターとはあっちのライターである。書く方のライター。
 仮面は今言った通りそう感じるからだが、ライターと言うのも、実はあの娘が隠れて書いているノートの中身が中身だからだ。その中身は、小説っぽい何か。前にそのノートが落ちたところを偶然拾ってあげたのだが、その時にちょっと、ほんのちょっと見えたのだ。
「でもあれだよね、クッキーにアボカドって入れて大丈夫なのかな?変になったりしない?」
「大丈夫じゃないの?ほら、料理は化学。必ず落とし所はあるって。」
「うん、その通りだよ。方法は色々あるんだし、上手くいくと思う。」
「でしょ!」
「うーん、そういうもの?」
「失敗したら、成功した例を真似ればいいと思う。」
 そういうことじゃないと思うよ、とツッコミを入れられているあの娘は、やはりどこかズレているらしい。
 そしてあの娘は少し疲れてそうだ。
 どこからともなく感じられる平坦さが、まるで一定以上の損耗をしないようにしている猫のようだ。だから話す内容が合理的すぎる。

 少し、興味が湧いてきた。
 他の人達が去っていったタイミングを見計らって、あの娘に声を掛ける。
「オレンジジュースは甘い派?酸っぱい派?」

 自分でも思う。
 
 何だ、この質問。

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