難攻不落のお姫様~舘家の三兄弟②~

トウリン

文字の大きさ
10 / 22

『待て』解除

しおりを挟む
 高校二年の夏休みは、光よりも速く過ぎ去っていった。
 ――まあ、実際にはそんなことはないのだが、少なくとも賢人けんとにはそう感じられた。

 始業式の後、二学期最初の掃除をダラダラとこなしながら、賢人は終わってしまった夏休みを思い出してニヤつく。
 キトンランドの後も春日小春かすが こはるからは三日に一回ほどのペースでメールが入り、その都度、雛姫ひなきと三人で海に行ったり祭りに行ったり夏休みの課題をしたりと、かつてないほど充実した日々を送ることができた。
 初めのうちは顔を合わせるたび身を強張らせていた雛姫も、それだけ一緒に過ごせばさすがに賢人に馴染みを覚え始めてきたようで、終盤はごくごく自然に受け入れるようになっていた――と思う。まあ、満面の笑みで迎えてくれる、ということは、なかったが。

(嫌がられてはないよな。ていうか、結構いい感じというか……)
 賢人は夏休み中の雛姫の態度の変遷を思い返して、そう評価する。

 最初の頃は素っ気なかったが、それも、彼のことが嫌だからというよりも、単に緊張していたからだったはずだ。賢人自身はそう感じていたし、そもそも、雛姫が彼のことを嫌がっていたのなら、小春がブロックしていただろう。
 だから、夏休みはまずまずうまくやれていたと、思う。

 次の問題は、これからどうするか、だ。

 現状、雛姫にとっての賢人は、他人よりは近しい、友人というカテゴリーには置いてもらえているのではないかと思う。若干、『春日の友人』として間接的に近くにいることを受け入れられているような気がしないでもないが、友達の友達だとしても、彼女のテリトリーに全く立ち入らせてもらえない真っ赤な他人よりは遥かにマシだ。

 とはいえ。

「オレも、いつまでもお友達ポジションにいるつもりはないしな」
 窓枠に寄り掛かりながら、賢人はつぶやいた。
 目指しているのは、雛姫の隣に居座ること、それも、彼女にとって唯一の存在として、隣に在ることだ。他の――たとえば春日と『同列』の友人では、嫌だ。たとえ雛姫にとって友達というものがとても重い位置を占めているのだとしても、それは『唯一の存在』ではない。

 そこそこ、距離は縮まった。
 だが、更に一歩を踏み込まなければ、彼女の『特別』にはなれない。

 学校が始まり、他の連中の眼を避けるために一学期のように雛姫との間に距離を取っていたら、せっかく夏休み中に生まれ始めていた変化が、消えてしまうかもしれない。

 それは、避けたかった。

「もう、そろそろ行っちゃおっかな……」
 ため息混じりに、賢人が迷いを吐き出した時だった。

 窓の外から、声が聞こえた気がした。しかし、ここの真下は校舎の裏手になっていて、人が来ることなど滅多にないはずなのだが。

 ヒョイと身体をひねって下を覗き込んだ賢人は、眉をひそめた。
 女子が、数人いる。正確には、壁に貼り付くようにしている一人と、それを取り囲むように五、六人ほど。
(なんだよ、新学期早々吊し上げか?)
 いったい何があったんだか、と思いつつも、興味もないし、賢人はその場を離れようとした。が、次いで入ってきた声に、足を止める。

「あんたたちには関係ないでしょ」
 素っ気ない口調のその声は、春日のものではなかろうか。
 もう一度窓から身を乗り出してよくよく見てみると、確かに壁際にいる一人は、彼女だった。

(何やってんだ?)
 春日と雛姫はクラスの隅にいる地味グループの中にいて、良くも悪くも人目を引かない。荒んだ学校であれば地味だというだけでも攻撃されることもあるかもしれないが、幸いにして、ここはそういう気風ではなかった。となると、何か積極的な攻撃要因があるということになるが。

 取り敢えず状況を確認しようと、賢人は下の声に耳を傾ける。彼がいるのは二階だから、その遣り取りは結構はっきり届いた。
「しらばっくれないでよ。夏休み中、賢人と会ってたでしょ」
「二人で駅前歩いてたの、見た人がいるんだから」

 なるほど。
 春日と二人きりで過ごした時はないが、雛姫を送った後に途中まで一緒に帰ったことは何度かある。どうやら、それを見られていたらしい。
 更に賢人に近づくなだの余計な世話だの厚かましだのとヤイヤイ言い合っていたが、春日が抗うせいか、女子たちの彼女に対する攻撃は、次第に外見やら何やらに向かい始めていた。

「ったく」
 まさにこうなることを警戒していたのだが。

 標的ズレてるよと思いつつ、賢人は助っ人に入ろうと窓枠に足をかけた。が、その時。

「小春ちゃんは可愛いし優しいよ!」
 澄んだ声が響き渡り、女子たちの罵声がピタリと止まる。
「はぁ?」
 振り返った女子たちが向き直った先にいるのは、雛姫だ。彼女は上からでも見て取れるほどピンと背筋を伸ばし、賢人が今まで聞いたことがないような張りのある声を上げる。結構走ってきたと見えて肩は大きく上下しているし息も切れているが、彼女の声は涼やかにその場に響き渡った。

「小春ちゃんは暗くなんかないし、一緒にいて楽しいし、あなたたちにそんなふうに言われるところなんて一つもない!」
「梁川は関係ないでしょ。口挟まないでよ」
 冷笑を含んだ声に、雛姫がクッと頭を上げた。
「関係あるよ。小春ちゃんはお友達だもの。大事な人のこと、悪く言われて黙ってられない」
 凛とした声に、賢人は仲裁も忘れてつい聴き惚れてしまった。だが、春日を吊し上げていた女子たちはすぐに気を取り直して嘲りを含んだ声を上げる。

「ああ、地味仲間ね」
 続く、鼻で嗤う音。
「あんたたちみたいのが賢人に相手されるわけがないじゃない。付きまとって迷惑かけないでよ」
 そこに含まれているのは、あからさまな嘲笑、悪意、妬み。
 その台詞で、賢人の頭が決まった。ここらが潮時だ。面倒な雑草は、はびこる前に根絶やしにしておくに限る。

 賢人はよいせとばかりに窓枠を乗り越えて、雛姫の後方に飛び降りた。

「ッ!」
 上から人が降ってくるなど思っていなかったらしい雛姫が、ビクリと肩をはねさせて振り返ろうとする。が、賢人は、そんな彼女の両肩に腕を回すようにして背後から包み込んだ。
 雛姫の頭の上から、春日の前に並ぶ女生徒たちをぐるりと見渡す。

「賢人、えっと」
 口ごもる彼女たちに、賢人は唇を横に引くようにして笑顔を作って見せる。
「なんか、楽しそうなことやってるなぁ」
「あの、あたしたち……」
 互いに顔を見合わせ様子を窺う、もしくは責任を擦り付け合う女子たちに、賢人はスッと目をすがめた。
「言っておくけど、春日とはただのトモダチだから」
「でも、二人っきりで歩いてたって。それに、夏休み、うちらが誘っても全然出てきてくれなかったじゃない!」
「んーまあね、もっと大事な予定がてんこ盛りだったから」
「それ、どういう意味?」
 眉をひそめた女子の前で、賢人は彼女らを見据えたまま頭を軽く下げ、すぐそばにある雛姫のこめかみのあたりに口付けた。触れるか触れないか、という程度にしておいたから、雛姫は気づいていない。だが、女子らにはざわめきが走った。

「ちょっと、もしかして――」
「そ。オレが好きなのは雛姫だから。夏休みも、ずっと一緒だったんだよ。でも、照れ屋さんだから二人きりでは逢ってくれなくてさぁ。春日ほごしゃ同伴だったんだよな」
「どうして、そんな子なんか」
「オレにとっては最高のヒトだから。もう、マジ天使、みたいな?」
 二ッと笑った賢人は、一転、冷ややかな眼差しで一同を睥睨した。

「頼むから、雛姫に八つ当たりしないでくれよ? 今口説いてる真っ最中なんだからさ。余計な横やり入れて欲しくないんだよ」
「賢人なら、別に、他にも――」
「オレが欲しいのは雛姫なの。先に言っておくけど、雛姫がオレを振ったからって言って、オレがお前たちの誰かを好きになるって思わないでくれよ?」
 その台詞に、皆、グッと顎を引いた。
 どうやら、それを目論んでいたようだ。きっと、標的を春日から雛姫に換えて嫌がらせをおっぱじめるつもりだったのだろう。
 そんな彼女らに、賢人はもう一度笑みを見せた。噛みつくような、笑みを。

「オレの気持ちはオレのものだ。誰を好きになるか、お前たちにどうこうできるようなもんじゃないよ。オレが好きなのは雛姫で、誰も代わりにはなれない。もしもこのことで雛姫や春日が嫌な思いをするようなことがあれば、積極的にへこましに行くからな」
 普段、彼女たちが何をしてもヘラヘラと受け流している賢人の冷え込む声に、皆、後ずさる。そうして、誰からともなく、一人、二人と立ち去っていった。

 最後の一人の足音が消えるのを待って、春日が壁際から身を起こす。女生徒たちが消えていった方から賢人たちの方へと首を巡らせ、束の間目を細め、そしてため息をついた。

「そろそろ、雛姫ちゃん離してあげてくれない?」
「え? でも、嫌がってないじゃん?」
 賢人は雛姫の前で腕を交差させたまま、とぼけてみせた。ついでに、顎の下にある丸く艶やかな頭に頬を寄せる。
 春日はもう一度深々と息をつくと、スタスタと二人の方へやってきた。

「それ、固まってるだけだしある種のセクハラだから」
 言うなり、ベリ、と音がしそうな仕草で賢人の腕を引きはがす。
「ちぇ」
 空っぽになった腕に舌を鳴らして、賢人は仕方がないなと雛姫の前に回った。前髪の隙間を覗き込むと、ほんの一瞬だけ目が合って、すぐに逸らされる。

(スルーはされてないようだな)
 今までにも『好き』を連発してきたが、アレは様子見、ジャブのようなものだった。賢人としても、それほど効果を期待していたわけじゃない。
 だが、さすがにこれだけズラズラ並べ立てたら、いい加減おふざけや軽い気持ちではないと伝わるというものだろう。

 夏休み中の逢瀬から、少なくとも嫌われてはいないということは判っていた。
 加えて、今のこの反応は、それなりに意識してくれていると受け取っていいはずだ。

(ま、それなりの滑り出しかな)
 今でも事あるごとに雛姫には『好き』と言ってきたが、どれもこれも反応が乏しかったから全く届いていないのだろうかと思っていたのだ。が、この様子を見る限り、意外に悪くない。

(これで一線越えたし、あとは押すしかないよな)
 ようやく始められると内心でニンマリする賢人に、不審そうな春日の声が届く。

「でもさ、今までできるだけ目立たないようにしてたでしょ? 多分、こうなるのが判ってたから。なのに、なんで急にこんなふうに暴露しちゃったの?」
 賢人は彼女を見下ろし方をすくめた。
「気付いてたのか。まあ、そろそろいいかなと思ってたし、それより、オレももう我慢の限界だったし」
「……がまん……? がまん、してたの? あれで?」
 限りなく疑わしげな眼差しを向けられて、賢人は心外なとばかりに眉根を寄せる。

「すっげぇしてたじゃん。雛姫見守るぞ我慢大会ってのがあったら、オレ、絶対一位取れるだろ」
「いや、それ、どうかな……まあ、いいか。とにかく、雛姫は初心者なんだから、あんまり無茶振りしないでよ?」
「大丈夫、最終的に、ちゃんと幸せにするから」

「……それ、微妙な返事なんだけど?」
「大丈夫だって。な、雛姫?」

 身を屈めて終始固まったままの彼女の顔を覗き込むと、その頬は紅く染まっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】 ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る―― ※他サイトでも投稿中

冷遇妃ライフを満喫するはずが、皇帝陛下の溺愛ルートに捕まりました!?

由香
恋愛
冷遇妃として後宮の片隅で静かに暮らすはずだった翠鈴。 皇帝に呼ばれない日々は、むしろ自由で快適——そう思っていたのに。 ある夜、突然現れた皇帝に顎を掴まれ、深く口づけられる。 「誰が、お前を愛していないと言った」 守るための“冷遇”だったと明かされ、逃げ道を塞がれ、甘く囲われ、何度も唇を奪われて——。 これは冷遇妃のはずだった少女が、気づけば皇帝の唯一へと捕獲されてしまう甘く濃密な溺愛物語。

身を引いたのに、皇帝からの溺愛が止まりません ~秘された珠の還る場所~

ささゆき細雪
恋愛
五年前、内乱の混乱のなかで姿を消した最愛の妃・白瑤華(はくようか)。 彼女を失った皇帝・景玄耀(けいげんよう)は、その後ただ一人を想い続けながら執務に追われていた。そんなある日、書類に彼女の名前を発見し、居ても立っても居られなくなる。 ――死んだはずの彼女が、生きている? 同姓同名かもしれないが確かめずにいられなくなった彼は地方巡察を決行。そこで、彼によく似た幼子とともに彼女と再会、地方官吏として働く瑤華と、珠児(しゅじ)を見て、皇帝は決意する――もう二度と、逃がさないと。 「今さら、逃げ道があると思うなよ」 瑤華を玄耀は責めずに、待ちの姿勢で包み込み、囲い込んでいく。 秘された皇子と、選び直した愛。 三人で食卓を囲む幸福が、国をも動かすことになるなんて――?    * * * 後宮から逃げ出して身を引いたのに、皇帝の溺愛は止まらない――これはそんな、中華風異世界ロマンス。

十年間虐げられたお針子令嬢、冷徹侯爵に狂おしいほど愛される。

er
恋愛
十年前に両親を亡くしたセレスティーナは、後見人の叔父に財産を奪われ、物置部屋で使用人同然の扱いを受けていた。義妹ミレイユのために毎日ドレスを縫わされる日々——でも彼女には『星霜の記憶』という、物の過去と未来を視る特別な力があった。隠されていた舞踏会の招待状を見つけて決死の潜入を果たすと、冷徹で美しいヴィルフォール侯爵と運命の再会! 義妹のドレスが破れて大恥、叔父も悪事を暴かれて追放されるはめに。失われた伝説の刺繍技術を復活させたセレスティーナは宮廷筆頭職人に抜擢され、「ずっと君を探していた」と侯爵に溺愛される——

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

処理中です...