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最終章:乙女の祈りが叶うとき
暴走
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「――ッ!」
エディの刃に長衣を裂かれて肌を露わにしたマギ王に、その肌に刻まれたものに、ルゥナは思わず息を呑む。
「あれ、は……」
「『印』、だな」
両手で口を覆って絶句した彼女を、ソワレが眉をひそめて引き継いだ。
確かに、ピシカの『印』だ。
その気配は、ある。
気配はあるけれども――なんて禍々しい。
本来の白い肌をすっかり埋め尽くした闇色の紋様は、ルゥナ達に刻まれているものとは似て非なるものだった。
「あんなに刻まれて、大丈夫なのかい?」
隣に立ったトールの声も、硬い。
「さあな」
肩をすくめたソワレは、僕に訊くなと言わんばかりだ。
「あれがどういうふうに働いているか、だな。ルゥナの『印』は単純にルゥナの力が自分自身に向くようにするものだし、僕たちのは思う強さが力になるように作用するものだけど、マギクの身体にあるものは、その両方を併せ持っているものなのか、まったく別の効果を持つものなのか……」
「まあ、どっちにしても、あんまりいい感じはしないよね、アレ」
トールの言葉に、ルゥナは胸の前で両手を固く握り合わせた。彼が言うとおり、今のマギクからはとても歪んだ気配がする。
(ピシカ、あなたはいったい何をしたの――?)
声に出さずに問いかけても、フワフワと宙に浮いて戦いを眺めている少女は、答えてくれない。
ルゥナには、嫌な予感がこみ上げてくるのを必死に呑み下して、展開を見守ることしかできなかった。
驚愕の為か、マギクの服を切り裂いたエディは地面に片膝をついたまま彼を見上げている。ルゥナが目を瞠る中、唐突に、彼の頭上に氷の刃がいくつも出現した。
「エディ!」
シュウの声と、ルゥナの声が、重なった。
その声に弾かれたようにエディが横に跳び、そしてそのまま跳躍する。
長身のマギクよりも高く舞った彼の頭上で、聖剣が煌めく。それが振り下ろされ、次の瞬間起こったことに、ルゥナは喉からほとばしりそうになった悲鳴を呑み込んだ。
黒い肌からは想像できないような、鮮やかな赤。
噴き出したそれは地面を染める。
何度か小さく弾んでから大地に転がった腕は無機質なただの『モノ』のようで、何かの冗談のように見えた。
――治さないと。
衝動的に、ルゥナはそう思う。
マギクの傷を、癒さないと、と。
そう思ってしまうのは、ほとんど彼女の本能のようなものだ。
駆け出しかけたルゥナの肩を、ソワレの手が引き留めた。グイ、と後ろに引かれてよろめいた彼女は、ソワレの腕の中に倒れ込む。
「駄目だよ、ルゥナ。危ない」
「でも!」
首を反らせてルゥナは弟を見上げる。けれど、彼女に注がれているソワレの眼差しは、断固としていた。
さらに言い募ろうとするルゥナに、トールの声が水を差す。
「ちょっと待って、ピシカが何かしてる」
「え?」
彼の声に前方へと視線を流せば、マギクの肩から身を乗り出すようにしている薄紅色の少女の姿があった。
「ピシカ……?」
少女は何かを取り出し、それをマギクの胸の辺りに持っていく。
「何をしているんだろう?」
トールは目を眇めて呟いた。と、ルゥナの肩に置かれていたソワレの手に力がこもる。
「あれは、邪神を封じた魔晶球だ――まさか、アレを、マギクに……?」
ソワレのその言葉が終わるか終わらないかという時だった。
マギから離れ、再びふわりと宙に浮かんだピシカがルゥナを見た。
そして、笑う。
『ねえ、どうする?』
声は届かなかったけれど、彼女がそう呼びかけたのが、ルゥナには判った。
刹那。
マギ王の身体が、爆発した。
ルゥナが目を瞠る中、悲鳴――違う、もっと獣じみた怒声を上げて、マギクは歪に、巨大に、形を変えていく。
もう、彼は、とうてい『ヒト』とは言えなかった。
肌は岩のようにゴツゴツと粗くなり、腕も足も胴体も、みるみる肥大していく。それは、金色熊《ウルズ》など比にならない巨躯だった。エディに腕を切り落とされた肩からは、今や二本の腕が生えている。
巨体と釣り合いの取れていない小さな顔だけは秀麗なマギクのままで、だからこそ、より醜悪な姿だった。
かつてマギクであったモノは、喉の奥から咆哮を轟かせながら、苦痛に悶えるように四肢を振り回す。
その腕の一本だけで、ヤンの身体ほどもあった。それが唸りを上げて振り下ろされ、薙ぎ払われる。ビュンと空気を切り裂く音が、ルゥナの耳にも届く。
エディ、ヤン、そしてシュウはそれを紙一重でかわしつつ、交互に、あるいは同時に、間断なく攻撃を繰り出していた。が、元の姿を全くとどめていない巨躯には、なかなか有効な一撃を加えられずにいる。
「ガァッ!」
もう、ヒトとは言えない、ただ力を振るうだけの何かになって、マギクが吠える。
その声とともに火花を散らして放射状に炎が走った。一拍遅れて押し寄せてきた熱波を、ルゥナの前に立ったソワレが腕を振って払う。
「みんなは――」
彼の腕をどけるようにして身を乗り出して、ルゥナはエディたちの安否を探った。
――三人とも、無事だ。
シュウが作り出した盾で、護られている。
けれど、あの炎のせいでせっかく詰めた距離がまた生まれてしまった。
散った三人が三方から攻めようとしても、振り回される腕に阻まれて近づくこともできない。その上、マギの身動き一つ一つで炎が走り、岩の槍が大地から突き上げた。
地面が揺れ、ルゥナたちの上にもちらちらと火の粉が舞う。
「肉体の再生だけじゃなくて、魔力も暴走しているみたいだ」
ルゥナを長衣の中に抱き込みながら、ソワレが眉をひそめる。
「魔力も、暴走……?」
見上げたルゥナに、ソワレはうなずいた。
「ああ。多分、彼は、魔法を放とうとしてるわけじゃないと思う。制御できていないんだ」
「マギクは自分が何をしてるか、もう判ってないの?」
「あれで意識があると思うかい? 多分ね、ピシカの『印』は力の『形』を変えるんだと思う。強く何かを念じることが別の力になったり、あるいは、力を注ぐ方向を変えたりね。ルゥナの治癒の力は、ルゥナが元々持ってた力だ。ピシカの『印』は、それが君の身体に対して発動し続けるようにしているだけだろう?」
自分の身体のことで言われると何となく、解かったような気がする。
ルゥナがこくりと頷くと、ソワレは小さく首をかしげて続けた。
「――ここに最初に現れた時から、マギクに意識や意思があったとは思えないんだよな。ピシカの『印』は何か――彼の意識の流れみたいなのを変えたのかもしれない。ただひたすら、破壊に向くように、とか。その思いの強さが魔力にもなって、元々強大だったマギクの力を一層強くしてたんじゃないかと思う」
ソワレは、よく判らないけど、と肩をすくめる。
「じゃあ、邪神は? 邪神の力が、生き物を変えてしまうんじゃないの?」
「あれは……力を増幅するんだ。変わってしまうのは、『おまけ』だよ」
「『おまけ』――?」
「ああ。過ぎた力は毒なんだよ。身体が増幅した力を受け入れられなくて、歪んでしまうんだ」
「ご覧」と言うように、ソワレは自分の身体を見下ろした。
彼も、その力を受けて『歪んだ』ものの一人だ。
ルゥナはそっと彼の胸に手を当てる。
ソワレは静かに微笑んで、彼女の手を自分の手で覆った。
「とにかく、邪神の力は間接的に受けても強烈なんだ。あんなふうにピシカの『印』を刻まれている上に、もろに邪神の力を食らっているマギクがこのまま暴走を続けたら、このイシュラが沈んでしまうかもしれない」
「この島だけで済んだらいいけどねぇ。ま、早いとこ何とかしないといけないのは確かだよね」
場にそぐわないのんびりした声でそう言うと、トールは提げていた聖弓を正面に構えた。
もう元の姿の片鱗も残していないマギ王に向けて見えない弦を引く。トールの全身を光が包み、しなった弓の先にその光が凝集し、珠となり、膨らんでいく。
「ハッ!」
短い気合でトールはそれを放った。
マギを目指して真っ直ぐに飛んだ光球は、狙い違わず分厚い胸板を貫いた――貫くと、思われた。
が。
それは、ヤンが力を振るった時と同じだった。
『印』の力は『印』を持つ者には及ばない。
違うのは、ヤンが放った力はマギを通り抜けて行ったけれど、光の珠はマギに触れると同時に、空気に溶けるようにふわりと消えたことだ。
「やっぱり駄目かぁ」
トールはこの結果を予想していたらしく、頭を掻きながらのその台詞に、あまり落胆は感じられなかった。
「まあ、そうだろうな」
肩をすくめてソワレはうなずいたけれど、ふと何かを思いついたかのように動きを止める。
「……ちょっと、これを使ってみてくれ」
そう言って、彼は両手のひらを合わせて腕を真っ直ぐ前に差し伸べた。その手のひらをゆっくりと離していくと、その間に一本の矢が現れる。
深い闇色をしたそれは、鈍い光沢を放っていた。
「僕の魔力そのものを凝集させてみた。『印』は関与していないから、使えるはずだ」
「君が直接攻撃するのは駄目なの?」
「僕は細かく狙いをつけるのは苦手だ」
「あはは。繊細そうに見えるのになぁ」
言いながら手渡された矢を受け取り、トールはもの珍しそうに検分する。
「へえ……」
呟きながらそれを弓につがえると、試すように何度か不可視の弦を引いた。そうして、にっこりと笑う。
「うん、いけそうだ」
頷き、弓を引き絞る。
ピィンと、トールの周りの空気が張り詰めた。真っ直ぐに伸びた背は、微動だにしない。
一呼吸の後。
パシュッと軽い音がしたような気がした。と同時に、トールの手から漆黒の矢が放たれる。
それは煌めく尾を引き、かつてマギクであったモノへと向かう。
命中。
膨れ上がった巨体の肩が、弾け飛ぶ――が。
「うぅわ」
呆れと関心が半分半分で入り混じった声を、トールがこぼした。思わずこぼれてしまった、という風情で。
ルゥナたちが目を瞠る先で、矢に射抜かれ吹き飛んだマギの肩はみるみる再生し、元の姿を取り戻すだけにはとどまらず、いっそう醜悪な姿へと変わっていく。
矢で肉体を砕かれたのが、痛いのか。
それとも、軋みを上げて身体が変化していくことが、痛いのか。
マギクは、一層激しく、全身を振り回すようにして咆哮を上げる。
その苦しみが、ルゥナに痛みと悲しみをもたらした。
ギュッとソワレの長衣を掴んだルゥナの肩を、ソワレが抱き締める。
マギクの再生は、あっという間に終わった。
「ちょっとやそっとじゃ、駄目みたいだ」
らしくなく顔をしかめて言うトールに、ソワレは肩をすくめる。
「なら、再生が追いつかないほどに叩けばいいだろ――あいつらも、そう思ったようだが?」
ソワレが顎をしゃくった先では、トールが作った一瞬の隙を逃すことなく再びマギクに迫ったエディ、そしてヤン、シュウが、それまでにも増して激しい攻撃をその巨体に注いでいた。
エディは速さで、ヤンは力で、シュウは技で、異形と化したマギの予測不能な攻撃をかわし、己の得物を振るっている。
「まあ、そうだね。じゃ、やろうか」
にっこり笑うと、トールはソワレに向けて手を差し出した。
エディの刃に長衣を裂かれて肌を露わにしたマギ王に、その肌に刻まれたものに、ルゥナは思わず息を呑む。
「あれ、は……」
「『印』、だな」
両手で口を覆って絶句した彼女を、ソワレが眉をひそめて引き継いだ。
確かに、ピシカの『印』だ。
その気配は、ある。
気配はあるけれども――なんて禍々しい。
本来の白い肌をすっかり埋め尽くした闇色の紋様は、ルゥナ達に刻まれているものとは似て非なるものだった。
「あんなに刻まれて、大丈夫なのかい?」
隣に立ったトールの声も、硬い。
「さあな」
肩をすくめたソワレは、僕に訊くなと言わんばかりだ。
「あれがどういうふうに働いているか、だな。ルゥナの『印』は単純にルゥナの力が自分自身に向くようにするものだし、僕たちのは思う強さが力になるように作用するものだけど、マギクの身体にあるものは、その両方を併せ持っているものなのか、まったく別の効果を持つものなのか……」
「まあ、どっちにしても、あんまりいい感じはしないよね、アレ」
トールの言葉に、ルゥナは胸の前で両手を固く握り合わせた。彼が言うとおり、今のマギクからはとても歪んだ気配がする。
(ピシカ、あなたはいったい何をしたの――?)
声に出さずに問いかけても、フワフワと宙に浮いて戦いを眺めている少女は、答えてくれない。
ルゥナには、嫌な予感がこみ上げてくるのを必死に呑み下して、展開を見守ることしかできなかった。
驚愕の為か、マギクの服を切り裂いたエディは地面に片膝をついたまま彼を見上げている。ルゥナが目を瞠る中、唐突に、彼の頭上に氷の刃がいくつも出現した。
「エディ!」
シュウの声と、ルゥナの声が、重なった。
その声に弾かれたようにエディが横に跳び、そしてそのまま跳躍する。
長身のマギクよりも高く舞った彼の頭上で、聖剣が煌めく。それが振り下ろされ、次の瞬間起こったことに、ルゥナは喉からほとばしりそうになった悲鳴を呑み込んだ。
黒い肌からは想像できないような、鮮やかな赤。
噴き出したそれは地面を染める。
何度か小さく弾んでから大地に転がった腕は無機質なただの『モノ』のようで、何かの冗談のように見えた。
――治さないと。
衝動的に、ルゥナはそう思う。
マギクの傷を、癒さないと、と。
そう思ってしまうのは、ほとんど彼女の本能のようなものだ。
駆け出しかけたルゥナの肩を、ソワレの手が引き留めた。グイ、と後ろに引かれてよろめいた彼女は、ソワレの腕の中に倒れ込む。
「駄目だよ、ルゥナ。危ない」
「でも!」
首を反らせてルゥナは弟を見上げる。けれど、彼女に注がれているソワレの眼差しは、断固としていた。
さらに言い募ろうとするルゥナに、トールの声が水を差す。
「ちょっと待って、ピシカが何かしてる」
「え?」
彼の声に前方へと視線を流せば、マギクの肩から身を乗り出すようにしている薄紅色の少女の姿があった。
「ピシカ……?」
少女は何かを取り出し、それをマギクの胸の辺りに持っていく。
「何をしているんだろう?」
トールは目を眇めて呟いた。と、ルゥナの肩に置かれていたソワレの手に力がこもる。
「あれは、邪神を封じた魔晶球だ――まさか、アレを、マギクに……?」
ソワレのその言葉が終わるか終わらないかという時だった。
マギから離れ、再びふわりと宙に浮かんだピシカがルゥナを見た。
そして、笑う。
『ねえ、どうする?』
声は届かなかったけれど、彼女がそう呼びかけたのが、ルゥナには判った。
刹那。
マギ王の身体が、爆発した。
ルゥナが目を瞠る中、悲鳴――違う、もっと獣じみた怒声を上げて、マギクは歪に、巨大に、形を変えていく。
もう、彼は、とうてい『ヒト』とは言えなかった。
肌は岩のようにゴツゴツと粗くなり、腕も足も胴体も、みるみる肥大していく。それは、金色熊《ウルズ》など比にならない巨躯だった。エディに腕を切り落とされた肩からは、今や二本の腕が生えている。
巨体と釣り合いの取れていない小さな顔だけは秀麗なマギクのままで、だからこそ、より醜悪な姿だった。
かつてマギクであったモノは、喉の奥から咆哮を轟かせながら、苦痛に悶えるように四肢を振り回す。
その腕の一本だけで、ヤンの身体ほどもあった。それが唸りを上げて振り下ろされ、薙ぎ払われる。ビュンと空気を切り裂く音が、ルゥナの耳にも届く。
エディ、ヤン、そしてシュウはそれを紙一重でかわしつつ、交互に、あるいは同時に、間断なく攻撃を繰り出していた。が、元の姿を全くとどめていない巨躯には、なかなか有効な一撃を加えられずにいる。
「ガァッ!」
もう、ヒトとは言えない、ただ力を振るうだけの何かになって、マギクが吠える。
その声とともに火花を散らして放射状に炎が走った。一拍遅れて押し寄せてきた熱波を、ルゥナの前に立ったソワレが腕を振って払う。
「みんなは――」
彼の腕をどけるようにして身を乗り出して、ルゥナはエディたちの安否を探った。
――三人とも、無事だ。
シュウが作り出した盾で、護られている。
けれど、あの炎のせいでせっかく詰めた距離がまた生まれてしまった。
散った三人が三方から攻めようとしても、振り回される腕に阻まれて近づくこともできない。その上、マギの身動き一つ一つで炎が走り、岩の槍が大地から突き上げた。
地面が揺れ、ルゥナたちの上にもちらちらと火の粉が舞う。
「肉体の再生だけじゃなくて、魔力も暴走しているみたいだ」
ルゥナを長衣の中に抱き込みながら、ソワレが眉をひそめる。
「魔力も、暴走……?」
見上げたルゥナに、ソワレはうなずいた。
「ああ。多分、彼は、魔法を放とうとしてるわけじゃないと思う。制御できていないんだ」
「マギクは自分が何をしてるか、もう判ってないの?」
「あれで意識があると思うかい? 多分ね、ピシカの『印』は力の『形』を変えるんだと思う。強く何かを念じることが別の力になったり、あるいは、力を注ぐ方向を変えたりね。ルゥナの治癒の力は、ルゥナが元々持ってた力だ。ピシカの『印』は、それが君の身体に対して発動し続けるようにしているだけだろう?」
自分の身体のことで言われると何となく、解かったような気がする。
ルゥナがこくりと頷くと、ソワレは小さく首をかしげて続けた。
「――ここに最初に現れた時から、マギクに意識や意思があったとは思えないんだよな。ピシカの『印』は何か――彼の意識の流れみたいなのを変えたのかもしれない。ただひたすら、破壊に向くように、とか。その思いの強さが魔力にもなって、元々強大だったマギクの力を一層強くしてたんじゃないかと思う」
ソワレは、よく判らないけど、と肩をすくめる。
「じゃあ、邪神は? 邪神の力が、生き物を変えてしまうんじゃないの?」
「あれは……力を増幅するんだ。変わってしまうのは、『おまけ』だよ」
「『おまけ』――?」
「ああ。過ぎた力は毒なんだよ。身体が増幅した力を受け入れられなくて、歪んでしまうんだ」
「ご覧」と言うように、ソワレは自分の身体を見下ろした。
彼も、その力を受けて『歪んだ』ものの一人だ。
ルゥナはそっと彼の胸に手を当てる。
ソワレは静かに微笑んで、彼女の手を自分の手で覆った。
「とにかく、邪神の力は間接的に受けても強烈なんだ。あんなふうにピシカの『印』を刻まれている上に、もろに邪神の力を食らっているマギクがこのまま暴走を続けたら、このイシュラが沈んでしまうかもしれない」
「この島だけで済んだらいいけどねぇ。ま、早いとこ何とかしないといけないのは確かだよね」
場にそぐわないのんびりした声でそう言うと、トールは提げていた聖弓を正面に構えた。
もう元の姿の片鱗も残していないマギ王に向けて見えない弦を引く。トールの全身を光が包み、しなった弓の先にその光が凝集し、珠となり、膨らんでいく。
「ハッ!」
短い気合でトールはそれを放った。
マギを目指して真っ直ぐに飛んだ光球は、狙い違わず分厚い胸板を貫いた――貫くと、思われた。
が。
それは、ヤンが力を振るった時と同じだった。
『印』の力は『印』を持つ者には及ばない。
違うのは、ヤンが放った力はマギを通り抜けて行ったけれど、光の珠はマギに触れると同時に、空気に溶けるようにふわりと消えたことだ。
「やっぱり駄目かぁ」
トールはこの結果を予想していたらしく、頭を掻きながらのその台詞に、あまり落胆は感じられなかった。
「まあ、そうだろうな」
肩をすくめてソワレはうなずいたけれど、ふと何かを思いついたかのように動きを止める。
「……ちょっと、これを使ってみてくれ」
そう言って、彼は両手のひらを合わせて腕を真っ直ぐ前に差し伸べた。その手のひらをゆっくりと離していくと、その間に一本の矢が現れる。
深い闇色をしたそれは、鈍い光沢を放っていた。
「僕の魔力そのものを凝集させてみた。『印』は関与していないから、使えるはずだ」
「君が直接攻撃するのは駄目なの?」
「僕は細かく狙いをつけるのは苦手だ」
「あはは。繊細そうに見えるのになぁ」
言いながら手渡された矢を受け取り、トールはもの珍しそうに検分する。
「へえ……」
呟きながらそれを弓につがえると、試すように何度か不可視の弦を引いた。そうして、にっこりと笑う。
「うん、いけそうだ」
頷き、弓を引き絞る。
ピィンと、トールの周りの空気が張り詰めた。真っ直ぐに伸びた背は、微動だにしない。
一呼吸の後。
パシュッと軽い音がしたような気がした。と同時に、トールの手から漆黒の矢が放たれる。
それは煌めく尾を引き、かつてマギクであったモノへと向かう。
命中。
膨れ上がった巨体の肩が、弾け飛ぶ――が。
「うぅわ」
呆れと関心が半分半分で入り混じった声を、トールがこぼした。思わずこぼれてしまった、という風情で。
ルゥナたちが目を瞠る先で、矢に射抜かれ吹き飛んだマギの肩はみるみる再生し、元の姿を取り戻すだけにはとどまらず、いっそう醜悪な姿へと変わっていく。
矢で肉体を砕かれたのが、痛いのか。
それとも、軋みを上げて身体が変化していくことが、痛いのか。
マギクは、一層激しく、全身を振り回すようにして咆哮を上げる。
その苦しみが、ルゥナに痛みと悲しみをもたらした。
ギュッとソワレの長衣を掴んだルゥナの肩を、ソワレが抱き締める。
マギクの再生は、あっという間に終わった。
「ちょっとやそっとじゃ、駄目みたいだ」
らしくなく顔をしかめて言うトールに、ソワレは肩をすくめる。
「なら、再生が追いつかないほどに叩けばいいだろ――あいつらも、そう思ったようだが?」
ソワレが顎をしゃくった先では、トールが作った一瞬の隙を逃すことなく再びマギクに迫ったエディ、そしてヤン、シュウが、それまでにも増して激しい攻撃をその巨体に注いでいた。
エディは速さで、ヤンは力で、シュウは技で、異形と化したマギの予測不能な攻撃をかわし、己の得物を振るっている。
「まあ、そうだね。じゃ、やろうか」
にっこり笑うと、トールはソワレに向けて手を差し出した。
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