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不満と焦りと
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「クソ! もういいよ!」
部屋の中に向かってそう言い捨てて、カイネはアシクの部屋の扉を叩き付けるように閉めた。それでは気分が治まらず、閉まった扉をひと蹴りする。
そんな彼を、廊下で待っていたローグが無言で見つめてきた。カイネは彼を見下ろし、舌打ちをする。
「ったく、何でダメなんだよ、な?」
不満を共有しようとするカイネに、年下の少年はこくこくと頷きを返す。が、声は、ない。全てを奪ったあの襲撃は、ローグから言葉も奪っていた。いや、言葉だけではない。かつては時にカイネよりも大人びている色を見せたことのあるローグのその眼差しはどこか幼く、まるで彼の中では時の流れがピタリと止まってしまっているかのようだった。
カイネは険しく逆立てていた眉を和らげ、ローグの頭をクシャリと撫でる。そうして、また、扉に目を向けた。
「もう二年、だぜ」
カイネは、部屋の奥にいる男に向けて、ボソリとこぼした。
二年。
それは、ケネスに連れられたカイネとローグが反乱軍の長であるアシクの下に身を寄せてから過ぎた時間だ。まだ十数年しか生きていない彼らにとって、その年月は決して短いとは言えないものだった。なのに、変わったのは二人の図体だけで、村を失ってから一歩も前に進めていない気がする。
黒毛熊よりも大きいと母に良くからかわれていた父にはまだ及ばないものの、カイネはたいていの大人にも引けを取らないほどの身体つきになった。背丈もそうだが、やっきになって鍛えたお陰で腕は太く胸も厚い。彼とは対照的に、あまり育っていないローグと一緒にいると、まさに大人と子どものようだと言われる。
だが、どれだけ育っても、親代わりでもあるアシクに言わせると、「お前のおつむはローグよりもガキだ」となる。だから、まだ何も任せられないのだと。
どうにもイライラがすっきりしなくて、カイネは大きく息をついた。
ケネスが引き合わせてくれたのは、神殿の支配に異を唱え、覆そうとしている人々の集まりだ。長のアシクと、その片腕のムールは同郷で、どちらも水害で家族を失っている。
皆、カイネたちのように外からの部族に襲撃されたり、あるいはアシクたちのように川の氾濫や嵐などの災害に遭ったりして、神殿に対する信頼を失った者たちばかりだ。皆、神は助けてくれないことを思い知らされ、より良く生きるには自分たちの手で何かをしなければならないのだということを悟った者たちだった。
全部で何人になるのかは判らないが、少なくとも、反乱軍の本部とも言えるこの隠れ里には、失われてしまったカイネたちの村と同じくらいの人々が暮らしている。多分、五百人は下らない。ここの他にも、数か所同じような場所があるらしい。『軍』とは呼んでいるが、半数は女子どもや年寄りの非戦闘員で、ごく普通の生活を営んでいる。実際のところは、『村』といった方がいいのかもしれない。
ケネスは旅商人をしながらその村々を回って連絡役を務めたり、カイネたちのように神殿に疑問を持つようになった者に声をかけたりしているのだという。
そんな彼らのもとに身を寄せて、とにかく、二年。
その月日が流れ、カイネは十七歳、ローグも十四歳になった。
いくら村のようなものだと言っても、もとは神殿に反旗を翻そうという者たちの集まりなのだ。ある程度の年齢になった者は、情報収集や武器の手配、そういった戦いの準備に駆り出されている。人も物も着々と整い、蜂起の日は近づきつつあり、ケネスによれば、数年前から神殿からの寄進を要求する圧力が高まっているとのことで、特に人の方は数を増しつつあった。
そんな中、カイネたちは何かを任されるでもなく、手持無沙汰な日々を過ごしている。
確かに、カイネもローグも――特にローグは――要員の中では若い方だ。だが、この二年間、剣や馬も必死に訓練し、充分に動けるようになっている筈だ。
にも拘らず、今日もカイネはアシクに「何か仕事をさせてくれ」と直談判に行き、いつものように敢え無く玉砕する運びとなった。
「オレにだって、何かできるのに」
もう一度扉を睨み付け、ぶつぶつと呟きながら歩きだしたカイネの後を、ローグが追う。
カイネは、『何か』が、したかった。何でもいい。ただ、ここで何もせずにただ飯を食らっているのは、我慢がならない。
苛立ちを隠そうともしないカイネに、すれ違う大人たちは、「いつもの事か」という目を向ける。ほぼ連日のように彼がアシクに抗議しに行っていることは、周知の事実だ――そして、それが毎回無駄足に終わっていることも。宥めても無駄なことが判っているのか、慰めや励ましの言葉をかける者はいなかった。
むっつりとした顔で風を切りながら歩き、二人はいつもの定位置、他の者が滅多に訪れることのない、裏庭の隅へと向かう。
「ああ、くそ!」
足を止めてどっかりと腰を下ろしたカイネは、また、同じ罵りの声を上げた。ローグは近くの木に寄り掛かる。
「剣だって、馬だって、同じ年の他の奴より、よっぽどやれるだろ? 大人にだって、負けてないじゃないか。後は何が足りないってんだよ!」
憤りを拳にのせて、カイネは地面を殴りつける。
ローグはそんな兄貴分に同意するように、肩をすくめた。
実際、カイネの剣の扱いはここの大人たちの誰よりもうまく、彼に勝てるのはアシクとその副官のムールぐらいだろう。馬だって、一番早く駆けさせられる。
子どもだけで外に出すのが心配だというのなら、ケネスに付いていくのだっていい。狩りで野宿にも慣れているから、彼に迷惑はかけないはずだ。
アシクに何度もそう力説し、そのたびに、鼻先であしらわれる。カイネもローグも、彼らの力を正当に評価してくれないことが不満でならなかった。
だが、大人たちが彼らに望んでいるものはそれらではないのだということを、二人は知らない。剣を取って戦える、それ以外にも必要なことがあるのだということを。
知らないからこそ、カイネとローグは焦り、それ故に空回りをするのだ。
カイネは晴れ渡った空を見上げ、大きくため息をつく。
流れる一塊の雲をぼんやりと目で追っていると、ふとあることを思い付いた。
「なあ、オレ達でちょっとやってみないか?」
手招きをして近寄ってきたローグに顔を寄せて、カイネが囁く。
大人たちが何もさせてくれないのなら、先に実績を作ってやればいい。
カイネの真剣な眼差しに、ローグが瞬きをする。その目は興味津々とばかりに輝いていた。
「大神殿に忍び込んでやろうぜ。で、何か……情報でも、ものでも、何でもいいから取ってくるんだ。オレ達がやれるってこと、見せてやろうぜ」
彼の台詞に、ローグがコクコクと頷く。
カイネたちの実力を目の前に突き付けてやれば、きっと彼らも態度を変えるはず。
ケネスと共に村を発った後、結局、大神殿がある都には寄らずに来たから、そこがどんな場所なのかということにも興味がある。大神殿には神官と『神の娘』とやらがいて、未だに多くの人々を欺いているのだ。
そのいかさま野郎どもの顔も、拝めるかもしれない。
そうすれば、また、何だかぼやけ始めてしまったような気もする志を新たにもできるだろう。
目と目を合わせた二人は、どちらからともなく互いの拳を突き出すと、コツンとぶつけ合った。
部屋の中に向かってそう言い捨てて、カイネはアシクの部屋の扉を叩き付けるように閉めた。それでは気分が治まらず、閉まった扉をひと蹴りする。
そんな彼を、廊下で待っていたローグが無言で見つめてきた。カイネは彼を見下ろし、舌打ちをする。
「ったく、何でダメなんだよ、な?」
不満を共有しようとするカイネに、年下の少年はこくこくと頷きを返す。が、声は、ない。全てを奪ったあの襲撃は、ローグから言葉も奪っていた。いや、言葉だけではない。かつては時にカイネよりも大人びている色を見せたことのあるローグのその眼差しはどこか幼く、まるで彼の中では時の流れがピタリと止まってしまっているかのようだった。
カイネは険しく逆立てていた眉を和らげ、ローグの頭をクシャリと撫でる。そうして、また、扉に目を向けた。
「もう二年、だぜ」
カイネは、部屋の奥にいる男に向けて、ボソリとこぼした。
二年。
それは、ケネスに連れられたカイネとローグが反乱軍の長であるアシクの下に身を寄せてから過ぎた時間だ。まだ十数年しか生きていない彼らにとって、その年月は決して短いとは言えないものだった。なのに、変わったのは二人の図体だけで、村を失ってから一歩も前に進めていない気がする。
黒毛熊よりも大きいと母に良くからかわれていた父にはまだ及ばないものの、カイネはたいていの大人にも引けを取らないほどの身体つきになった。背丈もそうだが、やっきになって鍛えたお陰で腕は太く胸も厚い。彼とは対照的に、あまり育っていないローグと一緒にいると、まさに大人と子どものようだと言われる。
だが、どれだけ育っても、親代わりでもあるアシクに言わせると、「お前のおつむはローグよりもガキだ」となる。だから、まだ何も任せられないのだと。
どうにもイライラがすっきりしなくて、カイネは大きく息をついた。
ケネスが引き合わせてくれたのは、神殿の支配に異を唱え、覆そうとしている人々の集まりだ。長のアシクと、その片腕のムールは同郷で、どちらも水害で家族を失っている。
皆、カイネたちのように外からの部族に襲撃されたり、あるいはアシクたちのように川の氾濫や嵐などの災害に遭ったりして、神殿に対する信頼を失った者たちばかりだ。皆、神は助けてくれないことを思い知らされ、より良く生きるには自分たちの手で何かをしなければならないのだということを悟った者たちだった。
全部で何人になるのかは判らないが、少なくとも、反乱軍の本部とも言えるこの隠れ里には、失われてしまったカイネたちの村と同じくらいの人々が暮らしている。多分、五百人は下らない。ここの他にも、数か所同じような場所があるらしい。『軍』とは呼んでいるが、半数は女子どもや年寄りの非戦闘員で、ごく普通の生活を営んでいる。実際のところは、『村』といった方がいいのかもしれない。
ケネスは旅商人をしながらその村々を回って連絡役を務めたり、カイネたちのように神殿に疑問を持つようになった者に声をかけたりしているのだという。
そんな彼らのもとに身を寄せて、とにかく、二年。
その月日が流れ、カイネは十七歳、ローグも十四歳になった。
いくら村のようなものだと言っても、もとは神殿に反旗を翻そうという者たちの集まりなのだ。ある程度の年齢になった者は、情報収集や武器の手配、そういった戦いの準備に駆り出されている。人も物も着々と整い、蜂起の日は近づきつつあり、ケネスによれば、数年前から神殿からの寄進を要求する圧力が高まっているとのことで、特に人の方は数を増しつつあった。
そんな中、カイネたちは何かを任されるでもなく、手持無沙汰な日々を過ごしている。
確かに、カイネもローグも――特にローグは――要員の中では若い方だ。だが、この二年間、剣や馬も必死に訓練し、充分に動けるようになっている筈だ。
にも拘らず、今日もカイネはアシクに「何か仕事をさせてくれ」と直談判に行き、いつものように敢え無く玉砕する運びとなった。
「オレにだって、何かできるのに」
もう一度扉を睨み付け、ぶつぶつと呟きながら歩きだしたカイネの後を、ローグが追う。
カイネは、『何か』が、したかった。何でもいい。ただ、ここで何もせずにただ飯を食らっているのは、我慢がならない。
苛立ちを隠そうともしないカイネに、すれ違う大人たちは、「いつもの事か」という目を向ける。ほぼ連日のように彼がアシクに抗議しに行っていることは、周知の事実だ――そして、それが毎回無駄足に終わっていることも。宥めても無駄なことが判っているのか、慰めや励ましの言葉をかける者はいなかった。
むっつりとした顔で風を切りながら歩き、二人はいつもの定位置、他の者が滅多に訪れることのない、裏庭の隅へと向かう。
「ああ、くそ!」
足を止めてどっかりと腰を下ろしたカイネは、また、同じ罵りの声を上げた。ローグは近くの木に寄り掛かる。
「剣だって、馬だって、同じ年の他の奴より、よっぽどやれるだろ? 大人にだって、負けてないじゃないか。後は何が足りないってんだよ!」
憤りを拳にのせて、カイネは地面を殴りつける。
ローグはそんな兄貴分に同意するように、肩をすくめた。
実際、カイネの剣の扱いはここの大人たちの誰よりもうまく、彼に勝てるのはアシクとその副官のムールぐらいだろう。馬だって、一番早く駆けさせられる。
子どもだけで外に出すのが心配だというのなら、ケネスに付いていくのだっていい。狩りで野宿にも慣れているから、彼に迷惑はかけないはずだ。
アシクに何度もそう力説し、そのたびに、鼻先であしらわれる。カイネもローグも、彼らの力を正当に評価してくれないことが不満でならなかった。
だが、大人たちが彼らに望んでいるものはそれらではないのだということを、二人は知らない。剣を取って戦える、それ以外にも必要なことがあるのだということを。
知らないからこそ、カイネとローグは焦り、それ故に空回りをするのだ。
カイネは晴れ渡った空を見上げ、大きくため息をつく。
流れる一塊の雲をぼんやりと目で追っていると、ふとあることを思い付いた。
「なあ、オレ達でちょっとやってみないか?」
手招きをして近寄ってきたローグに顔を寄せて、カイネが囁く。
大人たちが何もさせてくれないのなら、先に実績を作ってやればいい。
カイネの真剣な眼差しに、ローグが瞬きをする。その目は興味津々とばかりに輝いていた。
「大神殿に忍び込んでやろうぜ。で、何か……情報でも、ものでも、何でもいいから取ってくるんだ。オレ達がやれるってこと、見せてやろうぜ」
彼の台詞に、ローグがコクコクと頷く。
カイネたちの実力を目の前に突き付けてやれば、きっと彼らも態度を変えるはず。
ケネスと共に村を発った後、結局、大神殿がある都には寄らずに来たから、そこがどんな場所なのかということにも興味がある。大神殿には神官と『神の娘』とやらがいて、未だに多くの人々を欺いているのだ。
そのいかさま野郎どもの顔も、拝めるかもしれない。
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