悩める子爵と無垢な花

トウリン

文字の大きさ
13 / 59

出立

しおりを挟む
 フィオナとルーカスがフランジナへと旅立つ日になった。

「気を付けて行ってきてね」
 詰所の門前でケイティが力いっぱいフィオナを抱き締める。

「あたしもついて行ければいいのに」
 ため息混じりのその台詞にギョッとしたような顔になったのはブラッドだ。
「おい!?」
「行きませんって。二人一緒に留守にして、戻ってきたらまたゴミ屋敷の掃除から始めるなんて、嫌ですから」
 警邏隊詰所で働き始めた時の惨状を、ケイティがほのめかした。無邪気な笑顔でのその台詞に、ブラッドがグゥと喉を鳴らす。ケイティとフィオナが来るまでの詰所はまさに男所帯を絵に描いた状態で、特に厨房などは惨憺たる有様だったのだ。先日のデリック・スパーク襲撃の後片付けなど片手間仕事に思えるほどに。
「いや……もしも君が本当に行きたいのなら……」
 ブラッドがボソボソと呟いたが、らしくない歯切れの悪さだ。そんな彼をクスリと笑って、ケイティはまたフィオナに目を戻す。

「ルーカスさんが一緒なんだから何があっても大丈夫だと思うけど、くれぐれも、人混みではルーカスさんから離れないようにね。知らない人に声かけられても、ついていったらダメなのよ?」
 鬼気迫ると言っていいほど真剣この上ない顔をしたケイティの訓告に、フィオナは唇を尖らせる。
「ケイティ、わたくしは小さな子どもではないわ」
「だから危ないんじゃない」
 はあ、とこれみよがしに大きな息をついたケイティは、フィオナの隣に立つルーカスに目を遣った。
「港とか、きっとすごい人でしょう? 何か、彼女をつなぐような紐をもっていった方がいいかしら」
 ケイティの眼は、あながち冗談を言っているようには見えなかった。そんな彼女に見せつけるようにして、ルーカスがフィオナの手を取る。
「大丈夫、しっかりと捕まえておくから。誰かに盗られたりなんかしないよ」
「絶対、ですよ」
 頭一つ分以上高い位置にあるルーカスの顔を睨み付け、ケイティが念を押す。そうしてから、彼女は空いている方のフィオナの手を取り、上向け、そこに何かをのせる。

 ケイティはフィオナの手を両手で握り締めたまま、真っ直ぐに見つめてきた。
「いい? あなたはこの三年間でビックリするほど変わったのよ? それを覚えておいてね?」
「ええ、……?」
 頷きながらも、フィオナは首を傾げた。
 ケイティの台詞の内容は理解できるけれども、どうして突然彼女がそんなことを言い出したのかがよく解らない。
 顔中に疑問符を浮かべているだろうフィオナを見つめ、ケイティが微笑む。そうして、名残惜しげにゆっくりと、フィオナの手を離した。

 フィオナは自由になった手を開き、そこにあるものを見る。それは、淡い紅色をした手のひらにのるほどの小さな巾着袋で、緑色の糸で四つ葉が刺しゅうされている。握っていた時の感触から、中に小指の先ほどの大きさの硬い何かが入れられていることには気付いていた。
「これは?」
 巾着袋からケイティに眼を移して問うと、彼女はまた微笑む。
「中にね、お守り石が入ってるの」
 そう言ってから、少し口ごもり、続ける。
「えっと……旅から無事に帰るっていう効果があるんだ」
「無事に、帰る?」
 ケイティの言葉を繰り返したフィオナに、彼女がコクリと頷く。
「そう」

 つまり、ケイティはフィオナがここに帰ってくることを望んでいる。
 そう思っていて、いいのだろうか。

 マジマジと手の中の巾着を見つめるフィオナに、少し速い口調でケイティが続ける。
「もちろんね、ご家族が見つかって、そこに戻れるのが一番だと思うよ。ご家族だってもう絶対手放さないぞって感じになるだろうし、フィオナが帰る場所っていうのは、本当は、そこなんだと思う。でも、でもね……」
 そこでこらえきれずに唇を震わせたケイティの肩に、彼女を支えるように背後にそびえたブラッドが両手を置いた。そうして、ケイティが言わんとしていたことを引き取る。

「君がしたいようにすればいい。それがどういうものでも、君の決定を尊重する」
 そう言った後、ブラッドは厳めしい顔をほんの少し和らげた。
「だが、ここも、君の居場所で君が帰る場所だ。オレとケイティ――他の連中も、いつでも君を待っている」
「――はい」
 微かに震える声でそれだけ答えたフィオナに、ブラッドは顎を引くようにして頷いた。

「じゃあ、そろそろ出発しようか」
 ルーカスがそっとフィオナに声をかけ背に手を添えて、待っている馬車の方へと促す。

 行きたくない。

 咄嗟にそう口走りそうになるのを、フィオナは唇を噛んで押し止めた。
「じゃあ、行ってきます」
 存外しっかりした声で告げることができた別れの言葉に、ケイティの緑の目がキラリと光る。

 後ろ髪を引かれるとは、こういうことか。

 その思いを噛み締めながらも、フィオナは一歩を踏み出し、馬車に乗り込んだ。
 やがて走り出した馬車の窓から外を覗くと、千切れんばかりに手を振るケイティの姿が見え、それはみるみるうちに小さくなっていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました

鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」 そう言ったのは、王太子アレス。 そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。 外交も財政も軍備も―― すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。 けれど功績はすべて王太子のもの。 感謝も敬意も、ただの一度もない。 そして迎えた舞踏会の夜。 「便利だったが、飾りには向かん」 公開婚約破棄。 それならば、とレイナは微笑む。 「では業務も終了でよろしいですね?」 王太子が望んだ通り、 彼女は“確認”をやめた。 保証を外し、責任を返し、 そして最後に―― 「ご確認を」と差し出した書類に、 彼は何も読まずに署名した。 国は契約で成り立っている。 確認しない者に、王の資格はない。 働きたくない公爵令嬢と、 責任を理解しなかった王太子。 静かな契約ざまぁ劇、開幕。 ---

赤貧令嬢の借金返済契約

夏菜しの
恋愛
 大病を患った父の治療費がかさみ膨れ上がる借金。  いよいよ返す見込みが無くなった頃。父より爵位と領地を返還すれば借金は国が肩代わりしてくれると聞かされる。  クリスタは病床の父に代わり爵位を返還する為に一人で王都へ向かった。  王宮の中で会ったのは見た目は良いけど傍若無人な大貴族シリル。  彼は令嬢の過激なアプローチに困っていると言い、クリスタに婚約者のフリをしてくれるように依頼してきた。  それを条件に父の医療費に加えて、借金を肩代わりしてくれると言われてクリスタはその契約を承諾する。  赤貧令嬢クリスタと大貴族シリルのお話です。

婚約者が記憶喪失になりました。

ねーさん
恋愛
 平凡な子爵令嬢のセシリアは、「氷の彫刻」と呼ばれる無愛想で冷徹な公爵家の嫡男シルベストと恋に落ちた。  二人が婚約してしばらく経ったある日、シルベストが馬車の事故に遭ってしまう。 「キミは誰だ?」  目を覚ましたシルベストは三年分の記憶を失っていた。  それはつまりセシリアとの出会いからの全てが無かった事になったという事だった─── 注:1、2話のエピソードは時系列順ではありません

【完結】記憶が戻ったら〜孤独な妻は英雄夫の変わらぬ溺愛に溶かされる〜

凛蓮月@騎士の夫〜発売中です
恋愛
【完全完結しました。ご愛読頂きありがとうございます!】  公爵令嬢カトリーナ・オールディスは、王太子デーヴィドの婚約者であった。  だが、カトリーナを良く思っていなかったデーヴィドは真実の愛を見つけたと言って婚約破棄した上、カトリーナが最も嫌う醜悪伯爵──ディートリヒ・ランゲの元へ嫁げと命令した。  ディートリヒは『救国の英雄』として知られる王国騎士団副団長。だが、顔には数年前の戦で負った大きな傷があった為社交界では『醜悪伯爵』と侮蔑されていた。  嫌がったカトリーナは逃げる途中階段で足を踏み外し転げ落ちる。  ──目覚めたカトリーナは、一切の記憶を失っていた。  王太子命令による望まぬ婚姻ではあったが仲良くするカトリーナとディートリヒ。  カトリーナに想いを寄せていた彼にとってこの婚姻は一生に一度の奇跡だったのだ。 (記憶を取り戻したい) (どうかこのままで……)  だが、それも長くは続かず──。 【HOTランキング1位頂きました。ありがとうございます!】 ※このお話は、以前投稿したものを大幅に加筆修正したものです。 ※中編版、短編版はpixivに移動させています。 ※小説家になろう、ベリーズカフェでも掲載しています。 ※ 魔法等は出てきませんが、作者独自の異世界のお話です。現実世界とは異なります。(異世界語を翻訳しているような感覚です)

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

十年越しの幼馴染は今や冷徹な国王でした

柴田はつみ
恋愛
侯爵令嬢エラナは、父親の命令で突然、10歳年上の国王アレンと結婚することに。 幼馴染みだったものの、年の差と疎遠だった期間のせいですっかり他人行儀な二人の新婚生活は、どこかギクシャクしていました。エラナは国王の冷たい態度に心を閉ざし、離婚を決意します。 そんなある日、国王と聖女マリアが親密に話している姿を頻繁に目撃したエラナは、二人の関係を不審に思い始めます。 護衛騎士レオナルドの協力を得て真相を突き止めることにしますが、逆に国王からはレオナルドとの仲を疑われてしまい、事態は思わぬ方向に進んでいきます。

王女殿下のモラトリアム

あとさん♪
恋愛
「君は彼の気持ちを弄んで、どういうつもりなんだ?!この悪女が!」 突然、怒鳴られたの。 見知らぬ男子生徒から。 それが余りにも突然で反応できなかったの。 この方、まさかと思うけど、わたくしに言ってるの? わたくし、アンネローゼ・フォン・ローリンゲン。花も恥じらう16歳。この国の王女よ。 先日、学園内で突然無礼者に絡まれたの。 お義姉様が仰るに、学園には色んな人が来るから、何が起こるか分からないんですって! 婚約者も居ない、この先どうなるのか未定の王女などつまらないと思っていたけれど、それ以来、俄然楽しみが増したわ♪ お義姉様が仰るにはピンクブロンドのライバルが現れるそうなのだけど。 え? 違うの? ライバルって縦ロールなの? 世間というものは、なかなか複雑で一筋縄ではいかない物なのですね。 わたくしの婚約者も学園で捕まえる事が出来るかしら? この話は、自分は平凡な人間だと思っている王女が、自分のしたい事や好きな人を見つける迄のお話。 ※設定はゆるんゆるん ※ざまぁは無いけど、水戸○門的なモノはある。 ※明るいラブコメが書きたくて。 ※シャティエル王国シリーズ3作目! ※過去拙作『相互理解は難しい(略)』の12年後、 『王宮勤めにも色々ありまして』の10年後の話になります。 上記未読でも話は分かるとは思いますが、お読みいただくともっと面白いかも。 ※ちょいちょい修正が入ると思います。誤字撲滅! ※小説家になろうにも投稿しました。

処理中です...