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終
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「さて、ここでお別れだな」
街道の分岐点で、勁捷は右手を差し出した。省吾はそれをしっかりと握り返す。
「本当に、お前ら、放浪生活を続けんのか?」
固く握った手を解き、勁捷がそう問いかける。
「ああ、いつかはロイの村に行くかもしれないが、暫らくは小夜と二人であちこち見てこようと思う」
初めて喉も裂けんばかりに大声を出したあの時以来掠れが治らない声で、省吾が答えた。
「もしかしたら、あの熱血兄さんの手伝いやってるかもしれないし?」
必ず民が己の手で道を切り開いていく国を創るのだと息巻いていたリオンを思い出し、何となく笑みがこぼれる。
「ま、色々なことを覚えてこいよ。前にも言っただろ? 生きる以外のことを何か見つけろってな」
じゃぁな、と歩き出したその背中に、省吾は最後に一つ問いかける。
「あんた、本当のところは何者だったんだ?」
勁捷の足が止まる。が、振り返ることは無かった。
「自分ちの秘蔵っ子をぶっ潰されて怒り狂った偉い人が派遣した、秘密の兵隊さん」
再び足が動き出す。勁捷は、肩越しに片手を振ってみせた。
「けいしょうがおこられないといいです」
広い背中を見送りながら、小夜がそう呟いた。
「何で?」
「わたしをころさなかったから」
「……そうか」
省吾は小夜の頭を片手で抱き寄せる。そして、勁捷とは反対の方向へ歩き出した。
やっぱり省吾は日向だ。
小夜は思う。
リオンでも、エルネストでも、けいしょうでも、ロイでも暖かかったけれども、省吾が一番暖かい。
わたしも省吾の日向なのだろうか。
小夜は、そうであればいいな、と思う。
*
この年三度目の食糧援助を求めてやってきたザヤルツクの使者は、王の言葉に、狼狽のあまりしどろもどろになった。いつもどおり難なく要請が聞き入れられると高を括っていたのである。
「お、王!? 今、何と仰いましたか?」
目を見張っている使者に、王は眉根を寄せた困惑の表情で告げた。
「私も困っているのだよ。使者殿も巷の噂は耳にしているだろう?義賊気取りの輩が我が国の貯蔵庫を荒らしては、そこに蓄えられている食糧をばら撒いている、と」
「え、ええ。確かに」
そう答えて、使者はやや口籠った後、続けた。
「そういう者どもがいることは、道中聞き及んでおります。しかし、賊どもの頭目が……その……王への忠誠を口にしている、とも……」
「そうか? ふむ。何のつもりなのだろうな」
人の表情を読むことに長けている使者にも、この王の真意を測ることは難しかった。
「まあ、そういうことだ。我が国にも貴国に援助をするだけの余裕は無くなってしまったのだよ」
心底残念そうな顔。それが本心であるのかは、使者には判らなかった。
唯一つ、彼にもはっきり解っていること。
それは、この国からの援助はもう望めないということだった。
ザヤルツクからの使者がすごすごと扉の向こうに姿を消した後、王はポツリと独りごちる。
今、国中を騒がせている『義賊』とやらは、国の備蓄を食い荒らさない程度の絶妙なバランスでしばしば砦を襲い、その収穫をばら撒かれている国民たちは、徐々に潤い始めている。
「さて…狼になるか、それとも羊のままか…。ひとはどちらに転じるのであろうかな」
それに応えるものは、今はまだいない。
結論は、時が出すのだ。
街道の分岐点で、勁捷は右手を差し出した。省吾はそれをしっかりと握り返す。
「本当に、お前ら、放浪生活を続けんのか?」
固く握った手を解き、勁捷がそう問いかける。
「ああ、いつかはロイの村に行くかもしれないが、暫らくは小夜と二人であちこち見てこようと思う」
初めて喉も裂けんばかりに大声を出したあの時以来掠れが治らない声で、省吾が答えた。
「もしかしたら、あの熱血兄さんの手伝いやってるかもしれないし?」
必ず民が己の手で道を切り開いていく国を創るのだと息巻いていたリオンを思い出し、何となく笑みがこぼれる。
「ま、色々なことを覚えてこいよ。前にも言っただろ? 生きる以外のことを何か見つけろってな」
じゃぁな、と歩き出したその背中に、省吾は最後に一つ問いかける。
「あんた、本当のところは何者だったんだ?」
勁捷の足が止まる。が、振り返ることは無かった。
「自分ちの秘蔵っ子をぶっ潰されて怒り狂った偉い人が派遣した、秘密の兵隊さん」
再び足が動き出す。勁捷は、肩越しに片手を振ってみせた。
「けいしょうがおこられないといいです」
広い背中を見送りながら、小夜がそう呟いた。
「何で?」
「わたしをころさなかったから」
「……そうか」
省吾は小夜の頭を片手で抱き寄せる。そして、勁捷とは反対の方向へ歩き出した。
やっぱり省吾は日向だ。
小夜は思う。
リオンでも、エルネストでも、けいしょうでも、ロイでも暖かかったけれども、省吾が一番暖かい。
わたしも省吾の日向なのだろうか。
小夜は、そうであればいいな、と思う。
*
この年三度目の食糧援助を求めてやってきたザヤルツクの使者は、王の言葉に、狼狽のあまりしどろもどろになった。いつもどおり難なく要請が聞き入れられると高を括っていたのである。
「お、王!? 今、何と仰いましたか?」
目を見張っている使者に、王は眉根を寄せた困惑の表情で告げた。
「私も困っているのだよ。使者殿も巷の噂は耳にしているだろう?義賊気取りの輩が我が国の貯蔵庫を荒らしては、そこに蓄えられている食糧をばら撒いている、と」
「え、ええ。確かに」
そう答えて、使者はやや口籠った後、続けた。
「そういう者どもがいることは、道中聞き及んでおります。しかし、賊どもの頭目が……その……王への忠誠を口にしている、とも……」
「そうか? ふむ。何のつもりなのだろうな」
人の表情を読むことに長けている使者にも、この王の真意を測ることは難しかった。
「まあ、そういうことだ。我が国にも貴国に援助をするだけの余裕は無くなってしまったのだよ」
心底残念そうな顔。それが本心であるのかは、使者には判らなかった。
唯一つ、彼にもはっきり解っていること。
それは、この国からの援助はもう望めないということだった。
ザヤルツクからの使者がすごすごと扉の向こうに姿を消した後、王はポツリと独りごちる。
今、国中を騒がせている『義賊』とやらは、国の備蓄を食い荒らさない程度の絶妙なバランスでしばしば砦を襲い、その収穫をばら撒かれている国民たちは、徐々に潤い始めている。
「さて…狼になるか、それとも羊のままか…。ひとはどちらに転じるのであろうかな」
それに応えるものは、今はまだいない。
結論は、時が出すのだ。
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