自殺してしまった友人へ

久手堅悠作

文字の大きさ
1 / 1

自殺してしまった友人へ

しおりを挟む
いつも通る道にある、あのマンション。友人がそこに住んでいた。そして飛び降りて死んだ。理由はわからない。遺書もなかった。

彼は恵まれていた。優しい両親がいて、スポーツもできて、頭も良かった。彼は一体何に悩んでいたのだろう。自殺する前の日まで僕の悩みを聞いてくれた。僕は彼が悩んでいるなんて思いもしなかったし、彼は何も打ち明けてくれなかった。きっと僕のことを思ってのことなのだろう。それでも、少し寂しい。

彼が死んで何年が経っただろうか。今でもあの日のことを鮮明に思い出すことができる。目の前に落ちてきた彼の体。飛び散った脳みそ。彼に群がるハエ。あれが全部夢だったらいいのに。どこかでそう思い込まないと生きていけない。だから僕は彼の葬式に行かなかった。怖かった。現実を直視するのが。棺に横たわっている彼の姿なんて想像もしたくなかった。もしかしたら、彼はどこかで生きているのかもしれないと思ったが、そんなはずはない。

彼が死んでから、僕は1週間、部屋に引きこもった。現実を受け入れたくなかったから、彼が自殺したことは僕の妄想だと思い込むことにした。学校に行くと、彼が座っていたいつもの席には花が置かれていた。それが僕の幻想を打ち砕く。そうだ、彼は死んでしまったのだ。できることならずっと目をそらし続けていたかった。それこそ、もう何も思い出したくない。記憶から消し去りたい。僕には友人なんていなかった。だから、自殺した友人なんて存在しない。それでいいじゃないか。

彼が終わらせた彼自身の物語。綴られることのない新たなページ。彼を救ってあげたかった。でも、彼を責めることはできない。悩みに気づいてあげられなかった僕たちにももちろん責任はある。それから逃げることは、たとえどんなことがあっても許されない。死ぬまで十字架を背負い続けるべきだ。いや、あとを追って自殺しようが、死者はきっと許してくれない。ただ、うわ言のようにこう呟くだけだろう。『どうして助けてくれなかったの』と。

生きることが、思い続けることが自殺した者への唯一の償いだ。目をそらして逃げることは、死者への冒涜でしかない。

彼が住んでいたマンションを通るたびに、僕は立ち止まり、それをじっと見つめる。彼は自殺した罪でずっと飛び降り続けているのだろうか。僕には霊感がないし、何も見えないからそんなことはよくわからない。でも、それなら友人として彼のことを救ってあげたいとそう思う。苦しみから解放されたくて飛び降りたのに、解放されずに彷徨っていると思うと、どうも心苦しい。だから、誰でもいいから一度彼のマンションを見に来てほしい。そしてまだ彼が彷徨っているのなら、お願いだ。彼を救済してほしい。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

盗み聞き

凛子
恋愛
あ、そういうこと。

蝋燭

悠十
恋愛
教会の鐘が鳴る。 それは、祝福の鐘だ。 今日、世界を救った勇者と、この国の姫が結婚したのだ。 カレンは幸せそうな二人を見て、悲し気に目を伏せた。 彼女は勇者の恋人だった。 あの日、勇者が記憶を失うまでは……

友人の結婚式で友人兄嫁がスピーチしてくれたのだけど修羅場だった

海林檎
恋愛
え·····こんな時代錯誤の家まだあったんだ····? 友人の家はまさに嫁は義実家の家政婦と言った風潮の生きた化石でガチで引いた上での修羅場展開になった話を書きます·····(((((´°ω°`*))))))

貴方の幸せの為ならば

缶詰め精霊王
恋愛
主人公たちは幸せだった……あんなことが起きるまでは。 いつも通りに待ち合わせ場所にしていた所に行かなければ……彼を迎えに行ってれば。 後悔しても遅い。だって、もう過ぎたこと……

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

ちゃんと忠告をしましたよ?

柚木ゆず
ファンタジー
 ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。 「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」  アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。  アゼット様。まだ間に合います。  今なら、引き返せますよ? ※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

処理中です...