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24 〈現在・ルイ視点〉
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たゆたう水の中、ルイはいた。
自然の土を抜け、人工の歯車を通り、空気に触れた。煌めくのは自分なのか、それとも、星か、そうではなくて、銀色の歯車たちだったか。
体が地中へと流れていく。自分は今、液体だ。
目が見えているようで、見えない。世界は見るものではなく、感じるもの。
懐かしい感覚だった。
地面にバシャッと着地すると、手足が戻った。
木の葉が風で揺れる。
月が池の水面に映し出されている。
ルイは喉を震わせた。
心に染みこんだ、オーガストが歌ってくれたメロディー。
自分の奥の奥が疼く。
もっと早く。こうしていれば、よかった。
唇が微笑みを称える。
ルイは池へと歩き、自分が立てた柵を外した。
僕は、手っ取り早い方法を、きっと知っていた。
これ以外、術がないと追い込まれなくとも、確実な方法を既に持っていた。
我が身が可愛かった?
そうじゃない。僕は自分の命が短命であることに気づいていた。
だから、世界と関わりがあるうちに、奇病をなんとかできないかって動いたんだ。
誰かを救いたかったから?
ううん、そんな綺麗な理由じゃない。
たぶん、僕は認められたかった。僕が消えた時に、僕の死を惜しいと思ってくれる人が欲しかった。
そうだ。僕は、誰かに生きていて欲しかったって思われたかったんだ。その願いは、オーガストによって叶えられるだろう。彼は僕の死を拒んだ。
頬を液体が濡らす。
第三者の視点で、オーガストとルイの軌跡を見つめている自分がいた。
「君は、愛されていたよ」
言って、ルイは手首で頬を拭い、柵を地面に落とした。
月が雲に隠れる。黒い池へと足を入れる。
「ルイ!」
叫び声に振り返った。
オーガストと孤が駆けてくる。
ルイは親しい人達に微笑んだ。
月が再び現れる。池の真ん中にある、大きな岩を月が照らす。
まるで、あの日のように。
そして、あの日ではない今日も、運命はルイを葬ろうとする。
上空から鋭い音がした。ルイはわざとそれを見逃し、大切な人達に微笑み続けた。
だが、自分に突き刺さるはずだった人工物は、何かに弾かれ、地面へと流れた。
糸トンボが矢の傍に倒れ、もがいている。
縁、と孤が声をあげた。
糸トンボは火花を散らしながら、ルイへと飛ぼうとする。
何かを伝えようとする、二つの瞳に見入っていると、孤が糸トンボを掌に抱えた。
彼はルイへと走り、庇うように立った。
「ダメだ。ここにいちゃ」
孤が手を掴んでくる。
「うん。逃げよう」
力強く、手を引っ張られる。足に力を入れ、その場に止まった。
「ルイ!」
「僕は皆を救う」
「ルイが傷つく必要はない! だから、早く!」
孤が必死に説得しようとしてくれる。
「僕はここにいる。孤は早く安全なところへ」
「ルイも一緒じゃなきゃ、行けない!」
グッと奥歯を噛みしめた。
孤の血を飲んだとき、彼の記憶を断片的に受けとった。
孤には、予備と呼ばれていた厳しい日々があったはずだ。心を壊しても、おかしくないような日々を、彼は感じさせない。
それとも、あの頃が今の孤を作ったのだろうか。うっすらと見えた過去の彼は、よく笑っていた。とても、楽しそうに、幸せそうに。今、彼がする笑顔とは明らかに違う笑い方だ。
孤は過去をなかったことにはしていない。そのうえで、ルイを助けようとしてくれている。
殺意を感じ、孤を後ろへ押しやった。開けたはずの景色が、すぐに狭まる。オーガストだ。彼は剣で矢を払った。
「俺が食い止める。森へ」
二方向から矢が放たれる。
オーガストが斬ると、今度は違う方角から飛んでくる。
ルイは人の血が流れる光景を想像し、震えた。
自分ならばそれでもいいと思えたのに、孤とオーガストに置き換えると、耐えがたい苦痛だった。
「逃げて。二人とも」
孤が握力を強めてくる。
「俺も、ルイに逃げて欲しい。逃げて、生きて欲しい」
緊張しながらも、孤が微笑みをくれる。
オーガストがさばききれなかった矢が、耳障りな音の後、落下する。壊れかけの糸トンボが宙に浮いた。
「一番近くの森へ入ったなら、月に背を向けて走ってください。浮島がある方へ行けます」
縁の声だ。糸トンボは縁と繋がっているらしい。
矢を防ぎながら、森へと後退する。
しかし、こちらの行動を先読みしたのだろう、幾人もの武器を持った人々が、周りを囲ってきた。
数人の付き人を従え、町長が森の中から現れる。
「呪い人を置いていけ。それはここで始末しなければならんのだ」
町長が言うと、一人の男が槍で、オーガストを促した。
「ルイは何もしていない」
「本来なら、その輩は死の世界にいるはず。それが生の世界にいる。そのことだけでも、問題なのだ。無意識に、何か恐ろしいことを招くかもしれん。それに、そこの輩は立入禁止にもかかわらず、池に入ろうとした。池に何かするつもりだったのではないか?」
話がこじれていく。良かれと思ったことに、追い詰められる。
「違います! ルイは皆さんを助けようとしたんです!」
「孤」
縁が孤の言葉を遮る。
「助ける? なるほど、あの力は消えていないと言うことか」
町長は嘲笑ったかと思うと、目を細めた。
「見ての通り、我々は苦しんでいる。助けてくれるのなら、こちらも池への侵入に目をつむろう」
町長の合図で、男がルイに近づこうとし、オーガストが間に割って入った。
「どけ。そいつの願いは俺達を苦しみから解放することだ。仕方ないから受け入れてやるよ。みんなも、仕方ないよな? 助けたいって、思われてるんだ。これも、人助けだ」
男達が武器を下げる。ある者は頷きながら、ある者は笑みを浮かながら。
ルイが俯きながら男達の元へ行こうとする。
「行かなくていい」
オーガストが遮った。
「でも、僕しか彼らを助けられない!」
自然の土を抜け、人工の歯車を通り、空気に触れた。煌めくのは自分なのか、それとも、星か、そうではなくて、銀色の歯車たちだったか。
体が地中へと流れていく。自分は今、液体だ。
目が見えているようで、見えない。世界は見るものではなく、感じるもの。
懐かしい感覚だった。
地面にバシャッと着地すると、手足が戻った。
木の葉が風で揺れる。
月が池の水面に映し出されている。
ルイは喉を震わせた。
心に染みこんだ、オーガストが歌ってくれたメロディー。
自分の奥の奥が疼く。
もっと早く。こうしていれば、よかった。
唇が微笑みを称える。
ルイは池へと歩き、自分が立てた柵を外した。
僕は、手っ取り早い方法を、きっと知っていた。
これ以外、術がないと追い込まれなくとも、確実な方法を既に持っていた。
我が身が可愛かった?
そうじゃない。僕は自分の命が短命であることに気づいていた。
だから、世界と関わりがあるうちに、奇病をなんとかできないかって動いたんだ。
誰かを救いたかったから?
ううん、そんな綺麗な理由じゃない。
たぶん、僕は認められたかった。僕が消えた時に、僕の死を惜しいと思ってくれる人が欲しかった。
そうだ。僕は、誰かに生きていて欲しかったって思われたかったんだ。その願いは、オーガストによって叶えられるだろう。彼は僕の死を拒んだ。
頬を液体が濡らす。
第三者の視点で、オーガストとルイの軌跡を見つめている自分がいた。
「君は、愛されていたよ」
言って、ルイは手首で頬を拭い、柵を地面に落とした。
月が雲に隠れる。黒い池へと足を入れる。
「ルイ!」
叫び声に振り返った。
オーガストと孤が駆けてくる。
ルイは親しい人達に微笑んだ。
月が再び現れる。池の真ん中にある、大きな岩を月が照らす。
まるで、あの日のように。
そして、あの日ではない今日も、運命はルイを葬ろうとする。
上空から鋭い音がした。ルイはわざとそれを見逃し、大切な人達に微笑み続けた。
だが、自分に突き刺さるはずだった人工物は、何かに弾かれ、地面へと流れた。
糸トンボが矢の傍に倒れ、もがいている。
縁、と孤が声をあげた。
糸トンボは火花を散らしながら、ルイへと飛ぼうとする。
何かを伝えようとする、二つの瞳に見入っていると、孤が糸トンボを掌に抱えた。
彼はルイへと走り、庇うように立った。
「ダメだ。ここにいちゃ」
孤が手を掴んでくる。
「うん。逃げよう」
力強く、手を引っ張られる。足に力を入れ、その場に止まった。
「ルイ!」
「僕は皆を救う」
「ルイが傷つく必要はない! だから、早く!」
孤が必死に説得しようとしてくれる。
「僕はここにいる。孤は早く安全なところへ」
「ルイも一緒じゃなきゃ、行けない!」
グッと奥歯を噛みしめた。
孤の血を飲んだとき、彼の記憶を断片的に受けとった。
孤には、予備と呼ばれていた厳しい日々があったはずだ。心を壊しても、おかしくないような日々を、彼は感じさせない。
それとも、あの頃が今の孤を作ったのだろうか。うっすらと見えた過去の彼は、よく笑っていた。とても、楽しそうに、幸せそうに。今、彼がする笑顔とは明らかに違う笑い方だ。
孤は過去をなかったことにはしていない。そのうえで、ルイを助けようとしてくれている。
殺意を感じ、孤を後ろへ押しやった。開けたはずの景色が、すぐに狭まる。オーガストだ。彼は剣で矢を払った。
「俺が食い止める。森へ」
二方向から矢が放たれる。
オーガストが斬ると、今度は違う方角から飛んでくる。
ルイは人の血が流れる光景を想像し、震えた。
自分ならばそれでもいいと思えたのに、孤とオーガストに置き換えると、耐えがたい苦痛だった。
「逃げて。二人とも」
孤が握力を強めてくる。
「俺も、ルイに逃げて欲しい。逃げて、生きて欲しい」
緊張しながらも、孤が微笑みをくれる。
オーガストがさばききれなかった矢が、耳障りな音の後、落下する。壊れかけの糸トンボが宙に浮いた。
「一番近くの森へ入ったなら、月に背を向けて走ってください。浮島がある方へ行けます」
縁の声だ。糸トンボは縁と繋がっているらしい。
矢を防ぎながら、森へと後退する。
しかし、こちらの行動を先読みしたのだろう、幾人もの武器を持った人々が、周りを囲ってきた。
数人の付き人を従え、町長が森の中から現れる。
「呪い人を置いていけ。それはここで始末しなければならんのだ」
町長が言うと、一人の男が槍で、オーガストを促した。
「ルイは何もしていない」
「本来なら、その輩は死の世界にいるはず。それが生の世界にいる。そのことだけでも、問題なのだ。無意識に、何か恐ろしいことを招くかもしれん。それに、そこの輩は立入禁止にもかかわらず、池に入ろうとした。池に何かするつもりだったのではないか?」
話がこじれていく。良かれと思ったことに、追い詰められる。
「違います! ルイは皆さんを助けようとしたんです!」
「孤」
縁が孤の言葉を遮る。
「助ける? なるほど、あの力は消えていないと言うことか」
町長は嘲笑ったかと思うと、目を細めた。
「見ての通り、我々は苦しんでいる。助けてくれるのなら、こちらも池への侵入に目をつむろう」
町長の合図で、男がルイに近づこうとし、オーガストが間に割って入った。
「どけ。そいつの願いは俺達を苦しみから解放することだ。仕方ないから受け入れてやるよ。みんなも、仕方ないよな? 助けたいって、思われてるんだ。これも、人助けだ」
男達が武器を下げる。ある者は頷きながら、ある者は笑みを浮かながら。
ルイが俯きながら男達の元へ行こうとする。
「行かなくていい」
オーガストが遮った。
「でも、僕しか彼らを助けられない!」
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