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心のありか

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「店長さんか?」
「はい」

 ジンジャーは唾を飲み込み、色素の薄い男の顔を見つめた。

「幸と話がしたい」
「かしこまりました」

 彼はそう言っただけで何かをしようとする素振りすらしない。
 だが、クロは店長に幸を招くことを言えと言い、葛西は幸がここへ来ることは当然のように振る舞った。
 待つしかないのだ、とジンジャーは冷めた珈琲を啜った。
 ほどなくして店長が笑みを強くした。

「いらっしゃったみたいですよ」

 振り向いたそこに幸がいた。

「いらっしゃいませ。カウンターへどうぞ」

 店長が戸惑う幸をジンジャーの横へと誘う。
 幸はジンジャーとの間に一つ席を空け、座った。

「素敵なお店ですね。この町にこんな喫茶店があるの知りませんでした」

 店長が微笑みながらメニューを幸へと手渡す。

「そちらの方があなたと話したいとご予約されたんですよ」

 店長の視線を追って幸がジンジャーを見る。
 その目が大きく見開き、揺れた。

「お父さ……ん?」

 幸にそう呼ばれ、ジンジャーの体内に熱いものが押し寄せる。
 セピア色の思い出。
 ジンジャーは……、中川圭太は妻の出産に立ち会うことができなかった。
 当時、圭太はある女性の身辺を探っていた。
 結婚前に女に落ち度がないか確認したいという男性側からの依頼だった。
 女はクリアだった。
 悪かったのは彼女の兄の方。
 圭太は早期にこの依頼に決着をつけようとある程度のところで依頼主に伝えた。
 依頼主に女に落ち度はないこと、しかし、家族に難があること。
 後者にいたっては相手から質問を受けたが、立ち入れないということを強調した。
 依頼者とわかれたときには妻は出産を終えていた。
 圭太は病院へ向かうため、タクシー乗り場へと駆けた。
 途中、ショーウインドウの黄色いクマが目にとまる。
 圭太は店でそのクマをプレゼント用に包んでもらい、もう一度、タクシー乗り場へと走った。
 あと少しで乗り場へ到着するところだった。
 横断歩道。
 信号は青。
 横から聞こえた轟音と与えられる衝撃。
 プレゼントはへちゃけ、中身のクマが飛び出る。
 圭太は転がったクマの手を握りしめた。
 血が繊維の奥へと染みこんでいく。
 死にたくないという圭太の思いと一緒に。 

「すみません。亡くなった父によく似ていたので、つい」

 申し訳なさそうに俯く彼女に圭太は我に返った。
 視線を感じ、カウンター内を見ると店長が微笑みながら頷く。
 圭太は苦心して笑顔を作った。

「謝らなくていい。俺は君の父親だ」

 そして、呼びたくてしかたがなかった名前を口にする。
 幸、と。
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