クローバー

上野たすく

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30(一心視点)

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 煙と炎がところどころであがっている。
 トンボに似た、巨大なイーバが、滑空しながら、逃げ惑う人々をついばんでいた。
 誰かが「逃げろ!」と叫び、誰かが「三つ葉はこっちへ来るな!」と怒鳴った。
 羽音が神経を逆なでしてくる。
 夏目たちは近くに見当たらない。
 オニキスから来たであろう、他の戦闘員も。
 イヤホン型の通信機に呼びかけても、返答はなかった。
 壊れたのか、と思い、頭に触れようとし、やんわりと押し返され、イヤホンが機能していることを知る。
 通信だけができないのだ。
 周囲を目で確認していた一心の脇を、一つの巨体が走りすぎた。
 イーバではなく、人だ。
 横幅がある男は戦闘服ではなく、シャツとジーンズを穿き、息を切らせて全力で疾走する。
 上空のイーバは、男が向かう先の方が多い。
 自ら、敵地に行くような行為を不可解に思っていると、彼の行く手に膝を抱える男の子に気づいた。
 上空のイーバが足で建物を崩す。
 瓦礫が男の子に襲いかかった。
 男は懐に男の子を入れ、うずくまった。
 瓦礫が男を埋める。
 一心は、イーバの羽音と人の悲鳴が交差する場所へ駆け、男の上にのる瓦礫をどけた。
 小さいモノ、大きなモノ、腰がいかれそうなほど、重いモノ。
「大丈夫か? 今、助けるからな!」
 瓦礫の中の二人に、外に動ける人間がいることを知らせる。
 イーバが下降し、人を咥え、上昇して噛み砕いていく。
 人の腕が地面に落ち、一心は奥歯を噛みしめた。
 手がところどころ、すり切れ、血が滲む。
 瓦礫はどかしても、どかしても、なくならない。
 歪な形の大きい瓦礫を両手で持ったとき、肩を掴まれ、振り向きざまに頬を殴られて倒れた。
 体つきの良い中年の男は、一心に並々ならぬ憎悪を向けていた。
「お前、なにしてる? 人が食われているんだぞ! 戦闘員なら、戦えよ!!」
 俺は戦闘員ではない、と言えなかった。
 戦闘服を着ているかぎり、他人から見たら、一心は戦うことを選んだ人間なのだ。
「この下に、二人、人がいるんです」
「それが、どうした」
 にべもなく返され、一心は言葉を失った。
「この下にいるのなら、生きているわけがない。お前は戦うのが怖いだけだ!!」
 男は一心を引っ張り、何かをズボンに押し込んできた。
「ほら! 役に立て!」
 大通りへ突き飛ばされ、よろめいた一心を待っていたのは、カマキリを連想する大型のイーバだった。
 緑色の複眼が一心をとらえる。
 鎌で体を挟まれ、足が地面から浮いた。
 拳を巨大な顔面に繰り出すが、びくともしない。
 左肩に噛みつかれ、身体が発熱した。
 死ぬ……。
 朔に会えないまま。
 母さんのところへ帰れないまま。
 脳を過ぎったのは、幸せだったころの記憶だった。
 母の作ったご飯を食べ、朔と竹刀を振っていた。
 クローバー病が存在しなかった、あの頃の。
 肉がはまれ、血が吸われていく。
 痛みで唾液が口腔から溢れたとき、イーバの動きがとまった。
 理解ができないというように首を左右し、一心を解放する。
 一心は地面で頭を打ち、意識が朦朧とした。
 イーバは諦めきれないのか、一心を鎌で転がした。
 何度目かで、ズボンにあった異物がとれた。
 中年の男が一心のズボンに押し込んだのは、犠牲になった人の腕だった。
 イーバはその腕を、夢中で食べ出した。
 一心は、あの中年の男の卑劣な行為に、打ちひしがれそうになった。
 人は美しいばかりではないのだ。
 そして、そのことが逆に、一心の心を強くした。
 人は美しいばかりではない。
 だけど、あのジーンズの男は、自分の身を顧みず、男の子を守ろうとした。
 ジーンズの男のように、美しさを持つ人だって、世界にはたくさんいるはずだ。
 一匹でもイーバを倒せば、そいつに食われる人はいなくなる。
 イーバの息の根を止め、瓦礫の下の二人を助ける。
 決意とともに起き上がろうとし、霞む視野に石が入った。
 一心の掌より、少し大きい石だ。
 夏目は、ツナギは刀に使うものだと言った。
 だが、その刀はオニキスに置いてきた。
 今、必要なのは、言いつけを守る従順さではない。
 一心は血まみれの左手で石を引き寄せ、右手でツナギをかけた。
 冷たい液体が左手と石を濡らす。
 ついで、右手にもツナギをつけた。
 イーバは食事を終え、鎌を舐めている。
 一心には、イーバを倒す、一つのイメージがあった。
 オニキスで、富嶽がブーツにツナギをかけたのは、足の動作を高めるためだろう。
 なら、ツナギが染みこんだ両手は、その力が増幅されているはずだ。
 間違っていても、この考えに賭けるしかない。
 よろめきながら走り、砂を掴んで、イーバの複眼にかけた。
 一心は、砂が弾丸のようにイーバを貫いたのを見た。
 いける!
 イーバの鳴き声が鋭くなる。
 一心はイーバの至近距離で、地面を右手で押し、スピードを上げた。
 左手を右手で補助し、イーバの体に石を振り下ろす。
 砕けろ!!
 石がイーバの体を粉砕していく。
 黄緑色の血液が飛び散り、断末魔が鼓膜を突き刺した。
 イーバを倒すと同時に、石は砕け散った。
 ツナギの効力は約三十分。
 効き目が残っている内に、瓦礫をどかす。
 痛みがひどすぎて、もはや、どこが痛いのかすら、わからない。
 上空のイーバは数を増やし、人気はなくなっていた。
 自分の呼吸が聞こえる。
 瓦礫を持ち上げようとし、できなかった。
 物質の重さは変わらないことに、気づかされる。
 変化しているのは、自分の両手のパワーだけなのだ。
 それなら、と。
 一心は上を見上げた。
 瓦礫をイーバめがけて叩く。
 イーバはツナギを使わなければ、傷つけられない。
 だから、こんなことをしても、イーバに致命傷は与えられない。
 瓦礫の弾丸が、何匹ものイーバの頭や体に当たる。
 緑色の巨体は傾ぐことはあれど、倒れることはなかった。
「それ以上はやめとけ」
 青年の透き通った声がし、一心は瓦礫を叩くのをやめた。
 首を回すと、白衣を着た同じ歳くらいの青年がいた。
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