クローバー

上野たすく

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66(富嶽視点)

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 午後十二時十五分。
 休憩時間を利用して、施設の一室にすべての班の班長が集まっていた。
 負傷した夏目のサポートを名目に、富嶽晃は初めて、その異質な雰囲気に足を踏み入れた。
 円上に並べられた四つの長机の上には、ペットボトルと弁当が置かれている。会議のあと、すぐに、それぞれの作業に戻るための配慮だ。
 出入り口の一番奥に指令班班長の三代奏恵みしろかなえと救護班班長の甦禰看千草が、そして、彼女達から反時計回りに、班のアルファベット順に二人ずつ、着席している。どこに座れとの指示がなくとも、皆、迷うことなく、席につくところを見ると、いつも、このポジションなのだろう。
 富嶽は夏目の後に続いて、E班、班長の瀬戸内伊佐那せとうちいざなが陣取る机へと歩いた。瀬戸内の背後を通ったとき、相手があからさまな舌打ちをした。瀬戸内は、顔つきから富嶽とそれほど歳が離れていないと思われる。だから、夏目より年下だろう。それでも、相手は怯まず、夏目と富嶽に半眼を向けてきた。
「金魚の糞、くっつけて来るくらいなら、部屋で寝ててもらえませんかね。目障りなんですよ。なんなら、一生、出てこなくてもいいんですよ。F班は二人なんだし。俺が使ってあげましょうか? 二人とも。その方が席も空いて、スッキリするんで」
 夏目は笑顔で受け流していたが、D班の班長である浮世絵凜が大声をあげた。
「伊佐那! 夏目さんに謝りなさい!」
 おっとりとした浮世絵にしては珍しい対応だが、皆、驚きもしない。
 彼らが実の姉と弟であることは、班員のほとんどが知っている。
 苗字が違うことについては、なぞだが。
「ええから。ええから」
 浮世絵を宥めようとした夏目の声に重なるよう、瀬戸内が浮世絵に牙を剥いた。
「姉貴面すんじゃねえ! お前こそ、なんで、まだ、こんなところにいんだよ! たいした戦力にもならねえのに! とっとと、戦闘班なんて抜けて、どっかに嫁へいけっつってんだろ!」
「話をすり替えないの! ちゃんと、夏目さんと富嶽君に謝って!」
「対象者、増えてんじゃねえか!」
「よく考えたら、富嶽君にも失礼だって気づいたの!」
「よく考えずに、他人を非難してんじゃねえよ!」
 浮世絵が苦い顔で口を閉じる。
「がんばれ、凜~」
 浮世絵と相席しているC班の班長、赤星甲子が笑顔で言う。
「煽るな、赤星」
 B班、班長の龍崎辰巳が腕を組んだまま、赤星を静かに叱った。
「は~い。ごめんなさぁい」
 赤星はちっとも反省していない。
 むしろ、楽しんでいる。
「夏目さんも、そこの脳筋のうきんを相手にしていないで、早く座ったらどうです?」
 A班、班長の和堂周の棘のある言葉に、夏目はへらっと笑い、富嶽に目配せした。
 壁に予備の椅子が立てかけてある。
「ああ? 誰が脳筋だあ?」
 瀬戸内の標的が浮世絵から和堂に変わる。
「伊佐那!」
 浮世絵が咎めるように叫んだ。
「はあ? 今のは和堂が失礼だろ! なんでもかんでも、こっちに悪態ついてんじゃねえよ!」
 和堂は狐の面から唯一露出した口で、軽く息をついた。
「三代さん、時間は有限です。緊急の用件を聞かせてください」
 富嶽は、そっと予備の椅子を一つ拝借し、夏目の元へ戻った。
「てめえ、言い逃げする気じゃねえだろうな?」
 瀬戸内が和堂に絡んでいる隙に、夏目が富嶽を机の端に座らせ、自分も腰を下ろした。
 夏目は一セットしかない配給物を、富嶽の方へ置き直した。
「食べ。腹、へっとるやろ?」
 甘く微笑まれ、体が熱くなる。
「俺より、夏目さんが」
 弁当を返そうとし、手を触れられ、ドキリとした。
 が、すぐ、相手の手が震えていることを知り、口元を引き締めた。
 夏目の手を握りしめ、自分の膝へとのせる。肩が触れ合うような距離で座っていたため、そんな大胆なことも造作なくできた。
 夏目が痛いくらいに握り返してくる。富嶽は夏目の恐怖を、無言で受け入れた。
 瀬戸内と和堂は、いまも、言い争いを続けている。
 いがみ合う二人だが、戦闘になれば、団結して、きっちりと自分の役割を果たすのだ。赤星や浮世絵も、特殊武器を使える時点で、使えない班員より、戦闘での評価は上だ。だから、彼らは年齢や素性、経歴に関係なく、班長なのだ。
 じゃあ、神器の使用を制限した夏目と、特殊武器を使えない富嶽の二人で構成されるF班の、対外的な評価はどうなるだろう。瀬戸内じゃなくとも、F班に価値を見いだせない人が出てくるかもしれない。
 だったら、夏目はもう、戦わなくてもいい。
 今まで、がんばってきたのだ。
 自分のために生きたって罰は当たらないはずだ。
 夏目なら、班員の基礎体力における育成も指導できるだろう。
 生き方は一つじゃない。
「大丈夫です」
 囁くと夏目がこちらを目にする。
 富嶽は唇を伸ばしてみせた。
 夏目は瞳を揺らしはしたが、それも一瞬のことで、微笑み返してくれた。
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