クローバー

上野たすく

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「志願者への対応ですが」
 何事もなかったかのように話し出す彼女を前に、富嶽は気持ちを切り替えた。
「トレーニングルームの鍵を渡しておきます。二十四時間、いつでも使用できるよう申請を済ませてあります。場所は神薙さんの部屋の隣に配置し、部屋同士が一繋ぎになるよう手配します」
 空間の固定がなされていない施設であるなら、壁をスライドさせ、他の壁と取り替えることは可能だろう。移動距離は短ければ、それだけ試験対策に時間をまわすことができる。切羽詰まっての選択だろうか。
 富嶽は押し黙る神薙をちらりと見て、目を伏せた。
 自分に課せられた仕事は、思いの外、やっかいかもしれない。
 富嶽は視線をあげ、三代をとらえた。
「班員希望者は他にもいます。指令班が特別待遇をする理由を聞かせてください」
「一人は贖罪から、もう一人は感謝の意を込めて、班員になりたいという彼らの力になりたいと思っています」
「贖罪、ですか?」
「はい。同じF班のあなたなら、彼と面識があるのでは?」
 一心か。
 未熟だが、他人のために動ける男が脳裏に浮かんだ。
「もう一人は、地下の知識に乏しい、あなたの仲間と行動を共にしてくれた青年です」
 一心の部屋で会った、野岸絢斗を思い出す。
「確認ですが、二人とも、戦闘班に入ることを希望しているのですか? 指令班でも、救護班でもなく」
「はい」
 三代は即答した。
「なにか不都合でも?」
「いえ。どこまで本気で取り組んで良いのか、確認したかっただけです」
「そうですか」
 お互いが、無言で相手の本音を探ろうとし、富嶽からその不毛な戦いを中断させた。
「二人に会いに行きます。俺が行く可能性があることは伝えてあるんですか?」
「まだ、伝えていません。私も、さきほど、二人が試験を受けることを知ったので」
 三代が神薙へと首を動かす。
「以前の試験問題を取りに来たら、三代さんに捕まってしまったんだ」
 神薙なりの三代への抗議だろう。
 今の状況に、納得していないであろう男を、富嶽は不憫に思った。
 三代の性格を考えれば、彼女は神薙が一心達に今回の件について弁解をする暇も与えず、仕事へ就くよう言い放つことも、いとわないだろう。
 野岸が神薙の大切な人であると、夏目は言い切った。
 確証があるからだ。
 神薙は自ら、野岸に経緯を話すべきだ。
「俺のことが伝わっていないのなら、取り次ぎが必要です。神薙さんにお願いしてもいいですか?」
 男は驚いたように富嶽を目にした。
「神薙さんが行くことで、こちらが意図しない方向へ話が向くことを懸念しています。私は強制的にあなたが試験対策を行うことを、勧めます」
「彼らが神薙さんの説明がなく、俺の指導に従ったとして、疑問があれば、俺が離れたあと、何らかのアクションに出るでしょう。三代さんの心配事は、神薙さんが今から行けば、なくなる確率が上がると思います」
 三代は富嶽に無言でプレッシャーをかけてきた。
 自分は三代よりも下であり、上にいる彼女から使える駒かどうか、見定められている最中だと、思わされそうになる。
 あの男みたいだ、と富嶽は内心で毒づいた。
 母を弄んだ挙げ句、捨てた、あの。
 心が凍てつく。
 だが、面には出さず、富嶽は自分の意見を通すため、三代を見つめ続けた。
 
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