父の男

上野たすく

文字の大きさ
36 / 78
誰かが誰かを愛している ~蛍視点~

36

しおりを挟む
 大学の学生食堂でパンを齧りながら、司法書士試験のあとに行われる大学の定期試験対策のため、英語の教科書と格闘していると肩を叩かれた。
「隣、いいかい?」
 鈴木教授だった。トレーにランチセットをのせている。
「はい」
 蛍は散らかった本やノートをかき集めた。教授は椅子に座り、日替わりランチに手を合わせた。
 蛍は教科書を閉じ、ペットボトルに口をつけた。
 正直、身構えていた。席は他にも空いている。彼が声をかけてきたのは何か話があるからだ。
「そんなに怖がらなくてもいいよ。渋谷君」
 教授は蛍の中に父を見つけていた。
「父のこと、よくわかりましたね」
「だって、お父さんに似すぎだよ、君」
 ズキリと心臓の傷口が開いた気がした。
 父から受け継いだ容姿は、女に声をかけるにはうってつけだった。だけど、この容姿でよかったと思ったことは、一度もない。
 昭弘がいくら自分と父は違う人間だ、と言ったとしても、父を知っている人間から見れば、自分は若かりし日の父を回顧させる道具なのだ。蛍を蛍として見てくれているわけではない。法律の世界に足を踏み込めば、その目はもっと多くなるだろう。
「君のお父さんは主席で美男子で、必要なこと以外はまったくしゃべらなくて、周囲から浮きまくっていたっけね。あんな親を持つと大変だね」
 豪快に笑われる。他の学生の視線を気にし、止めようとするが、聞こうとしない。
「そうそう。このあいだ、君のお父さんの友人と、大学のテミス像のところで会ってね。テミスは目隠しをしているものとしていないものがあるけど、自分は後者が好きだと言うんだよ。物事の全体を見て判断をする。剣なき秤は無力、秤なき剣は暴力って教えられるけど、言うは易し、行うは難し。身に染みたって」
 口角を上げられ、これが本題だと顎を引いた。
「君のことは彼から聞いたんだ。よろしく頼むと言われたよ」
 昭弘か? 
 木崎に呼びだされた日、教授と話をしたのだろうか? 
「彼のことも、君のお父さん繋がりで知っていたけど、いやあ、なんだか雰囲気が変わったねえ。前は、もっと、こう、内から湧き上がるようなものがあった気がしたんだけどね」
「はあ……」
「絵で生きていきたいって話してくれたときの彼は、きらきらしていたなあ」
「絵……ですか?」
 男は小さく頷いた。
「三田君に伝えて欲しいんだ。いつでも、ここに来ればいいってね。芸術家はナーバスになりやすいみたいだから、気分転換は大事だよって」
 男は微笑し、
「じゃあ、よろしく頼んだよ。渋谷蛍君」
 と腰を上げた。
「あ! あの……」
 椅子から立ち上がる。相手はこちらの声に振り返った。
 彼の瞳には自分がはっきりと映っていた。表情は先ほどと変わらないのに、息をするのが楽になる。
 蛍は唇を伸ばした。
「いえ、三田さんには必ず伝えます」
 男は笑顔で首肯した。
「うん。よろしく頼んだよ」
 蛍は頭を下げ、彼を見送った。
 椅子に座ろうとし、傍にいた大柄な体にびくりとした。
「横、いいか?」
 言いながら、木崎は椅子を後ろへと引いた。
「英語、恐ろしく範囲が広いな」
 蛍は彼の隣に座り、相槌をうった。
「やるしかないのは、痛いほどわかっているのだが」
 相手の顔に疲労が濃く出ていた。
 三田は生粋の日本人のくせに、英語がネイティブ並にできる。教授からの伝言もあるし……。
「気晴らしにでも行くか?」
 木崎が目を見開けた。
「ちょっと教授から事伝えを頼まれてさ。いつでもよかったんだけど、その人、英語ができるから、ついでにお前の勉強を見てくれるよう、頭下げてやるよ? まっ! 連絡してないから、会えるかどうかもわからないし、会えたとしても断られる可能性の方が大きいけど、それでもよければ」
 らしくないことを言ったことは承知している。
 だが、あからさま過ぎるだろう、お前。
 蛍は友人の笑みに頬を赤くして唇を噛んだ。
 携帯電話を手にし、これからそっちへ行く、と三田へメールを打つ。
 画面に送信完了の文字が現れるのを確認し、携帯電話を鞄へ仕舞った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

告白ごっこ

みなみ ゆうき
BL
ある事情から極力目立たず地味にひっそりと学園生活を送っていた瑠衣(るい)。 ある日偶然に自分をターゲットに告白という名の罰ゲームが行われることを知ってしまう。それを実行することになったのは学園の人気者で同級生の昴流(すばる)。 更に1ヶ月以内に昴流が瑠衣を口説き落とし好きだと言わせることが出来るかということを新しい賭けにしようとしている事に憤りを覚えた瑠衣は一計を案じ、自分の方から先に告白をし、その直後に全てを知っていると種明かしをすることで、早々に馬鹿げたゲームに決着をつけてやろうと考える。しかし、この告白が原因で事態は瑠衣の想定とは違った方向に動きだし……。 テンプレの罰ゲーム告白ものです。 表紙イラストは、かさしま様より描いていただきました! ムーンライトノベルズでも同時公開。

旦那様と僕

三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。 縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。 本編完結済。 『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。

鈴木さんちの家政夫

ユキヤナギ
BL
「もし家事全般を請け負ってくれるなら、家賃はいらないよ」そう言われて鈴木家の住み込み家政夫になった智樹は、雇い主の彩葉に心惹かれていく。だが彼には、一途に想い続けている相手がいた。彩葉の恋を見守るうちに、智樹は心に芽生えた大切な気持ちに気付いていく。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

ある日、友達とキスをした

Kokonuca.
BL
ゲームで親友とキスをした…のはいいけれど、次の日から親友からの連絡は途切れ、会えた時にはいつも僕がいた場所には違う子がいた

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

【完結】青春は嘘から始める

虎ノ威きよひ
BL
 4組の高校生カップル誕生までの物語。  光安、桜田、梅木、杏山の4人は教師に聞いた「告白ゲーム」を実行することにした。  それは、罰ゲームで告白するという罰当たりなゲームである。  「冗談でした」で済ませられるよう女子にモテモテの同学年のイケメンたちにそれぞれ告白する。  しかし、なんと全員OKを貰ってしまった!   ※1組ずつ嘘の告白からその後の展開を描いていきます。 ※3組完結、4組目公開中。 ※1組2万字程度の予定。 ※本当に一言二言ですが、どんなキャラクター同士が組み合わさるのかを知りたい方は「登場人物」を確認してください。

処理中です...