泡影の異世界勇者《アウトサイダー》

吉銅ガト

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第1章 はじめての異世界

6話 脱出作戦

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 夢を見た。
 真っ白な少女とその直後に俺を飲み込む虹色の光。全く知りもしない人物、光景だったが、なぜか妙に俺の心に引っかかっていた。

 翌朝。三日目の朝を無事に迎えられたことに上手く回転していない頭で安堵しつつ、俺はゆっくりと起き上がった。
 ひんやりとした森の空気の中、黄金色の朝日が靄を照らす様に、俺はしばし感動して見入ってしまう。もとの世界では体験し得なかった早朝の幻想的な景色でエネルギーをチャージして、俺は伸びをしつつ出発の準備に取り掛かった。

 昨日干しておいた半生のトカゲ肉と泉から取ってきた新鮮な湧き水を朝食に腹を満たして、俺は早速荷物をまとめ始めた。
 干しトカゲ肉は大きめの葉で包み、昨日苦戦して剥ぎ取った後水で洗ってきれいにしたトカゲ革を使って、同じく昨日剥ぎ取った鱗と一緒に風呂敷よろしくまとめる。水に関しては現状持ち運べるものがないので、泉の水をガブガブ飲んでから出発するとしよう。あとはトカゲの鱗で作った手作りの槍。
 というわけで今の俺の装備は、民族っぽい服、丈夫そうなサンダル、トカゲ革の風呂敷、そして鱗の槍。こうして見ると、今の装備はいつかゲームで見かけたリザードマンみたいだ。

 さて、準備は整った。出発するとしよう。わずか二日間足らずではあったが俺を守ってくれた肉食植物の縄張りに感謝の礼をして、泉の湧き水を飲んでから歩き始めた。
 とりあえずの目的地は人が住んでいる場所。ここが常識が通じない場所であることは重々承知してはいるが、人がいるところにたどり着くことができれば電話くらいならあるのではないだろうか。
 そんな目的地ではあるが。もちろんどっちに歩いていけばこの森を抜けて村ないし町に行くことができるのか全く見当もつかない。俺はどっちに行くか思案した後、南に行くことにした。太陽の光が当たりやすい南の方が、このような森の中では比較的人が住んでいる可能性が高そうだと踏んだからだ。まあ、完全に運試しではあるが。
「よし、じゃあ行くとしますか」
 パシンと頬を叩いて自分を奮い立たせ、俺は力強く南へ足を踏み出した。

「ここどこだよ……」
 出発からおよそ二時間。序盤は意気揚々と進んだものの、二時間が経過してもなお変わり映えしない景色に、俺は心底うんざりしていた。すでにかなり歩いており、出発地点まで戻ることは不可能だろう。現状あまり肉体的疲労は溜まっていないが、体力が尽きるのも時間の問題だろう。
 そんな絶望的観測をしつつ、槍を杖代わりにして一人森の中を突き進んでいると、唐突に木々が開けた。降り注ぐ昼の太陽に目を細めながら近づいてみると、涼し気な湧き水を湛えた泉が視界に入る。急に喉の乾きがこみ上げてきて、俺はたまらず泉に駆け寄ってキンキンに冷えた水をすくい夢中で飲んだ。
 しばし水分を補給してごろりと地面に横になる。太陽はちょうど真上にあり、真昼だということを自覚するとともに空腹感が押し寄せてきた。とりあえずここで昼食をとりつつ休憩して午後の探索に備えよう。今日中に人が見つからなかったらここで野営することにしよう。
「さて、もういっちょ頑張りますか!」
 もはやその生臭さにも慣れてきたトカゲ肉で腹ごしらえして、俺は再び南下作戦を開始した。
 再び数時間歩いて気づいたのだが、どうやらだんだん森の端に近づいているようだ。最初に落っこちてきた場所はかなり深い森だったが、今歩いているこの場所はあちらほど木々が密集しておらず、しかも木の大きさが比較的小さくなっているのだ。もしかすると人が住んでいる場所に近づいているのかもしれない。俺は期待に背を押されるように足を早めた。
 しかしその淡い希望は最悪の形で砕かれることになる。

 突如ガサリと何かが動く音がして俺は足を止める。そういえば出発してから不思議なくらい生き物という生き物に出会わなかった。これがもし、万が一、からだとしたら…。
 恐怖に必死に抗いながら、俺はゆっくりと背後を振り返った。
 獲物の隙を窺うかのようにぎらぎらと輝く双眸。マットに陽光を反射するレンガ色の巨大な鱗。獲物の返り血を待ちわびているかのようにゆらりゆらりと揺れる尻尾。そしてこの化物という存在を強く知らしめるがごとく、眉間に鎮座し赤く燐光を放つ一本角。俺的最凶の敵、いつかの大トカゲが俺の命を狙って襲いかかってきた。
 俺と大トカゲとの間合いは約二メートル。二日前の襲撃を思い出し、俺の身体は金縛りにあったかのように動かなくなる。ブワリと全身の毛が逆立つのを感じ、ブルブルと身体が震え始める。まずいまずいまずいまずい、このままではあの時と同じ、あるいはもっと大変なことになる。
 すると、大トカゲは俺の緊張に気づいたのか真っ直ぐに俺に向かって全速力で突っ込んできた。どうやら動揺している俺を初撃で仕留めるつもりらしい。かつて感じたことのある角の熱波が接近したところで、ようやく俺は金縛りから脱出して左に飛んで回避する。迫りくる乱雑なナイフ的形状の角は、またしても俺の横腹を無残にも切り裂く……ことはなく、俺の腹すれすれのところを掠めていった。
 俺はそのままの勢いで前転してトカゲに向き直る。ここからチェイスを始めても、恐らく前回と同じようにいつかは疲れ果ててトカゲの餌食になるだろう。ならばこの槍で少しでもやつに損傷を与えて逃走時間を稼ごう。
 俺は干し肉入りの革袋を放り捨てて槍を構える。槍で戦った経験なんてあるわけがないが、きっと俺の中に眠る先祖たちの遺伝子が戦い方を教えてくれる……はず。俺は槍を握る手にさらに力を込めた。

 突撃の失敗から復帰した大トカゲが再びじわりと距離を詰める。顔にはどこか怒りが覗いているようだ。シューシューと唸り声を上げながら近づいてくる姿に、悲鳴を上げそうになるのを必死にこらえて俺も睨みつける。ふと静寂が訪れた瞬間に大トカゲは力強く地面を蹴って俺に突撃してきた。
「はあ!!」
 俺はあえて接近する大トカゲに向かって走る。相対的に速度を増した突撃に速度を緩めそうになるのをこらえてそのまま進む。赤熱した角が俺の目前に迫る──! その瞬間に、俺は横に重心をスライド、身体をずらしてかろうじて角攻撃を回避。そのままのスピードで、すれ違いざまに槍で柔らかそうな腹を切り裂く。ザシュッ! という肉を裂く不快な手応えを感じながらトカゲの横を走り抜けた。振り向くと、大トカゲは奇しくも二日前の俺よろしく横腹から血を吐き出しながらうめき声を上げていた。今のうちだ。俺は全力で大トカゲから逃走を図った。

「はあ、はあ……追ってきて、ないよな……?」
 大トカゲに反撃してから小一時間走り、太陽もあと数十分で落ちるというところ。太陽の位置から恐らく今も南に進んでいるはずだが、まだ人気はない。早く人の住む場所を見つけ出さなければ逆に俺があのトカゲに見つけられてしまうかもしれない。
 早る気持ちをおさえて俺はひたすらに進んでいく。とりあえずこの森さえ抜けられれば大トカゲは撒けるはず──。木々の間から差し込む赤い陽光を身体に受けながら俺はひたすらに前進し続けた。

 不意に木の根に躓いて俺は無様にすっ転ぶ。そのまま緩やかな下り坂をごろごろと転がっていく。
「いてて……ってあれはもしかして……!」
 回転が止まってゆっくりと目を開けると、ついに森が途絶え、なだらかな平原とその奥に村らしきものがあるのが見える。胸の高鳴りを感じつつ、俺は疲れも忘れて村の方向に走り出した。

 しかし、俺の前進を何が何でも止めようとするように、またもや俺のもとに赤い閃光が走る。激しい怒りの咆哮を迸らせながら、俺の因縁の相手もとい大トカゲが森の中から飛び出してきた。
 大トカゲの急襲に驚きを隠せない俺とは対照的に、大トカゲはパチパチと尻尾から火の粉を舞わせながら突進の準備に入る。トカゲにしては少々短いマズルを下に倒して、発光し高熱を放つ一本角をまっすぐ俺の方に向け、後ろ足の筋肉を一気に膨張させると爪を地面に深く差し込んだ。
「来る……!」
 殺気が俺の心臓めがけて一気に張り詰めた瞬間、俺は近くの太い木の裏にすばやく回り込んだ。途端にミサイルのように急加速した大トカゲは、俺が隠れた木の幹ごと俺を刺し貫かんと木に突撃する。トカゲが衝突した瞬間凄まじい振動が周囲の地面や空気を揺らし、その直後、大爆発が木の幹とその背後にいた俺さえも飲み込んだ。衝撃で角が刺さった上から幹がへし折れる。しかしこれは俺の作戦だった。俺の記憶が確かなら、やつはこの爆発の後数秒間だけ体を硬直させたはず。
 突撃を終えた大トカゲは、俺の予想通りに体を硬直させた。これが恐らく最後にして最大の反撃チャンス。これを逃せば俺はきっとこいつの腹の中──、ここで攻めない手はない。
「いっけえええ!!」
 俺は全力で地面を蹴り、ふっとばされた木、そして大トカゲの角をも飛び越え、全体重を載せてトカゲの首筋に槍を突き立てた。予想外の反撃に大トカゲは驚きと激痛にのたうち回る。俺を引き剥がそうとトカゲは鋭い爪で攻撃してくるが、俺は死に物狂いで刺した槍に捕まって耐え抜く。
「これでも食らえええ!」
 叫び声を上げながら俺は大トカゲの首に刺さった槍を思い切りねじり刺し込んだ。ゴキリ!という身の毛もよだつ凄惨な破壊音が響きわたり、急速に辺りは静寂に包まれる。俺の握りしめた不格好な槍の先には、首がおかしな方向にねじ曲がり、頸部から絶えず血を吐き出す大トカゲの死体があった。

 脅威を退けたことへの達成感と生き物をこの手で殺めてしまったことへの嫌悪感、罪悪感で頭がぐちゃぐちゃになりながら俺はゆっくりと立ち上がった。ふと自分の身体を見ると、爆発と爪の切り裂きによってズタズタになっていることに今更ながら気づいた。途端に全身の力がまるで波が引いていくように抜けていき、俺は考える間もなく草木の中に崩れ落ちた。
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