世界の東の端っこのフットボール・チルドレン

遊佐東吾

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本編

鬼島の守護神〈2〉

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 河川敷へと続く階段の土手から少しだけ下りたあたりに座り、真夏の日差しに焼かれながら練習風景をぼうっと眺めるのがいつしか弓立の日課となっていた。
 そんなある日、いつもの指定席にいた彼は後ろから声をかけられる。

「日射病になりたいの? これでよければかぶりなよ」

 億劫そうに振り返れば、そこに立っていたのは麦わら帽子を手にした榛名悠里だった。真っ白なTシャツに膝丈のジーンズ、サッカーを観るのになぜかベースボールキャップというボーイッシュな格好だが、それがまたよく似合っていた。他には差し入れらしきクーラーボックスも肩からぶらさげている。

「榛名の姉ちゃん」

「従姉だって何度も説明してるでしょ」

「似たようなもんだろ」

「まあいいわ。とりあえず、はい」

 弓立に麦わら帽子を押しつけながら、いかにも自然な様子で悠里は隣に腰かけてしまった。
 受け取りはしたものの帽子をかぶりはせず、弓立は彼女に抗議する。

「おい、何でここに座るんだよ。さっさとあいつらのところへ行けよ」

「まったく、キョウといい久我くんといいきみといい、どうしてうちのチームにはこう口が悪いのが揃ってるかな。ちょっとは矢野くんを見習うべきね」

 あきれている悠里をよそに、弓立は話題に上がった政信の穏やかな顔を思い浮かべた。

「そういやマサとカナメはあんたの家で一緒に暮らすんだってな。よかったよ、あいつらだけでもここから去らずにすんで」

 嘘偽りない弓立の本音だった。ただ、願わくば凜奈にもここに残ってほしかったが、今となってはそれはもう叶わない夢でしかない。
 弓立くん、と改まって悠里が呼ぶ。

「もしかしてもうリンには会えないとか考えているんじゃない?」

「だってそうだろ。片倉は自分の意志で出ていってしまったんだから」

 図星を指された弓立は不貞腐れたように返した。

「子供だねえ」

「一コしか違わねえだろうが。人を子供扱いするな」

 彼女のこういう物言いが榛名暁平によく似ていて何とはなしに苛々するのだ、と弓立は思う。
 顔立ちはひどく整っていても恋愛感情など持ちようがない。この人に惚れるのは相当の面食いか相当のバカか、そのどちらかだろうさ。
 そんな弓立の辛辣な内心など知る由もなく、井戸端会議の延長のような気楽さで悠里は続けた。

「あたしみたいな素人からしてもリンは本当に特別だったよ。見ているだけでわくわくさせられた。サッカーの神様に愛されていたとしか言いようがないよね」

「──で? 何が言いたいわけ?」

「そんな子がさ、サッカーから離れられると思う? あたしの答えは『NO』だよ、間違いなく。そりゃあしばらくはあの子もサッカーから遠ざかるかもしれない。でも、いつか戻ってくるから。絶対にね」

 自信満々に言い切る悠里に飲まれ、弓立は口を挟めずただ黙って聞いているだけだった。

「だから弓立くん、サッカーを辞めてしまってはだめ。ボールがつなぐ縁はどうしようもなく断ちがたいもののはずだから。サッカーを続けたその先で、またリンの人生と交わるはずだから」

 いつの間にか悠里の目は真っ直ぐに弓立を見つめていた。その視線の強さから逃げるようにして彼は勢いよく立ちあがった。
 それでも彼女の声は追いかけてくる。

「もちろん無理強いはしないよ。でも、できることならリンの強さを信じてあげてほしい」

 そうすればいつかまた片倉凜奈に会えるのだろうか。
 であれば弓立にもう迷う理由はない。
 悠里の言葉に対する返事として、弓立は麦わら帽子を彼女のキャップの上からかぶせてやった。

「ちょっと! 何かこれ、すごく格好悪いんだけど!」

「ふん。お似合いだよ」

 ありがとう、の五文字がどうしても出てこなかった。
 照れ隠しのつもりで一気に階段を二段飛ばしで駆け下りだした弓立は考える。両手が使えない今だからこそ、逆に足技を鍛えるチャンスだ。凜奈ほどのテクニシャンにはなれなくとも、榛名暁平程度ならすぐに追いついてやるさ。
 こうして凜奈に想いを寄せるもう一人の少年は、チームメイトの誰もが認める本物の守護神へと生まれ変わっていく。

        ◇

 立ち上がり10分間のバレンタイン学院の猛攻を凌いだあとは、双方ともにチャンスを生かしきれないままそろそろ前半の終わりが近づいていた。
 現在前がかりになって攻めているのは鬼島中学だったが、五味のトラップミスからボールを不用意に失ってしまう。奪われたボールは今久留主へと渡った。最終ラインを高く上げていた鬼島中学陣内の広大なスペースへとすぐさま今久留主がロングボールを蹴りだす。
 そのボールに反応して走りだしたのは俊足である右サイドハーフの伊賀。暁平は危険な賭けとわかりつつ、ラインをコントロールしてオフサイドをとろうとする。きちんと揃ってさえいれば線審の旗は上がったはずだったが、左サイドバックの要のポジションミスで最終ラインは伊賀に破られてしまう。

 待つか、出るか。伊賀にこのパスが通れば失点する可能性は非常に高い。そう判断した弓立にためらいはなかった。
 手を使うことを禁じられているペナルティエリアの外まで飛びだして、伊賀よりも一瞬早くスライディングでボールに触れる。的確な判断力と果敢な勇気とを要求されるプレーだったが、それを弓立は難なくやってのけた。

 ボールがタッチラインの外に出ていったのを確認して主審は笛を吹いた。スローインではなく、前半終了の音だ。
 どちらかといえば劣勢の時間帯が多かったにもかかわらず、どうにか無失点で切り抜けられたのは鬼島中学としては非常に大きい。
 その立役者である弓立に近づく影がある。

「ナイスプレー。助かったよ、アツ」

 珍しくほっとした表情で声をかけてきた暁平に、弓立は不意打ちででこピンを見舞ってやった。

「あいてっ」

「はん、おれを誰だと思ってる。エリアの中も外もおれの庭みたいなもんよ。もっと信用してどーんとかまえてろってんだ」

 かつての彼が想像していた、暁平に恩を着せられる絶好のシチュエーションだったにもかかわらず、いざそうなってみるとまるで感じ方が違っていた。
 弓立はいまだに榛名暁平が大嫌いだ。だけどおかしなことに、彼が敗れて膝を折るところを見たくないのもまた事実なのだ。暁平には常に誰より不遜であってほしかった。

 同じ少女に惚れてしまったせいなのかね、と自分のお人好しさを苦々しく思いながら、引きあげてきた他のメンバーたちとハイタッチを交わしていく。
 どんな相手にだって負けたくないのは弓立も暁平と変わらない。凜奈に再び会えるその日まで、ゴールを守って勝って勝って勝ち続けてやる。弓立はそう心に決めていた。
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