世界の東の端っこのフットボール・チルドレン

遊佐東吾

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本編

祝勝会、そして〈2〉

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 さすがは育ち盛りの少年たち、と悠里は感心する。テーブルの上の食べ物はどこも綺麗さっぱりと片づけられていた。
 挨拶では意外なほど饒舌だった衛田は三十分ほど前に帰宅していたが、他の面々はまだ優勝の余韻を味わっている。暁平によると、衛田が一人だけ先に場を辞したのは「トレーニングしておかないと気持ち悪くて眠れないから」なのだそうだ。悠里にしてみればまったくもって理解不能である。

 ウーロン茶をちびちび飲みながら悠里は部屋を眺める。一年生たちは先ほどリフティング大会をするのだといって外へと出ていった。なぜか四ノ宮も。かわいそうなくらいこてんぱんにやられて恥をかくのだろうが、あの飄々とした大男にはいい薬だろう。
 暁平を中心とする二年生たちはノートを広げていた。通称、貝原ノート。今頃はホセと二人で祝杯をあげているはずの貝原の顔を悠里は思い浮かべた。

「すまないが場所をお借りするよ」

 貝原からそう言われて悠里が飲み食いのお金を預かったとき、一緒に手渡されたのがこのノートだった。几帳面な性格である貝原だけあって、姫ヶ瀬FCジュニアユースの練習を見学に出向いた際に相当な量のメモを記していたらしい。

「監督の首がすげ替わったのは聞いてたけどさ」

「まさか前線に二人も外部から引っぱってくるとはね」

「これ、負担の減ったクガっちが甦るんじゃない?」

「しかも見ろよこの名前。『大和ジュリオ』って何者よ」

「待て、下に補足が書いてある。日系ブラジル人の留学生、スピードA、テクニックA。とにかく闘争心旺盛でゴールへの執着が素晴らしい──だとさ」

 おいおいマジか、などと騒いでいる彼らの姿は実に楽しそうだ。そんな光景に悠里は小学生のときの暁平たちを重ねてしまう。
 顔触れはだいたい同じなのだが、違うところもあった。
 たとえば今では倉庫にしまいこまれて埃をかぶっている将棋盤とその駒、あの頃はそれをフィールドと選手に見立ててどう戦うかについての議論を交わしていた。で、白熱してくると次第に暁平と凜奈の意見が分かれてくるのがいつものパターンだった。

 まず勝利を優先して何ごともそこから考えていく暁平に、常に自分たちがペースを握って奔放にサッカーを楽しもうと主張する凜奈。普段は仲のいい二人なのに、ことサッカーとなるとまるで水と油のようになってしまう。
 前と後ろのポジションではこうも考え方が違うのか、と当時の悠里は勝手に納得していた。もしかしたらただ彼らの性向によるものだったのかもしれないが、いずれにせよヒートアップした二人をなだめて意見をしかるべき地点に着地させるのは政信の役目だった。というか彼にしかできない名人芸のようなものだ。

「一家に一人、マサノブくんってね」

 思い出しながら悠里はくすりと笑う。

「おっ、ご機嫌よさそうだな。どしたどした」

 部屋の中だというのになぜか悠里のところだけ影ができた。そこに立っていたのは案の定四ノ宮だった。

「ちょっとあんた、もう戻ってきたの? 早すぎるでしょ」

「いやだって、あいつら巧すぎてついてけねえんだもの。丁寧に教えてくれるんだけどそれがまたいたたまれなくて」

「ふん、根性なしめ」

「そう言うなって。それより何で笑ってたんだ? よかったら教えてくれよ」

「うっさいわね。なに? あたしが笑ってちゃいけないっていうの?」

 言っていることがむちゃくちゃなのは悠里自身もわかっていた。わかっているのだが、四ノ宮相手となるとなぜか憎まれ口みたいになってしまうのだ。
 こんな喧嘩腰でこられても四ノ宮は文句のひとつも口にせず、かわりに「よっこらせ」とおっさんくさい声を出して悠里の隣に腰を下ろす。

「いやあ、体を動かしたらのどが渇いてな。こりゃもう夏だな」

 そう言いながらウーロン茶のボトルに手を伸ばす。それより早く悠里はボトルを引ったくり、近くにある適当な紙コップにどぼどぼとお茶を注いで四ノ宮へと突きだした。

「ほら」

「お、おう。ありがとう……って言っていいのか? 何か企んでないか?」

「失礼な。人の善意を素直に受け取れない男は最低だよ。こう見えても家の仕事を手伝ってるときは『よく気のつくお嬢さん』で通ってるんだからね」

「う、すまん。じゃあありがたく」

 コップを傾けてすぐに「ぶはっ」と息を吐く。比喩ではなく本当に一口で四ノ宮はお茶を飲み干してしまった。
 その飲みっぷりに驚きを通り越してあきれながらも、悠里は仕方がないので彼にもう一杯注いでやることにする。

「兄さん、いける口だね。ほらどんどんいきなよ──みたいな感じで今頃貝さんも飲んでるのかな」

「あの人、見かけによらず相当の酒豪らしいからな。たぶん手酌でぐいぐいやってるぞ」

 うそお、と思わず悠里は声に出してしまった。とてもじゃないが杯を重ねているその姿が想像つかない。
 愛すべき教師である貝原をネタにして、悠里と四ノ宮の会話はひとしきり盛りあがる。
 さっきから二年生連中がちらちらとそんな二人の様子をうかがっているのが気になっていたが、ついに彼らはごそごそと何ごとかをやりはじめた。そしてどこから持ってきたのか、スケッチブックを開いて暁平が高く掲げる。
 そこには大きくこう書かれていた。

『流れはきている』

 暁平が紙を一枚めくる。

『縦パスいれて』

 さらにもう一枚。

『ゴールが見えたらシュートをうて』

 何のことかははっきりしないが、悪ふざけをしているのだけは悠里にもよくわかった。
 気持ち悪いことに、それを読んだ四ノ宮はなぜか体をくねらせている。

「これはやつらに教育が必要なようね」

 おもむろに悠里が腰を浮かしたとき、社務所の廊下にある電話が鳴った。
 にやにやしながら暁平が言う。

「ちょうどいい。ユーリ、立ったついでにそのままどうぞ」

 己のタイミングの悪さを悔やみつつ、悠里はそのまま襖を開いて廊下へと出ていく。窓越しにはまだ一年生たちがトリッキーなリフティングを競っている姿が見えた。
 急きたてるようにように大音量で鳴り続ける電話に対し「まったくどこのどいつよ、こんな時間に」と不平を口にするものの、いざ受話機をとればおくびにも出さない。
 通話と書かれたボタンを押してよそいきの声色をつくる。

「はい、御幸神社でございます」

『もしもし、もしもし! 榛名悠里かい?』

 着信は貝原からだった。
 およそらしくないほどに狼狽しながら、電話の向こうにいる貝原は告げた。
 何者かに襲われた衛田が重傷を負い、救急病院に緊急搬送されたのだと。

『病院から連絡を受けてすぐに駆けつけたんだけど、怪我の程度は相当にひどいらしい。今、ご家族もこちらに向かわれてるそうだ』

 きみたちに知らせないわけにはいかないから、と喉から必死に絞りだしたような声で貝原は言う。
 またしても悠里は足元が崩れ落ちていくような感覚に襲われた。遅れてやってきた眩暈とともに世界が歪んでいく。
 いつの間にか床へ落としてしまっていたらしい受話機からは『もしもし、もしもし!』と叫ぶような呼びかけが小さく聞こえていた。
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