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本編
内緒の手紙
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蹴球団時代の暁平いわく、教室での凜奈は「普通の女の子」だったそうだ。
特に目立つわけではなく、大勢が集まっていると埋もれてどこにいるのかわからなくなってしまうような、そんな女の子。
サッカーをやっている凜奈ばかりを見ていた悠里にはいまだにちょっと想像がつかない。敵味方の区別なく、みんなの目を引きつけてしまう凜奈のプレーぶりは、まさしく蹴球団における太陽そのものだったからだ。
自分たちがその太陽を失ってもう二年になろうとしている。
悠里としては、暁平たちとともにこれまでどうにかバランスを保ってやってきたつもりだ。しかしそんなものは剥きだしの悪意の前ではあっけなく崩れ去ってしまう。
連鎖するように凍てつきはじめた暁平の心も、きっと悠里ではもう止められない。そんな無力さに苛まれつつ病院から、神社へと続く階段のふもとまで弱々しい足取りで帰ってきた。
いつもの習慣で、階段近くに設置されている郵便受けを覗く。
そこにはにじむような淡い筆致で紫陽花が描かれた封筒が入っていた。宛て名は「榛名悠里様」と書かれているが、差し出し人の名前はない。
けれども悠里には誰からの手紙なのかすぐにわかった。気が逸ってしまうのを抑えるように一歩ずつ、しかしやや前のめりになりながら悠里は長い階段を上がっていく。
それほど幅の広くない石段の両脇には緑の葉をつけた木々が鬱蒼と生い茂っていた。おかげで夏でもここならどうにか暑気を凌ぐことができる。ただ、とにかく段の数が多いせいでどのみち汗はかいてしまうのだが。
肩で息をしながら階段を上がりきって鳥居の下をくぐれば、石畳の参道の奥にようやく本殿が見えてくる。本殿といっても小さな社であり、神職を務めているのも悠里の父親ただ一人だ。
境内の左手に建てられている社務所の裏手、目立たなく隣接するように悠里の暮らす家がある。ふたつの古い建物は、そこだけまだ新しい渡り廊下でつながっていた。
ようやく自分の部屋へと戻ってきた彼女は、後ろ手で静かに襖を閉める。
制服であるブレザー姿のままで机の引き出しから黒い刃の鋏を取りだし、封筒の端を丁寧に切り落とした。
きれいに折り目をつけて畳まれていた便箋の字は、やはり悠里が考えていた通り凜奈のものだった。
暁平たちを含めたやり取りとはまた別に、凜奈は悠里個人へ宛てた手紙をたまにではあるがこうやって送ってくる。彼らには内緒にしているので宛て先には悠里の名前だけ、差し出し人の部分は何も記さずに。これは悠里の提案によるものだ。女同士でしかできない話もあるのだから。
手紙にはまずお礼の言葉が述べられていた。お節介であるのを承知しつつ、悠里は女子サッカー部のある高校をピックアップし、パンフレットを用意している学校ならそれを取り寄せて凜奈へと送っていたのだ。
凜奈からの感謝は通りいっぺんのおざなりなものではなく、誠実さにあふれる言葉で綴られていた。どんどん悠里は手紙を読み進めていく。
『どうしたってわたしがサッカーをあきらめられないこと、やっぱり悠里さんにはお見通しなんですね』
その一文を見たとき、頑なだった凜奈の気持ちが少しずつ雪解けとともに新しい春へと向かっている、そんなふうに悠里は感じとった。
先を急ぐように最後の便箋へと目を滑らせる。
『いずれは暁ちゃんたちとちゃんと話をしなければなりません。そのときは悠里さん、情けなくも逃げだしたくなっているに違いないわたしを叱って、どうかできるだけのお力添えを』
手紙の終わり近くには凜奈からのお願いが記されていた。
「そんなのあたりまえじゃない」
つい悠里も口に出して答えてしまう。
最後まで読み終えると、まるでずっと呼吸を止めていたかのように「ぷはあ」と大きく息を吐きだした。
これからさっそく返事を書かないと、そう思った悠里は机に向かおうとして不意に足を止めてしまう。
「──世の中って、やっぱりギブ・アンド・テイクよね」
吉と出るか凶と出るかはわからない。が、彼女の頭の中にはひとつのアイディアがとても冴えたもののように浮かんできていた。
「余計なことをするな」と暁平に責められるのは覚悟の上だ。それでも、このまま何もせずにただ事態の推移を傍観しているだけなのには耐えられない。
暁平と凜奈、二人のためなら悠里は迷わず動く。
特に目立つわけではなく、大勢が集まっていると埋もれてどこにいるのかわからなくなってしまうような、そんな女の子。
サッカーをやっている凜奈ばかりを見ていた悠里にはいまだにちょっと想像がつかない。敵味方の区別なく、みんなの目を引きつけてしまう凜奈のプレーぶりは、まさしく蹴球団における太陽そのものだったからだ。
自分たちがその太陽を失ってもう二年になろうとしている。
悠里としては、暁平たちとともにこれまでどうにかバランスを保ってやってきたつもりだ。しかしそんなものは剥きだしの悪意の前ではあっけなく崩れ去ってしまう。
連鎖するように凍てつきはじめた暁平の心も、きっと悠里ではもう止められない。そんな無力さに苛まれつつ病院から、神社へと続く階段のふもとまで弱々しい足取りで帰ってきた。
いつもの習慣で、階段近くに設置されている郵便受けを覗く。
そこにはにじむような淡い筆致で紫陽花が描かれた封筒が入っていた。宛て名は「榛名悠里様」と書かれているが、差し出し人の名前はない。
けれども悠里には誰からの手紙なのかすぐにわかった。気が逸ってしまうのを抑えるように一歩ずつ、しかしやや前のめりになりながら悠里は長い階段を上がっていく。
それほど幅の広くない石段の両脇には緑の葉をつけた木々が鬱蒼と生い茂っていた。おかげで夏でもここならどうにか暑気を凌ぐことができる。ただ、とにかく段の数が多いせいでどのみち汗はかいてしまうのだが。
肩で息をしながら階段を上がりきって鳥居の下をくぐれば、石畳の参道の奥にようやく本殿が見えてくる。本殿といっても小さな社であり、神職を務めているのも悠里の父親ただ一人だ。
境内の左手に建てられている社務所の裏手、目立たなく隣接するように悠里の暮らす家がある。ふたつの古い建物は、そこだけまだ新しい渡り廊下でつながっていた。
ようやく自分の部屋へと戻ってきた彼女は、後ろ手で静かに襖を閉める。
制服であるブレザー姿のままで机の引き出しから黒い刃の鋏を取りだし、封筒の端を丁寧に切り落とした。
きれいに折り目をつけて畳まれていた便箋の字は、やはり悠里が考えていた通り凜奈のものだった。
暁平たちを含めたやり取りとはまた別に、凜奈は悠里個人へ宛てた手紙をたまにではあるがこうやって送ってくる。彼らには内緒にしているので宛て先には悠里の名前だけ、差し出し人の部分は何も記さずに。これは悠里の提案によるものだ。女同士でしかできない話もあるのだから。
手紙にはまずお礼の言葉が述べられていた。お節介であるのを承知しつつ、悠里は女子サッカー部のある高校をピックアップし、パンフレットを用意している学校ならそれを取り寄せて凜奈へと送っていたのだ。
凜奈からの感謝は通りいっぺんのおざなりなものではなく、誠実さにあふれる言葉で綴られていた。どんどん悠里は手紙を読み進めていく。
『どうしたってわたしがサッカーをあきらめられないこと、やっぱり悠里さんにはお見通しなんですね』
その一文を見たとき、頑なだった凜奈の気持ちが少しずつ雪解けとともに新しい春へと向かっている、そんなふうに悠里は感じとった。
先を急ぐように最後の便箋へと目を滑らせる。
『いずれは暁ちゃんたちとちゃんと話をしなければなりません。そのときは悠里さん、情けなくも逃げだしたくなっているに違いないわたしを叱って、どうかできるだけのお力添えを』
手紙の終わり近くには凜奈からのお願いが記されていた。
「そんなのあたりまえじゃない」
つい悠里も口に出して答えてしまう。
最後まで読み終えると、まるでずっと呼吸を止めていたかのように「ぷはあ」と大きく息を吐きだした。
これからさっそく返事を書かないと、そう思った悠里は机に向かおうとして不意に足を止めてしまう。
「──世の中って、やっぱりギブ・アンド・テイクよね」
吉と出るか凶と出るかはわからない。が、彼女の頭の中にはひとつのアイディアがとても冴えたもののように浮かんできていた。
「余計なことをするな」と暁平に責められるのは覚悟の上だ。それでも、このまま何もせずにただ事態の推移を傍観しているだけなのには耐えられない。
暁平と凜奈、二人のためなら悠里は迷わず動く。
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