38 / 85
本編
前半終了間際の攻防
しおりを挟む
兵藤の動きがこれまでと違う、前半の終わりも間近になって筧はそう感じていた。彼へはほとんどの局面で井上が厳しくプレッシャーをかけにいくため、ボールをもらってもすぐ周りへはたくプレーが大半だったが、ここへきて持ちすぎるくらいにキープするようになってきている。
筧や暁平、両ウイングバック、そのうちの誰かが井上に加勢しても、兵藤は澄ました顔のまま踊っているような軽やかさでボールキープを続けていた。
両足を使ってとにかく小刻みに足元でボールを動かす。うかつに奪いにいこうものならたちまちかわされて逆にピンチを招いてしまうことだろう。鬼島中学の守備としても慎重な対応になるしかない。
前半最後の5分間、姫ヶ瀬FCはひたすら兵藤にボールを集め続けた。片時も気の抜けない彼を相手にしての井上の健闘は光っていたが、徐々に前方へパスを通されるケースが増えてきた。
筧と兵藤とでは同じパサーというくくりでもまったくタイプが異なる。筧のパスは主として攻撃を組み立てていくものであるのに対し、兵藤は起点になりつつもゴールへと直結するラストパスを狙う。鬼島中学にとっては危険なパスだ。
運動量ではさすがに兵藤よりも井上のほうが優っている。それなのに井上がマークに付ききれないシーンが出てきだしたのは、兵藤が巧みに間をずらしているからだと筧は気づいた。緩急をつけたフェイントやいくつものさりげないフェイクを駆使することで、井上の普段のリズムが知らず知らず狂わされていっているのだ。
テクニックとは誰の目にもわかる、鮮やかで華麗なプレーばかりを指すわけではない。むしろテクニックの本質はその技巧を隠し、あたかも地味なプレーであるように見せかけることだ。
筧の目から見て、兵藤は本物のテクニシャンであった。
「タクマ、フリーをつくってもいいからカズと二人で10番にあたれ! 空いたスペースはおれがみる!」
暁平からの指示が飛び、目線だけ送って筧は了解の意を示す。時計は前半のアディショナルタイムに入っていた。
左に開いたジュリオとパス交換を繰り返している兵藤を前にして、井上とともに筧は中には行かせまいとする位置どりで間合いを測る。するとジュリオのさらに外側を姫ヶ瀬FCの左サイドバックがオーバーラップしていく。
ボールを撫でるようにしてキープしていた兵藤は、右足インサイドで彼を使うそぶりをみせた。サイド深くへのボールを出させまいとして井上の体の重心がわずかに右へと傾いた。
その一瞬で兵藤は右足インサイドから右足アウトサイドへと急激に切り返した。逆エラシコと呼ばれる技で井上と筧の間に割って入って強引に抜きにかかる。
しかし井上はなおも食い下がった。ほとんど抜き去られた形となっていたがあきらめず足を懸命に伸ばしてボールに触れようとする。
兵藤はまるで後ろに目がついているかのようだった。わずかにボールを動かし、井上の足が届かない絶妙な場所に置いていた。そしてそのまま自分の足にだけスライディングを受けてピッチに倒れる。
見事なファウルのもらい方だった。主審が笛を吹き、後ろからの危険なプレーだとして井上にはイエローカードが提示されてしまう。
ペナルティアークの外側、ほとんど中央の位置。少し距離はあるものの、鬼島中学としては非常に危険なフリーキックを与えて前半のラストプレーを迎えることとなる。
筧はフリーキックに備える壁へ入ろうとしていた暁平を呼び止めた。小柄な筧は壁には加われない。
「兵藤くん、そんじょそこらの選手じゃないよ。やけに勝負慣れしてるっていうか、あそこまで落ち着いて計算づくのプレーができる人はそういないと思う」
「ああ、たしかに巧いだけじゃない。あいつ、どことなくストリートサッカーの匂いがするよな」
そう頷いてから暁平も壁におさまり、弓立の指示に従ってそれぞれの選手の配置を念入りに整えていく。
筧から見てキーパーの弓立は平静そのものだった。とにかく度胸が据わっており、ペナルティキックやフリーキックにはめっぽう強い。この場面は彼に託すしかなかった。
ボールがセットされている場所には兵藤一人が立っていた。姫ヶ瀬FCも彼に託したようだ。大勢の視線が注がれるなか、わずかにボールの向きを直す。
それから間を置かずさほど長くない助走をとり、左足でこすりあげるようにして兵藤が蹴った。無造作な、とも思えるような蹴り方だった。
しかしボールは暁平たち壁の頭上を越え、大きく曲がり落ちながらゴール右上隅ぎりぎりのところへと吸いこまれていった。弓立も反応はできていたのだが、それでも触れることすら叶わなかった。
兵藤がシュートを放った瞬間、こぼれ球に備えて兵藤の近くにいた筧は「入った」と直感した。あたりまえのことをあたりまえにやっただけ、そんな淡々とした凄みが彼にあるのを思い知らされてしまう。
1―2、最後にめぐってきたワンチャンスを兵藤はきっちり沈めてきた。
ここで主審は前半のタイムアップを告げる笛を吹いたものの、ケルベロスらFCサイドの応援のボルテージが上がりに上がっているせいで音がまったく耳に届いてこない。ヒョードー、ヒョードーの大合唱だ。
最後の最後での失点は本当に痛い。本来ならばこちらが2点差、3点差と突き放していてもおかしくない展開だったのだから。
やっぱりサッカーは怖い。筧がそう思うのも久しぶりだ。
フリーキックを与えた責任を感じている井上が青ざめた顔で呆然と立ち尽くしていた。それを見た暁平がしきりに励ましながら彼の肩を抱いている。
しかしキャプテン然として振る舞う暁平といえど、前半で受けたダメージは体力面でも精神面でも小さくないはずだ。明らかなオーバーペースを覚悟で攻勢に出たにもかかわらず、スコアボードには1―2という数字が表示されている。結果は非情だ。
「おれたちはキョウにどこまで頼れば気がすむんだろうな。自分が情けないよ」
いつの間にかそばにきていた政信が、筧にそう声をかけてきた。
現状ではおそらくチームで最も冷静であろう政信に、筧はひとつの提案をしてみることにする。
「マサくん、はっきりいってぼくとカズくんじゃ兵藤くんは手に余る。だからキョウくんを中盤の下がりめに固定して、ぼくが前に上がろうと思う。で、時折スイッチ。これならキョウくんの負担も減らせるし、ディフェンスを考えればとりあえずベターな気がするんだけど、どうかな」
「むしろおれからタクマに打診するつもりだったよ。キョウが駄々をこねてもおれがどうにか説得する。貝原先生に話を通してそれでいこう」
衛田が入院して以降、練習時から暁平には鬼気迫るものがあった。筧はそれを単純に意気込みだと受け止め、彼から「自分を中心とした攻撃サッカー」を提案されたときは無邪気に喜びもした。
けれども、このままゲームが終わってしまえば絶対に悔いが残る。そう思うだけの理由が筧にはある。
バランスを崩しかけている暁平の危うさに気づいてあげられなかったツケは、今、ここで支払わなければならないのだ。
筧や暁平、両ウイングバック、そのうちの誰かが井上に加勢しても、兵藤は澄ました顔のまま踊っているような軽やかさでボールキープを続けていた。
両足を使ってとにかく小刻みに足元でボールを動かす。うかつに奪いにいこうものならたちまちかわされて逆にピンチを招いてしまうことだろう。鬼島中学の守備としても慎重な対応になるしかない。
前半最後の5分間、姫ヶ瀬FCはひたすら兵藤にボールを集め続けた。片時も気の抜けない彼を相手にしての井上の健闘は光っていたが、徐々に前方へパスを通されるケースが増えてきた。
筧と兵藤とでは同じパサーというくくりでもまったくタイプが異なる。筧のパスは主として攻撃を組み立てていくものであるのに対し、兵藤は起点になりつつもゴールへと直結するラストパスを狙う。鬼島中学にとっては危険なパスだ。
運動量ではさすがに兵藤よりも井上のほうが優っている。それなのに井上がマークに付ききれないシーンが出てきだしたのは、兵藤が巧みに間をずらしているからだと筧は気づいた。緩急をつけたフェイントやいくつものさりげないフェイクを駆使することで、井上の普段のリズムが知らず知らず狂わされていっているのだ。
テクニックとは誰の目にもわかる、鮮やかで華麗なプレーばかりを指すわけではない。むしろテクニックの本質はその技巧を隠し、あたかも地味なプレーであるように見せかけることだ。
筧の目から見て、兵藤は本物のテクニシャンであった。
「タクマ、フリーをつくってもいいからカズと二人で10番にあたれ! 空いたスペースはおれがみる!」
暁平からの指示が飛び、目線だけ送って筧は了解の意を示す。時計は前半のアディショナルタイムに入っていた。
左に開いたジュリオとパス交換を繰り返している兵藤を前にして、井上とともに筧は中には行かせまいとする位置どりで間合いを測る。するとジュリオのさらに外側を姫ヶ瀬FCの左サイドバックがオーバーラップしていく。
ボールを撫でるようにしてキープしていた兵藤は、右足インサイドで彼を使うそぶりをみせた。サイド深くへのボールを出させまいとして井上の体の重心がわずかに右へと傾いた。
その一瞬で兵藤は右足インサイドから右足アウトサイドへと急激に切り返した。逆エラシコと呼ばれる技で井上と筧の間に割って入って強引に抜きにかかる。
しかし井上はなおも食い下がった。ほとんど抜き去られた形となっていたがあきらめず足を懸命に伸ばしてボールに触れようとする。
兵藤はまるで後ろに目がついているかのようだった。わずかにボールを動かし、井上の足が届かない絶妙な場所に置いていた。そしてそのまま自分の足にだけスライディングを受けてピッチに倒れる。
見事なファウルのもらい方だった。主審が笛を吹き、後ろからの危険なプレーだとして井上にはイエローカードが提示されてしまう。
ペナルティアークの外側、ほとんど中央の位置。少し距離はあるものの、鬼島中学としては非常に危険なフリーキックを与えて前半のラストプレーを迎えることとなる。
筧はフリーキックに備える壁へ入ろうとしていた暁平を呼び止めた。小柄な筧は壁には加われない。
「兵藤くん、そんじょそこらの選手じゃないよ。やけに勝負慣れしてるっていうか、あそこまで落ち着いて計算づくのプレーができる人はそういないと思う」
「ああ、たしかに巧いだけじゃない。あいつ、どことなくストリートサッカーの匂いがするよな」
そう頷いてから暁平も壁におさまり、弓立の指示に従ってそれぞれの選手の配置を念入りに整えていく。
筧から見てキーパーの弓立は平静そのものだった。とにかく度胸が据わっており、ペナルティキックやフリーキックにはめっぽう強い。この場面は彼に託すしかなかった。
ボールがセットされている場所には兵藤一人が立っていた。姫ヶ瀬FCも彼に託したようだ。大勢の視線が注がれるなか、わずかにボールの向きを直す。
それから間を置かずさほど長くない助走をとり、左足でこすりあげるようにして兵藤が蹴った。無造作な、とも思えるような蹴り方だった。
しかしボールは暁平たち壁の頭上を越え、大きく曲がり落ちながらゴール右上隅ぎりぎりのところへと吸いこまれていった。弓立も反応はできていたのだが、それでも触れることすら叶わなかった。
兵藤がシュートを放った瞬間、こぼれ球に備えて兵藤の近くにいた筧は「入った」と直感した。あたりまえのことをあたりまえにやっただけ、そんな淡々とした凄みが彼にあるのを思い知らされてしまう。
1―2、最後にめぐってきたワンチャンスを兵藤はきっちり沈めてきた。
ここで主審は前半のタイムアップを告げる笛を吹いたものの、ケルベロスらFCサイドの応援のボルテージが上がりに上がっているせいで音がまったく耳に届いてこない。ヒョードー、ヒョードーの大合唱だ。
最後の最後での失点は本当に痛い。本来ならばこちらが2点差、3点差と突き放していてもおかしくない展開だったのだから。
やっぱりサッカーは怖い。筧がそう思うのも久しぶりだ。
フリーキックを与えた責任を感じている井上が青ざめた顔で呆然と立ち尽くしていた。それを見た暁平がしきりに励ましながら彼の肩を抱いている。
しかしキャプテン然として振る舞う暁平といえど、前半で受けたダメージは体力面でも精神面でも小さくないはずだ。明らかなオーバーペースを覚悟で攻勢に出たにもかかわらず、スコアボードには1―2という数字が表示されている。結果は非情だ。
「おれたちはキョウにどこまで頼れば気がすむんだろうな。自分が情けないよ」
いつの間にかそばにきていた政信が、筧にそう声をかけてきた。
現状ではおそらくチームで最も冷静であろう政信に、筧はひとつの提案をしてみることにする。
「マサくん、はっきりいってぼくとカズくんじゃ兵藤くんは手に余る。だからキョウくんを中盤の下がりめに固定して、ぼくが前に上がろうと思う。で、時折スイッチ。これならキョウくんの負担も減らせるし、ディフェンスを考えればとりあえずベターな気がするんだけど、どうかな」
「むしろおれからタクマに打診するつもりだったよ。キョウが駄々をこねてもおれがどうにか説得する。貝原先生に話を通してそれでいこう」
衛田が入院して以降、練習時から暁平には鬼気迫るものがあった。筧はそれを単純に意気込みだと受け止め、彼から「自分を中心とした攻撃サッカー」を提案されたときは無邪気に喜びもした。
けれども、このままゲームが終わってしまえば絶対に悔いが残る。そう思うだけの理由が筧にはある。
バランスを崩しかけている暁平の危うさに気づいてあげられなかったツケは、今、ここで支払わなければならないのだ。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
タダで済むと思うな
美凪ましろ
ライト文芸
フルタイムで働きながらワンオペで子育てをし、夫のケアもしていた井口虹子は、結婚十六年目のある夜、限界を迎える。
――よし、決めた。
我慢するのは止めだ止め。
家族のために粉骨砕身頑張っていた自分。これからは自分のために生きる!
そう決めた虹子が企てた夫への復讐とは。
■十八歳以下の男女の性行為があります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる