世界の東の端っこのフットボール・チルドレン

遊佐東吾

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本編

ファンタジスタの帰還

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 悠里たちが運動公園に着いたのは試合がハーフタイムになったばかりの頃だ。
 しかしそこからの歩みが遅々として進まない。バス停から暁平たちの試合会場までが、悠里にはとんでもなく遠くに感じられた。
 なぜならば。

「やっぱり待って、ユーリさん。ちょっと待って」

「あんたねえ、ここまできて何言ってんの。ほらいくよ」

 このやりとりももう何度目になるだろうか。
 凜奈が尻込みするたびに、悠里は彼女の強ばった肩を揉んで気持ちと一緒にほぐしてやる。

「うう、まだ覚悟ができていないのに」

「大丈夫だって。女は度胸、男は愛嬌っていうでしょ」

「それ、逆だから」

 悠里にとってはとにかく強行軍だった。凜奈が暮らしている遠方の街まで行きは高速バス、帰りは出費が痛いが時間最優先で新幹線。それでも残念なことに試合の前半は見逃してしまった。
 しかしあの凜奈がようやくここまで来てくれたのだ。試合が行われているピッチまであともうひと息、どうということはない。
 姫ヶ瀬とは気候も違うほどおいそれとは行けないような遠い場所で、凜奈はとても大事にされていた。それが自分の目で確かめられただけでも足を運んだ甲斐があった、と悠里は思っている。

 凜奈を引きとったのは、彼女の亡くなった母の姉夫婦だった。凜奈の母とは少し年が離れていたようで、年配といっていい年格好の女性が悠里を出迎えてくれた。
 十日前に電話を一本入れただけで突然押しかけた悠里だったが、凜奈の伯母はその非礼を詰ったりはしなかった。もちろん悠里だって自分が歓迎されざる客だということは承知している。あの事故から二年近くが経ち、凜奈との暮らしも自然になってきたであろうところへ過去からの訪問者が姿を見せたのだ。どうしたって快くは思ってくれないだろう。

 なるべく早く凜奈を連れてお暇しよう、悠里のそんな目論見は脆くも崩れた。当の凜奈がえらく強情を張って「うん」と言ってくれなかったのだ。
 比喩などではなく、悠里の粘り強い説得に根負けした彼女が首を縦に振ったのはすでに朝日が顔を見せだしていた時間だった。

「お願い、キョウを助けてあげて」

 これまでのいきさつを説明してそう繰り返す悠里に対し、凜奈も「ごめんなさい」をひたすら繰り返す。
 将棋なら千日手で一局流れてしまっているような会話が一晩中続いた。それでも悠里は力押しに押した。

「このままだとキョウはいずれ見えない何かに押し潰されてサッカーやめちゃうよ。リンはそれでもいいの?」

 なりふりかまわず、半ば脅しのように凜奈のいちばん痛いところを突く。結局はそれが決定打となった。
 はからずも徹夜となった二人は新幹線の車内で爆睡し、姫ヶ瀬に向かう在来線への乗り換えの駅をあわや乗り過ごしてしまいそうになったりもした。ただ、伯母夫婦が何も聞こうとはせずに「いってらっしゃい」とだけ言って見送ってくれたことは忘れていない。

 そんな苦労の末にやっと凜奈と二人で試合会場である姫ヶ瀬運動公園にまでたどり着いたのだ、「あたしも頑張ったんだから、前半を観れなかったのは許せ」と心の中で暁平に詫びる。
 丘の斜面に造成された運動公園内には、野球場が二面取れるような広いグラウンドやテニスコート、アスレチック、それにサッカー場が整備されていた。緩やかな坂道の奥にある暁平たちの熱戦の舞台を目指して歩いていく。耳に届くざわめきも大きくなってきた。

「リン」

 悠里は凜奈の胸に不意打ちで手を当てる。心臓が飛びだしてしまうんじゃないかっていうくらい、彼女の鼓動は激しく脈打っていた。

「大丈夫だからね。あんたのことをちょっとでも悪く言うやつがいたらあたしがノックアウトしてやるんだから」

 たとえそれがキョウでもね、といたずらっぽくウインクしてみせる。
 フィールドの周りには思っていたよりも多くの人影が見えてきた。手で日差しを遮りながら、悠里は知っている顔がいないか確認してみる。

 四ノ宮亮輔もしくはホセ、目印になるのは背の高いこの二人だ。四ノ宮の姿は付近に見当たらなかったが、ホセはいた。
 凜奈にもホセがいるのがわかったのだろう、ぎゅっと唇をきつく噛んだままでうつむいてしまう。
 そんな彼女に悠里は優しく声をかけた。

「ちゃんと『ただいま』って言いにいこ。そしたらホセ、きっといつもみたいに目尻にたくさんしわをつくって笑いながら『おかえり』って返してくれるから」
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