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本編
満身創痍
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一人少ない状況でなりふり構っている余裕はない。
ベンチの貝原から「5」の数字が指で示される。暁平としてもその戦術を受け入れるしかなかった。
5―2―1―1、暁平と要が戻ったことにより最終ラインは五人で形成される。センターハーフに筧と井上、それから五味、畠山の順で縦に並ぶ。鬼島中学の軸足は完全に逃げ切りへと置かれた。
攻める姫ヶ瀬FCに受ける鬼島中学。戦前の展開予想に回帰したような、誰にでもわかるはっきりとした構図でゲームが再開される。
予期せぬ突然の試合中断を挟んだせいかまだ集中し直せていない選手もちらほらいる中で、兵藤貴哉のパフォーマンスは際立っていた。相変わらずのキープ力を見せつけ、鬼島守備網を切り裂くスルーパスを出し、自らもミドルレンジからシュートを放つ。
暁平たちの必死のディフェンスもあって得点こそ許していないが、終盤にきてピッチ上における彼の存在感は群を抜いていた。
口にした言葉を自ら証明するような兵藤のプレーぶりは、停滞してもおかしくなかったゲームに再びの熱を吹きこんでいく。暁平としてもそう認めざるをえなかった。
だが闘志で負けたとあっては応援してくれている誰に対しても申し訳が立たない。暁平は声を嗄らして檄を飛ばし、鬼の形相でチームを鼓舞する。
FCの右サイドで久我がボールを持った。マークには要がついているが、久我はそのまま中へと向かっていく。そして要が食らいついてきたのを見計らってボールを切り返し、ニアサイドに狭いながらもシュートコースをつくりだした。
ゴールが見えたらシュートを打つ、そんなフォワードとしての基本に彼は忠実だった。抑えのきいた低く地を這うようなシュートが鬼島ゴールを襲う。どうにかカットしようとした暁平の足も佐木川の足もわずかに届かない。
それでも鬼島には頼れる守護神がいる。ゴールポストを恐れぬ横っ飛びで弓立の左手が久我の強烈なシュートを弾いた。その威力によってボールは高々と舞いあがる。
「よっしゃあ! アツ、ナイスセーブ!」
しかし暁平の視界に入った弓立の様子がおかしい。起き上がりはしたものの、苦悶の表情で左手を押さえている。
弓立敦宏が他人に弱さを見せるのをひどく嫌うのは暁平もよく知っていた。その彼が今、痛みに耐えることができていない。
非常事態なのを暁平はすぐに理解した。そして運悪く、ボールは前へと上がってきたFCの吉野に拾われてしまう。
弓立の姿に動揺してしまった鬼島中学の一瞬の隙を突き、吉野は兵藤に負けじとスルーパスを繰りだしてきた。狙いは左サイドからペナルティエリアへ侵入しようとしているジュリオ。
あのPK失敗が尾を引いていたのだろう、しばらくジュリオはプレーに精彩を欠いていた。名誉挽回のためにもここは何としても自分で決めにくるはず、そう暁平は読んだ。
現時点でおそらくは弓立が負傷している以上、持ち前のスピードで安永をちぎってきたジュリオにシュートを打たせるわけにはいかない。先ほどの政信の退場劇が頭をよぎったが、暁平にとれる選択肢は自らジュリオをストップする、そのたったひとつしか残っていなかった。
そうはいってもこんな場面でこそ冷静なのが暁平の真骨頂だ。ジュリオの足もよく見えている。ボールだけを狙いすまし、見事刈りとることに成功した。
だがやはりというべきか、ジュリオはまたしても派手に転倒した。オーバーアクションで足首を抱えながらちらりと主審に目線をやる。
ボールを奪った暁平はそんなジュリオを一瞥して「味をしめやがって」と吐き捨てた。判定がどうであれ、弓立のためにボールを外に出してプレーをいったん切ろうとするが、それより早く主審の笛が鳴った。
さすがに今度は主審もジュリオのシミュレーション行為を見逃しはしなかった。迷うことなく彼にイエローカードを提示して注意を与えている。
泣きそうな顔になってしつこく抗議しているジュリオを久我がどうにか引き下がらせようとしているが、そんなことは暁平にとってどうでもよかった。
佐木川や安永らに囲まれている弓立の元へと暁平も駆け寄っていく。
「いいかアツ、ちゃんと答えろよ。どこを痛めた」
「耳元でぎゃあぎゃあ騒ぐな。どうってことねえよ」
いつもの憎まれ口ではあるが声に張りがない。まだ表情を歪めているところから察するに、これ以上プレーを続行させるのは危険だとキャプテンとして暁平が判断した。
弓立の了解を得ず、ベンチに向かって大きくバツ印をつくる。
「おまっ、なに勝手なことしてくれてんだコラ」
今にもつかみかかってきそうなほど鋭い目をした弓立に何も告げることなく、暁平はただ黙ったままでベンチのほうへと顎7をしゃくってみせた。
そこにはいつの間にか悠里と凜奈がやってきていた。
「弓立くん、おとなしく下がりなさい!」
「無理しないでアッちゃん!」
二人の少女が口々に交代するよう叫んでいる。彼女たちの様子を目にしてはさすがに弓立も「ちくしょう……」と呟いて折れるほかなかった。
「──で、結局どこなんだ」
「指だよ、左の人差し指と中指。バレ学戦のとき、ヨッシーの最初のシュートでやられちまった」
そんなに前からなのか、と愕然とした暁平は、仲間の負傷に気づいてやれなかった自分の不明を恥じる。
「あとちょっとなのに、うまくいかねえもんだな」
弓立の目には涙がたまっていた。思わず彼の肩を抱いた暁平だったが、すぐさま弓立に振り払われた。
「ばかやろ、放せ。汗くせえんだよ」
最後まで強がってみせた弓立は袖で乱暴に目を拭い、サイドラインのすぐ外で控えている一年生キーパーの竹下と交代するべく歩きだした。
青空には似合わない黒ずくめのユニフォーム、その背番号1が守るべきゴールから遠ざかっていくのを暁平にはただ見送るだけしかできない。
ベンチの貝原から「5」の数字が指で示される。暁平としてもその戦術を受け入れるしかなかった。
5―2―1―1、暁平と要が戻ったことにより最終ラインは五人で形成される。センターハーフに筧と井上、それから五味、畠山の順で縦に並ぶ。鬼島中学の軸足は完全に逃げ切りへと置かれた。
攻める姫ヶ瀬FCに受ける鬼島中学。戦前の展開予想に回帰したような、誰にでもわかるはっきりとした構図でゲームが再開される。
予期せぬ突然の試合中断を挟んだせいかまだ集中し直せていない選手もちらほらいる中で、兵藤貴哉のパフォーマンスは際立っていた。相変わらずのキープ力を見せつけ、鬼島守備網を切り裂くスルーパスを出し、自らもミドルレンジからシュートを放つ。
暁平たちの必死のディフェンスもあって得点こそ許していないが、終盤にきてピッチ上における彼の存在感は群を抜いていた。
口にした言葉を自ら証明するような兵藤のプレーぶりは、停滞してもおかしくなかったゲームに再びの熱を吹きこんでいく。暁平としてもそう認めざるをえなかった。
だが闘志で負けたとあっては応援してくれている誰に対しても申し訳が立たない。暁平は声を嗄らして檄を飛ばし、鬼の形相でチームを鼓舞する。
FCの右サイドで久我がボールを持った。マークには要がついているが、久我はそのまま中へと向かっていく。そして要が食らいついてきたのを見計らってボールを切り返し、ニアサイドに狭いながらもシュートコースをつくりだした。
ゴールが見えたらシュートを打つ、そんなフォワードとしての基本に彼は忠実だった。抑えのきいた低く地を這うようなシュートが鬼島ゴールを襲う。どうにかカットしようとした暁平の足も佐木川の足もわずかに届かない。
それでも鬼島には頼れる守護神がいる。ゴールポストを恐れぬ横っ飛びで弓立の左手が久我の強烈なシュートを弾いた。その威力によってボールは高々と舞いあがる。
「よっしゃあ! アツ、ナイスセーブ!」
しかし暁平の視界に入った弓立の様子がおかしい。起き上がりはしたものの、苦悶の表情で左手を押さえている。
弓立敦宏が他人に弱さを見せるのをひどく嫌うのは暁平もよく知っていた。その彼が今、痛みに耐えることができていない。
非常事態なのを暁平はすぐに理解した。そして運悪く、ボールは前へと上がってきたFCの吉野に拾われてしまう。
弓立の姿に動揺してしまった鬼島中学の一瞬の隙を突き、吉野は兵藤に負けじとスルーパスを繰りだしてきた。狙いは左サイドからペナルティエリアへ侵入しようとしているジュリオ。
あのPK失敗が尾を引いていたのだろう、しばらくジュリオはプレーに精彩を欠いていた。名誉挽回のためにもここは何としても自分で決めにくるはず、そう暁平は読んだ。
現時点でおそらくは弓立が負傷している以上、持ち前のスピードで安永をちぎってきたジュリオにシュートを打たせるわけにはいかない。先ほどの政信の退場劇が頭をよぎったが、暁平にとれる選択肢は自らジュリオをストップする、そのたったひとつしか残っていなかった。
そうはいってもこんな場面でこそ冷静なのが暁平の真骨頂だ。ジュリオの足もよく見えている。ボールだけを狙いすまし、見事刈りとることに成功した。
だがやはりというべきか、ジュリオはまたしても派手に転倒した。オーバーアクションで足首を抱えながらちらりと主審に目線をやる。
ボールを奪った暁平はそんなジュリオを一瞥して「味をしめやがって」と吐き捨てた。判定がどうであれ、弓立のためにボールを外に出してプレーをいったん切ろうとするが、それより早く主審の笛が鳴った。
さすがに今度は主審もジュリオのシミュレーション行為を見逃しはしなかった。迷うことなく彼にイエローカードを提示して注意を与えている。
泣きそうな顔になってしつこく抗議しているジュリオを久我がどうにか引き下がらせようとしているが、そんなことは暁平にとってどうでもよかった。
佐木川や安永らに囲まれている弓立の元へと暁平も駆け寄っていく。
「いいかアツ、ちゃんと答えろよ。どこを痛めた」
「耳元でぎゃあぎゃあ騒ぐな。どうってことねえよ」
いつもの憎まれ口ではあるが声に張りがない。まだ表情を歪めているところから察するに、これ以上プレーを続行させるのは危険だとキャプテンとして暁平が判断した。
弓立の了解を得ず、ベンチに向かって大きくバツ印をつくる。
「おまっ、なに勝手なことしてくれてんだコラ」
今にもつかみかかってきそうなほど鋭い目をした弓立に何も告げることなく、暁平はただ黙ったままでベンチのほうへと顎7をしゃくってみせた。
そこにはいつの間にか悠里と凜奈がやってきていた。
「弓立くん、おとなしく下がりなさい!」
「無理しないでアッちゃん!」
二人の少女が口々に交代するよう叫んでいる。彼女たちの様子を目にしてはさすがに弓立も「ちくしょう……」と呟いて折れるほかなかった。
「──で、結局どこなんだ」
「指だよ、左の人差し指と中指。バレ学戦のとき、ヨッシーの最初のシュートでやられちまった」
そんなに前からなのか、と愕然とした暁平は、仲間の負傷に気づいてやれなかった自分の不明を恥じる。
「あとちょっとなのに、うまくいかねえもんだな」
弓立の目には涙がたまっていた。思わず彼の肩を抱いた暁平だったが、すぐさま弓立に振り払われた。
「ばかやろ、放せ。汗くせえんだよ」
最後まで強がってみせた弓立は袖で乱暴に目を拭い、サイドラインのすぐ外で控えている一年生キーパーの竹下と交代するべく歩きだした。
青空には似合わない黒ずくめのユニフォーム、その背番号1が守るべきゴールから遠ざかっていくのを暁平にはただ見送るだけしかできない。
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