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064 気持ちが分かった?

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レストールの視線を遮るようにしてギルセリュートが目の前に立った。しかし、一瞬ではあったが、その視線に込められた思いと表情が目に焼き付いていた。それだけ衝撃的だったのだ。

「え? 気のせいかしら……」

あの目と表情は婚約が決まって日が浅い頃に見た。まだ素直だった子どもの頃と同じ。ウザいと一蹴しそうな視線が日常化していた昨今ではあり得ないものだ。頭でも打って記憶喪失なのかもしれない。

フレアリールが一人混乱する中、シーリアの声が聞こえた。

「あらあら。今更フレアちゃんに縋ってもダメよ? フレアちゃんはもうギルのものだもの」
「っ、兄上の……っ」
「そうよ♪ だいたい、あなたは一度捨てたのでしょう? 拾ったもん勝ちよ♪」

どうやら、フレアリールは拾得物扱いらしい。

「母上……っ」

ギルセリュートの背中から力が抜けた。こちらも記憶喪失疑惑は晴れた。

「ギル。気にしないで。それよりも、コルトの所へ。あちらの方の気配が変わったわ」
《お母さんっ、イヤな感じがするよ。瘴気が吹き出してきてる》
「コルトは自衛できるだろうけど、シーリア様が危ないわ。リオはシーリア様をお願い」
《わかったー》

フレアリールはシーリア達を通り越し、ギルセリュートと共に怪しい雰囲気をさせる祭壇へ急いだ。

◆  ◆  ◆

神獣、聖なる獣と呼ばれる本来の姿になったリオは、シーリアへ駆け寄る。

「あら、リオちゃん?」
「せ、聖獣っ!?」
「なっ」

レストールとセヴィエ第二王妃が声を上げるが、取り巻きの貴族の男たちは完全に腰を抜かしていた。

「盾役にもならない取り巻きさん達だったとはね~。あなたの人徳なんてこんなものよ♪」
「なっ、なんですって!? わたくしは尊い血を引いたっ……」
「そんなに血が血がと……相変わらずうるさい人だわ。全てブチまけてしまえば黙るかしら?」
「っ、ひっ」

シーリアはいくつものナイフを手指に挟んでいた。否、既に二本ほど、セヴィエの肩に刺さっている。

《うわぁ……シーリアママ……怒ってるぅ》
「え……ッ、い、い、いた、さ、刺さってっ…….!?」

じんわりと痛みを感じ始めたらしい。周りは薄暗いので、顔色が判然としないが、間違いなく血の気は引いているだろう。

《あ~ぁ》

リオはもう傍観することに決めた。瘴気がシーリア達の周りに来ないように守るだけで十分そうだ。まだ幼いが、こういう時の対応は弁えている。その間もシーリアはノリノリだった。

「赤いドレスって、やっぱりダメね。状態が分かりにくいわ。だから、うっかり致命傷まで行ってしまうかもしれないの。気を付けてちょうだいね?」
「っ、は、母上!」

レストールが慌ててそのナイフを抜こうとする。

「抜いてはダメよ? 余計に血が出てしまうもの。抜くのは最後……そのナイフは栓よ。蓋なの。だから……ね?」

ヒュンヒュンっと腕や足にナイフが刺さる。けれど、セヴィエは倒れる事も動くこともできない。それは、シーリアが習得した普現魔術によるものだ。この時を、彼女は待っていたのだから。

「先ずはいっぱい刺しましょう♪ そう。あなたによって陥れられ、亡くなってしまった者達の数だけね?」

それには、シーリアの母も含まれる。恨みは深い。

「心から悔いて、己の罪を認めるのならば、抜かずに、治るようにフレアちゃんか神官さんに頼んであげるわ♪ でも、全部刺してからですからね☆」
「「っ!!」」

レストールは拘束していないが、足がすくんで動けないらしい。

セヴィエは恐怖で涙などで顔はぐちゃぐちゃだった。こんな時まで化粧をしていたのは間違いだ。

「ふふっ、スゴイ顔ねえ♪ あなたにリンチされた令嬢と同じ顔よ? 確かあなたは、汚い汚いと友人の方たちと高笑いしながら水やワインを浴びせたんですって? どうかしら? すこ~しだけは気持ちが分かった?」
「ひっ、ひや……いやよっ……助けて!」

シーリアの顔は暗さを見せるどころか、凄絶で美しく輝いていた。

「誰か助けてくれる人~……居るの? 居なさそうよ? お隣の息子さんは立ってるだけでやっとみたいだしね?」
「れ、レスト……っ」
「っ……」

縋り付くことはあっても、縋り付かれたことのないレストール。自分の母親であるとはいえ、ここ最近はその母親がどういうことをしてきたのかを見つめ直してきた。そのため、葛藤が生まれる。

彼女に必要なのは王子であるレストールだ。だが、レストールは既に父王に見限られている。今回連れ出したのは、それを覆す勝機を見出したためだ。だが、どう見ても今の状況は完全にそれらをなかったことにされてしまっている。

「し、シーリア王妃。お、お赦しいただけませんか……」
「……赦す?」
「レストっ! そんなっ、そんな女に頭をっ」

セヴィエは状況を理解しているのだろうか。痛みでおかしくなっているのかもしれない。頭を下げたレストールを見て、狼狽える。セヴィエのその目はよく知っていた。高いプライドで持って、誰よりも自分は上の立場だと考えている時の目だ。

「母上! ご理解ください。私を連れ出した時点で、貴女の立場は既に地に落ちております。王命に逆らったのです。もう王妃としての力は使えません。誰もが逆らえなかった貴女ではないのですっ……」
「っ……そ、そんな……そんなこと……だ、誰にもっ、誰にもわたくしを裁く権利なんてないわ!!」
「母上!!」

ここへ来ても現実を見ようとしないセヴィエ。そんな様子を見て、レストールは顔をしかめた。

これは自分だ。同じだったのだと理解し、レストールは衝撃を受けていた。

「おやおや……ようやく理解しましたか」

そこにやって来たのはソーレだった。彼は三人ほどの貴族の男たちを引きずっていた。

ソーレは奥へ向かって行くフレアリールの姿を見て目を細め、それからレストールを見る。否、セヴィエを見ていた。

「醜いですね。シーリア様。どうぞお続けください。死ぬ直前を見極めさせていただきます」
「あら、ソーレちゃんだったわよね? いいの? 憧れのフレアちゃんは奥に行ってしまったわよ?」
「はい。お姿を拝見できただけで今は十分です。何より、自分のこの先の身の振り方を決めかねておりまして。確実にしてから御目通りを願います」
「あなたって真面目ね~」

そんな会話を、レストールは震えながら聞いていた。

セヴィエは気絶しそうだ。だが、恐らくそれを許さないだろうことは予想できた。

助けてくれとは言えない。だが、レストールはフレアリールの背中を見つめる。すると、フレアリールと目が合った。

「っ……フ……レア……」

その声は聞こえないだろう。ほんの一時見つめ合った後、フレアリールはすぐに目を前へ向けた。その隣には、ギルセリュートが居る。

その時レストールは、自身の非を認める時以上の痛みを胸に感じたのだ。

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また来週です。
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