煌焔〜いつか約束の地に至るまで〜

紫南

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第一章

012 心配性の三妃

2018. 10. 11

**********

真っすぐに誠実に向けられた瞳。信念をもって生きる人の瞳は美しいと思う。けれど、今はそれを見つめ返すことはできなかった。

「この術は、簡単に人の命を奪う……人が扱っていい術ではないんだ。私でも解く事はできない……」

愚かな事だ。未熟な心を持った人が、軽々しく発動するものではない。

「全て承知の上です。約定を立てさせていただいてもよろしいですか」
「っ、それがお前の望みか……」
「はい」

主選定の誓約は済んだ。

この後、主の許しを得て、三つの約定を誓う。もしも、その約定を違えた時には、容赦ない死が待っている。

頭を抱えるように右手で目元を覆い、樟嬰は自嘲する。それから、覚悟を決めるように顔を上げた。

「私はまだ人を侮っていたようだな……約定を違える事はないと、真に心に……己の魂に誓うのならば誓約を許そう」
「誓います。約定を違えず、天命をまっとういたします」
「そうか……ならば【汝の魂の誓願により、我は誓約を許す】」

その言葉によって、紋様は主である樟嬰の真名マナを古代文字で記したものに変化した。ただ人には読めない文字だ。

そして朔兎は、再び手を胸に当てがい、片膝をつくと三つの約定を誓い始めた。

「【我、主に約定の誓いを立てる。一つ、主の許しなく、死を受け入れる事をしないと誓う。二つ、主に仇なすものを退ける事を誓う。三つ……我が主を……生涯、愛し続けると誓う】
「っ……朔兎っ」

誓いを立て終わると、右手の印はすっと消えた。朔兎は、ゆっくりと胸元を開けると、心臓の真上に消えた印が刻まれていた。

「これで完了しました。先程の約定をお許しくださらなければ、わたくしは死にます」
「っ、脅す気かっ。よりにもよって……三つめは保障できんぞッ」
「わかっております。ですが、絶対に三つ目だけは自信を持って誓えます……呆れておいでですか?」
「当然だっ。愛などという理解不能なものを持ち出しおってっ。一つ目と二つ目の方がまだ現実味がある」
「では、これからお知りになってください。わたくしの天命が下るまで時間はありましょう。同じように愛してくださいとは申しておりませんので」
「っ……ッ」

肩の力が抜けたのか、いつの間にか、生気に満ちた表情になっている。朔兎は今まで見たことのない優しい笑みさえ浮かべていた。

「……お前……本当は性格悪いだろ……」

生涯愛するなどという約定に前例などない。こんなにも重い約定などあり得ないと頭を抱えるしかなかった。

◆  ◆  ◆

この後どうするかとそう思案していた所で、扉を叩く音がした。

「っ……」
「わたくしが」

慎重に扉を少し開けた朔兎は、外の人物と小声でいくらか話すと、振り向いた。

琵紗ヒサ様と季余キヨ様、麻南マナン様です」
「入っていただいて」

招き入れると、琵紗が駆け寄って来た。

「怪我をなされたと……っ。大事ないかっ」
「えぇ。治してしまいましたので。三妃揃って来てくださったのですか」

魔術で時間をかければ怪我を治すこともできる。薬の存在は簡単には明かせないが、魔力の高い樟嬰にならば、時間的に可能だと思われたはずだ。

「そうですよ……まったく……あなたはお転婆なんですから」
「まぁまぁ。責めてはいけませんよ、麻南。琵紗も、そうペタペタと身体中触って検査せずとも、小姫ちぃひめが治したと言ったのだから、傷の跡さえも残ってはいませんよ」

この三人の叔母達は『三妃サンヒ』と呼ばれている。同じ頃にこの華月院へ嫁いできた。かつては天臣として生きていたが、その籍も返上し、今は生まれる子ども達や樟嬰の母の世話役に納まっていた。

「じゃがのぅ。老達が、あれでは助からぬと……おぬしも聞いたであろう」

琵紗は相変わらず心配性だ。これに対して季余は苦笑する。彼女は下町で『おっかさん』と呼ばれる部類に入るだろう。何でも見通し、世話好きで豪快なところもある。今回も、樟嬰の姿を確認して、それほど心配することはないと頷いていた。

「勿論です。顔色は悪いですが、まだ座って微笑んでおられる。小姫が死にそうな状態なら、既に眠っておられるでしょう? 無駄な事を嫌われる方ですから」

これを聞いて、樟嬰は思わず笑ってしまう。

「ははっ。季余には敵わないな。確かに、弱っていたら、無駄な体力を使わぬように眠るだろうな。見た目に死にそうに見えていても、私ならばたいてい眠れば何とかなる。特殊な身体だと、琵紗も麻南も知っているだろうに」

理解しているはずなのに、小さく寄せられている眉間の皺を見ると心配はしてくれているらしい。

「ならば、本当に大事ないのですね? ですが……なぜここにこの者が居るのですか」

そう言って麻南は朔兎を指した。琵紗と季余も同様に考えていたようだ。

「そのほう老達の差し金であろうっ。樟嬰様に近づくでない! もしも、危害を加えると申すならば、この老いぼれを殺してみやれッ」
「影であるそなたが、老達から小姫の命をなきものにしようと送られた者である事は調べがついております。今回の事も、そなたが仕掛けた事なのではありませんか?」
「私達の小姫様に、手を出さないでいただきましょう。あなたに小姫様を傷付けさせたりはしませんっ」

いつも冷静な麻南までもが、声を荒げて朔兎の前に立った。

血の気の多い琵紗は既に臨戦体勢を整えていた。いつもは不満そうにしながらも中立の立場を維持している季余でさえ、闘う気満々だ。

「……っ……っ」

朔兎を見れば、物凄く困った顔をしていた。無理もない。

「っくくっ……っ。そう目くじらを立てるな、琵紗、季余、麻南。朔兎は、血を流すわたしを見て、涙を流した。そんな者が、命を奪おうとしていると思うか?」

これに三妃は揃って顔をしかめる。

「むっ……では、こやつは老達の手先ではないと?じゃが、真にそうではないと言う証拠は……っ」
「そうですよ。調べはついていると言ったでしょう。老に命じられて、側にいると……影の忠誠は絶対。その影としての使命を捨てる程の何があると?」
「影としての使命は、命の誓い。あなたは未だ誓約による忠誠を立ててはおらぬのですか? 老の誰と誓約をしているのですっ? はっきりとおっしゃい」
「証ならばあります」

朔兎は勢いよく胸元をあらわにし、言った。

「わたくしが命をかけて、誓いを立てたのは樟嬰様ですっ。他の何者でもない。わたくしの全ては樟嬰様ただお一人のものっ。お疑いならば、即刻老様方の前へお引き立てください。覚えのないこの胸の誓いの証が、極刑への導きとなりましょう」
「っ……」

流石の三妃も、これには言葉もないようだ。

朔兎の胸に刻まれた証は、老の誰のものでもないと彼女達にはわかった。三人には、それが樟嬰の真名であるかどうかは分からなかったが、苦笑する樟嬰の様子から、真実であると悟った。

「そう言う事だ。三妃、落ち着いてくれ。これと誓約したからには、私もこれも、もうここには居られない。老達は許さないだろう。そこで、相談なんだが……」
「分かった。分かっておる……樟嬰様は亡くなられた事にさせていただく。その上、見事使命を果たしたとして、この者の名を上げておこう」

真っ先に季余が仕方がないとため息をついて提案する。

「そうじゃな。だが、死体がなければならんか……」
「そうですね……確かな証拠か、何らかのつじつま合わせは必要です……」

それぞれ思案しだした様を、重く鈍く痛み出した頭の不快感を表に出さぬように、樟嬰は人事のように眺めていた。

「樟嬰様も何かお考えなされ」
「いやぁ……めんどくさい……疲れたしな」

思わず本音が出た。

「これはいかんの……やる気がいつの間にか無くなっておられるわい……」

呆れられるのも慣れてきた。樟嬰としては今、平静を装うので手一杯なのだ。

三妃サンヒ様。わたくしが樟嬰様の御遺体と共に失踪した事にしてください。恐らく、誰も疑いはしません」

その朔兎の提案で決着が付いた。

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読んでくださりありがとうございます◎

次回、また明日12日です。
よろしくお願いします◎
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