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mission 19
209 独りよりは
ドライフルーツを満足そうに頬張る寿子と幸菜。二人が落ち着いたところで、今日の本題に移りたい。
「寿子。そろそろ」
「っ、あっ、そうだったわね。ねえ、幸菜ちゃん。私たちと一緒に暮らさない?」
「……え?」
思ってもみない提案だろう。同じ提案をされて受けた亮司が笑う。
「びっくりするよなあ。けど、良いもんだぞ? 一人で義務みたいに思いながら一人分の食事を作って、体も動かさにゃならんなと、申し訳程度にテレビでやる体操をして、テレビ相手に喋って……」
亮司の声は少しずつ沈んでいく。
「暗くなったら寝るとか……いつも同じで日記でも始めようと思っても、書くことがねえ……曜日も分からんくなるしな……夜の週一でやるドラマとかでなんとか分かるが……」
唯一、番組のお陰で曜日の認識が出来るくらい。しかし、暗くなったら寝るのだ。それも段々と見なくなる。そうなると、いよいよ曜日感覚はおかしくなり、ゴミ出しの日を認識するために、何とか思い出すということの繰り返しだ。
これに幸菜も頷く。
「そうですね……朝や夕方のニュース番組で、日にちと曜日を確認する癖を付けておかないと、分からなくなります……」
ゴミだって、そんなに出ないようにしていれば、ゴミ出しの日さえ忘れてしまう。
「一人だから、文句も言われませんしね」
「それな。何曜日かに特売があるからとか言われて、当日それを忘れても、文句言われねえもんな。来週でいいやとか思うし」
「ありますねえ。一人だと危機感を感じないので、忘れやすくて。予定していたことを忘れても、ぐちぐち言う人がいませんもんね」
夫や妻とちょっと色々とあったのかもしれない。亮司と幸菜が揃って肩を落とし、背を丸めるのを見る。背負っている雰囲気が同じだった。夫婦あるあるなのかもしれない。
「「……」」
しかし、宗徳と寿子はそんな二人を不思議そうに見つめる。
「ぐちぐち言うのか?」
「忘れたら忘れた時ですものねえ?」
この二人には当てはまらないらしい。
「ノリさんとこは違うのか?」
「ヒサちゃんのところは違うの?」
ほぼ同時に尋ねる亮司と幸菜。彼らは忘れている。宗徳と寿子は普通の夫婦ではないことを。
「寧ろ、覚えていたら褒め合いません?」
「ゴミ捨てとか、買い物とか、忘れたら忘れただろ。命に関わるものでもなし。取り返せる失敗だ。そうそう取り返しのつかないことなんて起きねえし。何より、それなら覚えてるだろ」
失敗した時の取り返し方の経験は、半世紀近く生きてきた宗徳達には幾つもの解決方法を知っている。それらの経験を生かせばいいので、気楽なものだ。
「会社で失敗するよか、気も楽だしな。他人が困るのは良くないが、ゴミ捨てや買い物を忘れても、俺らが困るだけだし」
「た、確かに……」
「そうね……」
「ぐちぐち言っている時間や頭があったら、次に同じことをしないように考えた方が、よっぽど脳にもいいでしょう?」
「だな……」
「たしかにっ」
なんでも考え方次第だ。それを宗徳と寿子はよく知っていた。
「まあ。けど、嫌味でも言われる相手が居るのは有り難いわな」
「そうかもしれませんわねえ」
しみじみと宗徳と寿子が言うのを亮司と幸菜は羨ましそうに聞いていた。感心したようなその二人の顔を見て、宗徳と寿子は今回の趣旨を思い出す。
「あっ、それでね? 幸菜ちゃん! 一度、ウチに遊びに来てみない? それから住むかどうかは考えれば良いわ」
そこで、亮司が口を開く。
「なあ。なんなら、扉繋げちまって、好きな時に来たら良いんじゃないか?」
「亮司……お前も慣れたなあっ」
「うるせえっ。あんなの反則なんだよっ! ったく」
あり得ないという認識は薄れていない。しかし、便利なものは使えば良いと思っている。これに寿子も賛成らしい。
「そうね! 幸菜ちゃん! 使っていない部屋とか納戸とかないかしら?」
「部屋……使わない部屋はいくらでもあるわ。あの奥の部屋とか」
指を差した先にある扉。丁度良さそうだ。
「なら、繋げちまうか。幸菜さんが開けないと繋がらないように条件を付けて……」
宗徳は立ち上がり、その扉に向かいながら考える。ドアノブに触れてしばらくすれば、もう出来上がりだ。
「よし。そんじゃ、行くぞ。向こうにはゲタがあるからそのままで良い」
「向こう? ゲタ? そのままって……」
「まあまあ。行きましょう! ねっ、幸菜ちゃん! さあっ!」
「わ、わかったわ。え? どこに?」
混乱する幸菜に扉を開けさせる。
「っえ!?」
「あ、戸締まりするの忘れていたわっ」
扉の向こうを見て驚いている幸菜の背を支えながら、寿子が宗徳に告げる。
しかし、そこは宗徳だ。またやらかした。
「おうよ。ん~……よし! 全部閉じたぞ」
「……あなた? そういえば最近、戸締まりは任せろって……」
「おう。電子の鍵から南京錠まで、一発で決められるぜ?」
「っ、どんな魔法ですかっ!」
「ん? 施錠魔法?」
「そんなの知りませんよ!?」
「ああ。これ、桂樢に教えてもらった」
桂樢は、あの屋敷のバトラーだ。
「今夜にでも私も教えてもらうわ!」
「お、おう」
ちょっとビクビクする宗徳。怒られることはなかったので良いとする。
「で? 幸菜さんが止まってるぞ」
「あ、幸菜ちゃん?」
「っ……!?」
混乱中だった。
その後、ゆっくりとだが受け入れた幸菜は、夜にはそのまま屋敷に泊まるということになった。
数日後。幸菜も屋敷に引っ越すと決めた。
そこからまたしばらくして、屋敷での生活にも慣れた亮司と幸菜を連れ、宗徳と寿子はライトクエストに向かったのだ。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
「寿子。そろそろ」
「っ、あっ、そうだったわね。ねえ、幸菜ちゃん。私たちと一緒に暮らさない?」
「……え?」
思ってもみない提案だろう。同じ提案をされて受けた亮司が笑う。
「びっくりするよなあ。けど、良いもんだぞ? 一人で義務みたいに思いながら一人分の食事を作って、体も動かさにゃならんなと、申し訳程度にテレビでやる体操をして、テレビ相手に喋って……」
亮司の声は少しずつ沈んでいく。
「暗くなったら寝るとか……いつも同じで日記でも始めようと思っても、書くことがねえ……曜日も分からんくなるしな……夜の週一でやるドラマとかでなんとか分かるが……」
唯一、番組のお陰で曜日の認識が出来るくらい。しかし、暗くなったら寝るのだ。それも段々と見なくなる。そうなると、いよいよ曜日感覚はおかしくなり、ゴミ出しの日を認識するために、何とか思い出すということの繰り返しだ。
これに幸菜も頷く。
「そうですね……朝や夕方のニュース番組で、日にちと曜日を確認する癖を付けておかないと、分からなくなります……」
ゴミだって、そんなに出ないようにしていれば、ゴミ出しの日さえ忘れてしまう。
「一人だから、文句も言われませんしね」
「それな。何曜日かに特売があるからとか言われて、当日それを忘れても、文句言われねえもんな。来週でいいやとか思うし」
「ありますねえ。一人だと危機感を感じないので、忘れやすくて。予定していたことを忘れても、ぐちぐち言う人がいませんもんね」
夫や妻とちょっと色々とあったのかもしれない。亮司と幸菜が揃って肩を落とし、背を丸めるのを見る。背負っている雰囲気が同じだった。夫婦あるあるなのかもしれない。
「「……」」
しかし、宗徳と寿子はそんな二人を不思議そうに見つめる。
「ぐちぐち言うのか?」
「忘れたら忘れた時ですものねえ?」
この二人には当てはまらないらしい。
「ノリさんとこは違うのか?」
「ヒサちゃんのところは違うの?」
ほぼ同時に尋ねる亮司と幸菜。彼らは忘れている。宗徳と寿子は普通の夫婦ではないことを。
「寧ろ、覚えていたら褒め合いません?」
「ゴミ捨てとか、買い物とか、忘れたら忘れただろ。命に関わるものでもなし。取り返せる失敗だ。そうそう取り返しのつかないことなんて起きねえし。何より、それなら覚えてるだろ」
失敗した時の取り返し方の経験は、半世紀近く生きてきた宗徳達には幾つもの解決方法を知っている。それらの経験を生かせばいいので、気楽なものだ。
「会社で失敗するよか、気も楽だしな。他人が困るのは良くないが、ゴミ捨てや買い物を忘れても、俺らが困るだけだし」
「た、確かに……」
「そうね……」
「ぐちぐち言っている時間や頭があったら、次に同じことをしないように考えた方が、よっぽど脳にもいいでしょう?」
「だな……」
「たしかにっ」
なんでも考え方次第だ。それを宗徳と寿子はよく知っていた。
「まあ。けど、嫌味でも言われる相手が居るのは有り難いわな」
「そうかもしれませんわねえ」
しみじみと宗徳と寿子が言うのを亮司と幸菜は羨ましそうに聞いていた。感心したようなその二人の顔を見て、宗徳と寿子は今回の趣旨を思い出す。
「あっ、それでね? 幸菜ちゃん! 一度、ウチに遊びに来てみない? それから住むかどうかは考えれば良いわ」
そこで、亮司が口を開く。
「なあ。なんなら、扉繋げちまって、好きな時に来たら良いんじゃないか?」
「亮司……お前も慣れたなあっ」
「うるせえっ。あんなの反則なんだよっ! ったく」
あり得ないという認識は薄れていない。しかし、便利なものは使えば良いと思っている。これに寿子も賛成らしい。
「そうね! 幸菜ちゃん! 使っていない部屋とか納戸とかないかしら?」
「部屋……使わない部屋はいくらでもあるわ。あの奥の部屋とか」
指を差した先にある扉。丁度良さそうだ。
「なら、繋げちまうか。幸菜さんが開けないと繋がらないように条件を付けて……」
宗徳は立ち上がり、その扉に向かいながら考える。ドアノブに触れてしばらくすれば、もう出来上がりだ。
「よし。そんじゃ、行くぞ。向こうにはゲタがあるからそのままで良い」
「向こう? ゲタ? そのままって……」
「まあまあ。行きましょう! ねっ、幸菜ちゃん! さあっ!」
「わ、わかったわ。え? どこに?」
混乱する幸菜に扉を開けさせる。
「っえ!?」
「あ、戸締まりするの忘れていたわっ」
扉の向こうを見て驚いている幸菜の背を支えながら、寿子が宗徳に告げる。
しかし、そこは宗徳だ。またやらかした。
「おうよ。ん~……よし! 全部閉じたぞ」
「……あなた? そういえば最近、戸締まりは任せろって……」
「おう。電子の鍵から南京錠まで、一発で決められるぜ?」
「っ、どんな魔法ですかっ!」
「ん? 施錠魔法?」
「そんなの知りませんよ!?」
「ああ。これ、桂樢に教えてもらった」
桂樢は、あの屋敷のバトラーだ。
「今夜にでも私も教えてもらうわ!」
「お、おう」
ちょっとビクビクする宗徳。怒られることはなかったので良いとする。
「で? 幸菜さんが止まってるぞ」
「あ、幸菜ちゃん?」
「っ……!?」
混乱中だった。
その後、ゆっくりとだが受け入れた幸菜は、夜にはそのまま屋敷に泊まるということになった。
数日後。幸菜も屋敷に引っ越すと決めた。
そこからまたしばらくして、屋敷での生活にも慣れた亮司と幸菜を連れ、宗徳と寿子はライトクエストに向かったのだ。
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