贖罪人形

黒泥

文字の大きさ
上 下
2 / 7

明るむ空

しおりを挟む
ある時、一人の男が、人形と、人形の主の住む街にやって来ました。彼は魔法でみんなの願いを叶えてくれるとてもいい人でした。しかしその時から、その街では行方不明者が絶えなくなりました。でも、人間って言うのは都合よく解釈するもので、誰も男を疑うことは思いませんでした。男は、そんな人々を見て、ニンマリと笑いました。 

「あれ?」
人形が目を覚ますと、部屋の窓からはまばゆい光が差し込んでいた。まだ、朝だ。
「はぁ……」
夜以外は自室の外に出ては行けないとあの男に言われている。だからこんな時間に起きても仕事を言いつけられることは無いし、人形には趣味などない。いつもは夜に目を覚ませるようにしているのに、昨日はどうしたんだっけ?と、人形は考え、そういえば気絶したんだと思い当たる。なぜ気絶したんだっけ?まあいいか。

しばらくすると、格子戸の外から明るい笑い声が聞こえてきた。遊んでいる子供たちの声だ。ここは一応、廃城扱いで、外の庭は公園になっているから、子供たちは普通に遊びに来る。朝に起きてしまった時、人形の唯一の楽しみは、この声を聞くことだった。
「幸せそうで何よりだ。」
人の笑い声は気持ちがいい。この、ささやかな幸せの声を守るためにも、仕事をしっかりこなし、ユクエフメイシャを少なくしなければと、人形は固く決意した。

やがて夜がやってくる。

「今日は8人。」
「随分と、多いですね。」
「今日は、ユクエフメイシャが大勢出るからね。」
「そうなんですか。頑張ります。」
人形はそう言うと、広間を出て街へ向かった。男が、クスッと笑った。その笑いはどんどん大きくなり、やがて広間中にこだますほどの笑い声になる。笑いすぎで涙を浮かべながら、男は1人、出口に向かって言い放つ。
「せいぜい、人の幸せを願えばいいさ。」
「それを壊すのもお前だがな。」
その言葉は、城の広間に響き、誰にも聞かれることなく城壁に吸い込まれて消えた。

人形は街へ急ぐ。今日はユクエフメイシャが多く出ると男は言った。ならば早く仕事をしなければ。いつもの半分ほどの時間をかけて街に到着し、ろくに人通りも確認せず、暗い路地裏に潜んだ。そこで、8人の中に少女が入らないことを願いながら待つ。
しかし、人形は気が付かなかった。そこが、もう人の気配がしない、街外れの商店街だったことに。

「まずい。」
人形は呟く。かなり待っているが、まだチンピラのような風貌をした3人しかこの道を通っていない。このままでは夜が明けてしまう。赤黒い液体が付着した腕の刃物を拭きながら、人形は内心焦っていた。あと5人も残っているのだ。場所を変える?いや、男に街中で歩いているだけで騒ぎになると言われている。騒ぎになるのを人形は好まない。騒ぎの時の人間はとても恐ろしく見えるから。人間が怖いものになるのは嫌だから。
……かといってこのままでは朝になってしまう。朝になったら城に帰らなければならない。それでは仕事が完了しない。仕事が出来なければユクエフメイシャが増えてしまうかもしれない。

思考を巡らせ、打開策を練る人形をよそに、空は無慈悲にも赤らみ始める。山の上からは、多くの人間にとっては美しく、人形にとっては絶望の象徴であろう眩い球体が昇り始めた。
しおりを挟む

処理中です...